後藤弘茂のWeekly海外ニュース

スリムになったPS3に見える半導体チップの状況の変化



●スリムPS3が東京ゲームショウで登場

 PlayStation 3(PS3)がさらにスリムにライトになった。

新型PS3を発表するアンドリュー・ハウス氏(代表取締役社長兼グループCEO)

 SCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)は、東京ゲームショウに向けて開催したカンファレンス「SCEJ Press Conference 2012」で、新筐体のPS3を発表した。型番は「CECH-4000」シリーズで、10月2日からの発売となる。カンファレンスの冒頭に登場したSCEのアンドリュー・ハウス社長(代表取締役社長兼グループCEO)は「本体各部の構造を見直し、新たな設計にすることで、2006年に発売した初期モデルと比較して50%以下の小型化と軽量化を実現しました」と説明した。

 具体的にはサイズは290×230×60mm(幅×奥行き×高さ)で、重量は約2.1kg、システム消費電力は190Wとなる。現行モデルと比較しても、25%の小型化と20%の軽量化だ。また、価格はそのままだが、HDD容量を大幅に増加させた。SCEは、新PS3の投入で、発売から7年目を迎えたPS3プラットフォームにさらに弾みをつけようとしている。

2006年の初代からサイズと重量を約半分にHDD容量を増加
国内は10月4日から順次発売日本、北米、欧州の各地域の発売日と価格

 一見華々しいスリムPS3の登場だが、少し引いて前世代のPlayStation 2(PS2)と比べると、いくつもの疑問がわいてくる。PS2ではSCEは5年目にスリム筐体「SCPH-70000」を投入した。このスリム版PS2は、230×152×28mm(同)と、B5ファイルサイズノートPCの大きさだった。システム消費電力は約45Wに落ちている。2000年に発売された初代PS2と比べると、約4分の1の小型化だった。シンプルに言うと、PS2では5年目に4分の1のサイズになったのに、PS3では7年目に2分の1のサイズにするのがやっとということになる。

 さらに本体価格も、PS2の時のように急ピッチで下げていない。PS2までのゲーム機の普及戦略は、発売から一定時期を経た段階で、価格を米国なら200ドル以下のマジックプライスに下げて、一気に浸透を図るというものだった。下は2006年のSCEのカンファレンスのもので、当時に普及戦略がよくわかる。

PlayStationの価格の変遷

 しかし、今世代のPS3は価格ラインはそこまで下がらず、下げ止めに近い状態になっている。今回の新モデルで、12GBという不思議な容量のNANDフラッシュをHDD代わりに搭載した、やや廉価なモデルを投入するが、まだ様子見らしく、ヨーロッパだけに限定している。

 なぜ、PS3は、PS2の時と比べて小さく安くならないのか。もちろん、HDDはコストを押し上げる要因の1つだが、それだけが理由ではない。その背景には、現在の半導体チップの難しい状況が隠されている。SCEがPS3のコストやサイズの削減に力を入れていないのではなく、そうしたくてもできない事情がある。

●PS2ではチップを小さく低消費電力にして安く小さなマシンを実現

 PS2を安く小型にできたのは、メインの半導体チップを小さくできたからだ。PS2の中核であえるCPU「Emotion Engine(EE)」とGPU「Graphics Synthesizer(GS)」は、PS2発売当初は250nmプロセスで製造されており、EEは240平方mm、GSは279平方mmと、どちらもかなり大きなサイズのチップだった。当然、製造コストも高く、電力消費もそれなりに高かった。

 しかし、SCEはそこから180nm、150/130nmと製造プロセスを微細化してダイを小型化し、90nmプロセスではEEとGSを1個のダイに統合して面積を86平方mmにまで縮小した。2つのチップの合計のダイ面積では約16%、約6分の1にまで縮小している。

 各プロセス世代毎に、トランジスタサイズはリニアに70数%ずつ縮小するため、面積は2乗となり理論上は1世代でダイサイズは半分になる。3世代なら計算上はダイサイズは約12.5%つまり8分の1になるはずで、実際には縮小が難しい部分もあるため、約16%のダイは、ほぼプロセス微細化から期待できる通りの数値だ。また、90nmのEE+GSでは、消費電力はわずか8.5Wとなっている。

Cell B.E.とEEのシュリンク(PDF版はこちら)

 これを、現在のPS3のメインチップであるCell B.E.の微細化と比べると、違いは明瞭だ。Cell B.E.は90nmプロセスでスタートして、65nm、さらに45nmにシュリンクした。ダイサイズは、90nm時が235平方mm、65nmで175平方mm、45nmで115平方mmとなっている。1世代微細化すると70数%のサイズに小型化するペースだ。ところが、PS2のEEは、1世代微細化するとダイサイズは約50%に、ハーフ世代で約70%に小型化していた。つまり、Cell B.E.では、微細化しても、ダイサイズが以前ほど小型になっていない。製造コストもそれだけ低減率が低い。

Cell B.E.の90nm版、65nm版、45nm版(PDF版はこちら)

 実際のダイを見ると、45nmプロセス世代では、左右のメモリインターフェイスとI/O部分を確保するために、プロセッサコアの周りに無駄なデッドスペースとおぼしき部分が発生している。設計のためにダイが大きくなっている部分もあるように見える。90nmのレイアウトを踏襲せずに、基本のレイアウトから完全に再設計すれば、もっと小さくできそうだが、そうはしていない。

 しかし、各プロセス世代のCell B.E.の消費電力を見ると、ダイサイズの低減率がこの程度である理由の一端がわかる。PS3に搭載しているCell B.E.は3.2GHz動作で、同周波数での電力を比較すると、微細化する毎に70%程度に下がっていることわかる。これはダイサイズの減る率とほぼ同じなので、Cell B.E.は世代が変わっても電力密度が同程度に保たれている計算になる。これは、排熱の設計のハードルを下げる。

Cell B.E.の各世代の周波数と消費電力(PDF版はこちら)

 消費電力の面では、Cell B.E.が登場した頃に、米国の半導体ベンチャ-、P.A. Semiが、Powerアーキテクチャで低消費電力のコアを開発しており、こうした技術を借りれば、改善できたかもしれないが、P.A. SemiはすぐにAppleに買収されてしまった。

 いずれにせよ、Cell B.E.では微細化しても、EEの時のようにはチップサイズも電力も下がっていないことがわかる。実際には、もっと大がかりな設計変更を行なえばダイは小型化できるはずだが、それには開発コストがかかる。そしてSCEは、Cell B.E.については、32nmプロセスへの微細化を諦めてしまった。それがわかるのは、プロセスを微細化する毎に発表されていたCell B.E.の論文が、32nmでは出てこなかったからだ。32nmに微細化しなかった理由はわかっていないが、プロセスの移行自体も、以前と比べるとはるかにコストがかかるようになっており、簡単には行かない。

 ちなみに、SCEがCell B.E.の製造プロセスで頼っているIBMも、Cell B.E.が抜けた32nmあたりから立ち上げがスムーズに行かなくなっている。IBM自体のプロセッサは巨大で複雑なチップばかりなので、プロセスの立ち上げには向かないのかも知れない。

●MicrosoftのXbox 360ではチップを統合化

 MicrosoftのXbox 360も、実はチップのシュリンク率はPS3とそれほど変わらない。同じIBM系だから当然だが、CPUはプロセスノードを1世代進めても、平均して70%台しかダイが小型化していない。しかし、うまいやり方でチップコストをある程度低減している。2回目のシュリンクの45nmプロセスへの移行時に、CPUとGPUを1個のダイに統合した「XCGPU」にした。ワンチップへの統合で、コストと電力を低減し、スリム筐体のXbox 360(Valhalla:ヴァルハラ)を実現した。初代Xbox 360に対して、CPUとGPUの合計の電力は60%以上、ダイ面積は合計で50%以上低減している。

45nmプロセスでCPUとGPUを統合CPU+GPUのSoCモジュール低価格化、低消費電力化
XCGPUの詳細VHDLの統合

 ハードウェア記述言語的に見ると、AMD(ATI)からGPUのVerilogデータを提供してもらい、それをスクリプトでVHDLに変換、出力したVHDLを、IBM側のCPUのVHDLと統合している。VHDLは方言が多いため、この逆を行なおうとすると大変な作業になるが、VerilogからVHDLへと持って来ることである程度省力化している。その結果、IBM連合(Common Platform)系の45nm SOIプロセスへとCPUとGPUを載せて統合することができた。

 同じことをSCEもやれば、チップコストを下げ、電力を抑え、実装面積を減らすことができる。しかし、ソニーグループは32nmへの移植も断念したほど予算に余裕がない。しかも、GPU IPを持つ相手が異なる。Xbox 360のGPU Xenosを設計したAMD(設計当時はATI)は、IPをそれなりにリーズナブルな料金で提供するが、PS3のGPU RSXを設計したNVIDIAの場合はそうは行かないだろう。NVIDIAは、IPに対する考え方が異なり、より自社IPを守る姿勢が強い。そのため、SCEがRSXのIPをCell B.E.への統合のために買い取ることは、かなり難しいと見られる。

 面白いのは、グラフィックスIPに対する両社の関係が、前世代と今世代では逆になっていることだ。Intel CPUとNVIDIA GPUを組み合わせた初代Xboxは、PS2のようなチップの統合によるコスト低減ができずに苦しんだ。今回は、逆の構図となっている。

●スリムPS3では、GPU側は28nmプロセスへと微細化か?

 今回のスリムPS3では、Cell B.E.の32nm版がないと見られるため、CPU側は45nmのままだと推測される。一方、GPUであるRSX(Reality Synthesizer)は、90nmで登場してから、65nm(2008年)、40nm(2010年)と順調に微細化して来た。今年(2012年)後半は、28nmプロセスがボリュームで出せるようになる時期に当たるため、RSXを28nmへと微細化した可能性は高い。ちなみに、CPU側が45nmから32nmへの刻みで、GPU側が40nmや28nmと半世代ずれるのは、CPU側がSOI、GPU側がバルクであるためと見られる。ロジックのバルクプロセスは、現在、ファウンドリ各社が40nm、28nmという刻みで移行している。

 いずれにせよ、現在は、チップコストはPS2の時のペースほど下げることができない。CMOSスケーリングのペースが鈍化して、駆動電圧が以前のようなペースでは下がらなくなったため、アクティブ電力は昔ほど下がらない。チップの消費電力は「キャパシタンス×電圧の2乗×動作周波数」に比例する。そのため、微細化で70数%にトランジスタが縮小することで、キャパシタンスも同様に減少。駆動電圧もプロセス世代毎に70数%ずつ下がった。CMOSスケーリングの結果として7x%×7x%×7x%=3x%となり、消費電力が激減した。ゲーム機のように動作周波数固定なら、世代毎に計算上は70%も消費電力が下がるはずだった。

 しかし、プロセス技術の微細化が進むに従って、CPUの電源電圧を下げられなくなり、電力のスケーリングが崩れた。加えて、リーク電流(Leakage)がプロセスの微細化とともに増え始めたために、消費電力を減らすことは極めて難しくなった。

 今振り返ると、250nmプロセスで製造をスタートして90nmまで微細化したPS2のチップセットは、CMOSスケーリングがまだ順調に働いていた時代に、その利点を活かしきっていた。それに対して、CMOSスケーリングが滞った90nmプロセスからスタートしたPS3は苦難の道を歩んでいる。もちろん、これは、PS3固有の問題ではなく、半導体業界全体がさまざまな形で直面している問題で、この時代に産まれたPS3は不運だと言える。