福田昭のセミコン業界最前線

「微細化で有利なのはフラッシュよりもPCM」
~Numonyxの最高技術責任者が語る



Edward Doller氏。Numonyxが設立される以前は、Intelのフラッシュメモリ部門に勤務。それ以前はIBMで先端半導体メモリの開発に従事していた

 Numonyxは、STMicroelectronicsとIntelのメモリ事業部門が分離、統合して2008年3月に誕生した合弁企業である。主要製品はNORフラッシュメモリとNANDフラッシュメモリ。NORフラッシュメモリはSTMicroelectronicsとIntelの事業を継承しており、NANDフラッシュメモリはSTMicroelectronicsの事業を継承した。また、STMicroelctronicsとIntelが共同で開発していた相変化メモリ(PCM:Phase Change Memory)の資産を受け継いで製品化を進めてきた。

 このたびニューモニクス・ジャパンの協力により、Numonyxで最高技術責任者(CTO)を務めるEdward(Ed) Doller氏にインタビューする機会を得た。Numonyxが考えるフラッシュメモリとPCMの技術戦略の一端が明らかになったのでご紹介したい。

【Q】NORフラッシュとNANDフラッシュ、PCMの将来をどのようにみているか

【Doller氏】NORフラッシュは45nm技術での量産が見えており、次の世代である32nm技術での量産を見据えて開発を進めているところだ。32nm技術の量産に投資するかどうかはまだ決まっていない。投資効果が明確でないからだ。NORフラッシュには技術的な限界が見えているというのもある。ホットエレクトロン注入でデータを書き込むNORフラッシュは、書き込みの繰り返しによる劣化が避けがたい。これがNORフラッシュの基本的な限界を決めている。

 これに対してNANDフラッシュは電子のトンネリングでデータを書き込む。微細化(スケーリング)によって注入する電子の数が減ることが、データ保持期間と書き換え回数の寿命を制限する。NANDフラッシュは応用分野が多岐にわたり、用途によってはデータ保持期間と書き換え寿命の要求(信頼性の要求仕様)がそれほど高くないことがある。例えばMP3プレーヤーではバックアップのデータが存在するので、それほど高い信頼性は要求されない。その代わりに、記憶容量当たりの単価は非常に低いレベルに抑えなければならない。こういったそれほど高い信頼性を要求せずに、すごく低いコストを要求する用途では、NANDフラッシュは微細化の余地がある。Numonyxを含め、NANDフラッシュのベンダーがNANDフラッシュの微細化に投資しているのはこのためだ。

 ただしNANDフラッシュの用途の中には、高い信頼性を要求する分野がある。例えばエンタープライズ分野だ。マルチレベルセル(MLC)のNANDフラッシュは容量を増やせるものの、シングルレベルセル(SLC)のNANDフラッシュに比べると信頼性に劣る。そこで高い信頼性を必要とする分野では、SSD(Solid State Drive)の一部にPCMが入り込める。現在に少なくとも2社のユーザーが、PCMに期待している。不揮発性メモリ全体の数%をまず、PCMで置き換えたい。

【Q】フラッシュメモリのセルはフローティングゲート技術が主流だが、次世代セル技術の候補としてSONOS(Silicon Oxide Nitride Oxide Semiconductor)の開発が進められている。SONOS技術についてはどのように考えているのか

【Doller氏】SONOS技術はフローティングゲート技術の代替候補としてNumonyxでも開発を進めている。ただし個人的な見解だが、SONOS技術を微細化し続けても大丈夫だと言いきれるフラッシュベンダーはないと思う。商用化技術の段階に達するには、SONOS技術はまだ時間がかかると考えている。

【Q】PCM技術はカルコゲナイドという新しい材料を使う。開発に時間がかかるという点では、SONOS技術と同じことが言えるのではないか

【Doller氏】我々はPCM技術の研究開発を2000年から進めてきた。9年という長い開発期間によって、現在はPCM技術を非常によく理解できている。PCM技術の強みは微細化を進められることにある。フローティングゲート技術では想像できないところまで微細化できる。SONOS技術は商用化できたとしても、NANDフラッシュメモリを2世代ほど延命するのが限界だと思う。

【Q】PCM技術では、2008年2月に90nm技術で製造した128Mbitメモリの試作サンプル出荷を発表している。その後の開発状況は

【Doller氏】65nm技術をスキップして微細化し、45nm技術のPCMチップの生産に着手した。2009年第4四半期にはNORインターフェイス品のサンプルを出荷する。最も早いサンプルは2009年第3四半期末になるだろう。LPDDR2-NVMに準拠するサンプルの出荷は2010年前半を予定している。

【Q】PCMチップのもう少し詳しい仕様を教えて欲しい

【Doller氏】記憶容量は1Gbit、シングルレベルセル(SLC)だ。半導体標準規格「LPDDR2-NVM」に準拠する。

【Q】LPDDR2-NVM準拠のPCMチップの仕様を共通化することで、NumonyxはSamsung Electronicsと6月に提携した。その狙いは

【Doller氏】LPDDR2-NMV準拠といっても、半導体ベンダーによって解釈の違いが残る。これまでにも半導体製品には、標準規格の解釈の違いによる仕様の違いが生じることがあった。そこでもう一歩踏み込んで、Samsungと互換性のあるPCMチップを提供することにした。ベンダーが互換性を保証することで、ユーザーはマルチソースの購入が容易になる

【Q】PCMに対するPC業界の反応はどのようなものか

【Doller氏】新しいメモリ技術が使えるようになることを歓迎している。コンピューティングプラットフォームの構造を変えることで、PCの起動時間を携帯電話機のように素早くできるからだ。現在の子供は携帯電話機でインターネットやウエブブラウジングなどを利用している。いずれも起動時間は短い。ところがノートPCでは起動するまで待たされる。これは子供たちにとってつらいことだろう。

コンピューティングプラットフォームにPCMを導入して起動時間を短縮する。MemCon 2009のEd Doller氏による講演スライドから

【Q】半導体メモリが大きな市場を形成しているのはDRAMとNANDフラッシュだ。PCMではDRAMやNANDフラッシュの市場を置き換えに行くのか、それとも、DRAMやNANDフラッシュでは整合せずに、PCMだと整合性が高くなる市場をねらって行くのか

【Doller氏】両方を並行してねらっていく。PCMに適した市場を開拓しつつ、DRAM/NANDフラッシュの市場にどうやって食い込んでいくかを考えている。

【Q】次世代不揮発性メモリの候補にはPCM以外に、磁気メモリ(MRAM)や抵抗変化メモリ(RRAM)、強誘電体メモリ(FRAM)がある。これらの候補についてはどのように考えているのか

【Doller氏】これらの代替技術は大学と連携しながら研究をてがけている。ただし小規模なものだ。われわれは2000年にPCMの研究開発を開始する以前の段階で、さまざまな不揮発性メモリ技術を精査した。その結果、微細化を最も進められる技術としてPCMを選んだ。現在ではPCMに注力している。

●事業統合後わずか1年で共通ビジョンを構築

 以上がインタビューの内容である。繰り返しになるがNumonyxは、STMicroelectronicsとIntelのメモリ事業部門が分離、統合して2008年3月に誕生した合弁企業だ。統合に伴う作業量は膨大なものであり、通常は忙殺される。Doller氏は2008年のMemConやFlash Memory Summitなどのイベントで講演しているが、当時の講演内容は、やや抽象的で具体的な展開をつかみにくいものだった(このためMemCon 2008レポートではEd Doller氏の講演を取り上げなかった)。

 ところが2009年のMemConでは、Doller氏は明確なビジョンを打ちだしてきた。まったく違う2つの企業の事業部門を統合してわずか1年ほどで、共通のビジョンを作り上げたことになる。これにはかなり驚いた。共通ビジョンがいかに重要であるかをNumonyxは深く理解しているとも言える。

 言い換えると、このくらいの短い期間で事業統合を進めなければ、半導体業界では主要な地位を狙えないのだ。日本の半導体産業の事業統合にも、こういったスピード感を期待したい。

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(2009年 7月 22日)

[Text by 福田 昭]