福田昭のセミコン業界最前線

破綻しつつある新生ルネサスの事業統合シナリオ



 ルネサス エレクトロニクス(新生ルネサス)の事業統合シナリオが、破綻しつつある。ルネサス テクノロジ(旧ルネサス)とNECエレクトロニクス(NECエレ)の事業統合によって昨年(2010年)4月1日に誕生した新生ルネサスは、同年7月29日に「100日プロジェクト」と称する事業統合の具体化計画を公表した。

 この計画(正式名称「100日プロジェクトの検討結果と実行プラン」)は、(1)2012年度(2013年3月期)までの成長戦略、(2)合併によるシナジー効果(2012年度まで)、(3)生産部門の再構築計画を柱としている。それぞれの柱が具体的な数値目標を備えており、2010年度(2011年度3月期)~2012年度に売上高で年平均7%~10%の成長率を達成し、2010年度~2012年度にシナジー効果で累計400億円のコスト削減を実現し、2010年度~2012年度に生産部門の再構築で累計700億円のコスト削減を実施する、と定めていた。計画のコアは「利益を回復し、継続した安定成長を実現」することである。

2010年7月29日に新生ルネサスが発表した「100日プロジェクト」の概要。中央に「利益を回復し、継続した安定成長を実現」とある2010年7月29日に新生ルネサスが発表した「100日プロジェクト」の目標。具体的な明確な数値を示していた

 ルネサスは半導体事業を「SoC(System on a Chip)」、「マイコン」、「アナログ&パワー半導体(A&P半導体)」の3つの事業分野に分けているのだが、「100日プロジェクト」の発表では、それぞれの事業分野の売上高成長率の目標も公表した。なお2010年7月時点では事業分野をSoC、マイコン、A&P半導体の順に紹介していたことに注意されたい。

2010年7月29日に発表した、SoC事業の数値目標。2010~2012年度の売上高の年平均成長率を10~15%とした。通信、マルチメディア、産業のインフラ事業に集中する2010年7月29日に発表した、マイコン事業の数値目標。2010~2012年度の売上高の年平均成長率を、マイコン市場の年平均成長率である6%を上回る、8~10%とした2010年7月29日に発表した、アナログ&パワー半導体(A&P半導体)事業の数値目標。2010~2012年度の売上高の年平均成長率を7~10%とした。電源分野と自動車分野に注力する

●事業方針の大変化と経営目標不変の主張

 ところがまったく予想していなかった要因、すなわち2011年3月の東日本大震災によって新生ルネサスを取り巻く状況は激変した。そして2011年8月2日に開催された四半期業績の報道機関向け説明会で、新たな事業方針を発表した。その内容は、ほぼ1年前に公表された「100日プロジェクト」と大幅に違うものだった。

 最も大きな違いは「100日プロジェクト」で表明していた売上高の拡大路線を、今回の「事業方針」では放棄したことだ。新生ルネサスは事業統合を決めた時点から、世界の半導体市場の成長率を超える成長率を達成することを謳い続けてきた。ところが説明会の質疑応答で明らかになったのは「半期(6カ月)の売上高で5,000億円を目安とし、売り上げの拡大は追わない」(赤尾泰社長)という中期計画の方針転換だった。事業方針の説明資料では売上高の具体的な成長目標についてまったくふれていなかったことから、筆者が赤尾社長に質問したところ、上記のような答えが返ってきた。

 もっとも赤尾社長は別の報道関係者の質問に対し、「新生ルネサスの経営目標は変化していない」と答えている。その経営目標とは事業統合の直後に営業黒字を達成し、次に最終黒字(純利益)を達成し、中期的には営業利益が売上高に占める比率(売上高営業利益率)を10%以上に高めることである。統合初年度(2010年度)の営業黒字はすでに達成済みだ。最終黒字は当初は統合次年度の2011年度(2012年3月期)に達成する計画だったが、東日本大震災の発生により、8月2日の説明会では2012年度(2013年3月期)に先送りすることを表明した。

旧ルネサスとNECエレの事業統合による経営目標。2010年7月29日の発表資料から引用2011年8月2日に発表された財務目標。中期的には、営業利益が売上高に占める比率を10%以上に高める。「中期的」の時期は2013年度(2014年3月期)~2014年度(2015年3月期)の模様

●赤字のSoC事業を大きく縮小へ

 中期目標の「売上高営業利益率10%以上」は確かに変わっていない。しかしその実現手段は大きく変貌を遂げた。最も大きな変化は「SoC事業の大幅な縮小」である。2010年度(2011年3月期)におけるSoC事業、マイコン事業、A&P半導体事業の売上高は3,117億円、3,841億円、3,162億円だった。これが2011年度(2012年3月期)には、それぞれ対前年比で20%台後半の減少、横ばい、1桁%後半の減少となり、半導体事業全体では対前年比11%減になるとの予測を8月2日に発表した。

 東日本大震災の影響があるので、2011年度(2012年3月期)の売り上げ減はやむを得ない。日本市場の売り上げ比率が50~60%と高い新生ルネサスの現状からすると、売り上げ増を期待するのは無理がある。

 しかし2011年度(2012年3月期)以降に目指す事業構造は、2010年7月29日発表時点に目指していた事業構造とは、根本的に違う。まず事業を紹介する順番が違った。細かいことなのだが、この細かなところで事業部間の微妙な力関係をうかがわせるのが、ルネサスという会社の体質だ。昨年7月ではSoC事業、マイコン事業、A&P半導体事業の順だったのが、今年8月はマイコン事業、A&P半導体事業、SoC事業の順に変わった。

 そしてマイコン事業では2010年(暦年)から2015年(暦年)までの年平均成長率を9%と具体的な数値を打ち出したのに対し、A&P半導体事業では2015年(暦年)における市場シェアの目標数値と抽象度が大きくなり、SoC事業に至っては2015年(暦年)における具体的な数値を何も説明しないままに8月2日の事業方針説明は完了してしまった。

 8月2日の事業方針説明からは明確にマイコン重視の姿勢が読み取れる。「マイコン事業とA&P事業への注力をさらに加速」し、世界シェアトップのマイコン事業を中国を始めとする新興国市場でさらに拡大し、A&P半導体事業はマイコンとの相乗効果で伸長させる。

 一方、SoC事業は「大胆な取捨選択を行ない、社会・産業インフラ、クラウドコンピューティング関連市場に集中」させる。より具体的には「ライフサイクルの短いコンシューマからは撤退していく」(赤尾社長)。要するに、製品寿命(販売期間)が短い市場には手を出さない、製品寿命(販売期間)が長い製品にSoC事業は特化していく、ということだろう。赤字事業であるSoC事業を大きく縮小することで、赤字幅を削減しようとの意図がみてとれる。

2011年8月2日に発表した、新生ルネサスが目指す新しい事業構造の概念図。SoC事業をどこまで縮小するのかは、現時点では不明確である2011年8月2日に発表した、マイコン事業の数値目標。年平均成長率は9%であり、前年7月29日に発表した年平均成長率8~10%と基本的に変わっていない2011年8月2日に発表した、A&P半導体事業の数値目標。パワーデバイスとアナログICはそれぞれ、A&P半導体事業の約4分の1の売り上げを占める

●売上拡大路線から売上維持路線への転換

 2010年8月13日付けの本コラムでは、100日プロジェクトの印象を次のように記した。

 「半導体産業の市況の変化はめまぐるしく、変化の幅は小さくない。過去もそうであり、現在もその状況は変わらない。そんな中で公表された『100日プロジェクトの成果』からは、いくつかのズレを感じた。市場規模が激変する事実を知りながら『安定成長の実現』を謳うこと、自己認識(ルネサスは自分自身をどのような半導体企業と認識しているか)の欠落、自己実現(ルネサスはどのような半導体企業になろうとしているのかのビジョン)の欠落、などである。いわば小手先の細工はそれこそ膨大に存在するのだが、基軸となる考え方や思想などが見えないのだ 」。

 8月2日の事業方針説明から受けた印象も残念ながら「基軸となる考え方や思想などが見えない」である。事業方針の構築手法がトップダウン型ではなく、ボトムアップ型に見えるのだ。このため、対応が場当たり的になっているとの印象がぬぐえない。臨機応変と言えなくもないが、売上拡大で利益を確保するのと、売上維持で利益を確保するのでは、利益を確保するステップが全く違う。それは経営方針の転換にほかならない。

 新生ルネサスが描き直したシナリオは、赤字事業を縮小させて赤字幅を削減し、黒字事業を拡大して黒字幅を増加させるというものだろう。赤字事業とはSoC事業であり、黒字事業とはマイコン事業のことだ。

 だが、このシナリオには落とし穴がいくつか隠れている。赤字事業を縮小すれば、赤字幅が減るのかというと、必ずしもそうではない。SoCの開発件数を一気に減らすと開発費は急速に減少する。ただし人件費などの固定費は急激には減らない。売上減と固定費のバランスが問題になる。黒字事業を拡大すると、黒字の金額は確かに増えるだろう。ただし、売上高に対する利益率は増えるとは限らない。売り上げ拡大と利益率のバランスが問題になる。

 そして企業全体の売上高が一定で推移するということは、固定費を下げないと利益率が上がらないことを意味する。その手段はどのようなものになるのだろうか。例えば人件費を減らすには、早期退職制度の再募集、非正規雇用の拡大、昇給の停止、親会社への転籍といった手段が考えられる。そのいくつかはすでに実行済みなのだが、さらに強化していくこともあり得るだろう。

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(2011年 8月 9日)

[Text by 福田 昭]