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16コアCPUを749ドル、10TFLOPS GPUを499ドルで投入するAMDの価格戦略を解き明かす

Radeon RX 5700XTのAMD50周年記念モデルを発表

 16コアの7nm CPUが749ドル、7nmのパフォーマンスGPUが379ドルから。AMDはゲームショウ「E3(Electronic Entertainment Expo)」に合わせて行なったイベント「AMD Next Horizon Gaming」で、ハイエンドRyzenとNavi世代のGPUの価格を発表した。多分にライバルの製品ラインナップを意識したAMDの価格設定だが、そこには、7nmプロセス世代の半導体チップの価格事情が透けて見える。

7nmのNavi GPUアーキテクチャのフィーチャ

 AMDはE3において、7月7日に発売する、7nmプロセスのGPU「Navi」アーキテクチャの製品ラインナップの価格を発表した。最初のNavi10は、Radeon RX 5700シリーズとしてブランディングされている。ラインナップは、当初発表されていた2SKUに加えて、最上位のエディションが加わり3SKUとなった。

 最上位モデルは「Radeon RX 5700XT 50th Anniversary Edition」。40個のCU(Compute Unit)がすべて有効にされ、ストリームプロセッサ(32-bit FMADユニットを核とした演算ユニット)の個数は2,560個。Radeon RX 5700XTとの最大の違いは動作周波数で、ブーストクロックは1,980MHzと、ほぼ2GHzに到達した。ベースクロックは1,680MHzで、平均的なゲームプレイ時のクロックであるゲームクロックは1,830MHzとなっている。

 FMADユニットの数は2,560個とハイエンドGPUと比較すると少ないが、2GHz近いクロックで回すことで、演算性能は最大10.14TFLOPSと、2桁TFLOPSに達する。もちろん、このスペックは選別品であり、限定量だけの提供となる。

 AMDはこのRadeon RX 5700XT 50th Anniversary Editionに499ドルの値札をつけた。通常版のRadeon RX 5700XTは449ドル、下位のRadeon RX 5700は379ドルだ。3SKUとも、メモリはGDDR6 8GBで共通。性能は10TFLOPSクラスの50th Anniversary Editionに対して、Radeon RX 5700XTは9.75TFLOPS、同5700は7.95TFLOPSだ。

最上位のRadeon RX 5700XT 50th
Radeon RX 5700XTと5700の価格

 AMDはこれまで、Radeon RX 5700XTを、ライバルNVIDIAのGeForce RTX 2070と比較してきた。AMDは、自社が性能で勝ることができるライバルチップに対して、優位性のある価格設定をしてきた。今回も同様で、比較の対称としていたGeForce RTX 2070より低めの価格をつけてきた。GeForce RTX 2070は、NVIDIAの価格は599ドルで、サードーパーティからは499ドルの製品も出ている。

 そうした事情を加味して価格帯で並べたのが下の図だ。

AMDの7nm GPU製品の価格設定とNVIDIA GPUの価格ライン

 価格の持って行きかたからは、Radeon RX 5700XTが、GeForce RTX 2070をターゲットとしていることがわかる。AMDの主張どおりなら、GeForce RTX 2070と同等かそれ以上のシェーダ性能のRadeon RX 5700XTが450ドル程度で手に入り、お得な買いものとなる。

大型ダイが当面は作りにくい7nmプロセス

 これまでの常識では、半導体チップのコストはダイサイズに縛られていた。ダイサイズが大きくなるとコストが急上昇する。これが、これまでの常識だった。ダイが小さなチップは、製造コストが低く、安い価格設定にしても、ベンダーが高い利益を確保できる。だから、チップベンダーは、プロセスを微細化して、ダイを小さくしてコストを下げることにこだわってきた。

 そうした観点で、今回のNavi10のRadeon RX 5700シリーズをほかのGPUと比較すると、違った状況が見えてくる。Radeon RX 5700のダイサイズは251平方mmと、高性能GPUとしてはかなり小さい。それに対して、NVIDIAのGeForce RTX 2070のダイは445平方mmと、AMDのこれまでのハイエンドGPUクラスのサイズだ。

 もちろん、NVIDIA側ではレイトレーシングユニットなどのダイエリアも含んでおり、価値が増えているため大きくなっている。とはいえ、AMDのRadeon RX 5700は、ダイサイズで77%も大きなチップに対して価格で対応しようとしている。

AMDとNVIDIAの現在のダイサイズ比較

 従来の考え方で行けば、250平方mmクラスのダイは、GPUではミドルレンジであり価格は200ドル台のラインだ。ダイサイズだけで見るなら、Radeon RX 5700は「GeForce GTX 1660(TU116)」あたりと対抗するのが穏当となる。しかし、AMDはNavi10のRadeon RX 5700を、それよりも1ランク高い価格帯に押し上げている。

 こうしたダイサイズに比例しない構図になっているのは、AMDが利幅を広げようとしているためではない。AMDが採用した7nmプロセスでは、製造コストが大幅に上がるため、従来よりダイサイズに比して価格を引き上げないと、見合わないためだ。AMDとしては、Radeon RX 5700シリーズの価格帯は、製造コストを考えれば穏当なところだろう。

 一方のNVIDIAは、枯れた16/12nmプロセスで製造しており、ダイが大きくてもコストが低い。現在の段階で7nmでの大型ダイは、チップの付加価値が高く、高価格で売れる予測が立っていないと難しい。

7nmプロセス世代になった変わったチップコストの常識

 下はAMDによるプロセス世代ごとのプロセッサの製造コストの試算だ。これまでも、プロセス世代毎にコストはじわじわ上昇していたが、7nmプロセスはとくに複雑であるため、コストが跳ね上がる。

AMDが「2018 Symposia on VLSI Technology and Circuits」のチュートリアルで示したコスト比較のスライド

 コストの上昇度合いについては、AMDの試算とは異なる数字もある。しかし、コストが上がるという点は共通の認識となっている。7nmプロセスも歩留まりが上がり、さらに一部レイヤーをEUVに切り替えた6nmプロセスになれば、最終的にはコストが下がってくる。ただし、それまでは、7nmに踏み込んだチップは、ダイ面積当たりのコストにプレミアがついている状態だ。

 同様の理由で、7nmで大きなダイの製品をコンシューマ向けには作りにくい。大きなダイほど欠陥箇所を多く含むためだ。GPUは代替の効くユニットが多いとはいえ、ダイは小さいにこしたことはない。

 逆を言えば、大きめのダイのチップは、高付加価値で高く売れるはずだ。AMDが、ひとまわりダイが大きな7nm版Vegaを、コンシューマグラフィックスでより、サーバー向けとして売ることに熱心であるのには、そうした背景がある。7nm VegaのRadeon VIIは699ドルで、価格帯としてはGeForce RTX 2080と同レベルだ。

AMD GPUのダイサイズ比較。7nm世代ではダイが小型化している

 AMDもこうした状況は初めからわかっているため、7nmプロセス世代のGPUでは、ダイを相対的に小さく留めて、クロックを引き上げることで性能競争力を得ようとしている。Radeon RX 5700XTの2GHz近い周波数は、プロセス技術によって熱の余裕が増えたことだけでなく、グラフィックスパイプラインのストリームライン化など高クロック化の設計を進めた結果だ。

 RDNAのアーキテクチャからは、AMDが意図的に、7nm世代ではコア数を増やすより高クロックへと注力してダイエリア当たりの性能を高めていることがわかる。

アーキテクチャや設計で高クロック化へ振ったRDNA

12コアは499ドル、16コアは749ドルと価格差が開いたRyzen 9

 同じAMDの7nmチップでも、CPUでは価格戦略が異なる。AMDは、今回のZen 2ベースのRyzen 3000シリーズでも、積極的な価格攻勢をIntelに対してかけている。COMPUTEXでは、12コアの「Ryzen 9 3900X」を499ドルで発表。CPU部分のダイを増やしたにも関わらず、価格を抑え、お買い得な12コアとした。

Ryzen 3000シリーズのスペックと価格と対抗するIntelのCPU

 AMDが7nm Zen 2世代でも価格で攻勢をかけることができるのは、チップレット設計を取ったからだ。コストがかかる7nmでの製造はCPUコア部分だけに限定し、I/Oチップは枯れた14nmプロセスで製造した。7nm RyzenのCPUダイのサイズは74平方mm。非常に小さいため、歩留まりも高くなる。

 もちろん、マルチダイでのパッケージングのコストは増えるが、この方式なら7nm移行によるコスト増を最低限に抑えることができる。そのため、CPUダイを2個に増やしたRyzen 9 3900Xでも、コスト増は499ドルの価格設定で十分に吸収できる。

CPUダイを2個搭載したRyzen 9

 しかし、AMDは16コアの「Ryzen 9 3950X」の価格を749ドルとした。Ryzen 9 3950Xと半導体チップ的には同じ構成の12コアRyzen 9 3900Xの価格は499ドル。CPUコアを4個有効にしただけで250ドルも増えたことになる。

 その理由として考えられるのは、今週の別記事でも書いたとおり、16コアRyzenが選別品である可能性だ(AMDが16コアRyzen 9を含むZen 2の概要とアーキテクチャを発表参照)。

 より多くのCPUコアを動作させつつTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)を105Wに押さえ込むには、各コアが低電圧で高周波数動作できなければならない。ばらつきがある半導体チップのなかから、そうした電圧に対する周波数の比率の高いダイを選別する必要がある。ちなみに、Threadripperも選別品だ。

 そう考えると、12コアまでが選別せずに搭載できる上限、16コアでは選別が必要になるため、コストがかさむ、という状況の可能性が高い。

16コアのゲーミングCPU Ryzen 9 3950X
Ryzen 9 3950Xは749ドルというやや高い価格で登場

 こうしてみると、AMDの価格戦略には相応の背景があることが見えてくる。チップレットアプローチを取ったことで、AMDはThreadripperでも、積極的な戦略を取ることができるだろう。