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放送向けHDR「HLG」にも対応可能なフルスペック4K動画編集PC
~監修:AV機器評論家 小寺信良氏、協力:Blackmagic Design、Grass Valley、東芝
2018年4月3日 11:00
「4KならHDR」の新常識
2014年11月、PC Watch「メーカーさん、こんなPC作ってください!」という企画で、筆者が構成案に協力し、iiyama PCの「Sense ∞」で4K動画編集マシンを作っていただいた。当時としてはまだコンシューマの4Kカメラは珍しく、市場がどう動くかわからないなか、4K/60Pをターゲットにパソコン工房さんと手探りでマシンを構築していったものである。
あれからおよそ3年半、4K編集のニーズは当初予想したものよりも変質していった。まず、TV放送ではまだ4K特需と言えるほど需要は伸びてこない。現在本放送がスタートしているのは、124度と128度のCSおよびケーブルTVだ。広く普及しているBSおよび110度CSでの4K放送が開始されるのは今年(2018年)の12月以降である。
ご存じのとおり4K放送は4K/60Pなので、今年秋以降には4K/60P編集の需要が爆発的に高まる可能性はある。しかし現時点での見方としては、単に4Kではだめで、HDR対応までやってようやく本物、と言えるムードになりつつある。
HDRは、従来方式であるSDRよりも映像の色域と輝度のダイナミックレンジが大幅に上がる。現在4K HDRの主戦場はネットだ。NetflixやAmazonプライムビデオでは、オリジナル作品や映画の新作で4K HDR配信が増えている。こうしたデジタルシネマ作品は24Pや30Pで制作されており、TV番組特有の60Pでヌルヌル動くテイストは求められていない。ビットレートを大幅に増やして60Pで配信するぐらいなら、TV側でフレーム補完をオンにしたほうが現実的だ。
今回はこうした動きを踏まえ、現実的な4K HDR映像の編集環境を構築すべく、BlackMagic Design、Grass Valley、東芝の3社にご協力いただいた。
4K/HDR入出力が可能なPC
HDRコンテンツには大きく分けて、2つの制作方法がある。1つは映画等で使われる方法で、撮影時にはLogと呼ばれるガンマカーブで撮影する。写真で言えば、RAWで撮影するイメージに近い。このあと編集時に、HDRの規格にマッチするよう補正を行なっていく。シーン全体の雰囲気や意味合いを考慮しながら1カットずつ色を作っていくプロセスを、カラーグレーディングという。これはまさに映画制作そのものであり、かなりの時間と専門知識を要する。
こうしてできあがったHDRコンテンツは、ディスプレイ側ではHDR 10というモードで表示する。HDR 10で採用されているガンマカーブは「PQ(Perceptual Quantization)」と呼ばれている。
もう1つの制作方法は、ハイブリッド・ログガンマ(以下HLG)を使う方法だ。これはNHKとBBCが共同開発した、TV番組制作のワークフロー内でHDRコンテンツが作れるよう工夫されたもので、撮影時にきちんとHLGガンマで撮影しておけば、従来の色域及びダイナミクレンジであるSDRでの編集作業で、結果として自動的にHDRのコンテンツができあがるのが「ウリ」ではある。
この方法論は環境さえ作ってしまえば、絵作り・色作りにそれほど職人的な知識も必要ないため、多くの人にHDR映像制作の門戸を開くものと言える。ただしこの方法論は、HLGというものが広く普及し、HDR表示を一度も確認しなくても問題ないことが確立されてからの話だ。過渡期である現時点では、やはり編集作業中にきちんとHDR表示で映像を確認するべきだろう。
そこで今回は、編集中にもHDR(HLG)でモニタしながら編集するシステムを想定した。編集作業用のUIは通常のPCモニタで行ない、編集中のプレビュー画面をI/Oカード経由でHLG対応TVに出す、という流れだ。
ビデオカードでHDMI端子を搭載し、かつHLG出力可能であれば話は早いのだが、NVIDIA、AMDに確認したところ、現時点では対応製品はないとのことだった。このため、ビデオ映像用のI/Oカードを別途用意することにした。
HDMIの4K出力可能で、かつHLG出力に対応したI/Oカードとして、実績があり比較的廉価なものとして、BlackMagic Designの「DeckLink 4K Extreme 12G」を選択した。公式サイトの現在の価格は106,800円である。今回、BlackMagic Designのご厚意により、評価機材をお借りした。
また4K HLG対応TVとしては、プロの間でも定評のある東芝REGZA「50Z810X」のHDR PROFESSIONAL MODELを東芝よりお借りした。REGZAという名前ではあるが、受注生産の業務用モデルであり、HDR周りの設定などを手動で変更できるのが一般モデルとの違いだ。
そして今回、パソコン工房に本企画の趣旨を想定して用意していただいたPCはiiyama PCの「Sense ∞」のモデルとなり、OSやストレージ、マザーボード、電源等を共通にし、ビデオカードやCPUの違いで以下の3モデルとなった。
なお、価格はいずれも4月3日時点の税別価格となる。
OS | Windows 10 Home 64ビット [DSP版] |
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マザーボード | ASUS X299-A [Intel X299] |
メモリ | DDR4-2666 DIMM (PC4-21300) 64GB(16GB×4) |
SSD | 480GB [Intel Optane SSD 900P] NVMe対応 PCI Express3.0x4 |
HDD | 4TB HDD |
I/Oカード | DeckLink 4K Extreme 12G |
光学ドライブ | 非搭載 |
電源 | ATX 850W 80PLUS GOLD認証 ATX電源 |
SENSE-R42A-LCi9XE-QZKI [VEditor4K](以下、Type1) | |
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CPU | Core i9-7980XE Extreme Edition |
GPU | Quadro P6000 24GB GDDR5X (3,840コア) |
価格 | 1,292,980円より |
SENSE-R42A-LCi9XE-ZXKI [VEditor4K](以下、Type2) | |
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CPU | Core i9-7980XE Extreme Edition |
GPU | TITAN V 12GB HBM2(5,120コア) |
価格 | 1,079,980円より |
CPU | Core i9-7960X |
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GPU | GeForce GTX 1080 Ti 11GB GDDR5X(3,584コア) |
価格 | 699,980円より |
価格面でのターゲットは、iMac Proを意識している。iMac Proは最小仕様で558,800円、最高仕様で1,460,800円のプロ用マシンだ。iMacはディスプレイつきという大きな違いがあるが、一体型のため拡張性が乏しい。一方でパソコン工房のマシンは、必要に応じて4K I/Oカードなどが内蔵できるメリットがある。
HDRの負荷はそれほどでもない?
では実際にテストしてみよう。今回のテストで使用した映像は、ソニーFDR-AX700で撮影したXAVC S 4K/29.97P/100MbpsのHLGファイルである。コーデックはMPEG-4 AVC/H.264 4:2:0 8bitとなる。
編集ツールとしては、EDIUS 9 Ver 9.2を使用した。HDR編集機能を強化した新バージョンで、本来ならば4月10日リリースだが、今回はリリース前にGrass Valleyから特別に利用許諾をいただいた。
EDIUS 9では、プロジェクト設定でカラースペースをBT.2020/BT.2100HLGに設定すれば、セカンダリモニタのプレビュー映像も自動的にHLGで出力されるはずである。ただテスト時は未発表のバージョンであり、DeckLink 4K Extreme 12Gから間違いなく出力されるのか、誰もテストしていない状況であった。
通常であれば、どんな信号が出力されているか、アナライザや波形モニタを使って測定しなければならないところだが、今回使用したREGZA 50Z810X HDR PROFESSIONAL MODELには、信号内に含まれるメタデータの解析機能がある。
これによれば、色空間としてはsRGBと表示されており、HLG出力ではないように見える。だがこれはEDIUS 9から出力されている映像にHLGのメタデータが含まれていないだけで、ヒストグラムを見てみると、1,000nits付近まで輝度分布があることが見て取れる。
一般のREGZAは、HDR 10とHLGのガンマカーブ切換は、信号のメタデータを読み取って自動判別する。逆に言えば、メタデータがなければ切り換えることはできない。だが業務用REGZAには、手動でガンマカーブを切り換える機能がある。この機能を使って手動でHLGにしてみたところ、正しいダイナミックレンジと色域で表示された。
問題なく表示できる事が確認できたところで、実際に編集してみる。EDIUSには、GPUを使用するビデオエフェクト群がある。今回はこれらのエフェクトを9カ所に配置した1分のコンテンツを作ってみて、そのリアルタイム再生とレンダリング負荷を測定してみた。
まずType1のマシンでは、編集時のリアルタイムプレビューでは、まったくコマ落ちなく再生することができた。エフェクト部分も問題ない。さすがは3,840コアを誇るQuadro P6000、と言いたいところだが、先に結論を言ってしまうと今回のType1から3までのマシンすべて、編集時のリアルタイムプレビューはどれも引っかかる事なく再生できた。
通常の4K/30P映像であれば、この程度の負荷はすでに3年半前のマシンでも問題なかった。ただ今回はHLGファイルであり、言うなればXAVC Sのネイティブファイルを、リアルタイムでガンマカーブ変換を行ないながらの再生という事になる。それでもリアルタイム再生にはまったく問題ないわけだ。XAVC Sは2013年に登場したフォーマットで、当時はPC泣かせといわれたものだが、さすがに5年も経てばPCの性能にも余裕が出てくるのだ。
続いてHLGのままでファイルに書き出すレンダリング時間を計測してみたところ、以下のような結果が得られた。
【1分間のコンテンツを書き出す時間を測定】 | |
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[Type1] | 1分26秒 |
[Type2] | 47秒 |
[Type3] | 46秒 |
もっとも高価なビデオカードを搭載したType1が一番遅いという結果となった。Type1でビデオエフェクトなしのコンテンツをレンダリングしてみたところ、47秒だったので、明らかにエフェクト処理が足を引っぱっている。Quadroは多くのアプリケーションでドライバの動作認証が取れているが、安定動作へ調整されているためか、今回は他のビデオカードに比べ遅めの結果が出ている。
かりに問題なく動いたにしても、それはエフェクト部分のレンダリングの負荷をCPUから分散できるというだけなので、TITAN VおよびGeForce GTX 1080 Tiの結果に限りなく近づいていくだけである。それならば、そこまでQuadroにこだわる必要もないだろう。
Type2とType3のレンダリング速度は、僅差ながらType3が勝っている。Core i9-7980XEが18コア36スレッド、Core i9-7960Xでは16コア32スレットと減少するものの、クロックが2.6GHzから2.8GHzにアップするため、トータルでは多少Core i9-7960Xが勝るということのようだ。
こうして性能を測ってみると、すでに4K HDR動画のレンダリング速度は実時間より短くなっている。もちろん、使用エフェクトがGPUを使用するタイプだったことも幸いしているが、HLGのようにいちいち個別にカラーグレーディングしないHDRコンテンツ制作では、特別に高い負荷になるわけではないということが確認できた。CPUやビデオカードのコストを抑え、そのぶん作業用のSSDを増設するといったバランスの取り方はアリだろう。
HDR対応のTVは2016年ごろから出始めたばかりで、わざわざTVを買い換えるタイミングではないかもしれない。しかしカメラの動画撮影では、確実にHDRの波は来ている。すでにYouTubeもHDRでの投稿を受け付けており、対応TVに内蔵のYouTubeアプリを使えば、ユーザーが投稿したHDRコンテンツも再生できる環境が整いつつある。
HDR対応はネットコンテンツのほうが先行しており、それが一周回ってTVに着地している状態だ。だがコンテンツを作るのはPCであり、モニタ環境も含めてどう構築していくか、なかなかセオリーがないところである。そういうなか、簡単にHDRコンテンツが作れるHLGワークフローは、今回の企画で一通りの道筋ができた事になる。
Windowsでも、Fall Creators UpdateからHDR表示がサポートされた。今後は今回のシステムをリファレンスに、PC、PCディスプレイ、編集ツール、TVの各メーカーが、それぞれにこうした用途を想定した作りとなっていけば、メタデータでの自動切り換えを基準に、専門知識がなくても確実に動くシステムが構築できるはずである。
なお、今回検証したモデルは、4月4日より開催される「コンテンツ東京2018」のインテルブースでデモンストレーションされる。気になる人はぜひ見てほしい。