福田昭のセミコン業界最前線

赤尾ルネサスから鶴丸ルネサスへ

ルネサス エレクトロニクス代表取締役社長の鶴丸哲哉氏。写真はルネサスが提供したもの

 ルネサス エレクトロニクス(以下「ルネサス」)の社長が、2013年2月22日に交代した。ルネサスの設立以降、3年近くにわたって代表取締役社長を務めてきた赤尾泰氏が同日付けで代表権のない取締役に異動し、取締役兼執行役員で生産本部長を務めていた鶴丸哲哉氏が代表取締役社長に就任した。

 同じ2月22日には、経営トップと執行役員が大幅に刷新された。それまでの執行役員はほぼ全員が退任し、新たに4名の執行役員が取締役会で選任された。3月1日には組織変更が実施され、事業そのほかの本部が7つから、4つに集約された。4名の新たな執行役員がそれぞれ、4つに集約された本部の本部長に3月1日付けで就任した。

 もう少し具体的に説明すると、営業本部とマーケティング本部が統合して営業マーケティング本部となり、新執行役員の川嶋学氏が本部長に就任した。川嶋氏の前職は営業本部アナログ&パワー販売推進統括部長である。そしてSoC事業本部とMCU事業本部、技術開発本部が統合して第一事業本部となり、新執行役員の大村隆司氏が本部長に就任した。大村氏の前職はMCU事業本部事業計画統括部長である。またアナログ&パワー事業本部が名称を第二事業本部に変更し、新執行役員の野口武志氏が本部長に就任した。野口氏の前職は、子会社であるルネサスエスピードライバのエグゼクティブバイスプレジデントである。

 ここまで見ていくと、第一事業本部が3つの本部を統合してかなり大きな組織になったこと、新執行役員が飛び級とも言える異例の昇格によって本部長になっていることが分かる。なおルネサスエスピードライバはルネサス エレクトロニクスが55%、シャープが25%、台湾Powerchip Grが20%を出資した合弁会社で、中小型液晶パネル向けコントローラドライバの設計と製造、販売を担う。

 これに対し、鶴丸氏の出身である生産本部はそのままで、副本部長を務めていた野木村修氏が執行役員兼生産本部長に昇格するという穏当な異動になっている。

ルネサス エレクトロニクスの新しい経営トップ(氏名は敬称略)。鶴丸社長の前職は取締役執行役員兼生産本部長、川嶋執行役員の前職は営業本部アナログ&パワー販売推進統括部長、大村執行役員の前職はMCU事業本部事業計画統括部長、野口執行役員の前職はルネサスエスピードライバ エグゼクティブバイスプレジデント、野木村執行役員の前職は生産本部副本部長
ルネサス エレクトロニクスの新たな組織
ルネサス エレクトロニクスの旧経営トップおよび旧執行役員、旧本部長の主な異動(氏名は敬称略)

5名と少人数の経営トップ

 赤尾社長が主導していたルネサス「赤尾ルネサス」では、社長と10名を超える執行役員が事業体の運営にあたっていた。これに対し、鶴丸社長が主導する「鶴丸ルネサス」は、社長と4名の本部長兼執行役員が事業体を運営する。少人数で機動性を高めた組織運営にも見えなくない。

 残念ながら、社長交代に伴う報道機関向けの記者会見は、開催されなかった。その代わりというわけでもないだろうが、一部の大手報道機関に対しては、3月25日に鶴丸新社長との質疑応答の機会が与えられたようだ。例えば、週刊東洋経済の発行元である東洋経済のオンライン版は「ルネサス、鶴丸・新社長の誓い」のタイトルで質疑応答の様子を報じた。また週刊ダイヤモンドのオンライン版は「従業員が明るく働ける職場に 社長就任を決めた現場との「約束」――鶴丸哲哉・ルネサスエレクトロニクス社長インタビュー」という記事を掲載している。

 これらの記事によると、鶴丸氏に社長就任を赤尾社長(当時)と産業革新機構が打診したのは1月末となっている。2月22日の臨時株主総会(産業革新機構やトヨタ自動車などへの第3者割り当て増資を決議)を招集した日付が1月28日なので、株主総会を招集する時点では、社長交代はほぼ決まっていたことになる。そして2月22日に臨時株主総会で議案がすべて承認可決された後に、取締役会を開催して役員と執行役員の異動を正式に決定したという流れなのだろう。

 なお、赤尾氏が取締役に残留したことを疑問視する声もあるが、取締役の解任には株主総会の決議が必要である。株主総会を招集するためにはあらかじめ株主名簿を確定し、株主総会の招集時点で議案を株主に通知しなければならない。変則的ではあるが、鶴丸氏以外の取締役兼執行役員が経営責任をとって経営の第一線から退くものの、取締役として残留するのは仕方がないと言える。2013年6月末に定時株主総会が予定されているので、6月末までの変則的かつ暫定的な措置なのだろう。

組織の簡素化を急速に進める

 鶴丸氏のインタビュー記事を拝見すると、組織の簡素化を社長としての最初の仕事として挙げている。実際、組織の簡素化を急速に進めていることが見て取れる。

 ルネサス エレクトロニクスが発足した2010年4月当時、「本部」の数は7つ、その下に所属する「部」の数は53あった。本部の下に所属しない間接部門の「部」(人事や経理など)と「室」(内部監査と輸出管理)がほかに10あったので、合計では63の部署が存在していた。

 社長交代の直後である2013年3月時点では「部」の数はあまり変化していなかった。本部に所属する「部」の数は46あり、間接部門の「部」は11あった。合計では57の部署が存在していた。2010年4月から2013年2月までに一部の部署は売却されていることを勘案すると、組織が簡素化しているとは言えなかった。

 ところが2013年4月に入ると、事業本部の統合に伴い、部署の統合が一気に進められた。部署の数は合計で43に減った。特に簡素化が進んだのが第一事業本部で、2010年4月時点では29の部署が存在していたのが、2013年3月時点では21部署となり、2013年4月時点では10部署に減少した。営業マーケティング本部は2013年3月時点で8部署だったのが2013年4月時点では6部署となり、生産本部は2013年3月時点で12部署(部および工場)だったのが2013年4月時点では11部署となった。

2010年4月時点でのルネサス エレクトロニクスの組織図
2013年3月時点でのルネサス エレクトロニクスの組織図
2013年4月時点でのルネサス エレクトロニクスの組織図

業績見通しの修正を繰り返す悪しき習慣

 「赤尾ルネサス」が抱える問題点は過去に「ルネサスという「バケツ」に空いた穴」などで説明してきたので、新たに触れることは多くない。

 改めて指摘しておきたいのは「赤尾ルネサス」の約3年間とは、業績見通しの修正を繰り返す3年間であったことだ。それも大幅な下方修正の繰り返しである。

 2010年度(2011年3月期)は当初、売上高1兆1,900億円、営業利益70億円との業績見通しを2010年7月に発表していた。そもそも、ここから問題があった。会計年度の決算発表時期である4月末から5月上旬のタイミングでは、業績見通しを出せなかったことである。業績見通し発表の遅れは次年度以降も続いた。業績見通しの発表は2011年度(2012年3月期)と2012年度(2013年3月期)では8月にまでずれ込んだ。

 そして、業績見通しの発表後は、下方修正が繰り返された。2010年度は業績見通しの修正発表を3回実施し、売上高を累計で530億円、下方に修正した。2011年度は業績見通しの修正発表を2回実施し、売上高を累計で1,340億円、営業損益を累計で200億円、下方に修正した。そして2012年度は現在までに業績見通しの修正発表を2回実施し、売上高を累計で980億円、営業損益を累計で470億円、マイナスした。

 売上高に占める修正の割合は統合初年度よりも統合3年目である2012年度の方が高い。将来を見通す精度は良くなるどころか、年々、悪化してきた。特に2012年度は酷かった。2012年10月29日の四半期業績発表では業績見通しを据え置き、わずか1カ月後の12月10日には売上高の見通しを480億円もマイナスした。しかもこの時点では営業損益を修正せず、210億円の黒字に据え置いた。

 ところが2カ月後の2013年2月8日には、売上高の見通しをさらに500億円マイナスするとともに、営業損益の見通しを260億円の赤字に変更した。210億円の黒字から、一転して260億円の赤字へ。2012年10月29日にルネサスが四半期業績を発表した時点で、先行きを危ぶむ声は上がっていた。それから3カ月ほどで、惨憺たる姿をさらけ出すことになった。

 「鶴丸ルネサス」には、この悪しき繰り返しを回避して欲しい。

製造のリストラから設計のリストラへ

 鶴丸社長の発言やこれまでの組織変更などで気になるのは、製造重視、生産重視の姿勢が感じ取れることだ。「現場重視」と発言しているのだが、それは設計ではなく、営業でもなく、製造であるように感じるところがある。

 過去の国内半導体メーカー全体に言えることだが、設計部門が上で製造部門が下、製造部門では前工程が上で、後工程が下、という階層が長く存在してきた。言い換えると社長は設計部門、あるいは営業部門の出身者が就任することがほとんどだった。生産部門(製造部門)の出身者は出世しても取締役まで。取締役に生産部門出身者が1名もいない、という状態も珍しくなかった。

 鶴丸氏も、執行役員兼生産本部長ではあったものの、取締役に昇格したのは2012年6月の定時株主総会である。東日本大震災で被災した那珂工場の復旧で大きな成果を上げたことが、取締役に昇格した理由だと言われている。もっと言ってしまえば、鶴丸氏以前に、ルネサスには生産部門出身の取締役は存在しなかった。

 ルネサスの事業再構築では、子会社を含めた製造部門の大半が整理対象となってきた。後工程工場と前工程工場がいくつも縮小され、あるいは売却されてきた。その製造現場に最も近い位置にいた役員が、鶴丸氏だった。

 製造現場が厳しいリストラクチャリングに曝されているのに対し、設計現場に対するリストラクチャリングは、いささか甘いように見て取れる。その代表が技術開発本部やSoC事業本部などである。鶴丸氏が社長就任と同時に手掛けたのが組織変更で、最も大きな変化がマイコン事業部門(MCU事業本部)とSoC(System on a Chip)事業部門(SoC事業本部)、技術開発部門(技術開発本部)の統合だった。これらはいずれも設計部門である。

 設計部門を統合し、部署を統合することで、管理職の数は大きく減らせる。第一事業本部(SoCとマイコンと技術開発)の部署は、ルネサス発足時の約3分の1に減少した。これは部長の数が3分の1に減ることを意味する。もっとも、副部長や部長代理といった「部長級」ポストを乱発してきたのがこれまでのルネサスなので、油断はならない。

 経営層の人数を絞り込んで機動性を高め、設計部門の組織をスリムにして無駄(不要な中間管理職)を減らし、販売会社を統合して顧客(といっても国内の顧客だが)との距離を縮める。ここまでは見えてきた。ほかに必要なのは「ルネサスをどのような企業にしていくのか」の展望を示すことだろう。鶴丸社長は2014年度までの事業計画を考えていると先述のインタビュー記事では述べていた。

 2013年10月1日には、産業革新機構がルネサスの株式数の約7割を占め、経営を支配する。この案件については「国有化されるルネサス」でご紹介した。

 2013年10月1日以降も「鶴丸ルネサス」が続くのかどうか。現時点では分からない。分かるのは、この4月から7月くらいまでが、極めて重要な時期だということだ。この時期に良い成果を出せれば、鶴丸社長が続投する可能性が高まる。「今」が最も重要なのだ。

(福田 昭)