■元麻布春男の週刊PCホットライン■
2010年も12月を迎え、いよいよ残すところわずかとなった。1年の締めくくりの行事と言えば、やはり大掃除が定番だ。マウスやキーボードなど、日常的に触れるパーツの掃除はもちろんのこと、普段は使っていないPCを処分する良い機会でもある。
しかし、一口に処分するといっても、その処分のフローはなかなか複雑だ。まず、廃棄されるPCは、事業系PC(企業や法人から排出されるPC)と、家庭系PC(個人や家庭から排出されるPC)に分けられ、それぞれでリサイクルの仕組みが異なる。ここでは後者、家庭系PCに絞って、話を進めていく。
現在PCのリサイクルは、資源有効利用促進法という法律に基づいて、2003年10月から回収とリサイクルが行なわれている。これ以降のメーカー製PC(家庭向け)であれば、必ずPCリサイクルマークが貼られており、そのメーカーが無料で回収し、再資源化してくれる。それ以前のPCの場合も、有料となるが、原則的にはメーカーが回収し、リサイクルを行なう。
難しいのは、撤退や倒産などでメーカーがなくなってしまったPC、あるいはそもそもメーカーが存在しない自作PCだ。これらの回収とリサイクルを行なうのが、一般社団法人パソコン3R推進協会で、有料での引き取りとなる。その料金はいかほどかというと、PC本体(デスクトップ/ノートブック)が4,200円、CRTディスプレイ(およびCRT一体型PC)が5,250円、液晶ディスプレイ(および液晶ディスプレイ一体型PC)が4,200円、となっている(いずれも「エコゆうパック」による送料込み)。
粗大ゴミの廃棄でもわかる通り、モノを処分するにはお金がかかる。それはしょうがないとしても、PCをリサイクルする手続きはそれほど簡単ではない。WebもしくはFAXで申し込み、払い込み取扱票が送られてくるのを待って回収料金を払い込み、払い込み確認後に送付される「エコゆうパック伝票」を梱包された廃棄PCに貼り付けて、郵便局に持ち込むか、戸口集荷を申し込む、という手順になる。
お金がかかるし、1回ですべての手続きを完了させる、というわけにはいかない。パソコン3R推進協会のホームページでは、申し込みから回収まで、10日前後かかるとされている。また、HDD上のデータについても、本校執筆時点において、同ホームページでは「対応について検討中」という表現になっている。これを不安に思うユーザーもいるかもしれない。
●宅配便で送るだけでPCを処分パソコンファームの看板 |
というわけで、もっと簡単な手続きで、安全にデータを消去してくれて、できれば無償でPCを処理してもらえないか。そんな都合の良い需要に応じる業者が出てきている。ここでは、埼玉県に本社を置く株式会社ハイブリッジコンピュータが展開する「パソコンファーム」を紹介しよう。
ハイブリッジコンピュータという、リサイクルショップっぽくない社名は、もともと同社がソフトウェア開発やPCの販売を行なっていたことに由来する。PC販売から中古PCの取り扱いを始め、それが現在のPCを中心とした家電製品のリサイクルビジネスにつながったというわけだ。
パソコンファームの最大の特徴は、利用が簡単である、ということに尽きる。処分したいPCがあるユーザーは、それを梱包して、元払いでパソコンファームに送るだけ。事前に連絡する必要もなく、ただ梱包して送れば良い。処分費用もかからないから、送る以外の手続きは一切ない。送ったPCが条件に合わないということで送り返されてくることはないし、処分が厄介なPCだったので別途処理費用が発生するということもない。HDDのデータ処理もしてくれるので、本当に送るだけである。
だが、こう書くと、何かウラがあるのでは、と思う人も多いだろう。どんな風にPCを処分するのか、なぜ無償でPCの処分が可能なのか。よそが有料でやっていることを無料で引き受けるのはおかしいじゃないかと、筆者もそう思う。果たして、パソコンファームはどんなところで、何をやっているのか、埼玉県三郷市にある同社を訪ねた。
●HDDのデータ処理に力を入れるパソコンファームは、武蔵野線新三郷駅から車で5分ほどのところにある。県道29号線に面しているが、常磐自動車道の三郷インターチェンジにもほど近く、トラックによる物流には便利なロケーションだ。
主作業場の外観。この規模の建物がもう1つと事務所が別途ある | 右手にある運送会社のトラックから、たくさんのダンボール箱が降ろされた | ダンボール箱の種類はいろいろだ。左下に牛柄の箱が見える |
敷地には平屋建ての事務所と別棟の作業場があるが、自動車のスクラップ工場のような広大な場所をイメージしていると裏切られるかもしれない。ちょっとした町工場といった佇まいである。筆者らが訪れたのは午前10時過ぎであったが、すでに宅配業者のトラックが到着しており、処分のために送られてきたPCを荷下ろし中だった。
その後も運送会社のトラックが、30分から1時間に1台ほどのペースで到着しており、荷下ろしにかかる時間も含めると、常にトラックが止まっている印象だ。こうして到着した処分用PCが、どう処理されていくのか、同社の代表である高橋大介社長に聞いた。ちなみに、社長が高橋さんなので、社名がハイブリッジなのだ。
到着したPCは、同社における最終処分形態に応じて、まず3つに分類される。1つはPCとして国内で再利用(再販売)されるもの(1)、次にPCとして海外で再利用されるもの(2)、そしてPCとしての再利用が難しいもの(3)だ。つまり1と2はPCとして再利用され、3は部材あるいはそれさえ難しければ素材としての再利用ということになる。
PCとして再利用されるかどうかの基準は、時代の流れとともに変化するが、現時点で2と3の境界はPentium 4 3.0GHzだという(デスクトップPCの場合)。つまり、Pentium 4 3.0GHz未満のプロセッサを搭載したPCは、PCではなく部材、あるいは素材となる。また、国内でPCとして再利用される1については、スペックが高いだけでなく、機種としての人気、外観のキズや汚れといった見た目も大きなウエイトを占めるらしい。
ただし、この分類にも例外があり、どんなに古くても欲しいという希望者の多いマシンは、そうしたユーザーの手に渡るという。筆者が訪れた際にも、処理場の一角にNECのPC-9801シリーズやPC-8801シリーズ、さらには往年のワープロ専用機を集めたコーナーがあったが、これらには引き取り手がちゃんといるとのことであった。
荷下ろしされ、上記の3分類に分けられたPCでまず行なわれるのは、HDDの抜き取りである。抜き取られたHDDは、2つに分けられる。1つは廃棄され単なる金属(素材)として再利用されるもの、もう1つはHDD(部材)として再利用されるものだ。ここにも明確な基準があり、現時点では容量が160GB以上は部材として再利用、160GB未満は素材扱いとなる(3.5インチHDDの場合)。
部材となるHDDは、処理場の2階で、ソフトウェアによるデータ消去が行なわれる。一角にデータの重ね書きによる消去ソフトを実行しているミニタワー型のデスクトップPCが並んでおり、再利用されるHDDが接続されていた。
一方、素材となるHDDについては、2つの方法で破壊される。1つは物理的な破壊、もう1つは磁気的な破壊である。特別な道具もなしに、完全に再利用が不可能なほどHDDを壊そうとすると、それだけでとても大変な作業なので、専用の機材が導入されている。
物理的な破壊に使われるのは日東造機製の「CrushBoxDB」と呼ばれる機械で、HDDに4つの穴が開けられる。実際に処理の様子を見学したが、トップカバーの素材によっては、カバーが砕け散るケースも見られた。
磁気的な破壊に使われるのは、オリエントコンピュータ製の「HC7800S」と呼ばれる機械だ。こちらの機械は導入されたばかりで、本校執筆時点においては、パソコンファームのWebページにも掲載されていない。以前使っていた磁気破壊装置は、作動時のノイズが近所迷惑を心配するほど大きく、また処理にともないHDDが機械から飛び出てくる危険もあり、新しい機械の導入となったとのことであった。
このHC7800Sの特徴は、HDD単体ではなく、ノートPCを丸ごとセットして、内蔵するHDDを完全に利用不能にしてしまう点にある。つまり分解の面倒なノートPCは、HDDを抜くのではなく、HDDを内蔵した状態で、HDDだけを破壊する。今回の取材に際し、起動可能なノートPCを持ち込んで処理していただいたが、HC7800Sで処理したノートPCは、BIOS表示から先に進めなくなってしまった。
ここで1つ補足しておくと、HC7800Sで処理されたHDDは、消去されるのではなく、磁気的に破壊される、ということだ。つまり、HDDとして再利用することはできない。上記したノートPCの場合も、処理前はWindows XPが起動していたが、処理後は「Missing Operating System」(HDD上にOSが見つからない)ではなく、HDDそのものを認識しなくなってしまった。
なお、企業によっては内規でデータの入ったHDDを社外に持ち出せない場合もあるので、その場合は、処理機材を持ち込んで顧客自身に処分してもらうなどの対応もしているという。
さて、1度HDDを抜かれたPCのうち、PCとして再利用されるものについては、消去済みのHDD(ストックされているもの)が新たに組み合わせられる。要するに再利用されるPCのHDDは、オリジナルのものではない。これは処理の効率上、避けられないことである。こうして新たなHDDが搭載された再処理PCは、大半が国内と海外、それぞれの仕向地別に別の業者に引き取られていく。
PCとしての再利用ができない処分PC、あるいは自作PCは、まず部材として利用可能なものは部材として再利用される。CPU、メモリ、グラフィックスカードなどのカード類、マザーボードといった具合だ。部材として再利用されるパーツの中でも、状態の良いもの、新しいものについては、ジャンク扱いとしてオークションに出るものもあるという。
部材としての再利用も不可能なパーツは、破壊されたHDDと同様、素材扱いとなる。マザーボードには金やレアアースをはじめ、多くの資源が使われており、それらを再回収する業者へ引き取られる。
パソコンファームが回収したPCは、おおよそこのような手順を経て、再利用あるいはリサイクルされる。PCを送る際、必ず梱包する必要がある理由の1つは、動作可能なPCは極力PCとして再利用するためだ。もちろん、その方がパソコンファームとしても売り上げが見込める。
●資源の集積が価値を生む
パソコンファームは、リサイクル会社であり、産業廃棄物の最終処分業者ではない。もちろん、ボランティアではなく、事業としてPCを中心とした家電製品のリサイクルを行なっている会社だ。買い取り金額がゼロ円の中古PC屋さんと考えても良いかもしれない。当然、そこには事業を継続していくだけの利潤が必要になる。
パソコンファームは、利用しなくなったPCを無償で回収してくれるが、送料はユーザー負担だ。ユーザーが送料を負担することには、再利用やリサイクルの全く不可能なゴミが送られてくるのを防ぐという意味に加え、パソコンファーム側で送料を負担することは、収支の点で難しいという事情もある。
それでも回収費用を徴収せずに済むのは、大量のPCを扱うからだ。もともとPCは白物家電に比べれば、資源として有用なパーツが多く使われており、リサイクルの価値は高いという。1枚や2枚では値段のつかない(引き取り手のない)ボード類も、トラックいっぱい、あるいはコンテナいっぱいになれば、引き取り手が現れる。それだけの量を確保するには、引き取りの無償化、連絡不要でただ送るだけというように、引き取りのためのハードルを下げる必要がある。中身のないPCケースのみでも引き取ってくれたり、リサイクル価値の高くない白物家電を手がけているのも、PCの引取量を増やすためだという。パソコンファームにとって、PCは資源であり、できるだけ多く集めることが重要なのだ。
無償でPCの回収を行なうパソコンファームだが、それは事業として継続可能なビジネスモデルに基づいて運営されている。特別な魔法があるわけではない。逆に、このビジネスモデルを成立させるために、無償で回収することが必要であるとも言える。有料で引き取ったり、処理費用を請求すれば、その査定や入金などの手間がかかる。無償ということで金銭が動かず、モノだけが移動することが重要なのだ。大量の集積を前提として、集積された製品の品質と資材の市場価格などの要素の微妙なバランスの上で設計されたビジネスモデルなのだ。
とりあえず、このビジネスモデルがうまく回っていることは、さきほど紹介したHDDの処理機材からもわかる。磁気によるHDD破壊装置は、車が1台買えそうなほどの価格と聞くが、それに投資できるだけの資金的裏付けがあるわけだ。
送料負担だけで、タダでPCを引き取ってくれるというと、魔法のようで警戒する人もいると思うが、実際に見てみると、ちゃんとした裏付けのある仕組みであり、きちんとした作業で処理が行なわれていることも確認できた。とりあえず、どんなPCを送っても、喜んで処理してくれることがわかったので気が楽だ。年末の大掃除に限らず、不要のPCを処理するときには覚えて置いて良い選択肢だと思う。