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NTTら、超高精度光周波数の240kmファイバ伝送に成功。光格子時計の遠隔地間周波数比較実現に前進

 日本電信電話株式会社(NTT)は、東京大学、NTT東日本、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構と合同で、複数の地点間で240kmに及ぶ光周波数ファイバ伝送の実証実験を実施し、データ積算時間2,600秒で、周波数精度1×10-18に達する超高精度光周波数遠隔地間伝送に成功したと発表した。

 この結果は、現在世界最高性能で、超高精度な原子時計である光格子時計の有する光周波数を、性能を保持しつつ光ファイバで200kmを超える伝送が可能であることを示すものという。伝送距離として200kmクラスをした理由として、県レベルの域内における光周波数伝送ファイバネットワークにおいて、1cm精度の標高差測定を実証するためとしている。

 光格子時計は、2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊助教(当時)が考案した、時間の「秒」の定義となっているセシウム原子時計の性能を桁違いに上回る超高精度な原子時計。次世代の「秒」の定義の有力候補として世界中で研究されているものといい、その精度の高さを利用する応用の1つが、複数の遠隔地に設置した光格子時計を光ファイバで接続し、その周波数差を遠隔比較する「相対論的な効果を使った標高差測定(相対論的測地)」である。

 相対論的測地とは、アルベルト・アインシュタインの提唱した一般相対性理論において論じている「重いものの周りでは時間は遅く流れる」という現象を利用したもので、超高精度な時計ではこの現象を観測することができるようになり、複数の超高精度な時計の時間の進み方(周波数)の差を読み取り、重力の変化を検出することで、時計の設置場所間の高低差を測定することが可能になるという原理を測量に応用したもの。その原理を応用することで、重力ポテンシャル計測に基づく精度1cmレベルの水準点や、地震や噴火の前兆現象につながるわずかな地殻変動の日常監視など、従来の原子時計ではできない、超高精度の特性を活かした1cm精度の標高差測定などで、地震や噴火の前兆現象につながるわずかな地殻変動の監視などの新たなインフラストラクチャへの展開が期待されているという。

和光-本郷-厚木超高精度光周波数配信ファイバリンク

 今回の実験では、すでに東大、理研が敷設していた、東大本郷キャンパス(東京都文京区)を基点に、理研のある埼玉県和光市まで敷設していた光格子時計周波数比較実験に利用していた光ファイバ回線と、東大本郷キャンパスからNTT厚木研究開発センタ(神奈川県厚木市)まで新規に構築した回線を接続し、複数の電話局を中継した150km級の超高精度光周波数伝送ファイバリンクを構築した。

 1cm精度の標高差比較が可能な1×10-18という周波数の精度を保ったまま、200km級の遠隔地間へと伝送距離を拡張するために、研究チームは世界で初めて平面光波回路(PLC)技術を用いたリピータ(光周波数中継装置)を開発し、そのリピータを中継局を設置して短距離のファイバ伝送を次々と繋ぎ長距離のファイバ伝送を行なう「カスケード接続」し、超高精度光周波数ファイバ伝送網を構築したほか、前述のレピータを温度や湿度、振動などの対策が施された実験室環境とは異なる、電話局内の商用環境に設置した。

PLCによりワンチップ化した光中継装置用の集積型干渉計

 PLCはNTTが実用化してきた光導波路技術で、光導波路をLSIと同様のプロセスで製造でき、さまざまな干渉計を集積することができるもので、製造の自動化が可能であるため量産性に優れ量産時のコスト低減効果が大きいという特徴と、光ファイバと同じガラス素材で導波路を形成できるため低損失で信頼性が高いという特徴をあわせ持ち、すでに大容量光ファイバ通信で用いられる波長多重器/分離器や光スイッチなどのデバイスで実用化されているもの。

 今回採用されたリピータによる中継では、光の位相を検出するために光干渉計が用いるが、従来の空間光学系やファイバカプラを用いた光干渉計では干渉計自体が発する雑音を除去できないという問題があり、超高精度を実現すべくNTTが独自に開発したPLCによる差動検波型マッハツェンダー干渉計を用いることとなった。PLCを採用したことにより、リピーターレーザーの位相を同期するための光干渉計と、ファイバ雑音を検出するための光干渉計をワンチップに集積実装でき、筐体を小型化できたほか、干渉回路を光チップ内に作り込むことで、温度等の環境変動にも強く、光干渉計自体に由来する雑音を極限まで低減することにも成功した。

 研究チームは、この実証実験用ファイバリンクを用いて、1秒間のデータ積算時間で3×10-16、2,600秒で1×10-18の周波数安定度(周波数がどれだけ正確かを表す精度の指標の1つ)および精度での伝送を実証したという。この結果は、光格子時計を用いた遠隔地間周波数比較が実現可能なレベルであり、相対論的測地応用につながる成果であるとの見解を示しており、今後、構築した超高精度周波数伝送ファイバネットワーク環境を利用し、和光及び厚木に光格子時計を設置し、周波数比較実験を実施する予定だという。これにより、200km級の遠隔地間で、数cm精度の標高差を検知する相対論的測地の実証に挑戦するほか、光格子時計の全国規模のファイバネットワーク化を想定し、より多中継で安定な運用が可能なリピーターの開発を進め、この超高精度光周波数基準のファイバ伝送技術を1,000km級まで拡張した実証実験環境を構築する予定とも述べている。