福田昭のセミコン業界最前線

高コストの日本から低コストの台湾へ、軸足を移すエルピーダ



 エルピーダメモリは2011年9月15日、日本円と外国為替の交換比率上昇(円高)とDRAM市況の悪化(DRAM不況)に対する緊急対策を公表した。円高もDRAM不況も、エルピーダメモリの業績を一段と悪化させる要因である。緊急対策によって業績の悪化を少しでも食い止めなければならない。

ドルと円の交換比率推移。2003年~2007年は1ドルが100円~120円の間で変化が小さい。2007年以降は円高に大きく振れている。2010年の平均は86.5円。このグラフには掲載されていないが、2011年は80円を切る過去最悪の円高が続いている。エルピーダメモリが2011年5月12日に発表した決算資料からPC用DRAM価格の推移(市場調査会社DRAMeXchangeのデータをエルピーダメモリがまとめたもの)。2011年3月~5月はいったん安定したものの、6月以降は再び下落している。2011年9月前半時点での2Gbit DRAMのコントラクト価格は1.13ドルであり、8月5日時点の1.59ドルからさらに下がっている

●大容量化と微細化で円高とDRAM不況に対抗

 「円高とDRAM不況の緊急対策について」と題して発表された緊急対策は、6つの項目から成る。

(1)DRAM生産の主力を現行の2Gbit品から、原則としてすべて4Gbit品に移行することで、価格下落の圧力を緩和する
(2)主力工場である広島工場の製造プロセスの微細化を進める。現行の40nmプロセスから、30nmプロセスへと切り換える
(3)装置材料などの調達において集中購買によってドル建ての取引を拡大し、為替交換比率の変動を吸収するとともに原価率の低減を図る
(4)円高とDRAM不況が継続した場合には、生産体制の最適化をさらに進めることを検討する。その1つとして、広島工場の生産能力の一部を「コスト競争力の高い」(発表文より)台湾レックスチップ社(エルピーダメモリの子会社)へ段階的に移設することも視野に入れる
(5)エルピーダメモリが保有する知的財産権をこれまで以上に積極的に活用し、特許収入を拡大する
(6)開発品種の絞り込みと間接部門の業務効率化で、経費をさらに圧縮する

 この中で(1)は、販売価格の高い4Gbit品に移行し、採算割れとなっている2Gbit品(特にPC向け)の生産から撤退することで、採算性を改善しようとする対策だ。例えば40nm世代で2Gbit品を製造するコストと、30nm世代で4Gbit品を製造するコストは、初期投資の違いを除くとあまり変わらない。4Gbit品は2Gbit品よりも高値で販売できるので利益が出る、というシナリオである。

エルピーダメモリおよびレックスチップの生産能力に占める30nm以下のプロセスの推移(計画を含む)。エルピーダメモリが2011年8月8日に発表した決算資料から

 そして(2)は、9月以前にも四半期業績の発表時点で説明してきたコスト削減策である。例えば2011年8月8日の四半期業績発表では、2011年末までにレックスチップの生産能力の100%を30nm以下のプロセスに移行させる計画だと公表している。緊急対策の(2)はこういった動きの延長にある。30nmプロセスへの切り換えを当初の計画よりも早く進めるという意味だろう。


●大手DRAMベンダーで赤字なのはエルピーダだけ

 留意すべきは(4)である。言い方は慎重であり、決定事項ではないものの、日本の広島工場の生産規模を縮小し、台湾のレックスチップに生産の軸足を移そうという意図がうかがえる。

 エルピーダメモリの代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)である坂本幸雄氏は、報道機関や証券アナリストなどへの説明会でこれまでにも度々、日本政府が円高に対して積極的な対応手段を採らないことへの不満を訴えてきた。しかし台湾への生産シフトを、このような形で明確に示唆することは、これまでになかった。

 特に「コスト競争力の高い台湾の生産子会社レックスチップ(Rexchip Electronics Corporation、瑞晶電子股有限公司、本社:台中市)へ段階的に移設することも視野に入れております」(発表テキストの一部)と、わざわざ「広島工場よりもレックスチップの方が製造コストが低いこと」をうかがわせる「コスト競争力の高い」という表現を使っていることは見逃せない。

 実際、半導体メモリの企業収益でみると、大手DRAMベンダーで2011年に赤字を出し続けているのはエルピーダメモリだけなのだ。

 エルピーダメモリ(DRAMシェア3位)の直近の四半期業績(2011年4月~6月期)は、営業損益が38億円の赤字である。これに対し、韓国Hynix Semiconductor(DRAMシェア2位)の直近の四半期業績(2011年4月~6月期)は営業損益が4,470億ウオンの黒字(1ウオンを0.075円として換算すると335億円の黒字)、米国Micron Technology(DRAMシェア4位)の直近の四半期業績(2011年3月~5月期)は営業損益が2億3,700万ドルの黒字(1ドルを80円として換算すると190億円の黒字)となっている。

 さらに厳しいのは、2010年10月~2011年6月までの9カ月、すなわち3四半期連続でエルピーダメモリは営業赤字を出していることだ。これに対し、Hynixは同じ期間にすべて営業黒字を出しており、Micronも決算期のずれはあるものの、2010年9月~2011年5月の3四半期はすべて営業黒字になっている。

エルピーダメモリの四半期業績推移(売上高と営業損益)。2011年第1四半期とは、2011年4月~6月期のことHynixの四半期業績推移(売上高と営業損益)。2011年第2四半期とは、2011年4月~6月期のことMicronの四半期業績推移(売上高と営業損益)。2011年第3四半期とは、2011年3月~5月期のこと

●NANDフラッシュと非PC向けが収支を左右

 ただし、半導体メモリ事業の規模がエルピーダメモリに近いHynixとMicronの2社には、エルピーダメモリと大きく違う点がある。それはフラッシュメモリを扱っていることだ。

 特にMicronは売上高に占めるフラッシュメモリの比率が大きい。直近の四半期(2011年3月~5月期)では、NANDフラッシュメモリが売上高の35%前後、NORフラッシュメモリが売上高の15~20%を占めており、DRAMの40~45%よりもフラッシュメモリの売上比率が高い。DRAMに比べるとフラッシュメモリの価格水準は高く、利益を稼ぎやすい。例えば東芝(NANDフラッシュメモリのシェア2位)は、2011年4月~6月期の業績発表会で「円高と価格下落の影響はあるものの、NANDフラッシュメモリでは一定の利益を確保した」と述べている。円高の悪影響がない米国企業のMicronであれば、東芝よりも利益を確保しやすかったと推測できる。

 韓国のHynixはやや事情が異なる。同社の売上高に占めるDRAMの割合は75%以上で、DRAMの赤字をNANDフラッシュメモリの黒字がカバーする力はそれほど強くない。にも関らず、同社は3四半期連続で営業黒字を出し続けてきた。

 考えられる要因の1つは、以前の本コラムでも述べたが、韓国ウオンの米国ドルに対する交換比率が、あまりウオン高には振れていないことである。

Hynixの製品別売上高比率(左)と用途別売上高比率(右)。同社の2011年4月~6月期業績発表資料から

 もう1つは、半導体メモリの用途に占めるPC向けの比率が低いことである。2010年1月~3月期では売上高の半分をPC向けが占めていた。それが1年後の2011年1月~3月期では30%に低下し、直近の同年4月~6月期では20%台後半(25%~29%)にまで下がっている。この比率はHynixの売り上げが分母なのでDRAM以外にNANDフラッシュメモリを含んでいるが、PC向けのほとんどはDRAMと推測できるので、同社は意図的にPC向けの比率を下げてきたことがわかる。

 PC以外の用途はサーバー、グラフィックス、コンシューマ、モバイルである。過去1年ではモバイルの比率が増えている。直近の同年4月~6月期ではサーバーが25%前後、グラフィックスとコンシューマが15%~16%、モバイルが16%~17%だとみられる。


●日本からDRAMベンダーが消える日

 台湾ドルと米国ドルの為替交換比率の変化は、台湾ドルが高くなる傾向にはあるものの、日本円に比べるとその変化は緩やかだ。そしてエルピーダメモリの子会社である台湾のレックスチップは、エルピーダメモリの主力工場である広島工場よりも安くDRAMを生産する能力がある。

 円高とDRAM不況が中長期の環境条件、たとえば5年~10年にわたるものであれば、エルピーダメモリが利益を確保するためには日本に拘ることは、経済的には非合理であるとも考えられる。広島工場を段階的に縮小し、レックスチップの工場でDRAMの大半を製造する体制が企業収益を確保する上では望ましい、とも言える。そして将来は台湾のレックスチップを親会社にし、エルピーダメモリをその子会社とし、台湾を本社所在地とするDRAM大手ベンダーに生まれ変わる。

 日本からDRAMベンダーが消える日は、それほど遠くないのかもしれない。

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(2011年 9月 27日)

[Text by 福田 昭]