大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

PC業界に特需を生んだGIGAスクール構想のその後

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 教育現場における1人1台の端末整備を目指して、2020年度から推進されてきたGIGAスクール構想。小中学校では端末整備はほぼ完了し、高校での整備が進行している段階にある。文部科学省では、「端末やネットワークといった環境整備の段階は終了し、利活用の段階に入った」とするが、現場では整備や利活用について、課題が山積しているとの指摘もある。いま、GIGAスクール構想はどこまで進んでいるのだろうか。

生徒には行き渡ったが教員には行き渡らず

 政府が推進したGIGAスクール構想は、2020年度に、小中学校において1人1台の端末が整備され、同年度中にほぼ整備が終了している。

 文部科学省によると、2022年3月末時点で、小中学校における端末整備は、98.5%にあたる全国1,785自治体で整備が完了したとみており、同時に校内ネットワークの整備もほぼ完了したという。

 だが、授業を行なう教員側の端末整備には遅れが見られる。

 MM総研によると、2022年5月時点で、授業用端末を教員向けに1人1台環境で配備している自治体は37%に留まり、3分の2近い自治体では、教員用には1人1台の端末がない状況にある。

GIGAスクール端末の教員1人1台化状況

 MM総研では、「文部科学省は、生徒用端末1人1台分の予算措置をしたが、教員の授業用端末配備に予算をつけなかったことで、指導用端末の不足や生徒用と異なる端末環境を背景に、授業の運営に支障をきたすなどの課題が残っている」と指摘する。

 政府では、2021年12月に成立した2021年度補正予算で、教室環境の改善を目的とした予算を84億円計上し、教員の授業用端末購入にも充てられるようにしたが、MM総研の調査では、補正予算成立後の2022年以降に授業用端末を調達した自治体は25自治体に留まっており、予算が活用されていない実態が浮き彫りになるとともに、依然として配備率が伸び悩んでいる実態が明らかになっている。

 一方、公立高校への端末整備は、2022年度に1年生に対する1人1台環境の整備が完了する予定であり、2024年度までに全学年に1人1台の端末整備が完了することになる。現在、2024年度の完了に向けて計画的に整備が進んでいるところだ。

 だが、小中学校では、GIGAスクール構想向けの整備予算措置で、端末が整備されたのに対して、高校では、都道府県ごとに設置者負担を原則とする整備と、保護者負担を原則とする整備があり、前者が24自治体、後者が23自治体と、整備方法がちょうど半々に分かれている。これが整備状況に格差を生んでいる。

義務教育における端末整備状況

 設置者負担を原則とした自治体は、順調に整備が進んでおり、24自治体のうち、19自治体が2022年3月末時点で100%の整備が完了している。だが、保護者負担を原則とした自治体では2022年度中に100%の整備が完了する予定は長野県だけとなっている。その長野県も40%強の端末を設置者負担によって整備を進めるハイブリッド型であり、保護者負担が過半数を超えているものの、ほかの自治体と比べて設置者負担による構成比が高い。

 このように、設置者負担と保護者負担には整備状況に差が生まれていることが分かる。

 教育関係者からは、自治体ごとに端末導入にばらつきがある状態を是正すべきとの声があがっている。整備状況の地域格差によって、一部の自治体では、小中学校ではICTに触れた生徒が、高校生になった途端に授業でICTを利用できなくなるといったようなことが生まれかねない。継続性の断絶は避けたいところだ。

公立高校における端末整備は設置者負担と保護者負担に2分されている

ネットワーク整備には課題も残る

 もう1つの課題がネットワークの整備である。

 校内ネットワークの整備はほぼ完了したものの、高速インターネット接続の問題が浮き彫りになってきた。調査では、「学校回線を集約接続」の割合が減少し、「学校から直接接続」の割合が増加。接続速度は「1Gbps以上」、「100Mbps以上~1Gbps未満」の割合が増加するなど、改善傾向にはあるが、まだ課題は残っている。

 2021年5月時点での調査となるが、生徒用端末からのインターネット接続速度を実測したところ、10%未満の同時利用率において、2Mbpsの確保が困難となる学校は、集約接続の場合は大規模校(生徒801人以上)で83%、中規模校(生徒401人~800人)で62%。 直接接続の場合、大規模校の66%、中規模校の43%に達している。

 今後、デジタル教科書が普及すると、クラウド接続が増えることになる。デジタル教科書の平均データ量は3.9MBであり、教科書と教材の組み合わせでは平均データ量が8.2MBになる。

 教員の間からは、「45分間の授業の中で、ネット接続に時間がかかってしまい、授業に影響がある。その間、子供たちも授業に集中できない」と課題を指摘する声がすでにあがっている。

 文部科学省では、「学校内のネットワーク整備には力を注いできたが、光ファイバーと学校内をつなぐ部分を太くすることが大切である。デジタル教材の利用拡大に伴い、クラウド接続が増加していくことになる。学校からインターネットまでを確実、迅速につなぐことが必要である」と指摘する。その上で、「教育分野だけでなく、福祉や防災、観光、農業などのさまざまな分野でネットワークが必要になる。自治体全体で、地域のネットワークインフラの強化を行ない、その中で教育におけるネットワークインフラの強化も推進してほしい」と、自治体側に呼び掛けている。

メールやチャットは利用できず

 ネットワーク整備に関連する調査として、MM総研が行なった情報セキュリティポリシーの改訂に関する調査では、自治体側の対応の遅れが感じられる。

 これは、文部科学省が、2021年5月に、1人1台端末やクラウドの利用を前提としたセキュリティ対策がとれるように、「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を改訂。自治体や組織内でデータを共有するために、クラウドへのデータのアップロードが可能にすることなどが認められた。自治体では、これに伴って、それぞれに定める情報セキュリティポリシーを改訂する必要があるが、2022年5月の調査では、すでに改訂している自治体は43%に留まった。この結果から、MM総研では、「57%の自治体が、制度面でGIGAスクール環境への対応が完了していない可能性が高い」と指摘。GIGAスクール環境に適応した情報セキュリティポリシーの未整備という課題があることを示している。

 また、約8割の自治体がGoogle Workspace for EducationやMicrosoft 365 Educationなどのクラウドサービスを、教育情報基盤として利用しているものの、そこに搭載されているメールやチャット、ストレージなどの主要な標準機能を制限なく利用できる自治体は2割に留まっており、残る約8割の自治体は、機能制限をかけていることが、MM総研の調査で分かった。

 理由としては、適切な情報漏えい対策を用意できない、ツールを子供たちに利用させる際の適切な運用制限ができない、ルール作りが進まないことなどが背景にあるようで、「文部科学省が公表したガイドラインにもある通り、クラウド活用を前提としたルール作りと運用の転換が求められる」と、MM総研では提言している。

デジタル教科書の整備はどう進むのか

 今後、教育現場において注目を集めるのがデジタル教科書の活用だ。デジタル教科書と、それに関連するデジタル教材は、整備した端末を有効活用するための最大のツールとなる。
デジタル教科書では、デジタルの特性を生かして、教科書の内容を拡大して表示できること、教科書にペンやマーカーで簡単に書き込みができること、書き込んだ内容を保存できること、教科書の文字にルビを振ることができるほか、教科書の文章を機械音声で読み上げたり、教科書の背景や文字の色を変更できたりといった機能を持ち、特別な配慮を必要とする生徒にとっても使いやすい機能が搭載されている。

 また、朗読や音読の機能を活用することで、英語の授業ではネイティブスピーカーの音声を繰り返し聞くことができたり、本文や図表の抜き出し機能、動画やアニメーションによる補足機能、教科書に関連するドリルやワークシートの利用ができたりする。

デジタル教科書の機能

 さらに、特定の生徒のデジタル教科書の内容を、教室全体で共有できるように、大型ディスプレイに表示したり、生徒の端末で内容を共有したりといったことも可能になる。

 このように、デジタル教科書は、学びの幅を広げることができるツールになると期待されている。すでに、2022年度のデジタル教科書の発行状況をみると、紙の教科書に対して、小学校で93%、中学校で95%が用意されており、準備は着実に進んでいる。

 現在、文部科学省初等中等教育局教科書課が中心となって、デジタル教科書の普及促進事業を進めており、2022年8月24日に行なわれた中央教育審議会 教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループによる中間報告では、2024年度からは、小学校5年生から中学校3年生の「英語」で先行導入し、その次に現場ニーズが高い「算数・数学」を導入する方向性が示された。また、個々の生徒の学び方には特質があることから、まずはデジタルと紙の教科書の両方が用意されている環境が必要とし、「一度にデジタル教科書をどんと入れるよりも、紙媒体と組み合わせるのが一番良い。客観的な効果を検証しながら広げていくべき」との提言も行なわれている。

デジタル教科書の普及には教員の慣れが必要?

 だが、現時点でのデジタル教科書の普及状況は極めて低い水準に留まっている。

 2022年5月下旬から6月中旬にかけての調査では、1週間のうちにデジタル教科書を使用している時間は、週に60分以上とした回答は17.7%に留まり、使わない週もあるとの回答は49%となった。

 しかし、ここでは興味深い結果が出ている。

 デジタル教科書を使わない週があると回答した教員のうち、2022年度に初めて導入した教員は54.1%であるのに対して、前年度以前から使用経験があるとする教員の場合は33%となっていること、週に60分より長いと回答した教員も、2022年度から使用しはじめた教員は12.7%であるのに対して、過年度から使用経験がある教員は27%になっている。使用経験がある教員のほうが、デジタル教科書の利用に積極的であることが浮き彫りになっているのだ。デジタル教科書の利用経験がある教員が増え、ノウハウが蓄積されれば、利用が活性化されることが示されているともいえるだろう。

デジタル教科書の使用時間

 文部科学省が実施した教員を対象にしたアンケートでは、デジタル教科書をよく使用するようになったきっかけや、便利な点として、「自分のペースで分からないところを学習することができる」などの個別学習での利用促進や、「意見の共有が容易にできる」などの共有の容易さでのメリット、「生徒の興味関心を引くことができるため」などの興味関心の向上、「簡単に書いたり消したり上書きすることができるので便利だと感じるし、消しゴムで何度も消すなどのストレスも少ない」などの機能の利便性、「教材の準備時間が大幅に減った」などの教員の負担軽減に関する回答があったという。

 文部科学省では、デジタル教科書は、質が担保された主たる教材と位置づけ、内容については、検定対象とするほか、教科書のデジタル化により、デジタル教材などとの接続や連携強化を図ることが学びの充実につながると想定している。また、紙の教科書の内容をベースとしたシンプルで軽いものが求められており、デジタルの強みを活かしてほかのさまざまな教材やソフトウェアと効果的に組み合わせ、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を図ることを目指すとする。さらに、オンラインでファイルの共有や共同編集、対話などを可能とする学習支援ソフトウェアによって、授業を充実させたり、家庭や地域学習でも活用できたりすることも目指しているという。

クラウド基盤の整備も鍵に

 一方、デジタル教科書を活用する上では、教科書データを配信するクラウド基盤の整備が必要になる。ここでも、ネットワーク環境の整備は大きな課題になる。

 文部科学省の調査でも、デジタル教科書をあまり使っていない教員からは、「学校のネットワーク環境などのデジタル教科書を利用するための環境が整っていない」、「PCの起動やログインに時間がかかり,授業開始時から使い始めるまで5分以上かかる」といった声や、「子供たちのタブレット操作に時間がかかってしまうため、すぐ開ける紙の教科書を使ってしまう」といった声も挙がる。

 現在、デジタル教科書の配信基盤として、教科書会社が2社ずつ連携する形で、4つのグループを形成。それぞれが配信基盤を持ち、各学校は授業にあわせて、IDおよびパスワードを使用してアクセスし、教科書コンテンツやビューワを利用する仕組みを構築している。だが、1時間目の国語と、2時間目の算数となった場合、アクセスする配信基盤が異なると、それぞれに異なるIDとパスワードを使用しなくてはならず、操作が煩雑になるという課題が生まれている。この点の見直しも今後は必要になるだろう。

利活用段階における施策が相次ぐ

 「GIGAスクール構想は、利活用の段階に入った」と文部科学省がいうように、それにあわせた取り組みが加速している。

 その1つが、ICT活用教育アドバイザーやICT支援員の整備である。

 ICT活用教育アドバイザーは、自治体や教育委員会などの学校設置者からの相談や問い合わせに対応するもので、専門的な知見を持つアドバイザーが、1人1台端末の効果的な活用や、教育の情報化を進める際の疑問などに回答する。オンライン研修会なども実施し、ICT人材を確保するための事業者なども紹介する役割も担う。

 また、ICT支援員は、日常的な教員のICT活用の支援を行なうもので、授業計画の作成支援やICT機器の準備および操作支援、校務システムの活用支援、メンテナンス支援、研修支援などを行なう。ICTに不慣れな教員にとっては、デジタルを活用した授業をスムーズに行なうためには強い味方になる存在だ。

 ただ、ICT支援員の募集や配置は、地方財政措置を活用することで自治体によって活用に差が出ていること、4校に1人分の配置であるため、1週間に1回程度の訪問になること、さらに、現時点でそこまでの人員配備が整っていない自治体が多いという実態もある。
なお、文部科学省では、学校における環境整備の初期対応を行なうGIGAスクールサポーターの取り組みもこれまで行なってきた経緯がある。

 文部科学省が新たに開始した取り組みがGIGAスクール運営支援センターである。2021年度補正予算で52億円、2022年度予算として10億円を投じて整備したもので、運営面での支援を強化。これまでの課題であった学校現場におけるICT支援ができる人材の不足やミスマッチの解消を図るとともに、家庭への持ち帰り時における故障などの運用支援など、各自治体が自立してICT活用を進めるための運営支援体制を構築することになる。

GIGAスクール運営支援センター整備事業

 学校や市区町村単位を越えて、広域的にICT運用を支援し、専門性の高い技術的支援などを安定的に提供。故障時はメーカーなどと連携して支援する。たとえば、ヘルプデスクの開設やサポート対応、学校に教員などがいない夏休み期間中や休日などに、生徒が家庭に持ち帰った端末が故障した場合にも対応してくれる。ただ、補助割合が2分の1であること、すでに自治体が独自にメーカーなどと保守契約を結んである例があるといった背景から、この仕組みの広がりが限定的となっている。さらに、GIGAスクール運営支援センターへの支援内容も、機器故障のトラブル対応などが大半であり、機能の活用が一部に留まっているといった課題もある。

ICT活用教育アドバイザーやICT支援員の整備

 そこで文部科学省では、GIGAスクール運営支援センターの取り組みを強化。現在、追加での予算請求を行なっているという。

 ここでは、都道府県を中心とした広域連携、自治体間格差の解消を目指しており、小中学校は市町村、高校は都道府県が担当するというこれまでの垣根を超えた連携により、安定した運営を目指すほか、教員を対象にした人材育成や、ICT支援員に対する教育現場の知見を提供する取り組みも開始する考えだ。さらに、校務でのICT活用や保護者との連絡にもICTを利用することで、午前7時45分から午前8時までに電話で行なう欠席連絡も、ICTを活用することで効率化を図れるようになる。

 一方で、特設Webサイトである「StuDX Style」では、全国の学校や自治体が提供した端末の活用方法に関する優良事例などを数多く紹介おり、この活用も促進していく考えだ。

特設Webサイト「StuDX Style」

 地方自治体の指導主事など、学校現場を熟しているメンバーで構成する特命チームを、文部科学省の中に設置。現場と伴走型で運用を支援するという。ここでは、活用のはじめの一歩となる「慣れるつながる活用」、各教科の学習に生かす「各教科等での活用」の事例を紹介。各教科などでの学習を実社会での問題発見や解決に生かしていく「STEAM教育等の教科等横断的な学習」の取り組み事例も同サイトで掲載している。

生徒の健康に配慮する議論もはじまる

 GIGAスクール構想が、利活用のフェーズに入ったことを示すように、8月25日に開催された教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループの報告会では、デジタルデバイスにより想定される健康面への影響についても提言が行なわれた。

 ここでは、教科書では約31㎝の距離があるが、iPadで調べ学習をしている時には約24cmと有意に目が近いこと、さらに動画撮影時は約20cmとさらに近くなるという結果が示されたほか、スマホやタブレットの過剰使用により急性内斜視発症の恐れがあることも指摘された。

タブレット端末使用授業時の視距離

 紙の教科書に比べて、タブレットでの学習は視距離が近い傾向にあったり、光源を見ている状態にあることで、近視の進行や眼精疲労、急性内斜視、ドライアイ、頭痛などの症状が出やすい。

 日本学校保健会副会長・日本医師会常任理事の渡辺弘司氏は、デジタルデバイスの使い方として、30cm以上離して見ることや、30分以上は続けて見ないこと、30分に1回は遠くを見ること、寝る前1時間は画面を見ないことなどを示しながら、「学校と家庭で連携したルール作りが大切である」とした。

端末更新に向けてPC業界が果たす役割は?

 一方、自治体や教育委員会、そして、PC業界で早くも注目されているのが、次の端末更新の話だ。

 Windows 10のサポート終了を迎える2025年度以降は、2020年度から導入された端末が、徐々に新たな端末への更新時期に入ると見られるが、それらの更新費用については、現時点では、明確な予算措置や補助制度などが明らかになっていない。

 関係者の間からは、「GIGAスクール構想で導入された端末の運用や維持管理費は地方負担となっている。これに加えて、端末更新も全額が地方負担となってしまうのでは、あまりにも財政負担が大きい。補助金ならば更新するが、地方財政措置だったら更新しないという自治体が生まれる危険性もある」と危惧する。

 その一方で、「整備された端末を利用し、実績を挙げ、事例を増やすことが重要である。授業の改善効果、校務の効率化などの成果があがることで、現場の声が、文部科学省を動かし、財務省や総務省を動かすことにつながる」との指摘もある。

 PC業界にとっても、GIGAスクール構想によって生まれた膨大な教育市場の需要を継続的に刈り取るためにも、端末更新のための政府予算確保に向けた働きかけが必要であろう。一度導入したら終わりではなく、PC業界全体で、更新需要の獲得に向けた活動や、教育分野におけるICT活用によるメリットを生み出すための仕掛け作りが必要である。それがPC業界の発展にもつながる。