福田昭のセミコン業界最前線

Seagate、70TBの超大容量3.5型HDD実現に目処

試作レベルで7TB/プラッタの超大容量を達成

 HDDの大手サプライヤーであるSeagate Technology(以降はSeagateと表記)は2025年10月に、70TBと記憶容量の大きな3.5型HDDを実用化する目処を付けたことを明らかにした。プラッタ1枚換算で7TBという高い密度の磁気記録再生を確認した。研究レベルの試作品としては過去最高の磁気記録密度(面密度)になる。

 最新の大容量HDD製品では、1個のドライブに10枚のプラッタを内蔵することがごく普通になってきた。プラッタ1枚の記憶容量が7TBでドライブ当たりのプラッタ枚数が10枚だと、記憶容量は70TBになる。

 研究レベルで7TB/プラッタを達成したと明らかにしたのは、国内で開催された2つのイベントだ。1つは10月17日に日本HDD協会(IDEMA JAPAN)が開催したシンポジウム「Zettabyte時代の到来: 技術革新と応用の最前線」、もう1つはNIMS(物質・材料研究機構)のCMSM(磁性・スピントロニクス材料研究センター)が10月21日に開催した特別セミナーである。いずれも講演者はSeagate TechnologyでシニアディレクターをつとめるStephanie Hernandez氏、講演タイトルは「The Future of Hard Disk Drive Storage Technology(HDDストレージ技術の将来)」となっていた。

 筆者は幸いにして、10月17日のシンポジウムに報道関係者として参加し、Seagateの講演を聴講できた。主催者であるIDEMA JAPANのご厚意に感謝したい。

シンポジウム「Zettabyte時代の到来: 技術革新と応用の最前線」の会場となった「Shimadzu Tokyo Innovation Plaza」(神奈川県川崎市)のメインホール。2025年10月17日に筆者が撮影

 シンポジウム「Zettabyte時代の到来: 技術革新と応用の最前線」の参加者には、講演スライドの多くが参加者限定で配布された。しかしSeagateの講演スライドは、参加者を含めて配布されていない。またNIMSのCMSMが開催した特別セミナーでは、公式Webサイトに公表されていたのは講演タイトルと、講演者、講演の要約にとどまる。

NIMSのCMSMが公式Webサイトで告知した特別セミナーの概要(タイトル、講演者、要約)。2025年10月21日に開催された。タイトルと講演者は、2025年10月17日の「Zettabyte時代の到来: 技術革新と応用の最前線」シンポジウムと同じである

熱アシスト磁気記録(第3世代)と瓦磁気記録を組み合わせる

 講演スライドは配布されなかったものの、SeagateのStephanie Hernandez氏は10月17日の講演で大容量HDD研究開発の最新状況と将来像をかなり詳しく述べていた。前述のように、研究レベルの試作品で3.5型プラッタ当たりの記憶容量は7TBに達する。なお、10月21日に開催されたNIMS特別セミナーの要約では6.9TB/disk(つまりプラッタ)と記述されていた。要約の提出期限は通常、講演日よりも前なので、17日の講演時点では7.0TB/ディスクに向上していたのか、あるいは「6.9TB」を「7TB」にまるめて表現したか、のいずれかだろう。

 7TB/プラッタの達成に貢献した要素技術は、「熱アシスト磁気記録(HAMR)」と「瓦磁気記録(SMR)」だという。SeagateはHAMR技術を早期(遅くても2000年代半ば)から手掛けており、試作品には最新世代である「第3世代(V3)」のHAMR技術を駆使した。

 そのほかの要素技術は磁気メディア側が「垂直磁気記録(PMR)」と「グラニュラ強磁性体(鉄白金(FePt)材料)」「ガラス基板」、読み出し磁気ヘッド側が「2再生ヘッドのマルチセンサー磁気記録(MSMR)」などである。

 Hernandez氏は17日の講演で、モデリングレベル(計算機シミュレーション)ではプラッタ当たり8TB強の記録密度を確認済みだとした。さらに、HAMRとSMRの組み合わせで、プラッタ当たり10TBまでは実現できるとの見通しを示した。

試作レベルでは2028年に10TB/プラッタを目指す

 Seagateが2025年5月22日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会で公表した研究開発ロードマップによると、研究レベル(試作品による測定)では2018年の時点で3TB/プラッタ、2020年の時点で4TB/プラッタ、2022年の時点で5TB/プラッタ、2024年の時点で6TB/プラッタを達成してきた。いずれもHAMR技術による記録再生結果である。過去の記憶容量拡大ペースを外挿すると、2028年にはプラッタ当たりの記憶容量は10TB/プラッタに高まる。言い換えると「2028年に10TB/プラッタ」を目指して研究開発を継続中である。

Seagateの大容量HDD研究開発ロードマップ。縦軸はプラッタ当たりの記憶容量、横軸は暦年、黄緑色のプロットは試作品の測定結果。HDDの写真は製品化時期と最大記憶容量(内蔵するプラッタは10枚)を意味する(推定および計画を含む)。Seagateが2025年5月22日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会のスライドから

 最近の実績によると、研究レベルから製品化までに要した期間は、3年~5年である。10枚のプラッタを内蔵したHDD製品は、過去の研究実績から予測すると、2025年~2026年には最大容量が40TB前後、2027年~2028年には最大容量が50TB前後のHDDが製品化されることになる。

HAMR技術「Mozaic」を採用した大容量HDDの製品化時期。縦軸は「記憶容量/プラッタ」、技術名は「3+」が「Mozaic 3+」、「4+」が「Mozaic 4+」、「5+」は「Mozaic 5+」である。「10+」は「Mozaic 10+」(仮称)になるとみられる。横軸は暦年と、HDD製品の最大記憶容量(予定)。Seagateが2025年5月22日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会のスライドから

垂直磁気記録は実用後わずか20年で密度向上の限界に近づく

 ここで少しだけ、過去に戻ることをお許しいただきたい。HDDの磁気記録技術は2000年代後半に、磁化の方向が横(水平)の長手磁気記録(LMR)方式から、磁化の方向が縦(垂直)のPMR方式に切り換えることにより、記録密度の向上を継続してきた。しかし2010年代半ばになると、PMR方式でも面密度の向上が難しくなってきた。

 磁気記録技術の研究開発コミュニティは2000年代半ばには、PMR方式の限界を予測していた。そこで限界を打破する要素技術として主に、エネルギーアシスト磁気記録(EAMR)技術とビットパターン媒体(BPM)技術が研究されてきた。

 前者は磁気ディスク媒体の強磁性材料に磁気異方性の高い合金を採用する。磁気データを書き込む極めて短い時間だけエネルギーを与えて磁気異方性を弱め、従来と同様の磁界による書き込みを可能にする技術である。こうすると既存のPMRに比べて強磁性膜の磁気ビット領域(厳密には1bitの体積)を小さくできる。エネルギーを与える技術としてはレーザー加熱とマイクロ波振動が考えられている。

 後者は、微小な磁化領域が孤立したパターン(ビットパターン)を磁気ディスク媒体の強磁性膜に形成する技術である。従来のPMR用強磁性膜は隣接する磁化領域(磁気ビット)の間に緩衝領域(ガードバンド)を設けており、微細化の妨げとなっていた。BPMはガードバンドを大幅に減らせるので、記録密度を高められる。

左はHDD用磁気ディスク媒体の構造と磁気ビットの大きさ、右は記録密度の推移。Seagateが2021年2月24日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会のスライドから

ドライブが内蔵するプラッタの枚数を増やすという「妙手」

 しかし実際には、EAMRとBPMのいずれもが、研究開発に多大な時間を要した。この間にHDDの記憶容量を拡大する重要な手段となったのが「プラッタの枚数を増やす」技術である。2010年代前半の大容量HDDの量産品が内蔵するプラッタの枚数は5枚だった。これが2010年代半ばから2020年にかけて6枚、7枚、8枚、9枚、10枚と増えていった。

 もちろんこの間、PMRの記録密度はそれなりに向上している。たとえばSeagateの大容量HDD製品だと、2010年にドライブ容量が3TBだったのが10年後の2020年には20TBと7倍近くに記憶容量が増加している(年率20.9%増)。この間にプラッタの枚数は5枚から10枚へと、2倍に増えた(同7.2%増)。そしてPMRの面密度は0.6TB/プラッタから2TB/プラッタへと3倍強に高まった(同12.8%増)。大容量化の貢献度としては、面密度の向上がプラッタ枚数の増加よりも大きい。

PMR方式HDD製品の大容量化推移(2010年~2025年)。上から西暦年、ドライブ当たりのプラッタ枚数、プラッタ当たりの記憶容量、ドライブの記憶容量。Seagateが2025年5月22日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会のスライドから

PMR単独の年率13%増から、HAMRによって年率23%増に

 そしてようやく、HAMR技術が実用レベルに達してきた。2016年にPMR技術は研究レベルの試作品で1.1Tbit/平方インチに到達していた。9枚プラッタのHDDだと18TBに相当する。つまり2TB/プラッタである。この技術による18TBのHDDが製品化されたのは2020年なので、およそ4年後になる。

四半期ごとの、研究レベルの試作品の磁気記録密度推移。2016年第4四半期はHAMR技術を使わず、PMR技術だけによる記録密度を紫色でプロットした。面密度は1.1Tbit/平方インチである。9枚プラッタのHDDだと18TBのドライブ容量となる。Seagateが2021年2月24日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会のスライドから

 これに対してHAMR技術は2017年に1.3Tbit/平方インチ、2018年に1.8Tbit/平方インチ、2019年に2Tbit/平方インチ、2020年に2.5Tbit/平方インチと面密度を高めてきた。2016年のPMR技術を基準にすると、年率22.8%の向上ペースとなる。2010年~2020年のPMR技術による面密度向上ペースが年率12.8%だったので、HAMR技術の導入によって面密度の向上ペースが高まっていることが分かる。そして2021年初頭の時点では、2022年に面記録密度は3.3Tbit/平方インチに達すると予測されていた。

四半期ごとの研究レベルの試作品の磁気記録密度推移。2017年第1四半期から2020年第4四半期まで。すべてHAMR技術とPMR技術を組み合わせたもの。年率換算の面密度向上ペース(CAGR)は22.8%である。同じCAGRが2022年まで維持されると、面密度は3.3Tbit/平方インチに達すると予想される。Seagateが2021年2月24日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会のスライドから

2025年前半はPMRが1.4Tbit、HAMRが3.3Tbit、HAMR+SMRが3.7Tbit

 それでは実際にはどのように推移したのか。2025年7月に開催された国際学会TMRC(The Magnetic Recording Conference)でSeagateは、同社が開発してきたHDDの磁気記録密度推移を論文発表した(論文番号A6)。論文には1998年から2025年前半までの面密度推移をプロットしたグラフが掲載されていた。LMRとPMRのプロットは製品レベル、HAMR技術のプロット(世代別)は研究レベルである。プラッタ当たりの記憶容量(面密度換算の目標値)もグラフには記されていた。

 このグラフによると、2020年以降もPMR製品の面密度向上はわずかながらも続いている。2025年には1.4Tbit/平方インチに達しているとみられる。一方、HAMR技術の試作品は当初、PMR製品の面密度を超えていない。

 HAMR技術はHernandez氏の講演で述べられていたように、第1世代(V1)技術から第3世代(V3)技術まで改良を重ねてきた。TMRCの論文によると、V1技術の研究時期は2008年~2012年(本記事では仮に「V1前期」と呼称する)と2015年~2016年(「V1後期」と呼称)に分かれていた。

 2008年~2011年の時期は、面密度は向上しているものの、PMRに比べると低い水準にとどまっている。これは新たな要素技術の開発では至極当然のことだ。PMRの研究開発でも当初は、LMRの面密度を超えていない。「面密度がPMRよりも低いのはSeagateの技術力が低いから」という誤解、あるいは素人判断は絶対に止めてほしい。最初から面密度でPMRを超えている研究成果の方が、新技術の開発ではむしろ異常で、疑わしい。

 HAMRの面密度がPMRに追いついたのは2012年、すなわちV1前期の最終年に当たる。2012年のプロットで重要なのは、面密度が急激に上昇してPMRを抜いたことだ。何らかのブレークスルーが伺える。

 V1後期の面密度は始めからPMRを上回っていた。続く第2世代(V2)技術による面密度は2018年に1.3Tbit/平方インチ(グラフからの読み取り値、以下同じ)、2022年に3Tbit/平方インチと急激に増加している。年率換算では23%を超える向上ペースだ。

 最新のV3技術は2022年の2.5Tbit/平方インチから始まり、2024年には3.3Tbit/平方インチへと増加した。さらにSMRを組み合わせることで、2025年前半には3.7Tbit/平方インチ、プラッタ当たり6.5TB強の面密度を達成した。

Seagateが開発してきたHDDの磁気記録密度推移(1998年~2025年)。2025年7月に開催された国際学会TMRC(The Magnetic Recording Conference)で同社が発表した論文(論文番号A6)から

HAMRとSMRの組み合わせで10TB/プラッタは可能

 Hernandez氏は講演で、プラッタ当たり10TB(10枚プラッタで100TBのドライブ)まではHAMR技術とSMR技術の組み合わせで達成できる見通しだと説明した。

プラッタ当たり10TB(10枚プラッタで100TBのドライブ)を超える要素技術。プラッタの強磁性体膜に微細なパターンを形成する「ビットパターン媒体(BPM)」技術が必要となる。Seagateが2025年5月22日に開催した投資家およびアナリスト向け説明会のスライドから

 10TBを超えると、先述のBPM技術が必要となる。ガードバンドにはトラック方向とビット方向(線方向)があるので、当初はどちらかの方向だけに微細な溝を形成し、ガードバンドを実効的に狭くする。これでプラッタ当たり10TB~15TBを目指す。10TB/プラッタを超えるには、磁気ビットが完全に孤立するような溝をトラック方向と線方向の両方に形成しなければならない。極めて難しい技術であり、何らかのブレークスルーが必要となるだろう。