笠原一輝のユビキタス情報局

Arm攻勢にNVIDIA協業……それでも“x86+独自GPU”に賭けるIntelの狙い

Intel 上級副社長 兼 クライアントコンピューティング事業本部 事業本部長 ジム・ジョンソン氏

 Intel 上級副社長 兼 クライアントコンピューティング事業本部 事業本部長 ジム・ジョンソン氏は1984年にIntelに新卒で入社して以来、41年間に渡ってIntelに勤務している生粋のIntel社員だ。

 Intelではネットワーク事業やグローバルな製造サイトの管理といった業務などにエンジニアとして、そして管理職として従事した後、2018年にIntelのPC事業を統括するクライアントコンピューティング事業本部(Client Computing Group、CCG)に異動し、OEMメーカーとの折衝などに従事。さらに2022年からは上級副社長としてCCGの中でもPCビジネスを統括するクライアントビジネス事業部(CBG)の責任者を務め、今年(2025年)9月のIntelの再編に伴いCCGのトップとなる事業本部長に就任した。

 今Intelは、3月に就任した新CEO リップ・ブー・タン氏のリーダーシップのもとで、文字通り創業以来と言えるような、組織の改編、新しい企業方針の採用など大きな変革のうねりの中にある。そうしたIntelの中で、ジョンソン氏はCCGをどのようにリードしていくのか、お話しを伺ってきた。

 なお、記者会見にはIntel 副社長 兼 PC製品マーケティング 担当責任者 ダン・ロジャース氏も同席しており、製品に関する話題はロジャース氏が回答している(以下敬称略)。

AI PCのビジネスユーザーの期待は高まっている、それがPCの需要を喚起する

Intelが発表したPanther Lake、3つのバリエーションのうちの16 core 12 Xe(左)と16 core(右)

――PC市場の動向についてどのように考えているか?ここ数年は2億5千万台から3億台の間の市場規模ということで、よく言えば安定、悪く言えば横ばいな状況が続いている。

ジョンソン 台数に関してはおっしゃる通り過去数年横ばいだが、今はその軌道を変える機会であると考えている。というのも、PC市場はこれまで以上にダイナミックで活気に満ちているからだ。

 今PCのソフトウェア環境はダイナミックに変わりつつあり、それによりさらにプロセッサへのニーズが高まっている。それは何もAIだけでなく、たとえばセキュリティのソフトウェアも大きく進化しているし、新しい世代のWeb会議ソフトなどでより優れたWeb会議を行なうことができるようになっている。

 今回我々がご説明したPanther Lakeも、まさにそうしたソフトウェアによる変革を支える製品だ。Panther Lakeにより、企業の従業員の生産性を向上させるビジネス向けのユースケースを今後ご紹介できると考えている。

 実際、多くの企業のCIOはそうしたAI PCが自社の競争力を高めるのに役立つだろうと言っていることからも分かるように、企業側の期待値は非常に高い。AI PCの構想は、まだ始まったばかりで、今はまだ序章に過ぎない、これから多くのユースケースが登場することになるだろう。私たちのPanther Lakeはそうした構想をさらに加速する製品であり、PC市場は今後ゆっくりと成長に向かうと我々は考えている。

――3月に新しいCEOが就任し、9月にジョンソン氏自身を含む新しい事業部のリーダーが任命され、Intelは変わりつつある。Intel、そしてCCGはどのように変わっていくのだろうか?

ジョンソン 新しいCEOが着任し、彼が本当にインパクトがあるいくつかのことを行ない会社の形を変えていっている。たとえば、会社の階層を最大50%削減するという取り組みを行なっており、我々の活動の多くが合理化されている。それにより問題に確実に対処し、スケジュール通りに物事を進める、そうした取り組みを進めていく。

 そしてもう1つがエンジニアリングファーストの考え方を持つことで、今回我々が行なったこのIntel Tech Tour(IntelがPanther Lakeの説明会として開催したイベント)にもそれが表れており、テックメディアの記者の皆さまに来ていただき、新製品がなぜどうして良くなったのかを説明して理解を深めてもらっている。

 また、ここにいるロジャースが、製品評価ラボを活用して、当社のリファレンスデザインやお客さまの製品をテストし、市場で競争力のある製品を作れるように日々見直している。そうしたことも、エンジニアリングを重視するという新しいIntelの方針にそったものだ。

 今回我々が説明したPanther Lakeはまさに顧客(PCメーカー)が待ち望んできた製品だ。設計効率を高めることができるファミリ構成を1つのパッケージで提供しており、顧客(PCメーカー)は効率のよい設計が可能になる。そのことは彼らがサプライチェーンを正しく管理するのと同じくらい重要だ。8 coreの製品を作った後で、16 coreや16 core 12Xeの製品を追加したいと考えた時も、すぐにそれに対応することが可能になる。それをサプライチェーンなどを見直すことなく実現することができる。Lunar Lakeの電力効率、そしてArrow Lakeのパフォーマンスの両方を兼ね備えている製品がPanther Lakeになるのだ。

――Intelは「Intel Inside Program」のような革新的なマーケティングプログラムを始めたことで知られているように、マーケティング活動に力を入れている半導体メーカーの1つだと認識されている。ジョンソン氏のマーケティングに対する方針を教えてほしい。

ジョンソン 我々のマーケティングは大きく言って、プッシュマーケティング、プルマーケティング、ハイタッチマーケティングの3つの要素で構成されていると考えている。

 プッシュマーケティングとは、我々の顧客であるOEMメーカーと協力して、我々ができることは何で、どんな製品で、何を売りたいのかについてお話しすることだ。プルマーケティングとは、そうした製品の魅力をチャンネル(流通などのこと)を通じて引き出すことを支援していく。そして最後にハイタッチマーケティングとは、チャンネルパートナーと協力し、専門家を派遣して製品の利点を説明することを支援していく。そうした3つの大きな戦略のもとで、マーケティング活動を行なっていく。

Intelはx86アーキテクチャのCPU、Arc/Xeへの開発に投資を続けると強調

Panther Lakeの消費電力はArrow Lakeより低いのはもちろんのこと、Armに匹敵する消費電力で評価されているLunar Lakeよりも低いとアピール

――Armのレネ・ハースCEOは、2030年までにArmアーキテクチャのCPUがWindowsプラットフォームの過半を得るという意欲的な目標を掲げている。今でもx86はArmなどに対してアドバンテージがあると考えているか?

ジョンソン シンプルな答えはイエスだ。我々は優れたx86アーキテクチャを持っている。既にヘテロジニアスなコア構成を実現しており、Pコア(高性能コア)ではシングルスレッド、マルチスレッド、そしてマルチアプリケーションで作業効率が上がるようなコア構成をとっている。

 さらに、高効率なEコアは低電圧なアイランドに置かれており、優れた電力効率を実現している。我々はこのアーキテクチャがPanther Lakeや将来の世代で高い競争力を持っていると信じており、競合他社の目標が実現されないように設計されていると考えているし、今後も強力な開発を進めていく。

――x86のIPライセンスを、AMD以外の他社にライセンスする計画はないのか?

ジョンソン そういう計画は存在しない。

――NVIDIAとの協業が発表され、x86 RTX SoC(仮称)という構想が明らかにされた。その製品はIntelにとってどのような意味があるか、またXeアーキテクチャ(Arc)への影響はあるのか?

ロジャース 現時点ではその詳細は明らかにはしていないが、いくつかのことは発表した。それはNVLinkをサポートし、グラフィックスチップレットを我々の製品に統合するという技術協力であることであり、我々の製品開発協力には大きな市場機会があるということだ。

 PCはAppleエコシステムとの競争に晒されており、NVIDIAのRTXをIntel製品に取り込むことは、我々にとってもNVIDIAにとっても大きな機会になると考えている。重要なことは、この協業は複数年におよぶ取り組みで、1回限りの取り組みではないということだ。

ジョンソン それと同時に我々はArcやXeに投資を続けていく。それも将来の複数世代にわたる投資であって、Panther Lake製品を見ていただければ、それがいかに重要かご理解いただけると思う。

――Microsoftとの関係はどうか?以前はWintelと強力なパートナー関係にあったように見えるIntelとMicrosoftだが、昨年(2024年)のCopilot+ PCではローンチパートナーにQualcommが選ばれるなど、従来とは関係が変わってきたように見えるが?

ジョンソン 我々はアーキテクチャ的にMicrosoftと深い関係を築いている。Panther LakeのIntel Thread DirectorはOS側のスケジューラーとより深い連動を行なうようになっている。そうした両社のより深い協業は以前よりも進展していると考えている。

 また、AI PCの取り組みに関してもMicrosoftと協業しており、我々のLunar LakeはMicrosoftのCopilot+ PCを実現する、トップクラスの性能を持つSoCの1つだった。こうした両社の関係は、IntelやMicrosoftにとってだけでなく、PC業界全体が勝利するために必要なことだと認識している。

日本のPCメーカーは依然としてIntelにとって重要、Panther Lakeの正式発表はCESをターゲットに

Panther LakeのコンピュートタイルはIntel 18Aで製造されている、そのウエハーを見ると確かにPコア×4、Eコア×8、LPEコア×4というCPUコアが確認できる

――日本のPCメーカーとの関係性について教えてほしい。日本のPCメーカーは規模こそ大きくはないが特色のあるPCメーカーが複数ある状況になっている。

ジョンソン 日本のPCメーカーはIntelにとって非常に重要な存在だ。この秋にも訪日し、日本のお客さまにロードマップを説明する計画だ。このように年に1度は私の方から日本を訪問するし、その逆に年に2~3度は日本のお客さまが弊社を訪れてくれているなど密接にコミュニケーションを取っている。

 日本のPCメーカーは、おっしゃる通り規模は以前ほど大きくないのは事実だが、依然として新しいユースケースを提案いただいているし、非常に厳しい日本市場の要求を満たしているという意味でとても強力だ。その観点で、Intelは日本のPCメーカーをとても大切にしているし、これからもそれは変わらない。

――IntelにとってPanther Lakeとはどういう意味を持つか?またいつ正式に発表されることになるのか?

ジョンソン Panther LakeはIntelにとってトップ10の優先順位の中の1つの仕事になる。Intel 18Aを立ちあげるだけでなく、発売時に疑いの余地のない市場リーダーになると我々が信じている製品になると考えている。

 今年の末までに製造が開始されOEMメーカーへ出荷されることになり、その後グローバルな発表を行なう計画だ。このイベント(このインタビューが行なわれたPanther Lakeの技術詳細を説明するイベントのこと)は、CESの準備期間のようなもので、OEMメーカーが発売準備が整うタイミングで正式な発表を行なうことになるだろう。

x86 CPUとArc(Xe)へ開発は続け、AMD以外にはx86 IPライセンスを供与しないことの意味

Intel 上級副社長 兼 クライアントコンピューティング事業本部 事業本部長 ジム・ジョンソン氏(左)、Intel 副社長 兼 PC製品マーケティング 担当責任者 ダン・ロジャース氏(右)

 冒頭でも説明した通り、ジョンソン氏自身はIntelに41年勤めるなどベテランで、データセンター事業本部(DCG)の事業本部長になるケヴォーク・ケシシャン氏が外部から招聘されたのとは違って内部昇格であり、その意味でもクライアントコンピューティング事業本部(CCG)の方は大きく変える必要がないとIntel自身も考えていることの裏返しだろう。

 そうしたIntelのCCGにとって、NVIDIAとのPC製品での提携は、従来のIntel CCGでは考えられなかったような大胆なもので、他社製品の方が優れているということを素直に認めて、自社の製品に取り込むというのは、Intelが変わり始めている証拠だろう。ジョンソン氏率いるCCGが、そのNVIDIAのグラフィックスチップを取り込んだSoCをどのように設計するのかは次の焦点と言える。

 同時に、x86 CPUやArc(XeアーキテクチャのGPU)への投資を継続するということを強調したことは重要なポイントだと言える。対Armという観点で考えれば、x86 CPUの開発に投資し、同時に引き続きAMD以外にはライセンスを公開しないということを明言したことは、IntelがQualcommのArm CPUを深刻な脅威だとは捉えていないことの裏返しだろう。

 グローバルの市場で数パーセント程度の市場シェアしかないQualcommのSnapdragonがまだ大きな脅威ではないことは間違いないが、2029年までに12%まで伸ばすというQualcommの目標がもし実現すればIntelの市場シェアがさらに減ることになるが、Intelとしてはそこまでの脅威だとは捉えていないということだ。

 もう1つの、Arc/Xeアーキテクチャへの投資を今後も続けるというのは、以前の記事でも説明した通り、IntelとNVIDIAが共同で開発するx86 RTX SOC(仮称)が、現在XeアーキテクチャのGPUを内蔵しているIntel SoC(現行製品で言えばLunar LakeやArrow Lake)とは競合しない製品で、現状Intelが競合する製品を持っていないApple M4 Pro/MaxやAMD Ryzen AI Max/Max+に競合する製品だからだと理解できる。NVIDIAから供給されるのはあくまでチップレットのダイであり、それをIntelのダイに統合するというわけではないことには注意が必要だ。

 Panther LakeやArrow LakeはGPUは別のタイル(ダイ)だが、Lunar LakeではコンピュートタイルにGPUが統合されており、SoCにそうした柔軟な設計を今後も行なう意味で、自分のところでGPUの開発を続けるのが合理的だろう。その一方でx86 RTX SOCがゲーミング向けやワークステーション向け製品と考えれば、NVIDIAと協業して製品を作るのが合理的だ、ということだ。

 また、今回のインタビューで明らかになったのは、IntelもPanther Lakeの正式な発表をCES 2026を念頭に置いているということだ。既にAMDはCESの前日基調講演に参加することを既に明らかにしており、Qualcommも先日マウイで発表したSnapdragon X2シリーズ搭載製品はPCメーカーからCESで多数発表される見通しだと明らかにしている。その意味で、来年の年頭に予定されているCES 2026、PC業界にとっては「お祭り」級の製品発表に沸くことになりそうだ。