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家庭用インクジェット市場が縮小していくなかのエプソンの反省と次の一手

エプソン販売の鈴村文徳社長

 エプソン販売の社長に、2019年4月1日付けで就任した鈴村文徳氏が、新社長としての抱負や、同社の事業方針などについて語った。

 鈴村新社長は、「エプソンは、お客様やパートナーから、なくてはならないと言っていただける会社を目指す」とする一方、「過去3年間で、新たな事業領域に向けた商品は出揃った。新たにターゲットとするこれらの分野だけで、国内の市場規模は、1兆数千億円になると想定されている。そこにおいて、シェアを伸ばしたい。これをしっかりやり遂げる」と、今後の成長戦略に自信をみせた。

 また、個人向けプリンタに関するビジネスモデルの転換に着手する姿勢も示した。鈴村社長は、「まだ具体的なビジネスモデルができているわけではないが、2019年度中には新たなビジネスモデルをしっかりと提供し、それをブラッシュアップしていくことに取り組みたい」と述べた。

 新たな個人向けプリンタのビジネスモデルとしては、「幅広い顧客層に対して、身近に印刷ができる環境を届けるためのビジネスモデル」とし、「作品を通じたコミュニティ形成」、「写真プリントで培ったエプソンのノウハウ提供」、「写真画質の大容量プリンタ」、「印刷し放題」といった言葉とともに、「作品づくりの楽しみを、より豊かにする新たな環境価値を創造する」という表現に留まったが、「写真を大事にしており、それを家庭内で印刷できるということに喜びを感じていただいているユーザーがいる一方で、そうした環境を十分に使いこなせずに、ストレスを感じているユーザーもいる。エプソンのノウハウを提供したり、ビジネスモデルを変えることで、気兼ねなく、プリンタを使ってもらえる環境を実現したい」などとした。

 今後、具体的なビジネスモデルが発表されるようだが、これまでにはない新たなプリントサービスにつながるものを検討しているようだ。

エコタンク、プロジェクタ、ウェアラブルで成長見込む

 鈴村新社長は、岐阜県出身の52歳。1990年4月にエプソン販売に入社後、プロダクトマーケティング分野の仕事に従事。2009年4月にプロダクトマーケティング部長に就任。2013年4月のBP MD部長を経て、2014年6月に取締役に就任した。2014年7月には取締役 販売推進本部長、2017年4月に、取締役 スマートチャージSBU本部長を経て、今回の社長就任に至った。

 なお、佐伯直幸前社長は、4月1日付で、セイコーエプソンの執行役員 営業本部長兼エプソン販売取締役に就任し、グローバルの営業部門を統括することになる。

鈴村社長の略歴

 一方、鈴村社長は、エプソンの2018年度における実績についても説明。国内におけるエコタンク搭載モデルは、前年比1.8倍と大きく成長し、高速ラインインクジェットプリンタによるスマートチャージは、前年比2倍で売上げ成長したことに言及したほか、商業・産業分野向けプリンタでは、品揃えが遅れたこともあり、デジタル化へのシフトが想定よりも減速し、売上高は微増に留まったものの、そのなかでも、注力しているサイン、捺染、ラベル市場は、堅実な成長を遂げており、「商業・産業分野は、大きな商品の投入も予定されており、今後3年間で大きな成長を見込んでいる」とした。

 また、プロジェクタについては、レーザー光源を活用した製品の投入によって販売が拡大。教育分野向けのインタラクティブ機能を搭載した製品が、学校向けの設置計画の影響もあり、好調だという。「プロジェクタは、会議用途だけでなく、空間を彩る用途が広がり、あらゆるところで、映像体験ができるような提案が増えている。今後はライティング機能を搭載したプロジェクタの販売に弾みをつけたい」とした。

 家庭用プロジェクタについては、中国市場で急激な成長を遂げていることに触れながら、「この分野においても仕切り直しをして、新たな体験を伝えたい」と述べ、「近いうちに、置き場所を気にしないコンパクトサイズで、多くの人が楽しめる環境を実現する製品を投入する」と語った。

 そのほか、ウェアラブルでは、オリエント時計の統合や、独自ブランドの高級ウォッチ「TRUME」の発売により、事業を拡大していることを強調。ロボティクスでは、力覚センサーなどのエプソンが得意とするセンシング技術と、ロボティクス技術を融合して、拡大する市場において存在感を発揮する考えを示した。「ロボティクス市場は成長が期待できる分野であり、そこに向けてジャンプアップできる準備ができた」などと述べた。

BtoBなどに課題

 だが、課題についてもあえて言及してみせた。

 セイコーエプソンは、2025年を最終年度とする長期ビジョン「Epson 25」に、2016年度から取り組んでおり、その実行計画として、3回に分けた3カ年の中期経営計画を策定している。2019年度からは、3カ年の第2期中期経営計画がスタートしたところだ。エプソン販売も、この計画に準拠した形で経営計画を策定している。

 「第1期中期経営計画は、多彩な商品が揃ったにも関わらず、セイコーエプソンの売上高は横ばいになった。ROSも目標とした水準には届いていない。市場環境が、エプソンが描いていた状況になっていないことが原因である」とする一方、「エプソン販売の売上高もここ3年間はほぼ横ばいとなっている。その要因は、新たなカテゴリへの参入はできたものの、エプソン販売の大きな売上げ構成比を占めていた家庭用インクジェットプリンタの売上げが減少していること、企業におけるインクジェット化の推進の反動で、レーザープリンタがマイナスになっていることで、これが成長領域の伸びと相殺する格好になっており、成長にはつながっていない」と総括。

 「販売という観点でいえば、高速ラインインクジェットプリンタや小規模産業向けプリンタ、あるいはロボティクスといった分野は、これまでのエプソンが販売してきた販売ルートとは異なり、違うノウハウを持って取り組まなくてはならない。いわば、BtoBに対する経験不足が露呈しており、いい商品があっても、売り方が見合っていない、または販売基盤が整っていないという状況にある。第2期以降は、そうした新たな販売体制の強化が課題になる」とも語った。

 セイコーエプソンでは、第2期中期経営計画において、Epson 25で掲げたインクジェットイノベーション、ビジュアルイノベーション、ウエアラブルイノベーション、ロボティクスイノベーションの4つのイノベーションを成長の軸とすること、サスティナブルな社会の実現に貢献するといった目標とともに、国内外の営業機能の強化を、重点ポイントにあげている。

 鈴村社長は、「セイコーエプソングループ全体としても、販売に対して、力を注ぎ、体制を整備しなくてはならないという認識がある。エプソン販売の前社長である佐伯が、セイコーエプソンでグローバルの営業を統括するのも、その一環である」と述べた。

 今後の中期経営計画においては、販売体制の強化を進めることになるが、市場に対する訴求方法も変化させることになるという。これも、これまでの取り組みの反省をもとにしたものだ。

モノの価値にコトの価値を付加

 「これまでのエプソンは商品力が強かったということもあり、モノの価値を訴求することが多かった。だが、これではどうしてもお客様に届ききらないということが増えてきた。今後は、モノの価値を、コトの価値に翻訳して訴求したり、モノの価値に、コトの価値を付け加えて訴求したりする必要があると感じている」と前置きし、具体的な事例として、オフィスのレーザープリンタをインクジェットプリンタに置き換える施策において、これまでの訴求方法には課題があったことを示して、説明した。

 「レーザープリンタからインクジェットプリンタに置き換えるメリットとして、消費電力が8分の1であり、ゴミを出さないという点があげられる。吉田羊さんを起用したCMでも、100枚機でありながら、レーザーの50枚機に比べても、圧倒的な消費電力の低さを訴求してきた。環境が注目を集めるなかで、最も優れた技術であると自負している」としながら、「しかし、それだけでは届かなかった。これが第1期の反省である。第2期は、デジタルトランスフォーメーションの動きをしっかりと捉えながら、エプソンが持つ商品やサービスの力を訴求していく。また、独創力のある商品に、コトの価値を加えて、届けていくことが大切である」と述べた。

 鈴村社長は、「8分の1の消費電力をモノの訴求を飛び越して、コトというところまで持って行くとどんなことが起こるのか」とし、「1つの回答が、オフィスが丸々エコになるということである。『どこにもないエコなオフィス』、『未来のエコのオフィス』を訴求しないと、お客様に届かない。では、見せることができる『未来のオフィス』はどこにあるのか。それは自分たちで作るしかない。新宿のエプソン販売本社オフィスを、エコのオフィスにするプロジェクトをスタートし、2019年夏には稼働したいと考えている」と語る。

 エプソン販売のエコオフィスでは、オフィス内において、自分たちで再生した紙を、プリンタでの印刷や名刺などに使い、使用しているプリンタはすべてインクジェットにし、紙や電力を大幅に削減するという。

 「東京オリンピックにあわせて、世界各国から来日する人たちにも見学してもらい、未来の循環型オフィスを体験してもらいたい。リサイクルではな、アップサイクルまで見せることができる」と述べた。

 コトによる訴求を、新たな販売提案として進める取り組みのひとつが、スマートチャージによるサブスクリプションの提案だという。

 「日本は、全世界のコピーメーカーがしのぎを削っている市場であり、リプレースサイクルまで管理し、お客様をがっちりとホールドしている。最後発のエプソンは、モノはいいが、それだけではお客様に響かない。だが、モノを売るのではなく、利用してもらうという価値を売ることで状況が変わってくると考えている。

 導入事例もその点から紹介していく」とし、「ある学校法人に対しては、年間500万枚印刷しており、それを『利用』という観点から包括契約を行なう、サブスクリプションモデルを提案している。大量の印刷を行なう場所には100枚機を提案し、教授や事務スタッフの部屋には、少量印刷に最適なプリンタを提案し、これらを機器として販売するのではなく、年間500万枚という契約で導入する。

 こうしたサブスクリプションモデルの契約により、本体の入札ではなく、消耗品予算で対応できるようになる。入札のタイミングを待たなくてはならないということがなくなり、いつでも利用を開始できる。モノ売りから、コト売りに変えていくことで、これまでは参入障壁だったものが、参入障壁ではなくなる」とし、鈴村社長は、「モノからコトへと、ゲームチェンジができるネタは揃っている」と胸を張り、「プロモーションのやり方、販売のやり方、ビジネスモデルの作り方を変えて、ひと工夫して、コトを届けることに力を注ぎたい。これが新たなエプソンのバリューになる」と述べた。

 また、2019年5月に、東京・丸の内に、ショールーム「エプソンスクエア丸の内」を開設することに言及。エプソンスクエア新宿、スクエアアネックス、エプソンイメージングギャラリーエプサイトの3つの拠点を統合し、「エプソンのすべての製品が見られる場として、国内外に情報を発信していきたい」と述べた。

記者会見の場でもプロジェクタを活用

 ちなみに、今回の会見会場となったCasita青山本店は、エプソンのプロジェクタを8台導入し、レストラン内の映像空間演出を行なっている。

 導入しているのは、レーザー光源搭載ライティングモデルの「LightScene EV-100」と「EV-105」で、空間に馴染みやすい円筒型のデザインを採用。2,000lmの明るさを持ち、映像投写だけでなく、スポットライトとしても利用できるプロジェクタだ。

 3階の「MAIN DINING」では、壁面5箇所に飾られた絵の上に、バイオリン弾きなど演奏家の映像を「EV-105」で投写し、演奏家たちが絵のなかに住んでいるような演出を楽しめる。ウェディングでの利用のさいは、特別なコンテンツを用意して、驚きや感動を演出できるという。なお、壁面に飾られた絵は、エプソンの大判インクジェットプリンタ「SureColor SC-P7050V」で印刷したものだという。

 6階「LOUNGE」では、テーブルの上に置かれたカップにライティングモデル「EV-100」で映像を投写。センシング機能を活用しているため、カップの動きに合わせて映像が追従するという。

 壁面には、鈴村新社長の顔写真も投影されていた。

レーザー光源搭載ライティングモデルを使用して、鈴村社長の顔写真を壁面に投影する演出も行なわれた