大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
組織変更、決算、社員総会から読み解くMicrosoftの未来
(2013/8/5 14:55)
2013年7月は、Microsoftにとって、企業体質を変革するための大きな節目となった。毎年7月は、Microsoftの新年度が始まる1つの節目ではあるが、今年(2013年)の場合は、7月11日に発表されたMicrosoftの大規模な組織変更、7月17日から米アトランタで行なわれた社員総会でのスティーブ・バルマーCEOを始めとする新たなシニアリーダーシップチーム(SLT)による社員に向けた方針発表によって、新たな方向性が打ち出されたからだ。
そして、7月19日に発表された2013年度決算の業績も、同社始まって以来の大きな転換点を迎えていることを示す内容だったと言えよう。この3つの出来事を通じて、Microsoftの今と未来を読み解いてみたい。
独立採算制からの脱却を図る組織再編
米国時間の7月11日に米Microsoftが発表した大規模な組織改革は、従来のWindowsやOffice、あるいはXboxといったように、製品ごとの独立採算制をベースとした組織体制から、OS、デバイス、アプリケーション、クラウドという4つのエンジニアリング部門と、これら製品群を横串するマーケティング部門や事業開発部門などへ再編したことが大きなポイントだ。
例えば、従来の組織体制では、PCおよびタブレット向けのWindows 8の開発と、スマートフォン向けのWindows Phone 8、サーバー向けのWindows Server 2012、そしてデジタルサイネージやPOS端末、ATMなどに搭載されるWindows Embedded 8の開発体制は別々となっていたが、これを、OSを担当するOperating Systems Engineering Groupに一本化。OSの開発を1つの組織で担当することになる。
独立採算制の廃止によって、これまでのような部門プレジデントなどの肩書きは廃止され、それぞれの組織に中に個別に置かれていたCFO(最高財務責任者)やCMO(最高マーケティング責任者)といった役職も廃止。さらに、製品ごとの広報担当などの役割も廃止され、それぞれの専門組織に一本化されることになる。
その一方で、Xboxの組織を見た場合には、むしろ分散化されるといった結果になる。新体制では、XboxのOS開発はOS部門、ハードウェア本体の開発はデバイス部門、Xboxで利用されるソフトウェアはアプリケーション部門といったようにバラバラになるからだ。
こうして見ると、今回の組織再編は、いわば事業部制の「破壊」と、機能別組織体制の「創造」ということになる。
時代の流れに遅れたMicrosoftの組織
では、Microsoftは、なぜ機能別組織へと再編したのだろうか。
Microsoftにとって、組織再編の最大の理由は、これまでの組織体制が、時代の流れに追いついていなかったことにある。
Microsoftがタブレット、スマートフォンで大きく出遅れているのは周知の通りである。この出遅れには、Windowsの開発リソースが分散し、1つの戦略の下に推進できなかった体制上の弱点が見え隠れする。PC向けのWindows開発を優先し、タブレットやスマートフォン向けOSの開発に、Windows開発のリソースのすべてを活かしきれていなかったのは、その最たる問題だ。言い換えれば、PC、タブレット、スマートフォンによる「3スクリーン」戦略を打ち出してはいながらも、開発体制は、目指す方向とは乖離していたのが実態だった。
だが、今回の組織再編で、OSの開発リソースを統合し、PC、タブレット、スマートフォン、サーバー、組み込み、ゲーム機といったあらゆる領域のOSを一気通貫の体制で開発できる体制を整えることができる。その体制を整えた途端、Microsoftは他社にはないコンシューマ領域からビジネス領域までのあらゆるデバイスを網羅する開発体制を有することになる。
これは、同時に発足したデバイスやアプリケーション、クラウドの開発組織においても同様だ。アプリケーションおよびサービスの開発を担当するApplications and Services Engineering Groupを例にとれば、OfficeやBing、Skypeなどの幅広い製品とサービスの連携は、これからの世界では明らかに強みになる。
例えば、新組織ではSkypeを起点に考えてみても、SkypeとOfficeとの連携、SkypeとXboxとの連携といったことを推進しやすい開発体制が構築されることになる。幅広い製品を持つ強みを活かすことができる組織が生まれたというわけだ。
スティーブ・バルマーCEOは、今回の組織再編の目的を「One Microsoft」という言葉を使って表現する。Microsoftが持つ幅広い製品同士を連携させ、ここからMicrosoftの強みを生み出すのが、新組織が目指すものになる。
OSの大家が、OSの開発現場に異動
新組織の人事にもOne Microsoftを推進する上でのポイントがある。
代表的なものを見てみよう。OS開発を担当するOperating Systems Engineering Groupを統括するのは、Windows Phone事業のコーポレートバイスプレジデントだったテリー・マイヤーソン氏。Windows Phoneを担当する以前には、さまざまな役職を担当していたことから、Windows Phone一筋ではないものの、Windows Phone事業出身者をリーダーにする点からも、今回の組織再編におけるMicrosoftの狙いが感じられる。
そして、Operating Systems Engineering Groupには、基礎研究開発部門であるMicrosoft Researchを統括していたリック・ラシッド氏が異動してきた点も見逃せない。Microsoft入社前は、カーネギーメロン大学に勤務。OSのカーネルとして有名なMach(マーク)の開発に携わった実績を持つ。1991年のMicrosoft Researchの設立も、ラシッド氏の提案によるものだ。いわばOS開発の大家が、今回の組織再編で開発の現場に戻ってきたと言える。ラシッド氏の役割は、コアOSの開発をリードする立場。果たして、ラシッド氏が、Microsoftの次世代OSの開発において、どんな影響を及ぼすのかが気になる。
SurfaceやXboxなどのハードウェアを担当するのがDevices and Studios Engineering Group。同組織は、Windows担当バイスプレジデントだったジュリー・ラーソン-グリーン氏が統括。女性役員として頭角を表している同氏の手腕に注目が集まる。
Applications and Services Engineering Groupは、オンラインサービス部門のプレジデントだったチー・リュー氏が統括。Yahoo!からMicrosoft入りした際には注目を集めた同氏だが、Outlook.com、Bingといった同氏が得意とする領域に加えて、新組織ではOffice製品やSkypeも担当。今後の製品、サービス連携が注目される。
クラウドを担当するCloud and Enterprise Engineering Groupでは、データセンター運営までを含め、データベース製品や開発ツールなどを担当。サーバー&ツールズ事業部門のプレジデントだったサトヤ・ナデラ氏が統括することになる。
唯一、製品として独立した組織がDynamics事業部門である。すでに買収から長い歳月を経過しているものの、出遅れ感があるERPおよびCRMという戦略的製品を担当する組織として独立。キリル・タタリノフ氏がここを統括することになる。
そして、研究開発を担当するのがAdvanced Strategy and Research Groupであり、エリック・ラダー氏が統括。サーバー&ツールズ事業部門のシニアバイスプレジデントからの異動となる。同氏は、ビル・ゲイツ会長がCSA(チーフ・ソフトウェア・アーキテクト)だった時代には、ゲイツ氏とともに、技術企画プロセスの策定を行なっていた経験も持つ。
一方、横串組織の1つがMarketing Groupだ。ここは、Windows部門のCMO兼CFOであったタミ・レラー氏とマーク・ペン氏が担当することになる。これまでにもCCG(コンシューマー・チャネル・グループ)として、コンシューマ向け製品に限定した形で、横断的にマーケティングを行なう組織はあったが、新たな体制はこれを全社規模に展開した格好とも言えよう。
なお、年内の退社が予定されているクレイグ・マンディ氏は、CEOシニアアドバイザーとして、バルマーCEOを補佐する形になる。
日本マイクロソフトへの影響は軽微
今回の組織再編は、開発体制を軸とした再編となっていることから、日本法人に直接影響するものではない。実際、COOであるケビン・ターナー氏は、今回の組織変更でも役職を継続。日本マイクロソフトに直結するセールス、マーケティングに関してもそれほど大きく変更はない。CMOだったクリス・カポセラ氏が役職を変えながらも、引き続きコンシューマおよびリテール向けの責任者として担当するといった動きが目立つ程度だ。そのため、日本マイクロソフトの組織が、今回の大規模組織再編にあわせて大きく変更するということはない。
だが、その一方で注目しておきたい新組織がある。Business Development and Evangelism Groupがそれだ。PCメーカーやタブレットメーカー、スマートフォンメーカーのほか、CPUメーカーや主要ソフトウェアベンダー、サービスプロバイダーなどとの戦略的窓口を担うのがこの組織となる。
実は、この「戦略的」というところに意味がある。Microsoftでは、Business Development and Evangelism Groupが担当する具体的なパートナー名として、Yahoo!、Nokiaなどを挙げるが、こうしたグローバル企業と、特定の製品やサービスに留まらず、OS、デバイス、ソフト、サービスを含めた広範なパートナーシップを推進するのが狙いとなる。つまり、バルマーCEOが語るOne Microsoftとして展開する同社が、パートナーと幅広い製品、サービスで連携していくための組織だと言える。
Skypeの社長を務めたトニー・ベイツ氏がこの組織を率いることになるが、同組織の重要性を考えれば、大抜擢ともいえる人事だろう。
ここに日本のPCメーカーが組み込まれるようになると、日本マイクロソフトにとっても、今回の組織再編の意味は大きい。日本のPCメーカーは、PC専業ではなく、スマートフォンやTVなどを開発している例が多く、また、PCと同じ組織でこれらの製品を統括している場合も多い。言い換えれば、One Microsoftを目指す同社にとって戦略的パートナーになりやすい相手とも言える。問題は戦略的パートナーとしての事業規模ということになるが、この問題をクリアして、一歩進んだパートナーシップを組めれば、日本のPCベンダーにとって新たな活路が広がることにもなりそうだ。
3億台の市場から、24億台の市場を対象に
Microsoftの新組織の発表から約1週間後に開催されたのが、全世界のMicrosoft社員を対象にした社員総会「MGX」(Microsoft Global Exchange)である。7月17日~19日(現地時間)までの3日間、米アトランタにおいて開催されたMGXには、全世界から過去最大となる16,000人の社員が参加。日本からも、樋口泰行社長を始め、約400人の社員が参加した。
ここでは、組織再編後の新たなシニアリーダーシップチームから、それぞれの方針が発表された。バルマーCEOやターナーCOOからは、「デバイス&サービスカンパニー」という言葉が何度も繰り返されたという。
デバイスというのは、当然のことながらMicrosoftブランドのタブレットであるSurfaceのことを指す。そしてこの中にはパートナーが展開するデバイスも含まれることになる。一方で、サービスという点ではクラウドビジネスを指すことになる。
デバイスとサービスの両方に共通しているのは、Microsoftの立場はいずれも挑戦者であるという点。AppleやGoogle、Amazon.comを対抗軸に捉え、Microsoftが挑戦者としてどう戦うのかといったことが、全世界のMicrosoft社員共通の認識として徹底され、今後1年間はこれを軸に事業を推進していくことになる。
これまでMicrosoftが主軸に捉えていた市場はPC市場。ここは2013年の見通しで、年間3億3,882万台の市場規模だ。この市場に対してもっとも大きな投資をしてきた。しかし、タブレットは年間1億9,720万台、スマートフォンは18億7,577万台。しかも、タブレットは、2014年度にはPC市場の規模を追い抜くと予想されている。統合デバイスという市場で捉えれば、年間市場規模は24億1,179万台に達する。これだけの大きな市場をターゲットにビジネスを展開していくというのが、Microsoftが目指すデバイス&サービスカンパニーということになる。
デバイスメーカーとしての洗礼を受けたMicrosoft
デバイス&サービスカンパニーの変革という点において、7月18日に米Microsoftが発表した決算は、象徴的なものだったと言える。6月末締めの同社2013年度通期連結業績は、売上高は前年比4%増の778億4,900万ドル、営業利益は23%増の267億6,400万ドル、1株あたりの利益は29%増の2.58ドルとなった。
増収増益の好決算だったと言えるが、各項目を見ると、決してそうとは言えない部分もある。その最たる例が、Surface RTの在庫調整費用として約9億ドルを計上した点だ。2012年10月に、Windows 8の発売とともに投入されたMicrosoftブランドのSurface RTは、日本では6月から1万円の値下げ販売に踏み切り、7月からは米国を始めとする世界各国でも150ドルの値下げを実施している。9億ドルもの在庫調整費用が発生したことは、当初計画に比べてSurface RTの販売が大きく下回っていることを意味する。
実際、米Microsoftが7月30日に、米証券取引委員会(SEC)に提出した会計報告書によると、Surfaceシリーズ全体の売上高は8億5,300万ドルとなっており、在庫調整費用を下回るという厳しい結果。そして、先行するAppleのiPadの売上高は、Surfaceの発売時期とあわせて2013年10月~2013年6月までを集計して比較すると、258億ドルに達しており、その差は歴然だ。
Microsoftにしてみると、Xboxでのハードウェアビジネスの経験はあるものの、Windowsデバイスという観点でハードウェアビジネスに乗り出すのは初めてのこと。そして、ハードウェアの営業・マーケティングの失敗は、ソフトウェアやサービスのマーケティング戦略の失敗に比べて、比較できないほどの損失を生むことを、身を持って体験したと言える。
2013年度業績の結果は、デバイス&サービスカンパニーを目指す新たなMicrosoftにとって、デバイスメーカーであるからこその厳しい現実を突きつけられたとも言え、全社社員が意識を変えていくための教訓になったともいえる。
Microsoftは、その経験を糧にして、次世代のSurfaceの投入に挑むことになるが、それが慎重路線に転換するきっかけになるようだと、今後のデバイスメーカーとしての躍進は難しい。そのあたりのさじ加減が、次期Surfaceの営業、マーケティング戦略における重要なポイントと言えそうだ。
新たな組織への改革、社員総会での方針説明、そして、2013年度業績を通じて、Microsoftは、明確に事業の舵を切ったといえる。創業38年目を迎えたMicrosoftは、One Microsoftを旗頭に、デバイス&サービスカンパニーへの第1歩を本格的に踏み出した。その成果は待ったなしで評価されることになる。それだけのスピート感を持った組織になっていることを期待したい。