元半導体設計屋 筑秋 景のシリコン解体新書
従来のIntel CPUの延長線上にはない「Meteor Lake」の設計思想。タイル化で野心的な省電力に挑戦
2023年11月14日 06:05
みなさん、初めまして、筑秋 景(つくし けい)と申します。以前まで半導体企業で技術屋をやっていました。コンピューティングデバイスのCPUは、CPU以外の機能もワンチップ化され、微細化はさらに進み、複雑化する一方です。そういった最先端CPU(SoC)について、元半導体技術屋の視点から、その仕様などをしっかり考察し、みなさんに分かりやすく解説していきたいと思います。
本記事では、年末の登場に向けいろいろと情報が出揃いつつある、Intelの次期プロセッサ「Meteor Lake(コードネーム)」について解説します。
Meteor Lakeが目指したところと、そのためにIntelが採った新たな手法
IntelのMeteor Lakeの開発目標の確認から始めよう。"最も電力効率の高いクライアントSoCを構築することを目指す"というのが開発目標で、通常のCPUが進化していく時とは明らかに違うものをこの目標からだけでも感じることができる。この目標には、従来型のパワーマネジメントを強力にするとかの改良/改善ということではなくて、新規にデザインを考えていくという意気込みを込めているようだ。
IntelはMeteor Lakeで採用されている技術のうち、“電力効率化”と“インテル・スレッドディレクター”という、大きく2つの観点から新しい機能について説明している。
設計のアプローチとして、“最も電力効率の高いクライアントSoC(PC向け製品)を構築することを目指す”ということから、新しい低電力動作ポイントを設定し、必要な性能を実現するために、以前のアーキテクチャからいくつかの異なるブレークスルーが必要だったという。
Meteor Lakeは、次世代のアーキテクチャにとらわれず目指す目標を実現するために、業界をリードする3Dテクノロジー(パッケージテクノロジー)によって接続された、4つのユニークなタイル(IntelはChipletをこう呼ぶ)で構築され、最新のIntel 4半導体製造プロセステクノロジーにより可能となった。いわゆるディスアグリゲーションアーキテクチャ(分散型アーキテクチャ)で実現できたということになる。
普通に考えると、1つCPUに統合されていたブロックをいくつかに分解して、それをパッケージの上で接続することとなる。こういうと単純に小さいシリコンで大きいシリコン製品と同等のものを作るだけかと思うが、実際はそうではなく、とても興味深い設計になっている。
Meteor Lakeでの分散構造で重要なことは、モノリシックでのアーキテクチャを最適な形で分割し、設計上での柔軟性を持たせる分散/分割をすることだった。また、分割されたタイルごとに半導体プロセス技術とのマッチングも考慮され、高効率、高性能を目指している。分散型アーキテクチャならではの最適化されたタイルだからこそできる、いいとこ取りでの設計が実現されている。
次に、半導体としての電力効率の観点からも見ていこう。Meteor Lakeの分散型アーキテクチャでは、4つのタイルそれぞれで電力効率を高め、各タイルで作業負荷に合わせての最適化を実現するアーキテクチャにしている。ここでの設計の考え方はモノリシックダイ(従来の1つのシリコンで実現している半導体製品)と同程度の効率を実現する分散型アーキテクチャを構築することだったようだ。半導体設計者なら、これが相当なチャレンジングなことか分かるだろう。
Intelは、分散型アーキテクチャをモノリシックダイのように動作させるための設計上について、4点に分けて説明している。
- 電力効率化を実現するタイル構成: 電力管理アーキテクチャに着目した分割をする。Meteor Lakeでの4つのタイルでは、各タイル間で電力管理をスケーリングできる(適応性がある)。つまり、各タイル間でプラットフォーム電力と作業負荷の管理を調整する柔軟性を持たせることが可能な分割がされているということらしい。Meteor Lakeでは一元的な電力管理権限を各タイルに持たせ、細分化された方法で行なう。
- 新しいスケーラブルなファブリック: 4つのタイルが一元的に電力管理するために重要なことは、新しいスケーラブルなファブリック(タイル間をつなぐ柔軟な接続ネットワーク)となる。このスケーラブルなファブリックは、高性能と電力効率の両方を可能にする。このファブリックはMeteor Lake全体でより広い帯域幅を有効にし、必要な処理性能を得るためタイル間の追加のトラフィックを有効にする拡張も行なわれた。
- 分散型アーキテクチャ電力効率最適化の一元的なアプローチの必要性: 各アプリでワークロードがどのようになるかを判断し、分割されているタイル上のコントローラーでの一元的な調整を行なう集中的な電力管理を実現する。これは分割されている各タイルで一元的な方法で調整できるよう、互いに連携して操作ポイントに合わせて電力を最適化している。
- ソフトウェアによる電力効率最適化: これもかなり重要になるようだ。各タイルのSoCレベルでの電力効率の調整をインテル・スレッドディレクターがどのように動作するかということ。これにより分散型アーキテクチャでの、各タイル上でアプリが最も効率的で最大のパフォーマンスを実現し、ワークロードを最大化することを可能にする。
SoCタイルに2つのEコアを採用
この電力効率最適化における分散型アーキテクチャでのワークロードはどう扱われるかを説明しよう。
パワーユニットが認識している実行中のワークロードがあり、このワークロードに対してピークのパフォーマンスを必要としない場合、パワーユニットからOSにスケジュールに関するヒントを通知することができ、OSはそれらのワークロードをメインのCPUタイル(コンピュートタイル)からSoCタイル(低電力アイランド)に移行するようにスケジュールする。
そして、コンピュートタイルを完全にオフにして、SoCタイルにワークロードを移行することを実行。電池寿命を延ばし、放熱性能やプラットフォームの効率化を有効にする。これにより、SoCタイルに移されたワークロードは通常の操作が可能になる。
熱性能面ではワークロードの処理に必要な発熱量が従来のアーキテクチャより低くなり、さらなる処理性能や応答性をプラットフォームに与えることになる。従来のプラットフォームでの電力効率化アプローチとは根本的に変わっている。
Meteor Lake搭載ノートで期待されるのは、電池寿命が長くなることと、熱設計がいいので静かになることだ。通常の作業では、ほとんどの時間、低電力モードで作業がなされるだろう。これにより、放熱性能に余裕をもたらし、放熱性能の余裕から必要な処理性能が得られ、必要とされる応答性を含む快適な使用感を実現できる。
これらを実現するための重要な最適化が、SoCタイル(低電力アイランド)に最適化したEコアの採用。これはコンピュートタイルのEコアとは別物になる。このSoCタイルについてもう少し説明したい。
SoCタイルには多数のIPブロックがあり、SoCタイル上でさまざまな作業を実行できる。2個のEコアが実装されることで幅広い作業負荷に対応できるが、これらのEコアは、他のタイルが低電力モードや完全に電源がオフになっている間も動作できるのが特徴だ。
次に重要なことは、この2つのEコアでもできることに集中したことだ。なぜ重要かというと、一部のワークロードでは追加のパフォーマンスが要求されないため。言い換えると、SoCタイル上のEコアで処理が足りるワークロードをできるだけ多くする仕掛けを用意したと言える。
結果としてワークロードの必要性に応じて、コンピュートタイルをすばやくオンに戻すことができ、コンピュートタイル上のPコア、Eコアをすぐに使える状態にしておけるようにした。なんらかの作業で、新しいスレッドがSoCタイルのEコアの処理能力以上の性能を要求した際は、コンピュートタイルをすばやくオンにして必要な処理能力を提供し、性能とバッテリ寿命のトレードオフをすることなしに対応できる。
このアーキテクチャにより、いままでになかった低消費電力と高性能の両方を実現できるのがMeteor Lakeのポイントだ。
AIエンジンもタイルに統合
もう1つの重要な点は、SoCタイル(低電力アイランド)へのAIエンジンの統合。当初、Meteor LakeはAIを統合したIntel初のSoCとなることが注目されていた。この話が聞こえてきた時、筆者としてはPCでのAIエンジン利用シーンが具体的には想像できていなかった。しかし最近、AIの利用シーンがかなり増えてきているので、AIエンジン統合のアイディアは将来を予見していたということになる。
Intelの解析では、AIがさまざまなアプリケーションや用途で利用されると予測されているらしい。しかも、これらのワークロードの一部は持続的なワークロードであり、これは将来的に非常に重要になり、さまざまな使用法での適用がある。
これら状況に対応するためMeteor Lakeでは、AIエンジンをSoCタイルに統合、SoCタイルで対応できるワークロードを増やし、高い効率を実現しながら、幅広いシナリオで機能できるようにしたということになる。
AIワークロードをCPU/GPUで処理するのではなく、省エネルギーAIエンジンで処理をすることは持続的/継続的なAIワークロードを、消費電力と発熱に気兼ねすることなくどんどん使っていける環境を提供するだろう。
個人的な感想として、Intelが言うところのAI PCは筆者の想像を超えており、PCでのAIワークロードの使い方が大きく進化していくことが楽しみになってきた。
PコアとEコアがオフでも幅広いIPが動作可能
そして、次の重要な項目は、SoCタイル(低電力アイランド)の目的である、幅広いIPをサポートすること。幅広いIPをSoCタイルに配置することにより、コンピュートタイル上のメインコンピューティング(コンピュートタイル)であるPコア& Eコアを完全にオフにしながら、SoCタイルのリソースで処理をするのに必要なすべての機能を提供し、さまざまなワークロードを実行できるようにしたのだ。
これにより、SoCタイルがメディアブロックの周りのキーであるカメラ、ディスプレイ、その他多くのIP機能をサポートする。このことはMeteor Lakeのハイブリッド アーキテクチャの大幅な機能強化につながる。
ここで、ワークロードの遷移をSoCタイル上のEコア(以降、これらをLow Power EコアということでLP Eコアと呼ぶ)、Pコア、Eコアの観点から見てみよう。
バックグラウンドタスク、特にITバックグラウンドタスクは常に動いていてかなりの電力を消費する。Meteor Lakeでは、これらのタスク処理に焦点を当てている。
この図では、Meteor Lakeにおいて、ITワークロードが低電力アイランドで稼働している一方で、LP Eコア以外のSoCタイルの領域、コンピュートタイル上のEコア、Pコアが完全にオフになっていることが分かる(SoCタイルのうち色の濃い青に見えている領域が動作していて、それ以外はオフないし低電力モードになっている)。
これが従来型のアーキテクチャではできなかった、Meteor Lakeで目指す電力最適化の注目点の1つと言える。これらのワークロードに関しては、Intelのデモの中での説明では、タスクマネージャーの中でバックグラウンドで20から30のタスクが実行されていた。このタスクが1つ実行されるのに1つのコアが必要になる。
ユーザーが作業を始めると、このバックグランドのタスクに加えて、ユーザーのタスクが処理される。Webページの閲覧などのタスクはLP Eコアで処理され、LP-Eコアが必要としないタイルや回路は、オフないし低電力モードに入ることができていた。続くデモでは、ビデオの再生もLP Eコアで実行されていた。
そのほかのハードウエア機能の特徴についてもざっと紹介しておく。
統合DLVR(デジタルリニア電圧レギュレータ)
Meteor Lakeは、完全に統合されたDLVRを使用するIntel初の製品になる。各IPごとに最適化するため、IPごとの電圧制御ポイントを見つけ、個別に電源供給を持つことができるという。
タイルを分けた部分はもとより、SoCタイル内のIPごとに最適な電源供給を行なう。最適な電源供給とは、性能面では最も性能が出る電圧/電源供給、省電力面では最も省電力なポイントでの電源を供給するということのようだ。
また、ワークロードごとにも動的に調整できるなど、今までアーキテクチャからかなり進んだデザインになっている。このDLVAにより電池寿命の改善、負荷効率向上、電力のオーバーヘッド削減などし、CPUパッケージも改善したという。Meteor Lake以降の製品も期待できそうだ。
Dynamic Fabric Frequency(動的ファブリック周波数)
Dynamic Fabric Frequency(動的ファブリック周波数)、メモリファブリックも可能という。そして他のI/Oファブリックは、帯域幅を必要に応じて調整し、必要なパフォーマンスを確保する。可能な限り最も効率的な方法で運用できるようになっているとしている。
SoCアルゴリズム
ワークロードを動的に認識し、各SoCブロックを調整して、パフォーマンスと電力効率を最大化できる。未使用のブロックがある場合、IPブロックはオンとオフを切り替えできる。これにより、各IPブロックごとに一定量の電力バジェットを割り当て可能となる。たとえば、グラフィックスのパフォーマンスが要求されるワークロードの場合、グラフィックスIPにより多くの電力を割り当て調整できる。
Scheduling Enhancements(スケジュール機能拡張)
Meteor Lakeのこれら機能すべてを実現するため、スケジュール機能の強化が必要になる。ワークロードスケジューラには、いくつかの機能拡張がある。これはインテル・スレッドディレクターで行なうすべての作業が対象になりる。プラットフォーム全体での最高の効率と、適切な電力効率で適切なパフォーマンスを実現するために、適切なコアで適切なスレッドが処理されていることを確認する必要がある。
インテル・スレッドディレクターが、どのようにスケジュールの機能拡張を助けるのかについては、次の記事で解説する。
まとめると、Meteor Lakeの省電力機能、低電力効率化に関しては、SoCタイルがハードウエア的にとても重要であり、これが今までのCPUでは実現できていなかったことを実現し、Intel CPUが今後劇的な進化をしていく起点になると言える。