大原雄介の半導体業界こぼれ話
Intelによる、無償でRISC-V開発が可能な「Pathfinder for RISC-V Starter Edition」
2022年9月14日 06:14
8月30日、Intelは突如としてPathfinder for RISC-Vを発表した。
このニュース、Intelのニュースページには一切掲載されていないのがミソで、まぁターゲットはIFS(Intel Foundry Service)の利用を考えている人向けだからこれでいい、というつもりなのかもしれない。筆者もIntelのニュースではなく、このPathfinder for RISC-Vに加盟しているパートナーのリリースでこれを知った次第だ。
まずはそもそもPathfinder for RISC-Vをご存じない読者のために簡単に説明すると、これに参加することで、簡単にRISC-VベースのASICを開発できるようになるというものだ。もちろん開発というのはIFSを前提にしたものであるが、Pathfinder for RISC-VのProfessional EditionではIntelから
CPU IP:
- Andes TechnologyのAX45MP&NX27V
- Codasip GroupのL31
- MIPSのeVcore I8500とP8700
- OpenHW GroupのCVE4とCVA6
- SiFiveのP550
アクセラレータIP:
- CadenceのTensilica Vision DSP及びAI Accelerator IP
- Crypto QuantiqueのSecurity IP
ソフトウェア
- Check Point SoftwareのCheck Point Quantum IoT Protect
- IOTech SystemsのEdge Xrt
開発環境:
- CodeplayのソフトウェアToolchain
- Imperas Softwareのシミュレータ
- Siemens EDAのVeloce proFPGA/10M プロトタイピングプラットフォーム
- SoC.Oneのクラウドベースの開発環境
その他:
- Fraunhofer IMSの機能安全向けのAIRISC SoC IP
- STMicroelectronicsの機械学習コア内蔵したMEMS慣性センサー用ドライバ
が提供される。これとは別にIntelから - Eclipse IDE
- QEMUベースの仮想環境
- GNU/LLVMのToolchain
- Yocto Linux、Zephyr OSのPreview、FreeRTOS
が提供される。要するにRISC-VをベースにASICを起こす場合、Pathfinder for RISC-Vを窓口にこうしたIP(知的財産)や一連のツール類が入手できる(いちいち各ベンダーと契約する必要がない)というのが最大の売りである。
IntelはIFSのターゲットを別にx86に限っておらず(というか、むしろx86を利用するのが難しいかもしれない)、ArmやRISC-Vを利用したASICの開発を推進している。このうちArmについては、もうArmそのものと契約する必要があるわけで、Intelはあくまでファウンダリを提供するパートナーでしかないが、RISC-Vに関して言えばRISC-V Internationalが包括的に何かを推進しているわけではないので、ここでさまざまなIPを利用できるようにするためのキャンペーンがPathfinder for RISC-Vというわけだ。
似たようなことはかつてSiFiveが色々計画しており、実際にカスタムASICを作るOpenFiveというビジネスユニットを2020年に立ち上げたものの、そのOpenFiveが今年3月にAlphawaveに買収されているため、結局SiFiveそのものは元のCPU IPを提供する企業に戻ってしまっている。
実はこのOpenFiveのビジネスユニットは、もともとSiFiveが2018年に買収したOpen Siliconというデザインハウスであって、要するにASICのデザインサービスに手を出したものの、思ったほどの相乗効果が得られなかったので再び売却したという流れと考えて良いかと思う。
話をPathfinder for RISC-Vに戻したい。このキャンペーンに乗ることで、顧客にとっては少なくともその(Pathfinderで提供される)IPはIFSで提供されるプロセスでの動作が保証されたもの、という扱いになるわけで、検証の手間は幾分解消される(少なくともそのターゲットプロセスでIPが稼働することそのものが保証される)と考えて良い。
主要ターゲットはIntel 3やその先のIntel 18Aだろうが、いくつかのIPは自動車向けのIntel 16(14nm++ベースの自動車向けプロセス:予定では今年から量産開始)にも対応しているかもしれない。加えて検証環境とかソフトウェア、ドライバなどもPathfinder for RISC-V経由で入手できるから、IFSを利用する顧客にとっては自分のロジックとかアプリケーション開発に注力できる、というわけだ。
さてここまではまぁ分かるというか普通の話である。にもかかわらずPathfinder for RISC-Vが話題になったのは、「Starter Edition」なる無償プランが同時に提供されたことだろう。こちらのケースで、CPU IPはCHIPS AllianceのRocket Chipに限られる。パートナー企業からのIPとか開発環境、周辺IPなどのサポートもない。Intelからの
- Eclipse IDE
- QEMUベースの仮想環境
- GNU/LLVMのToolchain
- Yocto Linux、Zephyr OSのPreview、FreeRTOS
は「Professional Edition」同様に提供されるが、サポートはない。そもそもStarder EditionではそのままIFSに持っていくことも不可能で、ではどうやって動かすか? というと、QEMU上で動かす(HostはLinuxとWindowsの両対応)か、TerasicのCyclone Vベースの評価ボード上にロードするか、ということになる。
そもそもStarter Editionの目的が、ホビイストや教育機関、研究コミュニティ向けとなっているあたり、これを利用してASICを作ることはそもそも考慮していないと考えた方が良い。
とはいえ、例えば自分でRocket Chip Generatorをダウンロードしてコアを構成してRISC-Vコアを構築して稼働を確認するまでには、慣れた人でないと相当の手間と時間が掛かる。何かの理由でRISC-Vコアを利用したい、という人にとってはこの全部揃ったパッケージはお手軽である。コアそのものをいじりたいなんて人にとっても、まずはStarter Editionでデフォルト構成のコアを入手し、これを基準にして後は自分でいじったコアと入れ替えて性能比較を行なうといったやり方は好まれるのではないかと思う。
実はIntelはこれに先立ち、自社のFPGA向けのソフトコアCPUとしてNIOS V/mを提供している。もともとAltera時代に提供していたNIOS II(これは独自命令の32bit CPU:構成次第でMPUにもMCUにもできる)を2021年にRISC-Vコアに変更したもので、IntelによればNIOS II比で5倍程度の性能になるとされている。一応NIOS IIのプログラムソース(バイナリはもちろん非互換)はある程度互換が保たれており、移行も難しくないとされている。このNIOS V/mは無償提供(ただし稼働にはIntelのFPGAが必要)になっているから、今回の動きはこれに続く第2弾というわけだ。
ではStarter Editionは何のために提供されているのか? といえば、ずばり呼び水以上の何物でもない、と筆者は考えている。例えばこのStarter Editionを使って、RocketベースのCPUを組み込んだVerilogファイルを吐き出し、これを先月ご紹介したOpen Source Silicon InitiativeのOpenLaneにブッコんでシリコンを作る、ということは(不可能ではないかもしれないが)かなり厳しいだろう。だからといってIFSが少量生産のためのシャトルを走らせるなんて話もさっぱりない以上、Starter Editionはそもそもシリコンを作るためのものではない、と考えられる(IFSを利用できる金を持っているユーザーがProfessional Editionに加盟するための金をケチるとは思えない)。
Starter EditionでRISC-Vに慣れてもらい、何なら初期のPoCを(Terasicの評価ボードを使って)実施して、行けそうなのでASICを作ろうという流れになった時には、IFSを使ってね、というわけだ。実のところStarter Editionでは、独自に提供しているものはほとんどない。要するにProfessional Editionを提供するためのコストで、Starter Edition用のものが全部揃うという、Intelにとっては余分なコストが掛からないサービスだからこそ提供できた、ともいえる。
こうした流れそのものはよく見る話だし、ファウンダリサービスのマーケットでIFSはまだ新参者であり、顧客もまだ十分ではない(大口顧客もさることながら、小口顧客も全然集まっていない)ことを考えれば、このくらいの意欲を見せるのはある意味当然だろう。
筆者が危惧しているのは、「これがいつまで続くのか」である。思い出すのはIoT向け製品である。Edison→Curieとそれなりにコストを掛けて製品開発を行ない、さらににはArduino LLCまで巻き込んで製品を作った挙句に突然の製品出荷終了で梯子を外す、という変わり身の早さはある意味Intelのお家芸である。Pathfinder for RISC-Vがそうならない、と信じるべき理由もどこにもない。
まぁIFSが上手くビジネスが回り、拡大してゆくようならば続いてゆくかもしれないが、IFSビジネスが思うように拡大せず、どこかの段階でマーケットシェア拡大よりもコスト削減が優先になったら、真っ先に消えるサービスの筆頭に思える。その辺りを理解したうえで使う分には、Starter Editionは面白いものだと思う。