笠原一輝のユビキタス情報局
Surface 3でAtom x7-Z8700の実力をチェック
(2015/5/19 14:34)
日本マイクロソフトは19日、622gのタブレットとなる「Surface 3」を発表した。その概要などに関しては別記事を参照して頂くとして、ここではSurface 3に搭載されているSoCであるAtom x7-Z8700の性能にベンチマークなどを利用して迫っていきたい。
実際にテストして分かったことは、Atom x7-Z8700はWindows 7時代のハイエンドノートPCと同じ程度の性能を備えており、Webを見たり、Officeアプリケーション程度であれば十分な性能を持っているということだ。
Bay Trailに比べてGPUの強化が大きなポイントとなるCherry Trail
Surface 3に採用されている「Atom x7-Z8700」は、開発コードネームCherry Trail(チェリートレイル)で知られるIntelの最新モバイル向けSoCとなる。Cherry Trailは、2013年9月に発表されたAtom Z3700シリーズ(開発コードネーム:Bay Trail)の後継製品で、3月にスペインバルセロナで行なわれたMWC 2015で発表された。両製品を比較すると以下のようになる。
【表1】Cherry TrailとBay Trailの比較 | ||
---|---|---|
開発コードネーム | Cherry Trail | Bay Trail |
製品名 | Atom x5/x7 | Atom Z3700 |
製造プロセスルール | 14nm | 22nm |
CPU | Airmont | Silvermont |
CPUコア数 | 4 | 4 |
GPU | Intel GMA Gen8 | Intel GMA Gen7 |
グラフィックスAPI | OpenGL4.2/Direct 3D 11.1/OpenCL 1.2/OpenGL ES 3.0 | OpenGL3.2/Direct 3D11/OpenCL 1.1 |
最大EU数 | 16 | 4 |
QSV | 対応 | 対応 |
メモリ | 2x64 LPDDR3 1600-8GB | 2x64 LPDDR3 1066 4GB |
最大帯域幅 | 25.6GB/sec | 17.1GB/sec |
ストレージI/O | eMMC4.51 | eMMC4.51 |
従来製品となるBay Trailとの最大の違いは、GPUが大幅に強化されていることだ。Bay TrailのGPUは、Intelの自社設計の内蔵GPU(Intel GMA)の第7世代と呼ばれているデザインで、第3世代Coreプロセッサ(開発コードネーム:Ivy Bridge)と同じアーキテクチャだ。EUと呼ばれる実行エンジンは、4つとやや少なめだった。
これに対してCherry Trailの内蔵GPUは第8世代へ強化されている。第8世代のGMAは、第5世代Coreプロセッサ(Broadwell)にも採用されている内蔵GPUで最新のデザインだ。かつ、EUは一気に4倍の16つに増やされている。また、ソフトウェア的にはOpenGL 4.2、Open CL 1.2、OpenGL ES 3.0などに新たに対応した。
16のEUを実現するために、製造プロセスは第5世代Coreプロセッサと同じ14nmに強化されている。これに併せてCPUも、14nmプロセス世代用のAirmontコアに変更されているが、このAirmontコアは22nmプロセスルール用のSilvermontコアの微細化版で、CPUの性能自体には大きな変化はない。このため、CPU性能に関してはBay Trail世代とほぼ同じだ。
I/O周りも基本的に大きな変化はない。ストレージはBay Trailと同じeMMC 4.51になっている。ただ、メモリに関してはBay TrailがLPDDR3-1066のデュアルチャネル構成であったのに対して、Cherry TrailではLPDDR3-1600のデュアルチャネルへと強化されている。最大時構成のメモリ帯域幅はBay Trailが17.1GB/secであったのに対して、Cherry Trailでは25.6GB/secと増加している。
Coreプロセッサとの大きな違いはCPUの性能とストレージのインターフェース
このCherry Trailは、上位版となるCoreプロセッサとは何が違うのだろうか。既に述べた通り、GPUのアーキテクチャに関してはCherry TrailもIntel GMAの第8世代になっているため、違いはEU数でしかない。従って、最大の違いはCPUとなる。以下はCoreプロセッサとAtomの最新世代を比較した表になる。
第5世代Coreプロセッサ(Uプロセッサ) | Atom x5/x7 | |
---|---|---|
開発コードネーム | Boradwell | Cherry Trail |
CPUアーキテクチャ | - | Airmont |
CPUコア数(論理スレッド) | 2(4) | 4(4) |
L1キャッシュ(命令/データ)/コア | 32KB/32KB | 32KB/32KB |
L2キャッシュ/コア | 512KB | 512KB |
LLC | 4MB | - |
GPUアーキテクチャ | Intel GMA Gen8 | Intel GMA Gen8 |
EU | 24/48個 | 16個 |
メモリ構成 | DDR3L-1600/LPDDR3-1866×2 | LPDDR3-1600×2 |
メモリ帯域幅(最大) | 25.6GB/sec | 25.6GB/sec |
ストレージ | PCI Express/SATA | eMMC4.51 |
消費電力 | TDP15W/28W | SDP2W |
現在ノートPC用として提供されている第5世代Coreプロセッサはデュアルコア(2コア)で、Cherry Trailはクアッドコア(4コア)になっているため、Cherry Trailの方が速いのではないかと勘違いしている人もいなくはないだろう(本誌の読者にはいないと思うが念のため)。実際にはCPUの処理能力というのは、
(1)CPUのコア数
(2)IPC(Instruction Per Clock cycle)
(3)クロック周波数
といういくつかのパラメータにより決まってくる。これらのかけ算で決まってくるので、コア数が多くても、クロック周波数やIPCが低ければ性能は高くならない。現在のCPUは周波数は1~3GHz前後と比較的似通ったクロック周波数になっていることが多い。従って、主に性能はIPCで決まってくると言える。
IPCというのは、要するに1クロックあたりに実行できる命令数のことで、有り体に言えばCoreプロセッサはこのIPCが高いし、Cherry Trailの方はそこそこというのが違いになる。例えば、キャッシュは各コアあたりに32KB(命令)+32KB(データ)のL1キャッシュ、512KBのL2キャッシュ(Atomは実際には2つのCPUコアが1MBのL2キャッシュを共有する構造)というところまでは両製品ともに同じだが、BroadwellにはLLCと呼ばれるL3キャッシュが用意されており、より高いIPCが実現できるようになっている。このほかにも、実行エンジンの効率などさまざまな部分でCoreプロセッサの方はIPCを高める仕組みが入っている。
しかしながらIPCが高くなればなるほど、消費電力は増えていく。このため、Coreプロセッサの方は15Wや28WというTDP(Thermal Design Power、熱設計消費電力、製品をデザインする時に想定する電力量のこと)が設定されている。これに対して、Cherry Trailの方はSDP(TDPがSoCの温度が90度まで耐えられるとした時の電力であるのに対して、SDPはSoCが70度まで耐えられるとした、製品をデザインする時に参照する電力量)が2Wと圧倒的に低く設計されている。Coreプロセッサであれば基本的に冷却用のファンが必要になるが、Cherry Trailはファンレスで設計できる。
もう1つの大きな違いは、ストレージのインターフェイスだ。CoreプロセッサがPCI ExpressやSerial ATAなどを利用してSSDを接続できるのに対して、Cherry TrailはeMMCと呼ばれるタブレットやスマートフォンなどで一般的に利用されるインターフェイスを利用している。PCI Expressが数GB/sec、SATAが600MB/secと非常に高帯域になっているのに対して、Cherry TrailでサポートされているeMMC 4.51では200MB/secとさほど高速ではない。もともとeMMC用として販売されているフラッシュメモリはそもそも高速ではないのでこれで十分なのだが、PC用として見るとやや遅い。ただ、そのかわりに、eMMCは圧倒的に消費電力が低く、モバイル機器には向いていると言える。
テストによってはBay Trailの1.5~3.6倍、数年前のハイエンドPC相当の性能を持つ?
では、実際のところ、Cherry Trailの性能はどれくらいなのだろうか。それを見るために、筆者の手元にあった3つの製品とベンチマークを利用して比較してみた。
比較したのは、Bay Trailを搭載した「ThinkPad 8」(2014年発売)、第4世代Coreプロセッサ(Haswell)を搭載した「VAIO Duo 13」(2013年発売)、さらには第1世代(とは言わないが)のCoreプロセッサ(Arrandale)を搭載した「ThinkPad T410s」(2010年発売)の3つを用意した。
なお、利用したSurface 3は前回の記事で紹介した、米国版のSurface 3(4GB/128GBモデル、Wi-Fi)で、日本語の言語パックを入れて日本語化しているため、若干日本の製品とは異なる可能性があることはお断りしておく。
テスト環境は表3の通りで、結果は表4とそこからいくつかの結果を抜き出したグラフ1~グラフ8になる。
【表3】テスト環境 | ||||
---|---|---|---|---|
ThinkPad T410s(Core i5-M540) | VAIO Duo 13(Core i5-4200U) | ThinkPad 8(Atom Z3770) | Surface 3(Atom x7-Z8700) | |
テストマシン | ThinkPad T410s | VAIO Duo 13 | ThinkPad 8 | Surface 3 |
CPU | Core i5-M540(2.53GHz) | Core i5-4200U(1.6GHz) | Atom Z3770(1.46GHz) | Atom x7-Z8700(1.6GHz) |
メモリ | 4GB | 4GB | 2GB | 4GB |
ストレージ | Samsung MMDPE56G8DXP | Samsung MZNTD128HAGM | SanDisk SEM128 | Samsung MDGACC |
OS | Windows 7 SP1 | Windows 8.1 Update | Windows 8.1 Update | Windows 8.1 Update |
発売時期 | 2010年 | 2013年 | 2014年 | 2015年 |
ThinkPad T410s(Core i5-M540) | VAIO Duo 13(Core i5-4200U) | ThinkPad 8(Atom Z3770) | Surface 3(Atom x7-Z8700) | |
---|---|---|---|---|
3DMark ICE storm Umlimited | ||||
Score | 16200 | 43289 | 15517 | 25143 |
Graphics Score | 14491 | 49290 | 14541 | 27417 |
Physics Score | 27600 | 30355 | 20289 | 19487 |
Graphics test 1(fps) | 90.37 | 313.65 | 77.72 | 135.42 |
Graphics test 2(fps) | 48.36 | 162.76 | 53.29 | 106.64 |
PCMark8 v2 | ||||
Physics test(fps) | 87.62 | 96.37 | 64.41 | 61.87 |
Home Conventionl 3.0 score | 1735 | 2302 | 953 | 1487 |
Web Browsing -JunglePin | 0.381 | 0.344 | 0.672 | 0.512 |
Web Browsing -Amazonia | 0.138 | 0.14 | 0.212 | 0.171 |
Writing | 4.59 | 4.91 | 10.28 | 9.57 |
Photo Editing v2 | 0.975 | 0.93 | 3.098 | 1.759 |
Video Chat v2/Video Chat playback 1 v2(fps) | 30 | 30 | 30 | 30 |
Video Chat v2/Video Chat encoding v2(ms) | 183.7 | 142 | 393.7 | 212 |
WinSAT | 5.3 | 23.8 | 4.1 | 14.2 |
Casual Gaming(fps) | 5.3 | 23.8 | 4.1 | 14.2 |
CrystalMark 4.0.3 | ||||
Benchmark Duration | 34分31秒 | 33分49秒 | 57分32秒 | 43分4秒 |
メモリ(MB/sec) | 5932.55 | 14427.91 | 10118.82 | 12534.86 |
SeqQ32T1(リード、MB/sec) | 171.8 | 525.5 | 72.96 | 151.5 |
SeqQ32T1(ライト、MB/sec) | 118 | 134.1 | 57.07 | 38.27 |
4KQ32T1(リード、MB/sec) | 19.07 | 236 | 18.05 | 34.98 |
4KQ32T1(ライト、MB/sec) | 7.432 | 132.8 | 5.002 | 10.91 |
Seq(リード、MB/sec) | 89.55 | 463.5 | 91.65 | 121.4 |
Seq(ライト、MB/sec) | 119.3 | 134.2 | 33.34 | 36.91 |
4K(リード、MB/sec) | 14.5 | 25.85 | 13.69 | 16.17 |
4K(ライト、MB/sec) | 4.669 | 50.81 | 4.435 | 10.44 |
これを見て分かることは、Bay TrailからCherry Trailになっての性能向上は実は結構大きいということだ。今回比較に用意したThinkPad 8はAtom Z3770という、ベースクロックが1.46GHzのBay Trailを搭載しており、Surface 3に搭載されているAtom x7-Z8700のベースクロック1.6GHzに比べるとCPUクロックは若干低い。従ってその分は若干割り引いて考えないといけないが、それでもPCMark8 v2の総合スコア(グラフ1)が1.5倍になっているのは十分注目に値する。
既に述べた通り、同クロックであればBay TrailとCherry TrailのCPU性能の向上はほとんどないので、CPUクロック分とGPU、さらに言えば、Surface 3はメモリが4GBになっていることが、この結果に表れていると言っていいだろう。
しかも、5年前のハイエンドPCであるThinkPad T410sにかなり迫る総合性能になっており、筆者の体感では、Windows 8になって起動速度などが大きく改善されているので、むしろSurface 3の方が快適に使えると感じたほどだ。
ただ、純粋にCPUの処理性能が必要とするような写真編集などでは、やはりCoreプロセッサの方が速いということはグラフ2のPCMark8 v2 Photo Editing v2の結果でも分かるだろう。写真の編集のような作業では、CPU自体の処理能力とクロック周波数が効いてくるため、Bay TrailやCherry Trailはやや不利な結果となっている。それでも、Cherry Trailを搭載したSurface 3はBay TrailのThinkPad 8の半分の時間で終わっており、やはりここでも大きな性能向上を確認できた。
GPUの性能に関してはグラフ4とグラフ5を参考にして欲しいが、Bay Trailが初代Core i5とほぼ同じような性能だったのに対して、Cherry Trailを搭載しているSurface 3は大きく性能が向上していることが分かる。特にPCMark v2のカジュアルゲームでは3.46倍になっており、大きな性能向上を果たしている。
ただ、なんで3DMarkの方は1.6倍なの? EUは4倍になったんでしょ? という疑問があると思うが、おそらくそれはメモリ帯域幅が増えていないからだろう。グラフ6のWinSATのメモリ帯域で見ても分かるように、メモリの帯域はわずかしか上がっていない。3DMarkが想定するような重い3Dゲームではメモリ帯域への負荷があるのだが、内蔵GPUの場合、メモリ帯域幅をCPUと共有しており、かつ単体GPUのようにメモリ帯域が十分確保されているとは言いがたい状況だ。このため、せっかくEUが4倍になっても、性能はリニアに4倍にならない。
同じ問題は、CoreプロセッサのGT2とGT3でも言われており、eDRAMが搭載されていないGT3のGPUはEUの数が倍になっているのだが、やはり3DMarkのスコアでは倍にならないことはよく知られている。この点は今後の世代での課題と言えるだろう。
最後にグラフ9のストレージについて触れておきたい。VAIO Duo 13の内蔵ストレージはPCI Express SSDではなく、SATA 6GbpsのSSDだが、それでもかなり高速な部類のSSDを採用している。それと比べると、やはりeMMCのフラッシュメモリはあまり速くない。特にライトは大きく劣る結果であることが見て取れる。しかし、eMMCはPCI Express SSDやSATAに比べて消費電力が低く、こればっかりトレードオフとしか言いようがない。もちろん、快適に使えるとは言いがたいが、読み込みに関してはT410sに内蔵されている初期のSATA SSDよりやや遅いぐらいで、書き込みもランダムはT410sに比べて高速だ。つまり、HDDよりは圧倒的に快適に利用でき、数年前のSSD並みの性能は持っているのだから十分だ。
デジタイザペンも使えるし、ビジネスアプリケーションの中心のユーザーにこそお薦め
以上のように見てきたが、ベンチマーク結果からも分かるように、Cherry TrailはBay Trail世代に比べて大幅に性能が向上している。以前の記事でも述べたが、多くのBay Trailユーザーは同意してくれると思うが、大容量のメモリを使うアプリケーションをたくさん起動しなければ、Bay TrailのWindowsタブレットは十分普通に利用できていた。つまりCPUやGPUの性能としては、Windows 8/8.1が必要とするような最低条件はクリアしていたということができるだろう。ただ、多くの製品はメモリが2GB、製品によっては1GBしかメモリが搭載されていなかったので、やはり大容量のメモリを必要とするようなアプリケーションや、多くのアプリケーションを同時に走らせるとややつらかったのが事実だ。
しかし、Surface 3に搭載されているAtom x7-Z8700と4Gメモリの組み合わせはなかなか強力で、GPUの性能が上がっているのでBay Trailより快適に利用できるし、ThinkPad T410sとの比較を見れば数年前のハイエンドPC並かそれ以上にWindowsを利用できる言える。であれば、人によっては十分すぎると感じるのではないだろうか。
ただ、写真編集や動画編集といった用途がメインなら、Surface 3はあまり向いていないかもしれない。それらはCPUやGPUの性能をより必要とするし、メモリも8GB、16GBなどあったほうが快適に操作できる。その意味では、そうした用途にも使いたいというのであれば、Surface Pro 3などCoreプロセッサ+8GBメモリを搭載した製品を選択した方が幸せになれるだろう。
では、Surface 3は誰に向いているのかと言えば、やはりメインはOfficeアプリケーションやテキストエディタ、たまに写真編集もするといったビジネスユーザーだろう。特にオプションで用意されているデジタイザペンを利用すれば、ペンでメモを取ったりもそうだが、PDFファイルに書き込んで人に送ったりといった使い方も可能で、ビジネスの生産性向上に大いに役立つだろう。自宅で使っているメインのPCに加えて、持ち運びのタブレット兼ノートPCとして使うというサブノートPC的な使い方が想定されるのではないだろうか。
これを書いている時点では、Surface 3の価格は明らかになっていないが、筆者個人としてはやはり4GBのメモリがある方が快適に使えると考えているので、少々高くても4GB/128GBのモデルを購入することをお薦めとしてこの記事のまとめとしたい。