笠原一輝のユビキタス情報局
Intel、次期CEOにブライアン・クルザニッチ氏を選出
~レネイ・ジェームズ氏が社長へ就任
(2013/5/8 00:00)
Intelは2日(現地時間)、16日に行なわれる株主総会をもって退任する予定のポール・オッテリーニ社長兼CEO(最高経営責任者)の後任として、これまで同社の上席副社長(Executive Vice President)兼COO(最高執行責任者)を務めてきたブライアン・クルザニッチ氏(52歳)を取締役会議で選出したことを明らかにした。
また、同時にIntel上席副社長兼ソフトウェア・サービス事業本部事業本部長を務めてきたレネイ・ジェームズ氏(48歳)を同社社長に任命したことも同時に明らかにされており、今後のIntelはクルザニッチCEOとジェームズ社長という2人のリーダーによって率いられることになる。
現在、Intelの主要顧客であるPCメーカーは、タブレットやスマートフォンの伸張により市場の縮小に苦しんでいると言われているだけに、今後新CEOに就任するクルザニッチ氏がIntelをどのように導くのかに、注目が集まっている。
Intelの新体制は、クルザニッチ氏とジェームズ氏の双頭体制へ
今回Intelが発表したのは、ブライアン・クルザニッチ氏のCEO就任と、レネイ・ジェームズ氏の社長就任だ。
ブライアン・クルザニッチ氏は、これまでIntelの上席副社長兼COOを務めており、昨年(2012)年にCOOへと抜擢され、次期CEOの第1候補と目されてきた。同氏はサンノゼ州立大学で化学の学士号を取得した後、1982年にIntelにプロセスエンジニアとして入社し、その後一貫して製造関連の開発やマネージメントに関わってきた。1997年から2001年には、Intelの主力工場の1つであるFab17において180nm(0.18μm)および130nm(0.13μm)の立ち上げを主導し、2001年から2003年には130nmを他のIntelの工場へと移行させる役割を担ってきた。その後、製造装置の責任者などを歴任し、現在Intelが進めている450mmウェハへの移行で中心的な役割を担っている。昨年COOに任命されてからは、世界最大の半導体製造メーカーであるIntelの製造面の責任者として経営に関与していた。
レネイ・ジェームズ氏は、これまで上席副社長兼ソフトウェア・サービス事業本部 事業本部長を務めているほか、Intelが買収したソフトウェア子会社(Havok、McAfee、Wind River)の会長も兼任しているなど、これまでIntelのソフトウェア戦略についての責任を負ってきた。ジェームズ氏はオレゴン大学で経営学の学士号および修士号を取得した後、Intelに入社し、ソフトウェアベンダーとの折衝など、ソフトウェア業界との関わりが深い仕事を担当してきた。若い頃には、当時IntelのCEOだったアンディ・グローブ氏(現名誉会長)のテクニカルアシスタント(同社の出世コースとして知られるポジション)を務めており、若い頃から将来を期待された存在だった。近年は、ソフトウェア・サービス事業本部の事業本部長として、MicrosoftやGoogleなどとの各種交渉や、開発者への働きかけなどを担当してきた。
2人の前任者となるポール・オッテリーニ氏は、社長兼CEOという役職名からも分かるように、両方の職を兼ねてきた。しかし、今回クルザニッチ氏がCEO(最高経営責任者)、ジェームズ氏が社長に就任することになり、役割は分担されることになる。米国の企業では、CEOと社長が別の人物が努めることはよくあり、実際オッテリーニ氏も社長兼CEOと両方の職を兼ねるまでは、オッテリーニ氏の前にCEOを務めていたクレイグ・バレット氏が会長兼CEOで、オッテリーニ氏が社長兼COOとなっており、業務を分担していた。なお、米国の会社ではCEOと社長をそれぞれ別の人物が担当している場合には、CEOがより上位となり、今後はクルザニッチ氏がIntelのリーダーということになる。
製品部門、製造部門という2つの顔を持つIntelそれぞれを代表する人材
IntelにとってはCEO職と社長職が分離するのは今回が初めてではない。ただ、バレットCEO、オッテリーニ社長兼COOという体制が、将来的にバレット氏からオッテリーニ氏への禅譲を意図していたところは周知の事実だったし、実際バレット氏が引退したときには、スムーズにオッテリーニ氏への権力の移譲が行なわれた。
それと比較すると、CEOにクルザニッチ氏が、社長職にジェームズ氏が同時に昇格するという今回の人事は、そうした状況とは明らかに違う。もちろん、最高責任者はCEOたるクルザニッチ氏であることは間違いないが、同時にジェームズ氏も社長という会社を代表するポジションで、従来オッテリーニ氏1人が持っていた権力をシェアするという体制である。
これが何を意味するのかは、Intelの取締役会のメンバーではない我々は想像するしかないのだが、CEOとなるクルザニッチ氏がIntelの製品部門からは縁が遠い人材であることに起因していると筆者は思う。
一般のユーザーがIntelという会社を意識するときには、Coreプロセッサ、Xeonプロセッサ、AtomプロセッサといったPCやサーバー向けのプロセッサをOEMメーカーに対して提供するというプロセッサカンパニーとしての側面だろう。だが、それはIntelの一側面に過ぎず、製造施設を所有して半導体の製造を行なう製造会社というもう1つの側面があり、Intelの本当の強みはどちらかと言えばそこにある。Intelが所有している半導体の製造施設は2位のTSMCを大きく引き離す規模を誇っており、その製造技術も他社を大きく引き離す技術力を持っている。その製造部門の強みを活かして、製品部門が開発した製品を大量に販売することで高い売り上げを実現する、これがIntelのビジネスモデルだ。
このように製品部門と製造部門の両方を持つ半導体メーカーは、今やIntelとSamsung Electronicsぐらいだ。そのほかの半導体メーカーはTSMCやGLOBALFOUNDRIESなど、ファウンダリと呼ばれる企業と、半導体の製造をファウンダリに委託しファブレスと呼ばれるビジネスモデルが一般的になっている。本誌読者に馴染みが深い企業で言えば、AMD、NVIDIA、Qualcomm、そしてAppleなどがこの例になる。それらと比較すると、半導体専業で、製造部門と製品部門の両方を持つIntelは特殊な存在になっている。
このIntelで、一貫して製造部門でキャリアを積んできたのがクルザニッチ氏であり、その逆に製品部門でキャリアを積んできたのがジェームズ氏になる。つまり、製造部門には精通しているが、製品部門にはこれまでほとんど関わりなくキャリアを積んできたクルザニッチ氏を補佐する人材が必要であり、そこに製品部門に精通しているジェームズ氏を補佐役としてつけた、これが今回の決定の狙いだろう。
大方の予想を裏切ってクルザニッチ氏を昇格
Intelの取締役会のこうした決定は、外部の関係者やアナリストなどにはやや驚きを持って迎えられた。というのも、証券アナリストなどを含め多くの識者は、Intelの次期CEO職には、今回ばかりは外部からの人材を招き入れるのではないかと予想していたからだ。
オッテリーニ氏、バレット氏、アンディ・グローブ氏、ゴードン・ムーア氏、ロバート・ノイス氏といった歴代のCEOは、創業者の2人(ムーア氏、ノイス氏)を外したとしてもいずれも内部昇格であり、外部からCEOが招かれた例はない。しかし、今回は次期CEOの選出が5月16日に予定されている株主総会の半月前まで発表されないという異例の事態で、これだけ難航しているのだから、外部から別の人材を招聘するつもりで人選しているのだろうと見られていたのだ。
このため、米国の新聞を含めたメディアは、Intelの次期CEOが誰になるのか、憶測も含めてさまざまな記事が書かれた。以前も紹介したが、“IntelがNVIDIAを買収してNVIDIA CEOのジェン・セン・フアン氏がIntelのCEOになる”という記事を書いたメディアもあれば、“IntelからEMCへと移籍したパット・ゲルジンガー氏が復帰する”など、さまざまな噂が駆け巡ることになった。クルザニッチ氏が次期CEO候補のトップだ、などと書いた方が肩身が狭くなるぐらいに……。
だが、蓋を開けてみれば、Intelの取締役会が決めたのは、大方の予想を裏切ってクルザニッチ氏の昇進だった。もちろん、そこに決まるまでには多くの葛藤があったのだろうし、だからこそ内部昇格なのに直前まで決まらないという異例の事態になったのだろう。内部的にはおそらく外部の人材の招聘も検討されたはずだ。
それでも、クルザニッチ氏の昇格を決めたIntel取締役会のメッセージは非常に明快だと筆者は考えている。それは、Intelはこれからも“半導体製造”の会社であり続け、それこそがIntelの本業なのだということだ。
製造部門出身のリーダーがどのような選択をするかに注目
今後の焦点は、クルザニッチ氏が巨大な“Intel丸”の舵をどのように切っていくかになっていくだろう。
現在Intelは財務的に見ても若干の苦境に陥っている。といっても利益は出ているし、株主への配当ができるほどだから、決して赤字になったというわけではなく、俗な言葉でいうなら“超儲かっている会社”から“ちょっと儲かっている会社”へと転落するかどうかの瀬戸際にいるという意味でだ。
すでに述べた通り、Intelのビジネスモデルは、製品部門が開発した製品を、世界一の規模と技術を持つ製造部門で製造することで、他社よりも強力な半導体を顧客に提供するという点にある。これまでも競合他社に製品設計のレベルでは劣っている場合でも、製造部門の強さ(例えば1世代進んだプロセスルール)で乗り切ってきた。
しかし、仮にその製造部門の強さでも乗り切れないぐらい、製品の魅力が足りないということが起きたらどうなるだろうか。あるいは、製品の魅力には問題が無くても、製品に対する需要そのものが無くなってしまった場合にはどうだろうか? 実は今Intelはその問に対する答えを求められつつある。言うまでもなく、スマートフォンやタブレットの興隆により、IAの市場が縮小し、ARMアーキテクチャのSoCが市場を拡大しているという現状をどうするのかという点だ。無論、Intelは最新のAtomプロセッサで挽回しつつあるが、それでもIntelが予想している以上にシフトが進めば、需要そのものが無くなるという事態も想定される。仮にそうなってしまえば、巨大な製造施設に突っ込む“タネ”が無くなってしまうわけで、規模が巨大なだけに赤字も天文学的な額になってしまうだろう。Intelにとっての悪夢のシナリオだ。
クルザニッチ氏がこの悪夢のシナリオを避けるには2つの方法がある。1つは製品部門がより強力な製品を作り、それによりARM勢からスマートフォンの市場を奪い、タブレットの市場を奪回することだ。それを補うのがジェームズ氏だという今回の狙いはすでに述べた通りだ。
そしてもう1つの方法は、TSMCやGLOBALFOUNDRIESのように、ファブレスの半導体メーカーに対してファウンダリサービスを開始することだ。実はIntelは非常に少量ではあるが、一部の半導体メーカーに対してすでにファウンダリサービスを開始している。ただ、それはIntelの製品部門と競合しない製品であって、本格的なサービスとは言いがたい。
いずれの道を取るにせよ、大幅な戦略変更は避けられない可能性が高い。前者の道を採るなら、PCビジネスだけでなく、スマートフォンやタブレット市場で市場を獲得するために、ARMのライセンシーとなるなどのこれまでのIntelでは考えられないような大胆な戦略を採ることも必要になるかもしれない。後者の道を採るなら、半導体業界で噂されている通り、Appleのファウンダリーサービスを受託するのも手だろう。ただし、その場合には自社の製品部門との競合は避けられないため、最終的には製品部門を切り離すなどの施策が必要になるかもしれない。
いずれの道を取るせよ、Intelという会社にとっての本丸はすでに述べた通り製造部門だ。従って、この時期に製造部門出身のリーダーを持つということは、Intelにとって良い選択だと思う。というのも、製品部門での経験がないことは“しがらみ”がないともいえ、これまでのIntelのCEOでは思いもしなかったような思い切った手段(例えば製品部門を切り離すとか、ARMのライセンシーになるとか……)をとることも可能だと思えるからだ。
後は、CEOに就任した後、クルザニッチ氏が新しいIntelの方向性をどのように打ち出すかが次の焦点で、まずはクルザニッチ氏のお手並み拝見というところだ。