森山和道の「ヒトと機械の境界面」

2020年の学校「教育ITソリューションEXPO」

~電子黒板とタブレットから自動芝刈りロボットまで

「第3回 教育ITソリューションEXPO」

 5月16日から18日までの日程で、「第3回教育ITソリューションEXPO(EDIX、エディックス)」がビッグサイトで行なわれた。NTTグループや東芝、シャープ、ソニー、パナソニックそのほか大手企業など550社が出展、18,000名の学校・教育関係者が来場するアジア最大の学校向けIT専門展である。会場は業者だけではなく学校の先生らしき人たちの姿も多く、かなり混雑していた。

 背景には、文部科学省が2020年を目標として実現を目指す「教育の情報化ビジョン」を掲げていることがある。政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)で決定された「新たな情報通信技術戦略10」で、教育分野では情報通信技術を使って、

1)子ども同士が教え合い学び合うなど、双方向でわかりやすい授業の実現
2)教職員の負担の軽減
3)児童生徒の情報活用能力の向上が図られるよう、21世紀にふさわしい学校教育を実現できる環境を整える

ことが盛り込まれている。また子ども同士が教え合い、学び合う「協働教育」の実現も閣議決定された「新成長戦略」に盛り込まれている。これらを踏まえて文部科学省は情報技術を使った21世紀の教育実現を目指しているというわけである。詳細は文部科学省のサイトにあるPDFで閲覧できる。

 さて、会場内はというと、いわば巨大なタブレットである「電子黒板」、生徒側にはタブレット、そしてデジタル教材ばかりだった。専用のペンだけではなく指を使って文字を書くこともでき、また生徒がいたずらしても壊れにくく、かつ、複数人による操作を可能としている。授業で用いるならば「参加・共有型」のアプリケーションは必須である。

 学校の先生や企業の研修所の講師からすれば、クラウドがどうとか、マシンのスペックなどどうでもよく、問題は使えるかどうか、そしてどう使えばいいかだけだろう。教育現場でのITソリューションは完全にニーズドリブンの世界である。取りあえずどんなものが企業側から出展されているのか、ぶらぶらと歩いてみた。

電子黒板にタブレットPCが「未来の教室」の姿?

 まず目立ったのは大手の各社ブースで展開されていた電子黒板+タブレットPCの組み合わせである。これが未来の教室だ、というわけだ。プロジェクターや大型ディスプレイのアピールも目立った。また遠隔授業を行なうための講義・セミナー収録システムもあちこちのブースで紹介されていた。今のシステムは講師の顔や文字などもクリアに見えるように工夫されているのだ。

 株式会社シップは「電子教卓システム」を出展。主に企業等に導入されているものだそうで、要するにPCとタッチパネルを内蔵してプロジェクターやディスプレイ等の外部機器と繋げた教卓である。視聴覚教室や大きな企業の大会議室にありそうなシステムだが、今ならば、同様のコンセプトであっても簡易なシステムを安価に構築することもできそうに思われる。同社は他にもEラーニングのためのシステムを展開している。

 このあたりはあまり驚きはない。確かに将来的に学校に導入されていくだろうITとなるとこのあたりだろう。ただ、2020年となると、タブレットもディスプレイも今よりもはるかに優れたものがより安価で提案されているだろうし、通信環境も大きく変わっているだろう。公的な機関への導入となると予算化も必要だし、仕様も早めに決めてしまわなければならないのは分かるが、導入されたときには陳腐化してしまっていた、となるのは避けてほしい。

NTTグループブース。大型ディスプレイとタブレットPC
シャープのブース。複数の人が使う「パブリック・コンピューティング」の一つとして電子黒板をアピール
単焦点プロジェクタを使って講義・セミナー収録システムをアピールするソニーのブース
パナソニックブース
東芝ブース
株式会社シップ「電子教卓システム」

保健室や運動場もITで変わる

 このほか、学校の教務をサポートするためのクラウドシステムや、テストの採点を助けるシステム、カード認証を使った出欠確認システムなどの出展も多く、学校内の業務改善にもITを積極的に使っていこうという流れが感じられた。とにかく雑用が多いと聞く教務が少しでも楽になるのであれば素晴らしいことだ。ただ、そのためには教務の単なるデジタル化ではなく、より広い意味でのシステム改善が必要となるだろう。そちらまで踏み込んで改善されるのであればITは大いに助けになると思う。

 少し変わっていたところでは「保健室を変える」というコンセプトで出展したブースもあった。シスメックス株式会社の末梢血管モニタリング装置「アストリウムSU」は指を載せるだけで血中ヘモグロビン量を近赤外光で画像計測できる。これと問診を使うことで生徒自身が目に見えない自分の変調に気づき、改善することへ繋げることを目指すという。データはその場で印刷することもできるほか、学校地域単位での統計処理も行なえる。

シスメックス株式会社ブース
末梢血管モニタリング装置「アストリウムSU」
データで自分を客観視できる

 また、自動芝刈りロボットも出展されていた。株式会社共同が販売しているイタリア製のロボット「LawnBott(ローンボット)」は、敷地内に埋設されたケーブルからの電波を感知して、エリア内の芝を刈る。芝刈り後には充電用ブースに自動で戻る。なお、刈った芝はそのままその場に放置されるが、丈の長い草を切るわけではないので、それで別に問題ないのだそうだ。先頃、ホンダも芝刈りロボットの試作品を公開したが、これは既に購入・導入することができる。稼働面積500平方mから3,500平方mまで、大きさに合わせて3種類ある。いたずらや危険防止のためパスワードを入れないと起動できないようになっているそうだ。学校内の芝をロボットが刈る時代が来るのだろうか。

【動画】芝刈りロボット「LawnBott」の動き。掃除ロボットと基本的には同じだ

学校は防災拠点となることも

 東日本大震災を踏まえて、防災関連の出展もあった。災害時には生徒たちの適切な避難だけではなく、学校自体が避難場所・情報の中継所や拠点として使われることもある。お馴染み防災ずきんのほか、地震速報システムや安否確認、情報共有システムなどの出展が目立った。

 株式会社レスキューナウ危機管理研究所は「PHS備蓄キット」を出展。災害時にはPHSの方が繋がりやすいと言われている。乾電池で動くPHS、待ち受け1,400時間(約2カ月)分の電池パック、プロテクトケースなどがセットになったもので、月額基本料込みでいざというときにすぐに使える。契約期間中の通信基本料やテスト通話料込みの価格で販売されており、ランニングコストはかからない。「通信を備蓄する」というコンセプトで開発された商品だという。

 有限会社クワンと積水樹脂株式会社からは防災減災サインをあしらった「防災手ぬぐい」が出展されていた。東北大学の今村文彦教授が監修した商品で、津波篇・地震篇・防災グッズ篇の3つが1組になっていて、ちょっとした知識があしらわれている。手ぬぐいとしてももちろん使える。サイズは1mで、三角巾としても使いやすいようになっているという。日頃に知識に触れることも重要だし、いざというときにテンパってしまったときにも役に立つかもしれない。

レスキューナウ危機管理研究所「PHS備蓄キット」
有限会社クワンと積水樹脂株式会社「防災手ぬぐい」
基本知識がまとめられている

 蓄電システムの出展もあった。パナソニックのリチウムイオン電池蓄電システムはノートPCに搭載されている18650サイズ(直系18mm×高さ65mm)の円筒形リチウムイオン電池を312本もしくは624本内蔵したもので、蓄電容量は1.6kWh(132万円)と3.2kWh(160万円)。ソニーの業務用蓄電池「ESSP-2000」は、正極電極に特殊な構造の「オリビン型リン酸鉄」を用いたリチウムイオン蓄電モジュールを使用。熱安定性や保存特性に優れたこの電極によって、室温で1日1回の充電・放電をしたとして15年以上持つだけのサイクル寿命があるという。蓄電容量は2.4kWh。

ファシル株式会社の防災ずきん
パナソニックのリチウムイオン電池蓄電システム
ソニーの業務用蓄電池ESSP-2000

リアルな場を強化するためのITを

 既に多くの子供たちがスマホを使っている世の中である。これからの教育現場では、電子黒板やタブレットのようなハードウェアだけではなく、クラウドサービスそのほかもさまざまなシーンで活用されるようになるのだろう。また遠隔教育の発信も受信も、さらに簡単になるに違いない。いつでもどこでも、綺麗な画質音質で講義やセミナーのビデオが閲覧できるのは素晴らしい。学校だけではなく、企業内の研修や、いわゆる「Eラーニング」、ミーティングでも同様だろう。ネットワークで互いの画面を共有したり、大きなタッチパネルを使ってあれこれ議論するのは楽しそうだし、ワークショップの類いでも活用が進みそうだ。最初は単に物珍しいだけでも良い。いわばファシリテーターの一種として、ITは使われるのかもしれない。

 ただ、電子黒板とタブレットを使った模擬授業体験を見ながら思ったのは、いつでもどこでも学習が可能になるからこそ、これからはむしろリアルの体験が重視されるようになるのではないか、ということだった。ビデオを閲覧し、デジタル教材を指で操作することでも、もちろん学習は可能だ。だが、それにはかなり意識的な集中力を必要とする。しかし、全身の感覚を総動員して感じるリアルな体験、いまこの瞬間に講師から聞くナマの声と、録画ビデオ経由での声とでは、記憶や集中力への効果がずいぶん違うように思う。たとえ「デジタル・ネイティブ」の世代であっても、それは変わらないんじゃないかなと思うのだが、どうだろうか。

 既に多くのネットサービスが実現していることではあるが、これからのITは、リアルな体験の場を増やしたり強化したりするために使われると、より力を発揮すると思う。教育現場でのIT活用も同様なのではないだろうか。文部科学省が旗を振っているだけあって今後予算がついていろいろな動きも出てくるのだろうが、できれば、ITの活用に頭を使うための時間的な余裕を、現場の先生たちにもたらしてくれる方向に進んでくれればと思う。