元麻布春男の週刊PCホットライン

ネットブックとタブレットに注力したAtomの戦略



 4月12日と13日の両日、中国の北京でIntel Developer Forum(IDF)が開催された。初日のキーノートスピーチは、登壇順にソフトウェア&サービス事業部を率いるリネイ・ジェームズ上席副社長、2010年暮れに新設されたネットブック&タブレット製品事業部の事業部長であるダグ・デイビス副社長、その後任としてエンベデッド&コミュニケーション事業部を任されることになったトン・スティーンマン執行役副社長が務め、2日目をデータセンター事業部長のカーク・スカウゲン副社長とIntel Chinaの社長であるイアン・ヤン執行役副社長が務めるという布陣だ。現在Intelの事業部は、すべてIntelアーキテクチャーグループの下にぶら下がる形になっており、セールス&マーケティング本部傘下となるヤン副社長を除いてIntelアーキテクチャーグループ内の事業部長という形になっている。

 当初発表されていたスケジュールでは、Intelアーキテクチャーグループのジェネラルマネージャーであるダディ・パルムッター主席副社長の出席が予定されていたのだが、キャンセルとなり、出席者中最上位のリネイ・ジェームス上席副社長がトップ・キーノートを務めることとなった。ソフトウェア担当の役員がトップ・キーノートを務めるのは、IDFの歴史でも珍しいことだ(もちろん、女性としても初ということになるだろう)。

 このジェームス上席副社長に始まる初日は、組み込みやネットブックおよびタブレットを中心としたAtomデーという格好だったが、これまでと一番違っていたのはスマートフォンについて一切言及がなかったことだ。先日触れたように、スマートフォンのパートナーと見込んでいたNokiaがARM/Microsoft陣営に転換し、Intelはスマートフォン戦略を一から見直すことを余儀なくされている。事実上の解任と思われるアナンド・チャンドラシーカ元事業部長の後任は着任したばかりで、戦略を語るには早すぎるということなのだろう。Intelがスマートフォンをあきらめたとは到底考えられないから、この話題については秋のIDFを楽しみに待つことにしたいと思う。

 スマートフォン不在の中、Atomベースのソリューションとしてフォーカスされたのはネットブックとタブレットだ。担当するネットブック&タブレット製品事業部は設立して日が浅いとはいえ、ネットブックの大ヒットによりAtomが一般に認知されたという点で、ネットブックはもっとも貢献度の高い製品である。一方タブレットは、そのネットブックの市場を奪うのではないかと言われることもあるデバイスだ。Intelではこの2つを1つの事業部で扱うことになる。

 担当事業部長であるデイビス副社長は、まず最初にネットブック、そしてタブレットと、この2つを個別に取り上げた。現在ネットブック向けのプラットフォームとして使われているのは、Atom N4xxプロセッサ(シングルコア)およびAtom N5xxプロセッサ(デュアルコア)に、Intel NM10 Expressチップセットを組み合わせたPine Trail-Mプラットフォームだ。その後継として、2011年の年末商戦に向けてリリースされる新プラットフォーム(Atom Nシリーズ後継)がCedar Trail-Mとなる(写真1)。

 Cedar Trail-Mプラットフォームは、これまでと同じNM10チップセットに新しいCedarview-Mプロセッサを組み合わせたもの。Cedarviewプロセッサ(エントリーデスクトップPC向けのCedarview-Dを含む)は、32nmプロセスにより量産されるマイクロプロセッサで、Atomのプロセッサコアとしては初めてのメジャーチェンジとなる。省電力ステートとしてC6をサポートするほか、Atom N4xxやN5xx(Pineview)に対して性能向上が図られている(写真2)。

【写真1】Cedar Trailプラットフォームではファンレス設計も可能になる【写真2】Cedar Trailプラットフォームによるネットブックの試作機を手にしたDoug Davis副社長

 IntelがAtomコアの処理性能が向上した(同一クロック比で)と、資料等で公式に述べるのは、おそらく初めてのことだ(図2)。これまでAtomプロセッサは、基本的に初代(Silverthorne/Diamondville)のコアに周辺を追加することなどで、システムあるいはプラットフォームとしての性能向上を図ってきたが、CPUとしての処理性能はほぼ横ばいだった。今回のIDFではマイクロアーキテクチャの変更については、ほぼ何も語られなかったが、新しい製造プロセスに合わせ、見直しが行なわれているのだろう。

【図1】ネットブック向けAtomプラットフォームのロードマップ【図2】Cedar Trailプラットフォームの概要

 このプロセッサコア以外にも、DirectX 10.1をサポートしたグラフィックス、デジタル出力(HDMI、DisplayPort)をサポートしたディスプレイ機能、Blu-ray Discを含むフルHDの動画の再生をサポートしたメディア機能など、GPU部の強化が目立つ。内蔵するメモリコントローラも、ネットブックやエントリーデスクトップPCがDIMMでメモリを実装することを踏まえ、DDR3対応になっている。x16やx32など多ビット品のDRAMチップを表面実装することの多い組み込み用途では、まだDDR2が主流となっているが、PCが牽引するDIMMの世界では主流はDDR3に移行しており、むしろDDR2より割安になっているからだ。

 このCedar TrailプラットフォームでサポートされるOSは、Google Chrome、Microsoft Windows、そしてMeeGoの3種(写真3)。といってもWindows互換のx86プラットフォームであることに変わりはないから、ほかにも多くのOSが稼働するのだろうが、Intelとして公式に動作の保証を行なう、あるいはドライバサポートを行なうのは、上の3種のOSということになる。

 これらのOS上で得られるエクスペリエンスとしてIntelは、Intel Wireless Display(WiDi)、Intel Wireless Music、Always Updated、Intel AppUp、PC Sync、Fast Flash Standbyといった機能を挙げている(写真4)。Davis副社長は、これら1つ1つについて詳細な説明を行なわなかったため、一部筆者の推定も交じるが、MyFiベースでディスプレイ出力を大型TVに表示するWiDi、同じソフトウェア基盤を利用して音楽のストリームを行なうのがIntel Wireless Music、自動的にソフトウェアアップデートを行なうAlways Updated、オンラインのソフトウェアマーケットであるAppUp、Laplink製のユーティリティ(PCsync)によりメインPCとのデータ同期を行なうPC Sync、フラッシュメモリを用いた高速なスタンバイと復帰、といった機能だ。

【写真3】ネットブックでサポートするOSは、Crhome、Windows 7、MeeGoの3種【写真4】ネットブックでサポートされるエクスペリエンス

 もちろん、これらのすべてが上記の3つのOS全部でサポートされるわけではないだろうが、コンシューマデバイスとしての機能向上を狙っていることがよくわかる。気になるとすれば、WiDiなどこれまで上位のPCでサポートされていた機能の取り込みが行なわれている点で、このままならネットブックとCoreプロセッサベースのノートPCの差が縮まることになる。それを回避するために、ノートPCにどのような機能追加が行なわれるのか、秋のIDFあるいは来年のCESを期待したいところだ。

 後半のタブレットのパートでまず紹介されたのがOak Trailプラットフォームだ。スマートフォン向けのMoorestownプラットフォームを転用し、タブレットと薄型ネットブック向けとしたもので、Moorestownと同じプロセッサであるLincroft(正式名称Atom Z6xx)、MoorestownのチップセットであるLangwellにWindows互換機能セットを加えたWhitney Pointチップセット(同SM35チップセット)を組み合わせる。

 Lincroftは、これまでと同じ45nm High-K/Metal Gateプロセスで量産されることに加え、ネットブック向けよりさらに消費電力を抑えているため、Oak Trailの性能は必ずしも現行のネットブックプラットフォームであるPine Trail-Mを上回るものではない。が、それに近いパフォーマンスが得られると、Intelは述べている。

【図3】OakTrailプラットフォームの概要【図4】Atom Z670の性能は、同じシングルコアのAtom N455を上回ることはできないにせよ、それに肉薄する

 スマートフォン同様、タブレットはIntelがなかなか食い込めない市場の1つだが、このOak TrailプラットフォームでIntelは、Windows 7、Android、MeeGoの3つのOSをサポートするとしている(写真5)。興味深いのは、ネットブックの項にあったChrome OSが外され、代わりにAndroidがリストアップされていることだ。IntelはキーボードのあるプラットフォームにAndroidは適していない、と考えているのだろう。

 このOak Trailプラットフォーム上で得られるエクスペリエンスとして、Intelは写真6のような機能を上げている。大半はネットブックの項にあったものだが、Anti-Theft、Intel Insider、vPro Hubなどセキュリティ機能が強化されている点が目につく。コンシューマだけでなく、ビジネス用途も考えているのだろう。確かに、Windowsを用いたタブレットPCは、企業向けのバーチカル用途に使われることが多かったから、それはそれで理解できる。

【写真5】IntelがタブレットでサポートするOSは、Winows 7、Android、MeeGoの3種。Chromeの代わりにAndroidが入っている点が目につ【写真6】ネットブックに比べセキュリティ面での強化が目立つタブレットのエクスペリエンス【写真7】Atom Zシリーズの32nmプロセス世代品として公開された2つの開発コード名

 このOak Trailの後、コアが新しくなる32nmプロセス世代に関して、Davis副社長はMedfieldとCloverviewという2つの開発コード名を挙げるにとどめた(写真7)。MedfieldというのはMoorestownの後継として語られていたプラットフォームのコード名で、Cloverviewは今回初めて公開されたものだ。これまでの例からいうと、Pine TrailプラットフォームのプロセッサがPineview、Cedar TrailプラットフォームのプロセッサがCedarviewだったわけで、そうするとClover Trailというプラットフォームがあるのか? という話にもなるわけだが、この辺りに関しては今後の情報アップデートを待ちたいと思う。

 Davis副社長のキーノートの大きなポイントは、32nmプロセス世代のAtomプラットフォームということになるわけだが、Davis副社長はこれからの3年間でAtomプロセッサは45nm、32nm、22nmと進化していく、つまりムーアの法則を上回る速度で進化すると述べた。メインストリームのプロセッサがすでに32nmプロセスを利用していることを知っている人は、なんだようやくAtomも追いつくだけじゃないか、と思うかもしれない。

【写真8】Intelは今後3年間でAtomを22nmプロセスまで到達させるというアグレッシブなプランを示した

 だが、実際にはAtomの製造プロセスはCoreプロセッサが用いているハイパフォーマンス向けの製造プロセスではなく、省電力とI/O等の実装を前提にしたSoCプロセスを利用していると考えられる。その違いは、たとえばSandy Bridgeではグラフィックス機能を内蔵しているにもかかわらず、チップセット側のディスプレイコントローラを利用しなければならないのに対し、グラフィックス機能を内蔵したAtomプロセッサがディスプレイコントローラまで内蔵している点に現れている。

 通常、同じノードでもSoCプロセスはハイパフォーマンスプロセスから1年程度遅れることが多いから、Atomが45nmプロセスであることはそれほどおかしな話ではない。そして、これから3年間で22nmプロセスへ移行するというのは、SoCプロセスの開発速度を大幅に引き上げるということであり、大きな投資を必要とする。もちろん22nmプロセスへの移行を急ぐのは、さらなる省電力性の追求が念頭にあるわけで、悲願となった? スマートフォンへの採用を見越してのことだろう。Intelがまだスマートフォンをあきらめていないことは、今後3年間で22nmへ移行するというプランからも見て取れるのではないかと思う。