笠原一輝のユビキタス情報局

ライバル完封のSnapdragon X Elite、ベンチマークでその実力が明らかに

Cinebench 2024を実行し終わったQualcommのSnapdragon X Elite搭載レファレンス機。左がConfig.AでデバイスTDPが80Wの大型ノートPC、右がConfig.BのデバイスTDPが23Wの薄型ノートPC

 Qualcommが10月24日(現地時間)より開催したSnapdragon Summit 2023において発表したArm版Windows向けのSnapdragon X Eliteは、同社が自社開発したOryon(オライオン) CPUを採用していることで、従来の同社のArm版Windows向けのSoCなどと比較して大きく性能が向上していることが特徴となっている。

 そして同社は10月30日にSnapdragon X Eliteの具体的なベンチマーク性能を公開した。それによれば、Apple M2と比較してCPUは大きく、GPUはわずかに上回るという性能を実現しており、QualcommのいうApple M2を上回るという性能を実現しているという主張を裏付けてみせた。

 また、スマートフォン向けのSnapdragon 8 Gen 3に関しても詳細を説明し、CAI/C2PAに対応したコンテンツクレデンシャルの実装などに関して明らかにした。

TDPは可変になっているSnapdragon X Elite、80Wと23Wという2つのデバイスTDPのレファレンス機を公開

Snapdragon X Elite

 Snapdragon X Eliteは、Qualcommがゼロから開発したOryon CPUを搭載しているのが最大の特徴で、従来提供してきたArm版Windows向けのSoC(Snapdragon 8cx Gen 3)などと比較して大きな性能向上を実現していることが最大の特徴になる。

 詳細は以下の記事に詳しくまとまっているので、CPUやGPU、そしてNPUなどについて詳しくお知りになりたい場合には、以下の記事をご参照いただきたい。

 そして今回、実際に動作するリファレンス機の実機を公開し、それを利用したベンチマーク結果を明らかにし、競合メーカーの数値を含むベンチマークデータと比較した。

 ただし、ベンチマークを走らせることはできるが、あくまでQualcommがインストールしたベンチマークをQualcommの担当者が走らせるのを見ることができるという状況で、実際に筆者自身が触って検証することはできなかった。このため、数値としてはQualcommが公式に公開したベンチマークのスコアとして扱うこととする。

 なお今回Qualcommが用意したリファレンス機は2種類がある。Config.A、Config.Bとして公開された2つで、前者はデバイスのTDP(つまりSoCだけでなく、メモリやストレージ、ディスプレイなども含めてのTDPの合計が80Wという意味)が80W、後者はデバイスのTDP(同)が23Wになるシステムだ。

 いずれもメモリ、ストレージなどを勘案すると、前者は70W前後、後者は15W前後というのがSoCのTDPになるのではないだろうか。前者はほかのメーカーだとデスクトップCPUのレンジに、後者はIntelのCoreシリーズで言えば15WのUシリーズ、AppleのMシリーズで言えば15W前後とみられるM2シリーズと同じようなレンジのTDPに設定されていると言える。

Config.AとConfig.B

 なぜこうした2つのTDPのレンジのレファレンス機が用意されているのかと言えば、Snapdragon X Eliteは、TDPが可変になっており(Intel的な言い方をすればcTDP)になっており、OEMメーカーが自由にTDPを設定できるからだ。

 従って、同じSnapdragon X EliteでもSoCのTDPを15Wにした場合、70Wにした場合では全く性能が異なってくるため、こうした2つのレファレンス機が用意されている。Config.Aの方はdGPUがない薄型ワークステーションPC、Config.Bの方は普通のビジネス向けの薄型ノートPC相当だと理解すると分かりやすいだろう。

薄型ノートPCデザインでの比較では、Snapdragon X EliteはM2と比較してCPUで61%高性能、GPUはわずかに上回る

左がConfig.A、右がConfig.Bのレファレンス機

 AppleのM2との比較に関しては、筆者の手元にあるM2を搭載したMacBook Pro(2022年型、A2338、M2、8GB、256GB)で実際に計測したデータがあるので、それとConfig.Bの薄型ノートPCのスコアを比較したい。

 利用したのはCPUの処理能力をフルロードするCinebench 2024と、GPUのテストであるGFXBench 5.0.5 1080p Aztec Ruins(Normal Teir)Offscreenの2つで、macOS向けもArm版WindowsでもArmネイティブのアプリケーションになる。なお、GPUのAPIはM2の方はMetal、Snapdragon X Eliteの方はVulkanを利用している形になる。

【グラフ1】Cinebench 2024
【グラフ2】GFXBench 5.0.5 1080p Aztec Ruins(Normal Teir)Offscreen

 これで見て分かる通り、CPUに関してはSnapdragon X EliteがM2を圧倒しており、GPUに関しては誤差の範囲内、つまりほぼ同等と考えることができる。

 特に注目は、Cinebench 2024のシングルスレッド(Single Core)の性能で、Snapdragon X EliteはM2と全く同スコアになっている。つまり、これまでSnapdragonのCPU(Kryo)の弱点だったシングルスレッドの性能で、M2に追いついているのが分かる。

 その上で、CPUコア数やクロック周波数などが効いてくるマルチスレッドの性能は、約62%上回っており、QualcommがSnapdragon Summitで公開したマルチスレッドでM2を50%上回っている発表よりもさらに上回っている。

 それに対して、GPUに関してはほぼ同等と考えていいだろう。浮動小数点演算の性能では、M2のGPUを上回っているSnapdragon X EliteのAdrenoだが、これを見る限りはGPUとしての効率はM2のGPUの方が良さそうだと言える。

Geekbench v6.2 ST
Geekbench v6.2 MT
Cinebench 2024 ST
Cinebench 2024 MT
UL Procyon AI
Aztec Ruins
3DMark Wildlife Extreme

 なお、このほかにもQualcommはGeekbench v6.2、UL Procyon AI、3DMark Wildlife Extremeなどのスコアを公開しており、Intelの第13世代Core(Core i7-13800H)やAMDのRyzen 7000シリーズ(Ryzen 9 7940H)との差などが分かるようになっている。

 AI推論のベンチマークであるUL Procyon AIで、Snapdragon X Eliteのみがスコアがやたらと高いのは、第13世代CoreはそもそもNPUが搭載されておらず、Ryzen 7000シリーズはNPUが搭載されているがベンチマークはNPUを利用していないというのが理由になる。その意味では、いち早くNPUを搭載してきて、ソフトウェア環境も整えてきたQualcommの優位性がここに見えていると考えることができる。

 ただし、こうした性能も、競合他社が新しいSoCをリリースする前の話だ。既に既報の通り、Appleは新しい製品の発表を10月30日(17時現地時間、日本時間10月31日午前9時)から行なうことを既に明らかにしており、まもなくその全貌が明らかになる。

 そこで、新しいMacが発表されることになれば、同時に新しいSoC(M3か?)が発表される可能性は高いといえ、それによってはこうした結果が覆る可能性もある。

 同じことは対Intelにも言え、Intelは12月14日にCore Ultraを正式に発表する計画だと既に明らかにしており、CPUもGPUも大きく改良された新製品がまもなく登場する。

 Qualcommによれば、Snapdragon X Eliteを搭載したシステムが登場するのは来年(2024年)の半ばと説明しており、本格的な評価はその時点でもう1度行なう必要があると言えるだろう。

正常進化版となるSnapdragon 8 Gen 3、CPU、GPU、NPUとも性能は向上しながら電力効率を改善

Snapdragon 8 Gen 3

 このほかにも、同時に発表したスマートフォン向けSnapdragon 8 Gen 3に関する詳細を追加で説明した。なお、Snapdragon 8 Gen 3の発表概要は以下の記事をご参照いただきたい。

 昨年(2022年)のSnapdragon 8 Gen 2では、アーキテクチャはSnapdragon Gen 1の延長線上にあり、CPU、GPU、NPU、ISPなども基本的には機能強化と言って良いバージョンになっていた。しかし、プロセスノードをSamsung Electronicsの4nmから、TSMCの4nmに変えたことが大きな変更点で、それにより得た性能の向上分、さらに電力消費の低減などが性能面でのメリットとなっていた。

 今年のSnapdragon 8 Gen 3は、プロセスノードは基本的に据え置きになっており、同じTSMCの4nmノードとなる。このため、ダイサイズは昨年のSnapdragon 8 Gen 2に比べてやや大きくなっており、その分の消費電力の増加分をアーキテクチャ側で吸収するという仕組みになっている。

 CPUで20%、GPUで25%、NPUで40%の電力効率の改善がされており、そうしたアーキテクチャ側の効率改善により、昨年のSnapdragon 8 Gen 2と変わらないレベルの電力消費を実現している。

CPUの詳細

 CPU内部のアーキテクチャに関しては既報の通り、プライムコア(Cortex-X4)1+パフォーマンスコア(Cortex-A720)5+高効率コア(Cortex-A520)2という構成に変更されている。かつ、パフォーマンスコアは3つが最大3.3GHz、残り2つは最大3GHzとなっており、実際には電力供給のレーンは、プライムコア、パフォーマンスコア(高クロック側)、パフォーマンスコア(低クロック側)、高効率コアという4つに分割されており、それぞれ異なる電流や電圧が供給されることで、高性能と省電力のバランスを取るようになっている。

 GPUに関しては、Snapdragon 8 Gen 1で採用された第7世代のAdreno(Adreno 7xx)の延長線上にあるGPUとなる。「現在我々はGPUの型番などを説明していないため詳しいことは言えないが、従来モデルの延長線上にありそれを改良したGPUとなる」(Qualcomm Technologies 製品管理担当 上席副社長 ジアード・アスガル氏)と、基本的には従来のAdrenoの延長線上にあるものだと説明している。

 今回のSnapdragon 8 Gen 3でのAdrenoの大きな進化は、ハードウェアレイトレーシングがグローバルイルミネーションに対応し、より高品質なレイトレーシングに対応したことが挙げられる。

NPUの構造、基本的なアーキテクチャは昨年同様

 NPUに関しても大きく進化している。「NPUは昨年モデルに比べて98%性能向上を実現している、ほぼ2倍だ」(アスガル氏)という。マイクロタイル型推論エンジン、ハードウェアアクセラレータ、テンサーエンジン、浮動小数点演算エンジン、INT4の演算に対応した整数演算エンジンなどを備えているなど、その構成を見る限りは大きな違いがないように見える。

 しかし、アスガル氏によれば「昨年モデルで分離された電力ラインを導入した。しかし、昨年のモデルでは浮動小数点演算エンジンなどは分離されていなかったが、今年のモデルでは全てのエンジンが分離されており、より効率の良い実行が可能になっている」との通りで、NPUに内蔵されているエンジンそれぞれの電力供給のラインが分離され、使われていないエンジンは電力供給をオフにすることができるようになったため、電力効率が改善したという。

 NPUの電力効率改善率は40%とのことで、そうした電力効率の改善も、プロセスノードが進化していなくても、消費電力が増えていないことの助けになっている。

 こうした改良により、Transformer EngineベースのLLMなどでサポートできるパラメータが従来モデルでは70億パラメータまでだったのに対して、今年のSnapdragon 8 Gen 3では100億パラメータを超えるものも処理することが可能な性能を持っており、従来はスマートフォンでは難しかったような複雑なLLMをクラウドに接続しないでもスマートフォンだけで処理することが可能になる。

ISPのCAI/C2PAのコンテンツクレデンシャル対応の詳細が明らかに、メタデータの添付のみに対応

CAI/C2PAのコンテンツクレデンシャルのメタデータ添付に対応

 スマートフォンのカメラを制御するISP(Image Signal Processor)となるSpectra ISPも進化している。ただし、18bitのISPを3つ備えるという基本的な構造は同様で、Hexagon Direct Linkと呼ばれるISPとNPUを直結する内部バスにより、撮影した写真データをNPUに送り、セマンティック・セグメンテーション(特徴点のレイヤー化)によるレイヤー化が従来のSnapdragon 8 Gen 2のISPでは8レイヤーまでだったのが12レイヤーに拡張されている。

 また、もう1つの大きな強化点としては、CAI(Contents Authenticity Initiative)/C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)で規定されているコンテンツクレデンシャルの機能にハードウェアレベルで対応していることだ。

 CAI/C2PAのコンテンツクレデンシャルに関しては、以下の記事が詳しいので、詳しいことをお知りになりたい方はぜひこちらの記事をご参照いただきたい。

 簡単に言えば、コンテンツクレデンシャルとは、そのコンテンツ(写真ないしは動画)が誰によって作られ、誰によって改変されてきたかを履歴書のようなものだ。CAI/C2PAのコンテンツクレデンシャルは、Exifのようにメタデータとしてコンテンツに添付、クラウドにコンテンツと紐づけの2つの方法で添付ないしは発行される

 Qualcomm Technologies カメラ担当 ジャッド・ヒープ氏は「Snapdragon 8 Gen 3のC2PA実装では、メタデータとしてコンテンツクレデンシャルを添付する形のみに対応している。これは、クラウドへの保存にも対応すると、常時ネットに接続していなければならないからだ」と述べ、Snapdragon 8 Gen 3のコンテンツクレデンシャルはメタデータとしての添付のみに対応しており、クラウドへの発行には対応していないと説明した。

 ただし、このことはSnapdragon 8 Gen 3のカメラで撮影した画像のコンテンツクレデンシャルをクラウドに発行することはできないという意味ではない。撮影後にはなるが、Adobeが提供しているPhotoshopやLightroomなどのコンテンツクレデンシャルに対応している編集ツール(現状はWindows/macOS版のPhotoshopやLightroomのみが対応している、クラウド版やモバイル版は非対応)を活用すると、編集過程での可変履歴を含めてクラウドにコンテンツクレデンシャルを発行することが可能だ。

 Snapdragon 8 Gen 3では、SoCが備えるTrust Execution Environment(TEE)を利用して暗号化されるため、以後のコンテンツクレデンシャルの改ざんはできなくなり、履歴を付加していくのみとなるとのことだ(なお、コンテンツクレデンシャルそのものはExifと同じメタデータになるので、編集者が意図的に消すことは可能。消されても履歴を残していくためにはクラウドへのコンテンツクレデンシャルの発行が必要になる)。

 なお、このコンテンツクレデンシャルの付与機能は、あくまでオプションで、OEMメーカーのレベルで実装する、しないを選択することができるという。

 しかし、こうしたコンテンツクレデンシャルに対応することは、ディープフェイク対策や著作権を無視した写真の利用などに関して一定の歯止めとなることは間違いなく、コンテンツクリエイターにとっては要注目の動きと言える。