■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■
Nexus Q |
Googleが、同社の技術カンファレンス「Google I/O」で、3つのハードウェアを発表した。1つは、Google自身のブランドのNexusシリーズ初のタブレットである「Nexus 7」。2つ目は、クラウドベースのホームストリーミングメディアサーバー「Nexus Q」。3つ目は、まだ製品段階ではないが、メガネ型のウェアラブルコンピュータ「Google Glass Explorer Edition」。それぞれ、毛色が異なる3方向のデバイスを、ソフトウェア企業であるGoogleがキーノートスピーチで披露した。
Googleが、自社ブランドのさまざまなハードウェアを次々に投入するのは、ハードウェアをソフトウェア企業がコントロールしようという最近の顕著な流れを反映している。ソフトウェア企業が、自社の目指すビジョンを実現するために、自社でハードウェアのコンセプトを主導しようという動きだ。新しいデバイスのビジョンを現実化するためには、ハードウェア企業側にまかせておけないというのが、最近の風潮となっており、Microsoftも「Surface」(こちらはタブレットはPCからキーボードを取ったものというコンセプトを結実させるため)を投入する。
実際には、Googleはキーノートスピーチでの多くの時間をAndroidやGoogle+などの拡張や新機能の説明に費やしている。しかし、Google I/Oのキーノートスピーチとソフトウェア面については、別レポートがあるので、このコラムでは、まず、ハードウェア群をレポートしたい。
●白いキューブが黒く丸くなったGoogleのミステリアスなNexus QNexus Qは、デジタルメディアのストリームを再生するプレーヤーデバイスだ。見た目は丸い球体で、直径は116mm。一見、マンガ/映画の「GANTZ」に登場する球体のミニチュアようだ。Googleのキーノートスピーチでは、Nexus Qは、パワフルで“ミステリアス”なものにすることを主眼にデザインされたと説明された。
Nexus QはGoogleが提供するクラウドの音楽サービス「Google Play Music」や、映像配信サービスなどに対応するプレーヤーだ。同社のGoogle TVと領域が一部重なるためか、キーノートスピーチでは音楽に焦点を当てて説明が行なわれた。スピーチでは、クラウドベースのジュークボックスという形容も使われた。
また、Googleは、Nexus Qについて「最初の“ソーシャル”ストリーミングデバイス」だと強調する。ソーシャルとしている意味は、他のユーザーが自分のコンテンツを共有してプレイすることができるからだ。デモで行なわれたのは、リビングルームに招かれた客が、自分のAndroid端末から、自分のライブラリの曲をNexus Qで共有してプレイできるようにするというもの。同様の共有を映像コンテンツでもできることもデモされた。コンテンツ共有の際に、ゲストがNexus Qにアクセスするためにログオンなどを行なう必要はないという。近距離のユーザーが自動的にゲストとしてアクセスして、Nexus Qを共有できることが、ソーシャルという言葉の意味だ。
GoogleはNexus Qを、同社が初めて土台となるコンセプトから組み上げたハードウェアだと語る。同社は、Nexus Qの元となるホームメディアハブ「Project Tungsten(プロジェクトタングステン)」を、昨年(2011年)のGoogle I/Oで初公開している。この時のTungstenデバイスは、白いキューブだった。
Tungstenも、Google Play Music(この時点ではmusic beta)と連動して音楽を再生できるAndroid組み込み機器として紹介された。家中のどこでも音楽を同期させることができるほか、NFCを使ってCDをタッチするだけで、そのCDの音楽をクラウドから取ってきて流す様子をデモして見せた。
Project Tungsten |
●Androidをさまざまな機器に組み込もうとするGoogleの戦略
TungstenからNexus Qへの発展から分かるのは、Googleのスピード感だ。大企業の技術カンファレンスでは、こうしたコンセプトモデルがよく登場するが、実際に製品になるには何年もかかるのが常だ。ところが、Googleはコンセプトモデルをキーノートスピーチで発表してから、1年後に製品として発売した。この当たりのスピードが、急成長を続けてきたGoogleらしい。
Googleは、スマートフォンでの成功を足がかりに、Androidの世界をどんどん広げようとしている。多様な機器がAndroidに接続され、Androidのための新しい機器が開発され、Androidを内蔵した端末が登場する。Googleが描いているAndroidの世界は、そうした広大なビジョンに広がりつつある。その第1弾がNexus Qだ。
前回のGoogle I/Oでは、Tungstenのほかにも、エクササイズバイクに組み込んだAndroidや家庭の照明や暖房を制御するAndroidホームコンピュータなど、さまざまな組み込み用途のAndroidの展開が紹介された。今回のGoogle I/Oでも、Googleは、Nexus Qについて「まだ始まりに過ぎない」と強調していた。
ハードウェア面では、Nexus Qは特に目立つような部分は少ない。心臓部はTexas InstrumentsのOMAP4系のアプリケーションプロセッサOMAP4460(デュアルARM Cortex-A9 CPU/PowerVR SGX540 GPU)。これは、GoogleのNexusブランドのスマートフォンGalaxy Nexusと同じアプリケーションプロセッサだ。つまり、球体の中身のコンピュータ部分はスマートフォンだと考えればいい。逆を言えば、スマートフォンの発達のおかげで、低消費電力のコンピュータのインフラストラクチャが整い、こうした高機能のデジタル組み込み家電が発達する余地が出てきた。Androidが(iOSとともに)牽引するモバイル市場の伸びが、新しい機器と市場を切り開く原動力となっている。
●タブレットとJelly BeanのリファレンスとなるNexus 7
Googleは、これまで、Androidスマートフォンの最新OS搭載マシンのリファレンスに、Nexusを冠して来た。Googleが今回発表したタブレットNexus 7も、Android OS新バージョンである「Android 4.1(Jelly Bean:ジェリービーン)」のタブレット版リファレンスとなっている。
Nexus 7は、ハードウェア的には、驚くような部分はなく、アプリケーションプロセッサにNVIDIAの「Tegra 3」、メインメモリDRAMは1GB、ストレージのNANDフラッシュは8GBと16GBの2バージョンとなっている。ディスプレイは7型液晶で、解像度は1,280×800ドット。通信回りは、WANではなく、Wi-Fi、Bluetooth、NFCなど。価格は199ドルで、7月中旬から出荷する。
プロセッサ的に見ると、下の図のように、Googleのデバイスは常識的な範囲のチップに収まっている。Nexus Qも、TIのOMAP4460で、80平方mm前後より下の低コストでモデストなダイサイズだ。Appleのように、PCプロセッサ並のダイサイズのチップを載せるような冒険はしていない。
モバイルSoCのダイサイズ |
Nexus 7 |
7型タブレットは、昨年(2011年)までは、米国でも今ひとつ盛り上がりに欠けていたが、「Kindle Fire」の登場で一気に状況が変わった。199ドルという低価格と、Androidに被せた、独自のユーザーインターフェイスでユーザー層を広げた。7型という画面サイズだけを見れば、Nexus 7は、Kindle Fireの広げた市場に浸透しようとするデバイスに見える。スペック的には、第1世代のKindle Fireに対して、CPUコア数、DRAM量、画面解像度などほとんどの面で上回り、Kindle Fireが備えていないカメラなども持ち、重量は初代Kindle Fireの413gに対して340g。スペックだけを見ればKindle Fireキラーに見える。また、Amazonも新Kindle Fireで迎え撃つ。しかし、実態としては、年配者へのプレゼントとしても売れているKindle Fireに対して、Nexus 7のターゲットはある程度ずれるだろう。
●Googleのメガネ型ウェアラブルコンピュータプロジェクト
Googleは、メガネ型のウェアラブルコンピュータのプロジェクトを「Project Glass」として4月に発表している。Project Glassのデバイスは、一見メガネに見えるデバイスだが、カメラがついていて、常時、ユーザーが見ている映像を記録できる。また、小さな画面が片目部分についていて、ユーザーがいつでも情報を参照できる。詳細は次の記事で説明するが、メガネがインターフェイスになっている完全なコンピュータだ。
今回のGoogle I/Oでは、同プロジェクトをGoogle以外の開発者が扱えるようにするGoogle Glass Explorer Editionが発表された。実際には、この開発者向けGoogle Glassが出荷されるのは来年(2013年)早期となり、今回のGoogle I/Oでは、1,500ドルで米国ベースの開発者からの予約を受け付けることが明らかにされた。
Google Glassの発表で目立ったのは、キーノートスピーチにGoogleの共同創業者であるSergey Brin(セルゲイ・ブリン)氏が登場したこと。Googleは変わった企業で、本来ならカンファレンスのキーノートスピーチでビジョンを語るべきトップ陣が、Google I/Oで中心にあまり立たない。昨年のGoogle I/Oでは、Brin氏は、Chromeの記者会見にフラっと現れただけだった。今回は、キーノートスピーチの途中に飛び込んで、派手なイベントを取り回して終わった。
自身もGoogle Glassのプロトタイプをつけて現れたSergey Brin氏 | Google Glassをつけてスカイダイビングするところ |
Brin氏が仕切ったのは、Google Glassの試作品をつけたスタッフが飛行船からパラグライダで飛び降り、Google I/Oを行なっているサンフランシスコのモスコーセンターの屋上に着地、そこから引き継いだスタッフが壁面をロープで下りて、キーノートスピーチの会場に現れるというもの。その間、Google Glassからの中継映像がスピーチ会場に表示された。Brin氏がわざわざGoogle Glassの時だけ姿を見せたことは、このプロジェクトが同氏のお気に入りであることを示唆している。
こうした、普通なら長期間研究段階に留まるようなSF的なプロジェクトを、現実化しようと急ぐところもGoogleの特長だ。Googleの本気度がわかるのは、この段階で、すでにゴツい研究室風のデバイスではなく、洗練されたデザインに仕上げている点。Google I/Oでは、Glassを「物理的に軽くするだけでなく、見かけ上でも軽くすることを心がけた。この驚くべき技術を製品に落とし込みたいからだ」と説明した。Google Glassのような試みも、ハードウェアメーカーに頼ると難しい種類で、Googleが主導するのは当然と言える。
見かけ上も軽く仕上がっているGoogle Glassの試作品 |
こうして概観すると、Googleが多彩なハードウェア製品のリリースに向かうのは、自社のコンセプトを結実させるためであることがよくわかる。ハードウェアベンダーに頼っていてはできないことをやるために、自社でコンセプトを固めたデバイスを委託製造で実現しつつある。