福田昭のセミコン業界最前線

「間違いだらけ」のムーアの法則

さまざまな理解と表現が入り乱れる「ムーアの法則」

「間違いだらけ」のムーアの法則 米国カリフォルニア州サンタクララのIntel本社内にある博物館「Intel Museum」の、「ムーアの法則(Moore's Law)」に関する展示コーナー。2017年6月に筆者が撮影
米国カリフォルニア州サンタクララのIntel本社内にある博物館「Intel Museum」の、「ムーアの法則(Moore's Law)」に関する展示コーナー。2017年6月に筆者が撮影

 半導体産業でもっとも有名な法則は何だろうか。半導体に関わる人々の多くは「ムーアの法則(Moore's Law)」と答えるだろう。コンピュータ産業でも「ムーアの法則」の知名度は高い。提唱者であるゴードン・ムーア(Gordon Moore)氏の名前も良く知られている。

 一方で「ムーアの法則」ほど、さまざまな理解と表現が入り乱れている法則もめずしい。集積度の向上に関する法則だと理解されることがあり、トランジスタの微細化(スケーリング)に関する法則だと理解されることがあり、半導体の性能向上に関する法則だと理解されることもある。「ムーアの法則」が示す数字についても、諸説が入り乱れる。「2年で2倍」があり、「1.5年(18カ月)~2年(24カ月)で2倍」があり、「18カ月で2倍」がある。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「ムーアの法則」の内容に関するいくつかの記述。半導体やコンピュータなどの研究者や技術者、あるいは専門メディアなどでしばしば見られる記述をまとめたもの
「ムーアの法則」の内容に関するいくつかの記述。半導体やコンピュータなどの研究者や技術者、あるいは専門メディアなどでしばしば見られる記述をまとめたもの

 そして困ったことに、半導体やコンピュータなどの研究者や技術者、あるいは専門メディアなどでしばしば見られる記述の多くが、誤りであったり、あるいは不正確、不十分であったりするのだ。粗く言ってしまうと、「ムーアの法則」に関する言説の多くは、間違い、あるいは不十分である。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「ムーアの法則」の内容記述に関する真偽。その多くが誤りであったり、あるいは不正確、不十分であったりする(赤字の部分)
「ムーアの法則」の内容記述に関する真偽。その多くが誤りであったり、あるいは不正確、不十分であったりする(赤字の部分)

「ムーアの法則」を発表したのはIntelのムーア氏ではない

 さらに、「ムーアの法則」の位置付けに関しても、いくつかの異なる理解が入り乱れている。いわく、「ムーアの法則」はインテル(Intel)のムーア氏が発表した、「ムーアの法則」はムーア氏が国際学会で発表した、あるいは、ムーア氏が学会論文に投稿して発表した、などというものだ。これらの多くもまた、完全な誤りであったり、誤りを含んでいたりする。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「ムーアの法則」の位置付けに関するさまざまな記述。半導体やコンピュータなどの研究者や技術者、あるいは専門メディアなどでしばしば見られる記述をまとめたもの
「ムーアの法則」の位置付けに関するさまざまな記述。半導体やコンピュータなどの研究者や技術者、あるいは専門メディアなどでしばしば見られる記述をまとめたもの

 重要な誤りの1つは、「ムーアの法則」を発表したのはIntelのムーア氏である、という認識だろう。ムーア氏が「ムーアの法則」に相当する内容を発表したのは1965年の4月である。1965年4月当時、Intelは影も形もなかった。ロバート・ノイス(Robert Noyce)氏とゴードン・ムーア氏によってIntelが設立されるのは、およそ3年後の1968年7月のことだ。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「ムーアの法則」の位置付けに関する真偽。ここにも多くの誤りや不正確さなど(赤字の部分)が見て取れる
「ムーアの法則」の位置付けに関する真偽。ここにも多くの誤りや不正確さなど(赤字の部分)が見て取れる

「ムーアの法則」の原典に立ち戻る

 それでは、「ムーアの法則」とは何であり、いつ、どのようにして発表されたのだろうか。ここでは「ムーアの法則」の原典(正確にはこの法則に相当する内容を含んだもの)に戻って見直すことにする。

 「ムーアの法則」の提唱者がゴードン・ムーア(Gordon Moore)氏であることは間違いない。ただし、「Intelの」ムーア氏、という記述は先述のように誤りである。正確には、「フェアチャイルドセミコンダクター(Fairchild Semiconductor)でディレクターをつとめる」ゴードン・ムーア氏が発表した。

 そして発表の場は国際学会や学会論文などではなく、商業誌である。1960年代に電子産業に携わる技術者であればたぶん、知らない者はないと言えるくらいに有名な電子技術誌「Electronics」が発表の場となった。

 その「Electronics」誌が1965年4月19日号の創刊35周年記念特集「35th anniversary-the experts look ahead(エキスパートが将来を展望する)」への寄稿者の1人としてフェアチャイルドのムーア氏(すでに著名な半導体技術者だった)を選んだ。ムーア氏が将来展望として執筆した寄稿「Cramming more components onto integrated circuits(集積回路により多くの部品を詰め込む)」で、集積回路が搭載する素子数の将来を展望した部分が、後に「ムーアの法則」として知られるようになった。

 ムーア氏が展望した「集積回路が搭載する素子数の将来」とは、「素子当たりのコストが最小となるように集積回路が数多くの素子を搭載したときに、搭載する素子数は1年に2倍の割り合いで増加する」というものだ。ここで極めて重要なのは、「素子当たりのコストが最小になる」ような最適解(集積回路が収容する素子の数)が、時間経過とともに指数関数的に増加していくと指摘したことだろう。

 集積回路が搭載可能な素子の数は、時間経過とともに増加する。そして素子当たりのコストは時間経過とともに低下する。さらに素子当たりのコストが最小となる素子数が、時間経過とともに増加する。ムーア氏は、このような傾向が半導体集積回路で起こっており、今後10年間にこの傾向を阻む本質的な障害は見当たらない、とムーア氏は指摘した。

 そして素子、あるいは部品とは、トランジスタだけではなく、集積回路が載せるすべての素子を意味していた。具体的には抵抗素子、キャパシタ、ダイオードが含まれていた。1960年代半ばの集積回路が搭載する素子の種類別内訳でもっとも多いのはトランジスタではなく、抵抗素子だった。現代の半導体集積回路が搭載する素子のほとんどはトランジスタである。だから現代の集積回路で素子数を「トランジスタの数」と定義するのは間違いとまでは言えない。ただし「ムーアの法則」の定義を歴史的な事実として表記するときに「トランジスタの数」という表現では、不正確になる。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「ムーアの法則」について留意しておくべきこと
「ムーアの法則」について留意しておくべきこと

「ムーアの法則」は微細化を意味しない

 「ムーアの法則」はまた、集積回路の素子数が増加する理由については、詳しく論じていない。1960年代前半の集積回路の素子数の増加ペースと、集積回路シリコンダイのコストと素子数の関係に関する考察から、過去のトレンドを真っ直ぐに伸ばした。すると素子当たりのコストが最小となる集積度が年率2倍で増加した。1965年に60個前後であった集積度は、過去のトレンドを真っ直ぐに伸ばすと1975年に6万5,000個となる、とムーア氏はElectronics誌への寄稿で予測した。

 繰り返しになるが、ムーア氏は集積度を高める手段については詳しく論じていない。微細化に関しては軽くふれるだけにとどめている。集積度を高める手段として、その後、微細化が大きく貢献したのは確かである。だからと言って、微細化が進まなくなることをもって「ムーアの法則は死んだ」とするのは誤りであるし、また、止まったように見えていた微細化が進み出したことをもって「ムーアの法則が復活した」とするのもまた、誤りである。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「ムーアの法則」について知っておくべきこと
「ムーアの法則」について知っておくべきこと

 ムーア氏が半導体集積回路の集積度とコストに関する将来予測を発表してからおよそ10年後の1975年に、ムーア氏は自身の将来予測「ムーアの法則」を改訂した、とされる。1975年12月に開催された国際学会IEDMでムーア氏は基調講演をつとめた。基調講演のなかで、過去10年の集積度拡大に寄与した要素を3つに分類した。1つは微細化、もう1つはシリコンダイ面積の拡大、最後は素子構造と回路の工夫である。

 これら3つの要素のなかで、微細化とシリコンダイ面積の拡大はこれまでどおりに続くと予測した。しかし素子構造と回路の工夫による寄与はこれまでどおりにはいかなくなるとムーア氏は考えた。したがって「1970年代末以降」は、集積度の向上ペースが「2年で2倍」に低下すると予測した。

 ここで注意すべきなのは、1975年の時点でトレンドを「1年で2倍」から「2年で2倍」へと修正したのではなく、「1970年代末にはトレンドが2年で2倍のペースに低下するだろう」と予測した点である。この点にまで注意を払って「「ムーアの法則」の1975年における修正」を記述した他者の著作や発言記録などは、残念ながら見つからなかった。

止まらない「誤解の連鎖」

 以上の事実は、PCとインターネット接続環境があれば、誰でも得ることができる。筆者が特別なルート(たとえば報道機関だけに開示された情報)を使って得た事実は、1つもない。

 にも関わらず、2017年の現在に至るも、「ムーアの法則」に関する誤解が撒き散らされている。微細化という誤解、プロセッサの性能向上という誤解、学会誌に投稿という誤解、などだ。しかも誤解と曲解を撒き散らしているのは、一般消費者ではない。半導体技術やコンピュータ技術に関するプロフェッショナルである。権威とみなされている人物やメディアの発言なので、流布された情報を修正することは、もはや困難だろう。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「ムーアの法則」に関する誤解表現の実例。発表者の名誉のため、発言者に関する具体的な記述はわざと避けている
「ムーアの法則」に関する誤解表現の実例。発表者の名誉のため、発言者に関する具体的な記述はわざと避けている

「18カ月に2倍」のミステリー

 その代表的なものが「18カ月で2倍」という誤解だろう。10年以上前の2005年の時点で、「18カ月に2倍」という表現はかなり広まっていたと思われる。Intelの公式資料によると「ムーアの法則」40周年を記念した2005年のインタビューでムーア氏は、「1年で2倍」と「2年で2倍」は自分の発言だが、「18カ月で2倍」と発言したことは一度もない(never said)と強く否定している。

「間違いだらけ」のムーアの法則 「18カ月で2倍」あるいは「3年で4倍」の謎
「18カ月で2倍」あるいは「3年で4倍」の謎

 ムーア氏が知らない「ムーアの法則」である「18カ月で2倍」はどのようにして生まれたのか。Intelに在籍していたマイクロプロセッサ技術者のDave House氏が、「コンピュータの性能は18カ月に2倍のペースで向上している」と発言していたことが、影響したのではないか、とムーア氏は2005年のインタビューで答えている。しかし筆者が調べたところでは、Dave House氏がこのように発言したとの記録は見つからなかった。

 また1970年代~1980年代にDRAMの集積度拡大ペースが「3年で4倍」であったことが、「18カ月で2倍」に転じたのではないか、と指摘する半導体業界人もいる。「3年で4倍」と「18カ月で2倍」は集積度の向上ペースとしては同じだ。

 ただし、1980年代のDRAM業界で「3年で4倍」というトレンドは一種の合言葉になっていたが、「18カ月で2倍」という表現をDRAM業界で見聞きしたことはなかった。当時のDRAM製品は現在と違い、「集積度を4倍に拡大した製品が次期製品である」との前提で開発が進められていた。64Kbit品の次は256Kbit品であり、256Kbit品の次は1Mbit品であり、1Mbit品の次は4Mbit品、その次は16Mbit品であった。逆に、「記憶容量が2倍の製品を開発する」、という考え方は1980年代のDRAM業界には皆無だったと言える。

 したがってDRAM業界で「18カ月で2倍」という表現が生まれたとは考えにくい。そもそも、DRAM業界では集積度をトランジスタ数で表現するという習慣があまりない。集積回路の規模をトランジスタ数で表現することが慣例となっていたのは、ロジック業界(マイクロプロセッサやASICなど)である。

 「18カ月で2倍」は現在に至るも、広く流布されている。「ムーアの法則」は提唱者であるムーア氏から離れ、勝手に歩き出して久しい。半導体業界では「ムーアの法則」に独自の解釈を与え、都合よく利用してきた、とも言える。

 だからと言って「ムーアの法則」に価値がない、などと言うつもりはない。「ムーアの法則」は、半導体集積回路の開発に1つ方向性を与えた。トランジスタや抵抗素子などのコストを下げ、シリコンダイに載せる素子の数を増やすこと。そのペースは「2年で2倍」であること。膨大な開発リソースと膨大な技術者のたゆまぬ努力によって過去50年を超える長い期間に渡り、ムーアの法則が指摘するトレンドは維持されてきた。そして半導体集積回路の市場は、爆発的に成長した。

 ムーア氏は2005年のインタビューで、以下のようにコメントしている。Intelを設立した当時に半導体の市場規模は世界全体で20億ドルだった。それが(2005年の)現在では2,000億ドルに達している。100倍に達する成長である。非常に幸運だった。

 「ムーアの法則」が長い年月を経ることによってさまざまな尾ひれをまとうようになったのは、この法則がそれだけ、使い勝手が良かったことの裏返しだとも言える。半導体産業は「ムーアの法則」を維持しようとし、実際に維持してきた。そのことが経験則に過ぎなかった「ムーアの法則」に効力と使い勝手を与えた。「ムーアの法則」は延命され、そのことが再び、半導体の開発努力を促す、という好循環を生み出した。

 「ムーアの法則」が半導体産業の発展を牽引した偉大な予測、あるいは予言、であることは確かだ。それだけに「ムーアの法則」を軽々しく引き合いに出す輩が、「ムーアの法則」をどの程度まで理解しているのか、根拠のない言説を振り回してはいないか、過去の誤った文章を深く考えずにコピーしてはいないか。厳しく見ていこうと思う。