データ復旧のプロに聞く ストレージ運用のコツ

HDDの構造と消耗、高密度プラッタが復旧難易度を上げてしまう理由

本連載では、データ復旧事業者である株式会社くまなんピーシーネット 代表取締役の浦口康也氏が、HDDやSSDといったストレージデバイスについて、それにまつわる知識や役立つ情報など、現場のプロの視点からさまざまな解説を行ないます。

HDDのデータトラブル、経験したことありますか?

 私は長年データ復旧サービスにかかわる立場として、「データ消失=不幸な出来事」と考えています。このことから講演やイベント、誌面掲載などの機会があればその場を借りて必ず「HDDやSSDは消耗品である」ということを皆さんに訴えてきました。

 データは時に大事な思い出であり、時に多くの時間を費やした労力の証でもあり、これらはユーザー個々にとってかけがえのないデータであるはずです。このような大事なデータを消耗品に保存している現状と、消耗品ゆえに誰もが何らかのかたちでトラブルに遭ってしまう可能性をつねに伴っていることを多くの方々に知っていただきたいためです。

 第1回目となる今回は、創業からたくさんのストレージに触れてきた経験をふまえ、大事なデータを守っていくにはどうしたらよいか、HDDの構造や技術進化を少し交えて読者の皆さんに判りやすくお話ししたいと思います。

浦口 康也(うらぐち やすなり)
大手家電メーカーのエンジニアとして12年間従事。2001年にデータ復旧サービスをWeb上で開業、全国的な展開を目指し技術ブランド「Win Disk Rescue」と称し事業を拡大。現在は、IoT分野のデータ解析に備え、技術開発と人材育成に取り組みながら、各地でセキュリティ分野の講演や、セミナー活動を積極的に行なう。
株式会社くまなんピーシーネット 代表取締役
DRAJ 一般社団法人 日本データ復旧協会 副会長
IDF デジタル・フォレンジック研究会 会員
WD公認データリカバリーサービス パートナー企業

意外と知られていないHDDの構造

図1 HDDを構成するおもな部品
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 図1は、現在主流のHDDの構造です。大きく役割で分けるとこのようなパーツで構成されており、データが記録された「プラッタ」、そのプラッタを回転させる「スピンドルモーター」、データを読み取る「ヘッドスタック」(ヘッドアンプや磁気ヘッドなど含めたヘッドASSY(完成体)のこと)、そしてこのヘッドスタックを振り子のように動かす「アクチュエータ」といった駆動系パーツで分けられ、これら駆動系の動作制御やデータ入出力を制御しているのが「制御基板」となります。

図2 磁気ヘッドは、磁性体の磁気の向きに応じて抵抗が変化することを電圧の変化としてデータを読み出す
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 HDDに興味がある方ならすでにご存知と思いますが、HDDは高速で回転するプラッタの表層から生まれる気流と空気膜に対し、磁気ヘッド部分が生み出す揚力(上下の気流の速度差で物体が浮き上がる力)で磁気ヘッドがわずかに浮き、データを読み書きしています。

 その浮上幅は10nmほどですのでわずかな塵やホコリも許されません。ゆえにHDDはクリーンルームなどで組み立てを行ないますので、データ復旧作業においても分解はクリーンルームで行ないます。さらに、HDDはこうした目に見えるパーツばかりではありません。

クリーンルームでの作業
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット
図3 プラッタの構造について判りやすくしたもの
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 図3のように、プラッタはたくさんのトラックで構成されており、1つのトラックのなかにはたくさんのデータセクタがあり、これが普段私達がデータを保存している場所になります。

 またプラッタには製造時に書き込まれたサーボセクタと呼ばれる情報があり、ヘッドがプラッタ上のどの位置にいるのかを検知させる役目などを果たしています。

磁気ヘッド
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 これも最近は変わりつつあるようですが、以前は製造時にプラッタに対し最初に物理セクタを構築するさい、まずサーボデータを書き込み、それをもとにHDDに組み込まれたヘッドでプラッタ全体にトラックが作られていました。そして、この膨大な数のトラックのなかに私達がデータを記録する論理空間(LBA)が割り当てられます。

 しかもプラッタは片面だけではなく、ヘッドでプラッタを挟み込むように両面に記録できますので、それぞれのヘッドに論理空間を割り当てないといけません。

スピンドルモーターとプラッタ
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 たとえば、内部に3枚のプラッタがあり両面記録仕様の場合、1枚のプラッタを2本のヘッドで挟み込むようなかたちで3枚のプラッタに6面の記録面が存在し、ヘッドも6本で構成されます。そしてヘッドがほぼ同じ位置にあるため、各プラッタの両面のトラックもほぼ同じ位置になることから、各ヘッドに効率よく読み書きできる論理空間が割り当てられます。

 よく1面ずつ記録されていると思われている方が多いのですが、じつは図4のように担当する各ヘッドに効率よくローテーションして割り当てられています。

図4 各ヘッドはローテーションしながら外周から内周に向けLBA順を構築
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 ここでHDD固有の問題が絡んできます。それが消耗への対処です。HDDの物理セクタには長い期間使用している過程で劣化してデータを記録できなくなる箇所が出てきます。これが一般的に言われる「不良セクタ」と呼ばれるものです。

 HDDは製造時に割り当てられた論理空間(LBAの数)を一定に保ち続けるように設計されています。もし不良セクタでデータが記録できない箇所が発生すると、そこを使用せず別のセクタに置き換えて読み書きができるように論理空間(LBAの数)を維持しています。これを代替処理と呼んでおり、プラッタの各記録面に予備領域としてあらかじめ代替セクタが用意されています。

 代替セクタに置き換えられた不良セクタは、以後アクセスの要求があると代替セクタにアクセスするように管理されます。このような管理は「サービスエリア」(図3の赤いトラック)と呼ばれるトラック内で行なわれます。

 サービスエリア内の主要な情報をいくつか挙げると次のとおりです。

 HDDモデルなどの識別情報や駆動パーツ制御に関する設定値情報、プラッタにトラックやセクタを物理構築したときのプライマリ情報、そこから論理空間を構築した領域テーブルや各ヘッドに割り当てられた論理空間のテーブル情報、各プラッタで代替処理される不良セクタの管理情報やHDDのコンディションを記録するS.M.A.R.T.情報など、ほかにもたくさんあり、どれも重要な情報としてサービスエリアに記録されています。

 そして、サービスエリアの情報すべては磁気で記録された情報で、サービスエリアの情報がないとHDDは機能することすらできません。サービスエリアの中身は、一般の方は見ることもアクセスすることもできないように設計されており、目に見えないHDDの重要パーツと言っても過言ではありません。

磁気顕微鏡で見たHDDのトラックの様子。参考資料のため画像は古いHDDだがμm単位で見てもLBAの何処であるということまでは判断できない
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 それからHDDのデータ復旧ではプラッタを取り外して作業を行なっているのか、といった質問をいただくことがあるのですが、近年のHDDならプラッタを固定しているスピンドルモーターのネジを緩めるだけで復元できなくなります。

 これは製造時に組み付けられたヘッドでプラッタに真円で構築したトラックの位置が変わり、物理フォーマットそのものが壊れてしまうからです。トラックの真円がずれて回転するわけで、複数枚のプラッタならトラックの真円だけではなく、上下の位置関係含め3次元的にずれてしまいます。

 当然のことながらサービスエリアも読めなくなり、目に見えない磁気の情報だけに目視で補正もできないことから、特殊な場合を除き通常はプラッタを取り外した作業は行なわれません。

 ここまでプラッタの構造について話をしましたが、データセクタを構成するトラックの数が多いほどHDDの容量が増えていくことになるのですが、これが記録密度と関係していきます。

20年前も現在もHDDのプラッタは同じサイズ

図5 過去のHDDと現在主流のHDDを比較すると……
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 HDDはパソコンが広く一般に普及しはじめた約25年前から2020年を迎えた現在にいたるまで、その構造に大きな変化もなくプラッタのサイズもまったく変わりません。何が変わったのかというと磁気情報を記録するプラッタの記録密度です。

 これまで各HDDメーカーは、3.5インチ、2.5インチといったプラッタの規格サイズに対し、微細加工技術を突き詰めていき、プラッタ1枚あたりの記録密度の限界はプラッタの枚数を足すことでHDDの容量を増やしてきました。

 この過程でプラッタの記録密度が低かったころのデータアクセスは、磁気ヘッドの移動範囲が大きくなるため、読み書きに時間がかかっていました。このため、ボイスコイルモータによるヘッドスタック動作も大きな運動になることからアクチュエータの共鳴音も大きく、読者のなかには今でも昔のHDDメーカー特有のアクセス音を憶えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

 この磁気ヘッドの移動時間は、7,200rpm、10,000rpm、15,000rpmといったスピンドルモーターの回転数を高めることでアクセス速度を向上させていました。しかし技術の進歩で超高記録密度プラッタになるにつれ、過去と同じデータ量のアクセス時における磁気ヘッドの移動範囲もせまくなり、今ではわずかな移動範囲だけで多くのデータを読み書きできるようになりました。

 ところが次第に低容量のHDDが作れなくなっていきます。一度進化したHDDの技術は戻せませんし、以前の技術に戻す需要もありません。もし以前のHDDと比較してあえて性能を落とすことができるとすれば、プラッタの枚数を減らすかスピンドルモーターの回転数を落とすことだけになりそうです。

 ですが超高記録密度化が進んだプラッタの場合、以前は複数枚のプラッタで実現できた物理容量が1枚のプラッタで実現できたりします。さらに超高記録密度化による磁気ヘッドの移動範囲の縮小で、以前よりスピンドルモーターの回転数を落としても昔の高速回転のHDDに劣らない性能を発揮してしまいます。しかも駆動パーツの動作負荷が低くなり省電力HDDとなったことを考えても大きな進化しかありません。そして現在のHDDでは、消耗に対する考え方も大きく変えないといけません。

昔のHDDは頑丈だった? 記録密度とアクセス速度、消耗観点

図6 過去のHDDと現在のHDDでは記録密度が違う
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 図6は、過去のHDDに保存したデータと同じデータを最近の高記録密度HDDに保存した場合の、記録密度の違いを表しています。

 過去のHDDでは、広範囲にデータが記録されるため不良セクタが発生した場合でも影響を受けるデータが少ない傾向にありましたが、近年の超高記録密度のHDDでは不良セクタが発生するとたくさんのデータでアクセスに支障が出るようになってきました。

 過去のHDDでは、多少の不良セクタがある場合でも時間をかけることでアクセスできた場合もありましたが、現在の超高記録密度プラッタのHDDでは、たくさんのデータにアクセスできなくなったり、稼働中の衝撃などで発生した不良セクタで代替処理ができないような深刻な場合だと、認識せず異音を発するような致命的な障害に陥ることも少なくありません。

 もし読者の皆さんのなかでパソコンにかかわるお仕事の方がいらっしゃれば、「昔のHDDは頑丈だった」といった話を一度は耳にしたり、口にされた方もいらっしゃるのではないかと思います。HDDの超高記録密度化は、同じ消耗でもHDDの制御を妨げるような障害を引き起こすようにもなり、ユーザーが不具合を感じやすい繊細な消耗品になってしまったとも言えます。こうしたトラブルの兆候を見逃さないためにも、OSのイベントログを定期的に確認することも重要です。

イベントログにストレージやファイルシステムに関するエラーや警告がないか定期的に確認
※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット

 このような特性はデータ復旧作業においても影響しています。もし磁気ヘッド先端がプラッタと接触するような衝撃がHDDに与えられた場合、超高記録密度プラッタだとたくさんのデータが記録されたトラックに大きなダメージを与えることになります。

 もしこれがサーボ情報やサービスエリアなどの重要なエリアのダメージだった場合、クリーンルームで分解を伴う復元作業を行なったとしても問題が改善されない場合も出てきます。

 このように過去のHDDと現在のHDDでは、同じような障害でも記録密度が影響してデータ復旧の難易度を著しく高めてしまう傾向にあるのです。


 以上が第1回のお話となります。次回はHDDの制御のお話からトラブルを起こしたHDDをどのようにしてデータ復旧するのかを詳しくお話したいと思います。

 また、当社ホームページやSNS(TwitterFacebook)でデータ復旧やストレージに関する情報も配信していますので、ご興味がある方は是非ご覧ください。

※画像/イラスト提供&取材協力:くまなんピーシーネット