■元麻布春男の週刊PCホットライン■
iOS 5のパートを担当したスコット・フォーストール副社長。まだ若いせいか、講演とデモを1人でこなした |
現在、日本で最も話題になっているコンシューマ向けの電子デバイスといえば、やはりスマートフォンだ。そのブームを作り出したのがAppleのiPhoneであることは、疑う余地がない。iPhoneはそれまでのスマートフォン、どちらかというとビジネス指向が強かったWindows MobileやBlackBerryとは、一線を画す機能と使い勝手で、アッという間に市場を席巻した。
その中核であるiPhone OSは、名前をiOSに改め、iPhone、iPod touch、iPadといった製品に使われている。そのインストールベースでのシェアは、44%に及ぶ(2011年4月現在)という。その最新版として、この秋に提供が予定されているのがiOS 5だ。
iOS 5には、さまざまな通知をまとめて管理・表示するNotification Center、iPhoneだけでなくiPod touchやiPadと共通したメッセージングアプリとなるiMessage、定期購読型のコンテンツを管理するNewsstand、さまざまなアプリケーションに組み込まれるTwitterとの連携機能、iOS版Safariのタブブラウザ化、内蔵カメラの機能拡張(AE/AFロックやボリュームアップボタンをシャッターとして使える)など、200以上の新機能が追加される。そして、これを可能にするために、1,500の新しいAPIが追加されるという。
ドックケーブルをハサミで切るPC Freeのロゴ |
だが、それ以上に大きな変化は、やはりiOS機器を利用するのに、PCやMacが不要になることだろう。以前に触れたように、スティーブ・ジョブズCEOは、これからはPCやMacに代わってiCloudがメディアのハブになると宣言した。iOS 5の講演を受け持ったスコット・フォーストール副社長は、iOS機器がPCやMacに依存しなくなることを「PC Free」と表現した。iOS 5以降は、PCによるアクティベーションが不要になるだけでなく、コンテンツの同期やバックアップ、さらにはiOS自身のアップデートも、ワイヤレスで行なうことが可能になる。
前回筆者は、iCloudやMac App Storeのようなオンラインサービスに依存することに対して、ある種の不安、気持ち悪さを感じると述べた。その気持ちに変わりはないものの、一方でクラウドによるサービスが便利であり、またそれを必要とする人が居ることも承知している。
この3月、筆者は帰省したおりに、母親が購入したiPadのアクティベーションと、OSのソフトウェアアップデートを、持ち帰った自分のMacBook Airで行なった。母親はPCを所有していないし、年齢を考えればこれからPCを使うようにもならないだろう。が、そんな母親でも、限定した機能に限られるとはいえ、使えてしまうのが直感的なタッチインターフェイスを備えたiPadだ。もしアクティベーションが不要になり、ソフトウェアアップデートをスタンドアロンで行なえるようになれば、もっとユーザーが広がってもおかしくない。それはAppleにとってだけでなく、ユーザーにとっても良いことであるハズだ。
Appleは、音楽、映画、書籍といったコンテンツに続き、アプリ、そしてOSまでユーザーに直接販売し、さらにそれをクラウドで管理するという道に踏み出した。Appleがこれに成功すれば、Microsoftをはじめ、他社も必ずやこれに続くだろう。海賊版対策に相当高い効果が期待できるからだ。
ユーザーと購入履歴をヒモ付けし、それをクラウドで管理する。ユーザーの管理負担がなくなるという点ではユーザーフレンドリーに違いないが、一方で管理を嫌うユーザーには、なんとも息苦しい。難しい時代になったものだが、ジョブズCEOが基調講演で述べたように、理想主義と現実主義の間でうまくバランスをとって欲しいものだと思う。
●ソフトウェアの流通と国内のPCの普及【図1】Appleが発表したソフトウェア販売チャネルのランキング。詳細は不明 |
さて、本題はここまでにして、これからは基調講演で見た興味深いスライドを2つほど取り上げてみたいと思う。図1は、(おそらく北米の)ソフトウェア販売におけるチャネル別のランキングだ。要するに、Mac App Storeはサービス開始後、まだ間もないにもかかわらず、トップになったとAppleは言っているわけだ。
このランキングで意外なのは、Amazonの名前がこのリストにないことである。北米のユーザーは、Amazonでソフトを買わないのだろうか。
もう1つ意外なのは、Walmartの名前が3位にあることだ。Walmartというのは、日本のスーパーである西友のオーナーであり、北米最大の総合スーパーである(ただし生鮮食品の取り扱いはない)。筆者も西友やダイエーに行くことはあるが、そこでソフトウェアを購入したことはない。というより、考えたこともない。果たして日本のスーパーにPCソフトは売っているのだろうか?
これを見て思い出すのは、数年前、北米で音楽CDが売れなくなったと言われ始めた頃、その理由をデジタル配信の普及ではなく、音楽CDの販売ルートがTower RecordsやVirginといった専門店から、Walmartのような総合ディスカウンターに移行したからだと主張する人がいたことだ。ハッキリ言って、筆者には信じがたい主張だった。そのような主張をする人は、自分でWalmartのCD売り場に行ったことがあるのかと思ったくらいだ(このコラムでも書いたことがあると記憶する)。
WalmartのCD売り場は、両親に連れて行ってもらう子供やその親が顧客の中心で、音楽ファンが集うような場所ではない。Walmartが音楽CDの販売チャネルとして、ランキングの上位にあるということは、それまで主力だったほかの販売チャンネルが著しく衰退してしまったことを示している。要するに、他が減った結果、比較的目減りの少ないWalmartが上位に残っただけなのである。
この図1のランキングを見ていると、音楽CDの時と同じことを感じる。PCソフトのパッケージ販売は、本当にダメになってしまったのだな、と。PCソフトのパッケージ販売が死んでしまったとは、もうだいぶ前から言われていることだが、この表を見ていると、それをリアルに感じてしまう。
AppleがiPhoneを販売するにあたって、アプリを自社のオンライン販売のみにしたこと、iOS向けだけでなくMac向けのアプリケーションやOSまでオンライン販売にシフトしていることの意味がよく分かる。もう流通はアテにできない状態なのだ。
本来、PCソフトパッケージ流通の衰退に真っ先に気づき、それに危機感を感じて具体的な行動に出なければならなかったのは、ナンバーワンソフトウェアベンダーであるMicrosoftのハズだ。しかし、彼らは流通業者に遠慮したのか、ソフトウェア販売の主力をOEMと企業向けのボリュームライセンスにシフトしていたためか(おそらく後者だろう)、個人向け流通に関しては、ほとんど何も対策をうってこなかった。北米でMacのシェアが伸びていても何も不思議はない。
幸か不幸か、わが国は音楽にしても映画にしても、ソフトウェアにしても、パッケージの力がまだ強い。量販店ではパッケージソフトのコーナーが健在で、PSP Goは失敗した。だが、それはいつまで続くのだろう。
【図2】世帯当たりのPC非普及率。日本は90%の家庭がPCを保有しているとされる |
さて、今度は図2だが、これはPCを持たない世帯の比率(2011年3月時点)。逆から見たPCの世帯普及率ということになる。このグラフでは、日本は最もPCの世帯普及率が高い、ということになる。
しかし、待てよ、と思う人もいるハズだ。つい先日、Intelは日本をノートPCの浸透率が60%で頭打ちになる国としていた。この2つの調査結果は矛盾しているのではないかと。
それぞれの調査がどのようなものか、詳細が明らかにされていないので、ハッキリとしたことは言えないが、おそらくこれらの調査が意味しているのは、とりあえず日本は家庭に1台のPCはあるけれど、1人に1台の普及が進んでいない、ということではないだろうか。
日本は世界に先駆けてPCのノート化が進んだ国であり、現在のノートPC率(現在販売されているPCに占めるノートPCの割合)は、70%を超えたあたりだと思われる。これは世界でも圧倒的に高い数字のハズだ。日本はノートPCの代わりにデスクトップPCが普及している、なんてことは考えにくい。
おそらく日本は、ノートPCの価格もそれほど高くないし、所得格差も他国に比べればまだ小さい方だから、1台目のノートPCが家庭に入る率は高い。Intelのデータで日本よりも普及率の高かった国々は、家庭に1台入った後、2台目、3台目が個人用に入るが、日本は1台目で止まってしまう。ただし、諸外国においては、所得格差が大きいため、1台目のPCさえ入らない家庭が、日本に比べてたくさんある、というところではないかと筆者は考えている。
筆者が気になるのは、1台目のPCが入った日本の家庭が、ちゃんとPCを使いこなせているか、ということだ。個人用に2台目が入らないというのは、うまく使いこなせていないからではないかと心配になる。3~4.5型程度の携帯電話のスクリーンでITスキルを培っている日本が、PCのフルスクリーンでITスキルを培っている諸外国と本当に戦えるのだろうか。