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「人間以上に関わりやすい存在を創る」。阪大・石黒教授がアバターの新会社「AVITA」設立。5社から5.2億円を調達
2021年9月8日 06:55
リアルなヒューマノイド開発や2025年関西万博のテーマ事業プロデューサーなどを務める大阪大学大学院基礎工学研究科 教授の石黒浩氏は9月7日、記者会見を開き、新会社「AVITA株式会社」を6月1日付で設立したと発表した。石黒氏の20年以上の人と関わるロボットやアバターの研究開発成果や、プロジェクトマネージャーを務めるムーンショット型研究開発制度、大阪・関西万博、そのほか企業との連携など様々なプロジェクトによって生み出される研究成果を社会実装。実世界の仮想化と多重化により、人々を解放する新たな世界の創造を目指す。
ビジョンは「Virtualize the Real World」。人は、複数の自分(働く自分、家庭の自分、友達との自分等)で活動しているが、アバターを用いれば、その自分を実世界でさらに多様に拡張し、状況や目的に応じた色々な自分で自由に活動することができる。AVITA社ではこれを「アバターを用いた実世界の仮想化と多重化(virtualize the real world)」と呼び、アバター技術によって人々の可能性を拡張することを目指すという。
このビジョンの実現に向けて、大阪ガス株式会社、株式会社サイバーエージェント、塩野義製薬株式会社、凸版印刷株式会社、株式会社フジキン(五十音順)より、5億2,000万円の資金調達を実施した。各社と事業連携を行ないながら、まずはアバターを使った販売などから始め、アバターの社会実装に取り組む。
アバターでより柔軟な社会の実現を目指す
AVITA株式会社 代表取締役 CEO 石黒浩氏は、会社名の意味は「vita=ラテン語・イタリア語で生命」と「アバター」のAをとって「AVITA(アビータ)」と名付けたと語った。「生命感を感じる人工物」を作っていくことが石黒氏の研究の目標の1つだと述べ、「CGエージェントでもロボットでも人は関係性を築けるものであれば生命感を感じることができるし、そのような時代が到来するだろうと考えてこの社名を付けた」という。
まず石黒氏は、これまでに開発してきたロボットの歴史を振り返った。1997年には京大で街中で人と関わるロボット「Town Robot」の研究を開始。当時はロボットというと産業用ロボットの研究しかなかったが、これが人-ロボット インタラクションの研究の嚆矢となり、後に自律型ロボット「Robovie」等を使った研究へと繋がった。
一方、1999年、遠隔操作ロボット(アバター)を発表。遠隔操作の技術は、石黒氏本人そっくりロボットである「ジェミノイド」や、性別年齢のない見かけのアバターロボット「テレノイド」にも用いられている。自律型ロボットと遠隔操作型ロボットの研究はどちらも重要であり、片方が進めばもう片方も実装が容易になるといった相互に関係があるので、常に並行して行なっていると語った。
これまでに石黒氏はATRそのほか関係企業と多くのロボットを開発してきた。常に実証実験を重視し、実際に人と関わらせ、どのように人が感じるかを評価してきた。「ロボットと人とのインタラクションには複合的な要素が関わっているので、実際に人と関わらせる必要があった」という。
具体的には、デパートでの服の販売や、高齢者向けホームでの対話サービスなどにロボットを導入。そこからフィードバックを受けながら新しい研究課題を発見してきたと述べた。
だが、実証実験は限定した形でしか行なわれてない。さらに社会に関わらせるためには実証実験のような限定状況ではなく、実際に社会で使われる技術を作って実装し、真に解くべき問題を見付ける必要がある。
石黒氏は「既にこういった流れはアメリカでは起きている。アメリカでは研究者が大手AI企業と連携して、大学よりも企業の中で新しいシステムを作る流れになっている」と述べた。そして「ロボットも新しい社会のインフラにならなければならない。社会実装を通して、新しい真に解くべき問題を発見していく。研究開発は社会と一体になって進んでいく段階に入らなければならない」と語った。
アバターロボットは2010年ごろ、ブームになった時期があった。だがその後、多くの会社がアバター開発を停止してしまった。当時は技術的にも課題があり、また社会の意識も、リモートワークに対応してなかったからだ。
しかし新型コロナ禍で多くの人がリモートワークが強いられた結果、一部は定着しつつあり、アバターが広がる状況は整いつつある。石黒氏は「テレビ会議以上に柔軟でいろんな活動ができるアバターを世の中に出せば、再度アバターで世の中を変えることができるはずだ」と語った。
石黒氏はムーンショット研究開発「アバター共生社会」のプロジェクトマネージャー、大阪関西万博のテーマ事業プロデューサーに就任している。
どちらにおいてもアバター技術の開発と、それを使った未来社会創造が期待されている。家でできることはアバターの力を借りて家で行ない、再びパンデミックが起きてもイベントが確実に開催できるように仮想空間・物理空間の中で人々が集まり、仕事ができる技術の開発が必要だと述べた。
そして、「これまでの研究開発精度の社会還元を行ない、世界を変革するビジネス活動を行ないたい。その結果、実社会の中での持続的な研究開発を行なうこともできる。これが大学発ベンチャーの役割だ」と述べた。そして「誰もが時間や空間の制約を超えていつでもどこでも活動できるようにする」というAVITAのミッションを紹介し、3つの概念を紹介した。
1つ目の概念は「Multiplex Your Personality(アバターによる人格の多重化)」。人は今ネットの中の多くの仮想世界に参加して、自分の多様性を享受している。しかし実世界の体は1つしかない。人がアバターを用いて実世界でも多様に活動する仕組みを提供し、アバターを切り替えながら生活できるようにする。
2つ目は「Interaction by Imagination(想像によるアバターとの関わり)」。AVITAの作るアバターは見せるためのものではなく、ニュートラルなデザインのポリシーをこれから実現するアバターにも取り入れていこうと思っているという。
情報が足りない方が見る側はポジティブな想像でその情報を補いながら見ることができるという。そしてアバターは利用者の想像を反映するものなので、利用者の心を移す鏡のようになるのではないかと述べた。
最後に、最も重要な概念として「Virtualized the Real World(実世界の仮想化)」を紹介した。人はもともと多様な人格を持っており、日常生活でも人格を切り替えながら生活していると考える。
多様なアバターを使うことでその多様性をさらに増し、働く場面においてもいろんな働き方ができるし、自分を解放することができるようになる。「アバターによって本来の自分で自由に活動できる社会を作ることができる」と述べた。
そして「20年以上の研究開発で培ってきた技術や知財を基に世界を変革する活動に取り組む。アバターによって実世界を仮想化し多重化することで人々を実世界の制約から解き放ち、誰もが自由に活動できる社会を作る」と締め括った。
まずはCGアバターを活用、市場を開拓
続けて登壇したAVITA株式会社 取締役 COOの西口昇吾氏は、石黒氏の語った「実世界の多重化」という概念は難しくないかと話を始め、石黒氏の言うことを分かりやすく伝えることも自分の役割だと自己紹介した。
「多重化」とは簡単に言うと、異なるアカウントを使い分けるということだ。ネットでは異なるアカウントで活動ができる。だが実世界ではそれはできない。AVITAではリアル世界でも選択ができるようにする。
西口氏は石黒研究室出身で、以前は遠隔でキスができる「Kissenger」というデバイスを作っていた。その後日テレに入社。日テレではVtuber事業や、ロボットアナウンサー「AOI ERICA」プロジェクトなどを行なっていた。そのほかTikTokなどSNSマーケティングなどを手掛けている。AVITAには技術・ビジネス面で濱口秀司氏、藤野真人氏、竹崎雄一郎氏らが参加している。
具体的にどんなものをつくるのか。CGアバター、ロボットアバター双方を開発するが、自分を飾るものではなく、実用を追求し、利用者が見たい姿、ポジティブに捉えられる姿を表現するものになるという。
サービスモデルは「Avatar as a Service(AaaS)」を掲げる。オンライン・オフライン限らず、アバターを使って接客をしたり、サービスを提供することを目指す。そのためのリアルなCGアバターも開発中で、まずはCGアバターで市場開拓を目指す。CGアバターを使って働くためのアプリケーションを作り、市場を開拓し、そのあとでリアル世界で存在感を持ったサービスを展開するためのロボットアバター展開を目指す。
今多くの企業でDXが推進されている。その中でインターフェイスとしてアバターを推進する。石黒研究室のアバターを思い通りに動かす技術や、人らしいコミュニケーションを実現するための対話技術、そしてロボット技術を活用する。まずは安価で量を取りやすいCGアバターを実装する。
具体的には、最初はアバターによる販売や接客から始め、カウンセリング、診療等へ広げていく。アバターを使ったコミュニケーション技術を活用する。2023年まではBtoBビジネスを展開。23年以降はBtoCも視野に入れて、アバタープラットフォームの立ち上げを目指す。そして2025年大阪万博のタイミングで、リアルロボットによるサービスローンチを目指す。
アバタープラットフォームとはアバターを使って人と人とが繋がることで何かしらのサービスを提供できるもので、既存のSNSとは少し毛色が違うものを考えているようだ。2023年までには、アバターを社会に馴染ませて使ってもらうことを目指す。
遠隔操作のシステムも、石黒研究室のこれまでの研究成果を活かし、単にアバターを操作するだけではなく、例えば「どういう話し方をすればいいのか」をシステム側が操作者に対してレコメンドしてくれたりするものとなるという。
それによって、同業他社と差別化する。まずは分かりやすい結果を出すために「販売」をアプリケーションとし、遅くとも12月までには実証実験を開始する。
5社と資本業務提携、5.2億円を調達
資本業務提携した5社と、協力会社のATRからも挨拶があった。まず大阪ガス株式会社 代表取締役副社長の宮川正氏は「当社は1905年創業以来100年以上に渡り、エネルギー事業を中心に様々なサービスの提供や先進的な取り組みに挑戦してきた。環境の変化によりイノベーションの必要性は高まっている。特にガス機器のIoT化、マンションでのスマートロックのデジタル技術、放射冷却技術など喜ばれるサービスを積極的に展開している。
変わらず取り組んできたのはお客様の声に耳を傾けるコミュニケーション。その姿勢はこれからも変わらない。未来の顧客との最適コミュニケーションとは何かと考えたとき、AVITAは重要なパートナーだと考えている。
これまでの顧客とのコンタクトは訪問とコンタクトセンターだったが、アバター技術を活用することで双方向のデジタルコミュニケーションの進化が可能になるのではないか。若年世代との接点となるのではないか。今後、一緒にさらに幅広いコミュニケーションを深めてサービス開発を推進し、暮らしとビジネスのお役に立つことで、お客さまの明るい未来の暮らしとビジネスに実現に貢献していきたい」と語った。
株式会社サイバーエージェント 常務執行役員の内藤貴仁氏は「当社は2017年4月から、石黒浩教授とともにロボットを始めとする対話エージェントを活用した実証実験を様々なフィールドで実施してきた。今回のそのご縁でご一緒させてもらっている。
具体的にはロボットがサービス産業でどういうふうに人間と共存していけるのか、小売企業の接客、ホテルや空港での接客、保育園での教育サービスなどでの実験をたくさんやらせてもらっている。これまでの実験で社会実装できるのではないかという手応えを得ている。今後、労働人口が減少する中、アバターやロボットの技術を使って労働人口減少問題を解決する取り組みをしていきたい」と語った。
塩野義製薬株式会社 副社長の澤田拓子氏は「弊社は製薬会社。2030年ビジョンを掲げており、新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を作ろうとしている。その中で有望な技術だと考えている。今パンデミックでデジタル化リモート化は大きく進んでいるが、その中で人と人とのコミュニケーションの量的・質的低下は問題になっている。その中でアバター技術が大きな役割を果たしてくれるのではないか。
実際に人よりもアバターの方が話しやすいといったことは医療現場でも問題になっていることで、医師や看護師よりもCGアバターの方が健康相談なども話がしやすいといったことはある。ヘルスケア、医療現場でも健康診断での対話サポートから技術を使っていくことができ、今後さらに新たなヘルスケア課題を解決することができれば」と語った。
凸版印刷株式会社 取締役専務執行役員 齊藤昌典氏は「印刷技術を中心に歴史を積み重ねてきているが、デジタル関連事業を始めとした非印刷事業が売上を上回ってきている。市場は人手不足に伴うDX化、新型コロナウイルスによる非接触ニーズが高まっており、音声認識やオンライン接客ニーズが増えてきた。
当社では多言語サイネージやIoAショッピングなど、ロボットとアバターを使った新しいコミュニケーション体験を提供するデジタルツイン事業を進行中。ショッピングや仕事など幅広い領域へサービスを拡大していきたい。今後アバターはますます利活用が必至。デジタルツイン環境の投入と社会課題の解決に推進していきたい」と語った。
株式会社フジキン 代表取締役社長 野島新也氏は「当社は特殊流体制御機器メーカーとして、各種バルブの開発・製造・販売を行なっている。グループでは創業以来、超精密流れ制御システムの開発を絶えず行なってきた。
これらは陸海空宇宙など様々なフィールドで活用する製品としてご利用いただいている。遠隔医療システム、ベッドサイドの情報端末を手掛けている。アバターを使って患者の入院生活を少しでも快適に暮らしてもらえるサービスを提供したい。
2022年にはベトナムにも研究開発拠点を作る。連携しながらアバターの研究開発を行なっていきたい。今後は双方の技術力とノウハウをいかして事業を展開していきたい」と語った。
続けて、AVITAの協力会社として、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 代表取締役社長 浅見徹氏も登壇。
浅見氏は「ATRは1986年創業。今年(2021年)は創立35周年。創業当時、石黒氏は阪大の大学院生だったが、学位取得後、人と関わりのあるロボットということで研究を続けてこられた。AVITAは石黒氏の知財・人脈・ノウハウを結集した会社。
今は実社会に出ないと研究できない時代。今地域社会は崩壊している。ぜひアバターやロボットを活用して、21世紀の社会に新しいコミュニティを作るような技術開発をできればいいなと考えている。集大成がこのAVITAだと考えている。知財だけでなく研究開発も含めて協働して市場開拓できれば」と語った。