笠原一輝のユビキタス情報局

タブレットへ攻め下るx86とクラムシェルへ攻め上がるARM



 COMPUTEX TAIPEI 2011で最も熱かった製品は言うまでもなくタブレットだ。タブレットは現在成長期にあるだけあって、中国の小規模ベンダーの名も無き製品から、ASUSやAcerなどの台湾のトップブランドベンダーの製品まで実に多数の製品が展示されていた。

 だが、その一方でいわゆるクラムシェル型の、キーボード付きのノートPCの話題も無かったわけではない。Intelは初日に行なわれた記者会見において“Ultrabook”構想に言及し、ノートブックPCのメインストリームを現在よりもさらに薄型で軽量な製品へと移行させていく計画を明らかにした。

 こうした動きをさらに加速していきそうなのが、Microsoftが来年(2012年)にリリースする予定のWindows 8(開発コードネーム)だ。Windows 8では、これまでWindowsで利用可能だったx86プロセッサに加えて、ARMプロセッサも利用可能になっており、プロセッサベンダーの選択肢がx86アーキテクチャのプロセッサを提供する3社(AMD、Intel、VIA)に加えて、QualcommやNVIDIAといったARMアーキテクチャを提供するベンダーにも広がりつつあり、COMPUTEXではそうしたARMベンダーも積極的に売り込みを図っていたのだ。

 そうした状況を受けて、特にWindows 8が登場する2012年末の年末商戦に向けた製品計画について、どのコンポーネントを採用するのが正解なのか、ハードウェアベンダー各社は頭を悩ませているようだ。

●Windows 8に向けて製品計画を練るOEM/ODMベンダー

 今回筆者は、台湾で実に多数のOEMメーカーやODMメーカーの関係者にあって話をした。その多くの関係者が言っていたのが、2012年、特にクリスマス商戦における製品展開への悩みだった。というのも、クリスマスの時期に、MicrosoftがWindows 8をリリースして、搭載製品を展開する最初の商戦期になるからだ。

 複数のOEMメーカー筋の情報によれば、MicrosoftはOEMメーカーなどの顧客に対して、Windows 8のリリース予定時期は、2012年の第3四半期の終わり頃、つまり2012年の9月ないしは10月がターゲットであると説明しているということだ。Microsoftの公式見解でも、5月にスティーブ・バルマー氏が行なった講演の中で、2012年に製品を出荷する計画で準備を進めていることを明らかにしており(僚誌Cloud Watchの記事参照)、OEMメーカー関係者の証言を裏付けていると言って良いだろう。

 このため、現在OEMメーカーの担当者はこの時期にどのような製品を投入すればよいか、非常に頭を抱えているというのだという。なぜかと言えば、ノートブックPCにせよ、タブレットにせよ、これまでは選択肢が事実上1つか2つしかなかったのに、Windows 8世代では、その選択肢が膨大になるからだ。

 これまでは、ノートブックPCであれば、IntelやAMDという2社のロードマップを参照し、その2社のプロセッサを採用した製品を考えればよかった。タブレットであれば、NVIDIAのTegra2がほぼ一択で、今後QualcommやTIなどの他のARMプロセッサベンダーからも登場するという状況だった。ところが、Windows 8世代では、x86プロセッサだけでなく、ARMプロセッサもサポートされる。このため、ノートブックPCでは従来のx86プロセッサを選択できるし、タブレットではARMに加えて、Intelもより強力なプロセッサを投入していくので、x86の採用も視野に入ってくる。

 しかも、OSの方も、選択肢はWindows 8だけではない。他にもGoogleのAndroidがあり、来年までには現在Googleが計画している次世代AndroidのIce Cream Sandwich(アイスクリームサンドイッチ)も市場にリリースされている可能性が高い。従って、OEMメーカーの担当者は複数のOSの選択肢、複数のプロセッサの選択肢の中から最適なものを探っていく必要あり、「答えがない連立方程式を永遠に解いているようなもの」(あるOEMメーカーの担当者)という皮肉も聞こえてくる。

●クアッドコアSnapdragonにおいて3G/4Gモデムなし版を先行させるQualcomm

 そうした状況の中で、プロセッサベンダーの各社は、幹部を台湾に送り込んでOEMメーカーやODMメーカーの関係者との商談を続けている。ARMアーキテクチャを搭載したスマートフォン市場のプロセッサで市場をリードしてきたQualcommもその1つだ。

 Qualcomm コンピューティング・コンシューマ製品ビジネス開発担当副社長 テリー・ヤン氏は「弊社には大きく2つの部門がある。1つは通信モデムやSoCなどを扱うチップセット部門で、もう1つがCDMAの技術を顧客にライセンスするライセンスビジネスだ」とし、これまでチップセット(PC業界でいうところのプロセッサ)とライセンスビジネスという2つの柱でやってきたと説明する。

 Qualcommは、現在の携帯電話の通信方式の1つであるCDMA方式を開発した企業の1つで、CDMA方式に関する多くの特許などを有しており、CDMAの特許を携帯電話ベンダーにライセンスするビジネスを展開してきた。それと同時に、ARMアーキテクチャのSoCを携帯電話ベンダーに提供するビジネスも展開しており、それをCDMAのライセンスとセットで展開することで、競合他社との競争で優位に立ってきた。

 しかし、ヤン氏によれば、そうしたQualcommのビジネスモデルも徐々に変わりつつあるようだ。ヤン氏は「弊社はCOMPUTEXに3年前から参加している新参者だ。これまで弊社は3Gライセンシーなどを中心にビジネスを展開してきたが、これからは3Gライセンシー以外のOEM/ODMメーカーにも積極的に弊社の製品を売り込んでいきたい」と述べ、これまで主に3Gのライセンスを持つような大手の携帯電話ベンダー(例えばSamsung、LG、HTCなど)を中心にビジネスを行なってきたが、今後は台湾のOEM/ODMメーカーのようなより小規模なベンダーへの売り込みを積極的に行なっていきたいという意向を明らかにした。

 実際、Qualcommはそうした展開を始めている。Qualcommは2月にスペインで行なわれたMobile World Congress(MWC)において、開発コードネームKrait(クレイト)で知られるARMプロセッサコアを内蔵した、第4世代SnapDragon(スナップドラゴン、Qualcommのスマートフォン/タブレット向けSoC)を発表している。従来Qualcommは3Gモデムの機能を内蔵したSoCを中心に展開していたのだが、この世代からは3G/4Gモデムを内蔵していないSoCも積極的に展開していく。MSMのアルファベットが付く製品が3Gモデム内蔵で、APQのアルファベットが付く製品が3Gモデムなしになる。

 Qualcommはデュアルコア製品のサンプル出荷を開始したことをCOMPUTEXで明らかにしたが、これはMSM型番、つまり3G/4Gモデム内蔵版が先行する。しかしながら、来年の初頭にサンプル出荷が開始される予定のクアッドコア版では、まずAPQ型番つまり3Gモデムを内蔵していないバージョンが先行し、3G/4Gモデム内蔵版はその後になる。

 これは何を意味しているのかと言えば、3G/4Gモデムのアタッチレート(搭載率)が低いタブレット向けを意識しているからだ。iPadなどの例を見てもわかるように、タブレットでの大多数は今のところ3G/4Gモデムレスの製品だ。従って、OEMメーカーは、タブレットを設計する際に、容易に3G/4Gモデムレスを作れるように、モデムは別チップないしは、別モジュールで搭載する設計がほとんどなのだ。従って、そうした製品に入るためには、3G/4Gモデムレスが必須なのだ。

 こうした背景もあり、Qualcommはより小規模のOEM/ODMメーカーのサポートを加速していく。「今後は3Gライセンシーではない中小のベンダーにも積極的に売り込んでいきたい。そのために、開発キットなども用意している」(クアルコムジャパン マーケティング部長 野崎孝幸氏)と、従来は3Gライセンシーなどだけに提供していた開発キットをWebサイトを通して購入できるようにするなどの取り組みをすでに行なっている。

 ヤン氏は、「Windows 8は弊社にとって大きなチャンスになる。特にエンタープライズ市場は大きな可能性を秘めており、積極的に取り組んでいきたい」と述べ、同社がクアッドコアのSnapdragonを武器に、Windows 8が作り出す新しい市場において、コンシューマ市場のみならず、エンタープライズ市場にも積極的に取り組んでいきたいと説明した。

COMPUTEXの会場に隣接するホテル内に設営されたQualcommのブースQualcomm コンピューティング・コンシューマ製品ビジネス開発担当副社長 テリー・ヤン氏QualcommのSnapdragonを搭載したタブレットの試作機。Android 3.0を搭載したQualcommベースのタブレットが公開されたのはCOMPUTEXが初めて
ODMメーカーのQuantaが試作したAndroid 3.0のタブレット。残念ながら筆者の取材した当日は動作していなかった。このようにODMメーカーへの働きかけも強めているASUSのEee Pad MeMO 3D、Android 3.0を搭載した7型タブレット
ODMメーカーのCompalが試作したタブレット。Gingerbread(Android 2.3)を搭載しているHDMI経由での3Dコンテンツ再生のデモに利用されていたQualcommの開発プラットフォーム。デュアルコアのMSM8660を搭載しており、Webサイトを経由して購入することができる

●NVIDIAのWindows 8世代の主力プラットフォームになるKAL-EL

 Googleが今年の初めに発表したタブレット向けのOSとなるAndroid 3.0(開発コードネーム:Honeycomb)を採用したタブレット市場において、NVIDIAは同社のタブレット/スマートフォン向けプロセッサのTegra 250(通称Tegra2)で他社に大きく先行したことは以前のレポートでもお伝えした通りだ。そのNVIDIAは、今回のCOMPUTEXではそのKAL-ELを利用した、新しいデモを公開した。

 NVIDIAが同社ブースなどで公開していたデモはすでに別記事でも触れられているのでここでは繰り返さないが、別記事では触れられていなかったデモとして“GlowBall”と呼ばれる、光る玉を転がしているところを再現したデモも公開されていた。光の加減具合などをプロセッサ側で物理演算することにより高い表現能力を実現するデモになる。なお、この様子はYouTubeのビデオでも公開されている

 なお、NVIDIAは同社ブースなどでAndroid 3.1を搭載したタブレットなどを公開していた。Android 3.1はAndroid 3.0の改良版となる製品で、NVIDIA モバイルビジネス事業部 事業部長 マイケル・レイフィールド氏によれば「Android 3.1は30%の性能向上を実現する。また、Flashへの対応、MPEG-4 AVCのハイプロファイルへの対応などの機能向上を果たしている」と述べ、グラフィックスドライバやOSそのものの改善などにより性能が大きく向上すると説明した。

 また、Windows 8世代に対応するプロセッサについてレイフィールド氏は、「我々はKAL-ELを予定通り、9~12月の間に市場に出回る製品に搭載されるよう、出荷する計画だ。従って、Windows 8がリリースされるころには、すでにKAL-ELが市場に出回っており、ほとんどのメーカーはKAL-ELを採用するだろう」と述べた。

 なお、レイフィールド氏によれば、現行のTegra 250でWindows 8をサポートしないというわけではないが、「KAL-ELはTegra2よりも低消費電力になる一方、プロセッサはクアッドコアになり、グラフィックスコアも強化されるので、Windows 8が登場する段階で発表される新しいハードウェアにわざわざTegra2を採用する理由がない」とし、KAL-ELでのサポートに注力するという見解を明らかにした

 今回NVIDIAはKAL-ELに関する新しい情報を何も公開しなかった。「今回はKAL-ELの詳細のアップデートはしない、その適切な時期ではないからだ。実際に製品が出荷されるタイミングでより詳細を明らかにする予定だ」と述べ、KAL-ELの詳細は今後段階的に公開するとした。

南港ホールに設置されていたNVIDIAブースNVIDIAが行なっていたGlowBallのデモ。KAL-EL上で動いており、KAL-ELのクアッドコアプロセッサを利用して物理演算を行なっている
KAL-EL搭載タブレットで行なわれていたカプコンのLost Planet 2のAndroid版のデモNVIDIAが公開したAndroid 3.1に関するスライド。多くの項目でパフォーマンスアップが実現されている

●攻め下るx86プロセッサ勢と攻め上るARMプロセッサ勢

 Intelのタブレットへの取り組みに関してはすでに別記事で解説した通りだ。Intelの戦略は明確で、引き続きCoreプロセッサ・ファミリーの延長線上にある製品でクラムシェル型のノートブックPCをがっちり押さえ、より低消費電力なAtomプロセッサでタブレットへと攻め入るという戦略だ。

 AMDに関しては、以前の記事で説明した、Ontario(オンタリオ、開発コードネーム)ベースのタブレット向けプロセッサAMD ZシリーズをCOMPUTEXで発表した(別記事参照)。このAMD Zシリーズは、TDP 9WのAMD Cシリーズをベースにして、必要のない機能を削ることで5.7Wという比較的低消費電力を実現した製品となる。AMDはこの製品をOEMメーカーに対してタブレット向けのプロセッサとして売り込んでおり、比較的液晶が大きめなタブレット製品などに採用されることを狙っている。

 Intelにせよ、AMDにせよ、新しいプロセッサをおこすのか、既存のプロセッサをベースに作るのかというアプローチの違いはあるものの、より低消費電力なプロセッサをOEMメーカーに提供することで、タブレット市場へ参入したいという方向性に違いは無い。つまりノートブックPCからタブレットへ攻め下ろうとしているのがx86プロセッサベンダーだ。

 これに対して、QualcommやNVIDIAなどのARMプロセッサのベンダーが目指しているのはこれとは逆だ。元々はスマートフォン用のプロセッサだったものをベースにして、ハイパフォーマンスなモノをつくり、スマートフォンからタブレットへ、そしてクラムシェル型のノートブックPCにまで攻め上ろうとしている。

Intelが南港ホールの自社ブースに展示した、IA版Android 3.0を搭載したOak Trailタブレットのリファレンスデザイン。確かに動いていたが、何度か確認にくるとソフトウェアの責なのか、ハードウェアの責なのかはわからないが、ハングアップしたりして、安定度はまだイマイチのようだった……

●簡単には解けない連立方程式、年末に向けて各社悩みつつ製品計画を練る

 こうした状況の中、2012年後半に製品を出荷できるように、コンポーネントを選択するとすれば、ざっとあげただけでも以下のような選択肢が存在することになる。

【表1】2012年後半に登場が予想されるプロセッサとOSの選択肢
プロセッサ
x86Intel(Ivy Bridge)
Intel(Medfield/Clover Trail)
AMD(Trinity)
AMD(Deccan)
ARMNVIDIA(KAL-EL)
Qualcomm(Snapdragon)
TI(OMAP)
OS
GoogleAndroid
Chrome
MicrosoftWindows 8(x86)
Windows 8(ARM)

 ARMのプロセッサベンダーには、ここにあげた以外のベンダーも選択肢としてあるし、それを入れれば数え切れないほどの選択肢がある。つまり、OEMベンダーが2012年の製品を計画しようというのであれば、これだけのマトリックスの中から、正しい組み合わせはどれかということを、現時点での各社の計画などから判断しなければならないのだ。これでは“解けない連立方程式”とOEMベンダーの関係者が愚痴るのも無理はないだろう。このように、市場は、単なるPC=x86プロセッサ、スマートフォン=ARMプロセッサという単純な構図から、x86も、ARMも入り乱れた複雑な様相を呈していることを、ここ台湾での関係者は誰もが認識している。

 ただ、こうした“業界トーク”をしているとき、それぞれの担当者は皆楽しそうだったことを最後に付け加えておこう。というのも、“解けない連立方程式”だからこそ、その答えはいくつもあり、その答えを“市場”という試験場で試すことができるのだから、それこそ各メーカーの腕の見せ所だからだ。その結果は我々が知るのは1年後ということになるが、今から各メーカーが見せてくれる答えが何であるのか、筆者には非常に楽しみだ。

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(2011年 6月 6日)

[Text by 笠原 一輝]