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産総研、1個の電子で1ビットを表現する世界初のデジタル変調を実現
2018年2月2日 18:25
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下産総研)は、電子1個単位でオン/オフ制御できる「単一電子デジタル変調技術」を開発したことを発表した。
これは産総研 物理計測標準研究部門 量子電気標準研究グループの岡崎雄馬研究員、中村秀司主任研究員、金子晋久 研究グループ長 兼 同研究部門首席研究員らが、日本電信電話株式会社 NTT物性科学基礎研究所と共同で開発されたもの。
スピントロニクスなどの次世代素子の研究開発や、ナノ構造中で生じる物理現象を解明する基礎研究では、素子性能の評価や物理現象の観測のため、ナノ構造を流れるわずかな電流を精密に測定する必要があり、アトアンペア(aA: 10^-18A)~フェムトアンペア(fA: 10^-15A)といった極微小電流を、精密に測定できる技術が重要となっている。
電流は「1秒間あたりに流れた電子の個数」で決まる。電子1個の電荷の大きさ(電気素量)は約1.602×10^-19クーロンで、たとえば1Aの電流は、秒間約624京個の電子の流れに相当する。
電子を1個1個制御する技術は、極めて正確で信頼できる基準電流を発生させたり、従来の計測器では不可能だった精度での計測を実現できる。
今後、ナノテクノロジーの発展にともない、産総研では、さまざまな研究分野で測定対象の微細化が進み、微小電流計測の重要性はますます高まると予想している。
加えて、直流電流だけでなく、キロヘルツ(kHz)、メガヘルツ(MHz)といった周波数帯域の微小な交流電流の測定も重要となってきており、既存の電流計測技術では、そういった周波数帯域の交流の計測では不確かさが大きくなるなどの課題があるため、正確で信頼できる基準交流電流の発生技術が求められているとする。
産総研では、これまでに電子単位の制御のための基盤技術の研究開発に取り組んできており、とくに電子を1個1個制御できる「単一電子素子」の作製に必要となるナノ加工技術や、熱雑音の影響を極限まで低減できる冷凍機測定装置の開発などを行なってきた。
これまでは、一定周期で電子を1個ずつ送り出し、非常に正確な直流電流を発生させる技術をおもに開発してきたが、今回は周波数範囲が直流からMHzの交流電流を発生させるため、新しい動作原理の実証を行なった。
直流電流は、電子を一定の周期で1個ずつ送り出すことで、正確に発生させられる。しかし、正弦波や方形波など、交流成分を含む電流を発生させるには、電流の振幅を時間的に変化させる必要がある。これを電子1個1個の制御で行なうには、電子の時間的な分布を制御(疎密変調)することで可能になる。
今回研究チームは、デジタル信号処理の分野で用いられるデジタル変調に着目。デジタル変調では、デジタル信号の各ビットのデータ1と0を、電気信号のオンとオフに対応させる。適切なビットパターンでオン信号の密度分布を変化させると、任意の波形を発生できる。
今回開発された単一電子デジタル変調技術は、この原理を電子1個の制御に応用し、電子の密度を時間的に変化させることで、任意波形の交流を発生できる。半導体の基板表面に微細加工で作製した電極を配し、それに電圧をかけると、電気的な制御によって電子を1個ずつ送り出せるという。
「送り出す」か「送り出さない」かを、デジタル信号の1と0に対応させて制御すると、電子1個だけを含んだ電流パルスによるデジタル信号を発生できる。この技術によって、電子の疎密変調が可能になり、極めて高い精度で正弦波や方形波などの任意波形の交流を発生できるという。
産総研では、今回開発した技術によって発生させた任意波形の交流電流を、微小電流計測の基準として用いれば、計測精度の向上へとつながり、次世代素子の動作性能の評価やナノ構造内の物理現象の解明などへ貢献できると期待している。今後は、単一電子デジタル変調におけるビットエラーは、発生した電流の精度を決める要因であることから、ビットエラーの低減や評価の研究開発を行ない、発生した電流の振幅の精度を評価する。また、動作速度を向上させ、電子1個を制御する周期を短くすることで、発生できる電流量を増加させることを目指すとしている。
技術の詳細は、2月1日(英国時間)に出版予定の「Applied Physics Express」にて発表される。