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大阪大・石黒研ら、小型対話ロボットによるおもてなし実証実験を開始

~ローカル広告の配信も狙う

 2018年4月18日、大阪大学大学院基礎工学研究科 石黒浩教授と株式会社サイバーエージェントの人工知能技術研究開発組織「AI LAB」との共同研究講座は、東急不動産ホールディングスとの3社共同研究プロジェクトとして実施中のホテルにおける人型ロボット活用実証実験の結果を発表した。対話ロボットを使うことで、プライバシーを維持しつつ細かい情報提供を行なう「新しいおもてなし」の提供と「ローカルな特性を持つ新しい広告媒体」としての可能性を探る。

 ロボット接客実証実験の検証施設は港区の「東急ステイ高輪」。卓上型の小型対話ロボット「CommU(コミュー)」と「Sota(ソータ)」を用いて、3月19日から3月30日までの期間に1回目を実施した。現在は4月16日から27日までを2回目として実施している。

 ロボットの設置場所は廊下とエレベータ前。ロボットは外部カメラ(デプスセンサー+スケルトン検出アルゴリズムのOpenPose)を使って人を検知し、頭部の3次元位置を認識する。そして適切なタイミングを狙って、人に対し声掛けや挨拶を行なう。音声認識エンジンはJulius、対話エンジンは石黒研独自のアルゴリズムを使っている。

 1回目の実験は、ロボットが人に対して挨拶や声掛けをしてくることが威圧感を与えてしまわないかを検証することを目的として実施された。ロボットの対話パターンは朝・昼・晩の3パターンにそれぞれ3種類ずつ用意した。エレベータホールではより長い対話パターンを準備し、合計18パターンの対話シナリオを用いた。

 今回の記者会見では1回目の実証実験の結果が発表された。実験対象者数は67名で、アンケートを回収できたのは62名。その結果、ホテルにおいて積極的に話しかけるロボットが人に自然に受け入れられることが確認できたとしている。

ロボットのシステム構成
システムの動作の概要
アンケート結果のまとめ
実験に用いられているロボット「CommU(コミュー)」と「Sota(ソータ)」

 サイバーエージェントと大阪大学大学院基礎工学研究科は、2017年4月に共同研究講座を開設。対話エージェントの実現に向けた基礎技術の確立と、人の対話能力に関する科学的な知見の獲得を目指し、ロボットやチャットボットを使った接客対話の自動化の研究開発を進めてきた。

 石黒浩氏は今回の実証実験について「小型対話ロボットを使ったサービスがちゃんと実現されている例はない」と述べ、「全く新しいチャレンジだと思っている。我々は人間型対話ロボットでは一番優れた技術を持っている。最初の実現例になれればなと思っている」と語った。

情報ソースの元である「人と人の関わり」をサポートする対話ロボット技術

ロボットがより身近になる時代、多くは擬人化されると語る石黒氏

 会見では石黒浩氏は最初に「近い将来、ロボットがより身近になり、擬人化しやすいものが増えるだろう」と述べた。そして石黒氏の持論である「人は人を認識する脳を持っており、人に敏感に反応する」という考え方を紹介。「人にとって最も関わりやすいのは人であり、スマートスピーカーなどのボイスインターフェイスがはやり始めたのもその前兆」と語った。

 小型対話ロボットにもさまざまな使い道があるとして、高齢者介護、病院待合室、学習・言語教育、小売店、公共機関などでの用途を紹介した。さらに「対話は情報交換だが、そこに広告を含めることもできる」と述べた。

石黒研究室がこれまで開発してきたロボット
対話する人型ロボットのアプリケーション

 対話ロボットは「人間らしい存在感を持った情報メディア」として捉えられるという。現在のグローバライゼーションは世界を均一化することに貢献してきた。一方でSNSの流行などじょじょにローカルな方向にも技術開発が流れ始めていると捉えていると語り、さらに情報の生まれるもとに戻っていくと「人と人の関わり」になり、それをサポートしていくのが対話ロボット技術だと語った。

 いわばロボット技術はグローバライゼーションに対するローカライゼーションで、均一で広範囲な情報配信から、「状況依存したローカル情報配信」へと移っていくと考えているという。

プライバシーと存在感の両立はロボットにしかできない

ホテルの中のロボット

 今回のホテルでのロボットは、プライベートに近い場所でユーザーのプライバシーを守りつつ、快適さを維持することが必要とされる。たとえば、これまでにもホテルに宿泊した人に対しては、コンシュルジュのように個人の好みの情報を蓄積しつつ、より適切で、信頼性の高い情報を提供していくことが求められる。

 プライバシーコミュニケーションは、ロボットにしかできないものだという。ロボットの存在感は人間ほど強くない。石黒氏は「ロボット相手ならば、話をしても、プライバシーが侵害された感じはそんなにない。だがコミュニケーションできるので、寂しさがない。その結果、信頼できるメディアとなり、現在よりも高いサービスを提供できる可能性がある」と述べた。

 また、「プライバシーと存在感の両立もロボットにしかできない」という。たとえば、サービスを行なうためとは言え、ホテルの人が部屋のなかにいたら困ってしまう。だが、ロボットならば気まずさや困ったりすることはない。ロボットによって人間のような強い存在感を持つものには実現不可能な、あるいは人だけではできないサービスがロボットには可能になるという。

 今回のプロジェクトでは、この上に広告を載せることを狙っている。石黒氏は本当に目的に適合してプライバシーを侵害しない流し方であればホテル内でも広告を打つことは可能だと述べ、「ホテルの条件を生かしながら、ホスピタリティのなかで、それぞれが欲しい広告を提供できる新サービスを考えていきたい」と述べた。

スタッフからも高評価

大阪大学大学院 基礎工学研究科 石黒浩教授

 実験の結果については、エレベータホールと廊下で使ったところ、押し付けがましさを感じる人はおらず、宿泊者の機嫌がよくなるといった効果があったと述べた。また単に短い挨拶するだけの廊下のロボットのほうが評価が高かったという。また宿泊客だけではなく、ホテルのスタッフからの評価も高かったのが意外な発見だったと述べた。

 今後は人間による対応の隙間を埋めるロボットから、文脈に対応するロボット、それぞれの顧客に特化した対応を目指す。サービスも徐々にレベルを上げていき、より細かな情報提供を目指す。将来はさまざまな場所に置かれた各々のロボットが対話して連携することで、人に細かなサービスを提供することを目指す。

開発ロードマップ
サービス例。レベル3までは比較的早く実現できると考えているとのこと
各々のロボットを個性化し、かつ連携させることも目指す

 デモは担当者である大阪大学大学院基礎工学研究科 附属産学連携センター特任准教授の倉本到氏が解説した。ロボットはセンサーで人を検知すると動作を始める。基本的に、エレベータを待っているあいだなどの隙間時間に、ちょっとした情報を提供するという考え方だ。現時点では非常に単純な仕組みだが、今後は情報をより細かくとることで適切な情報を、より適切な出し方を考えていきたいという。

ロボットにしかできない価値実現を目指す

質疑応答に答える4者

 株式会社サイバーエージェント上級執行役員 内藤貴仁氏は「これまでは自宅やオフィスしか広告に接してもらうことができなかったが、スマートフォン普及に伴い、広告に接するタイミングが大きく増えることでサイバーエージェントも成長している。その次のフェーズがロボットやスマートスピーカーでの接客対応ではないかと考えており、研究開発に取り組んでいる」と研究の狙いを紹介した。

 具体的には位置情報を使った行動分析ターゲティングツール「AIR TRACK」、石黒教授らとのロボット事業、そしてディープラーニング活用AIベンチャー企業の株式会社ABEJAと合弁会社「CA ABEJA(シーエーアベジャ)」を設立し、AIR TRACKと組み合わせた広告最適化や顧客行動分析のプラットフォーム開発を進めていると紹介。内藤氏は石黒氏の話を受けて「今後、ローカライゼーションの部分でもしっかり戦っていきたい」と語った。なお内藤氏は「CA ABEJA」の代表取締役でもある。

株式会社サイバーエージェント上級執行役員 内藤貴仁氏
ローカライゼーションに関する取り組みを強化

 株式会社東急不動産 R&Dセンター 取締役副センター長の山内智孝氏は、東急不動産HDの研究開発について簡単に紹介した。東急不動産HDは様々な不動産事業を展開しているが、今回の実験場所の東急ステイは地上10階建、そう客室数177部屋。都営地下鉄浅草線「泉岳寺」駅から徒歩1分の立地にあり、2018年2月にオープンしたばかり。居室内に洗濯乾燥機と電子レンジを設置した広めの客室がある長期滞在ができるホテルとして展開している。

 今回のロボット実験のような新たな試みを新店舗で行なうのは親和性が高いと考えているという。ロボットを集客に利用するというよりは、より「おもてなし」のレベルを上げて、人だけではできない部分の穴埋めをしてくれればと期待しているとのこと。コストに関しては、まだ具体的には考えていないとのことだった。

株式会社東急不動産 R&Dセンター 取締役副センター長 山内智孝氏
東急不動産HDでもロボティクス、AI、IoT活用を進めようとしている一環として実施

 今後も実験は続く予定だが、どのくらいの規模になるのかなどは未定とのこと。石黒氏はさまざまな場所での連携を考えずに済む技術レベルまでなら2年くらいで到達できるのではないかと述べて、「オリンピックは1つ大きなきっかけとなる。ロボットの必要性はオリンピックで認知されるのではないかと思っている」と期待を示した。