大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
ThinkPad X1 Carbon/Yoga開発者インタビュー。これまで以上に“仕事”を追求した2019年モデル
2019年6月26日 11:00
レノボ・ジャパンが25日から発売した(直販では28日から発売)「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」の2019年モデルは、「働き方改革に向けて進化した製品」であり、「場所を問わない働き方の実現を、強力にサポートするノートブックのフラグシップ」として位置づけられている。
働き方改革の進展により、時間や場所を有効に活用する動きが増加。それを支援するPCには、生産性を高める役割だけでなく、コラボレーションツールとしての要素が求められるようになってきた。2019年モデルは、そうした新たな働き方に最適化したPCへと進化している。
その一方で、「これは、ThinkPadが新たな世代へと突入したことを示す製品になる」と、大きな節目を迎えた製品であるとも位置づける。レノボ・ジャパン System Innovation Japan Dev Center Product GroupのDirector & Principal Engineerである塚本泰通氏に、「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」の2019年モデルの狙いや開発秘話について聞いた。
新しいThinkPadにはコラボレーションへの対応が必要だった
――「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」の2019年モデルは、どんな狙いから開発されたものですか。
塚本氏(以下、敬称略) ひとことで言えば、場所を問わない新たな働き方を実現するためのノートPCです。ThinkPadは第1号機を投入して以来、ユーザーの仕事をもっとも効率化するツールとなり、その結果として、ビジネスの成功に貢献することを目指してきました。この姿勢は今回の「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」の2019年モデルでも変わりはありません。
ただ、ビジネスの成功に貢献するという観点で考えた場合、どんな場所にいても、オフィスと同じ生産性を実現することを目標にしてきたこれまでの方向性に加えて、コラボレーションを重視した新たな働き方に対応したツールへの進化が必要であることに気がつきました。その要素を盛り込んだのが、2019年モデルとなります。コラボレーションをするためにはどんな進化が必要かということをベースに開発をした点が、これまでのアプローチとは異なります。
たとえば、PCを持ち運んで利用するには、軽量化したり、薄型化したりといったことが必要であり、それを実現するための技術を開発し、採用をしてきたのがこれまでのThinkPadでした。しかし、2019年モデルでは、ユーザーの体験を考え、よりスマートに利用してもらう環境を実現するためには、どんなPCが必要であるかということを議論し、そこを起点に開発をはじめています。
働き方が変化していることをしっかりと捉え、マーケティング部門や企画部門だけでなく、大和研究所の開発部門も、自らがコラボレーション型の仕事を体験するなかで、必要な機能に気づいたり、課題を見つけたりして、そこからどんなかたちのPCが求められているのかということを導き出しています。
「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」の開発において、最初に行なったのは、米国の拠点に関係者が集まり、そこで、市場からはどんな声が出ているのか、どんなエクスペリエンスが求められているのか、仕事をする上で、利用者が改善したいと思っている要素はなにか、新しい仕事の仕方をする上で、いまあるデバイスや機能は、どんな点が評価されていて、どこが評価されていないのかといったことを共通の認識として理解することからはじまりました。Workplace Transformationは、どうなっているのかというところから開発がはじまったのです。
これまでのように、軽くするとか、薄くするとか、いかに性能を上げるかといった物理的な面での進化だけではビジネスを成功につなげることができなくなっています。新たな使い方を提案し、それを実現するための進化をしたことが、これまでのThinkPadにはない新たな開発手法であり、ビジネスを成功につなげるための新たな提案だと言えます。
――開発においては、どんな点に力を注ぎましたか。
塚本 今回の「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」では、3つのポイントをどう体現するかという点に力を注ぎました。1つは、「Device of Choice」、2つ目は「Workplace Transformation」、そして、3つ目は「Modern IT」です。1つずつ説明しましょう。
「Device of Choice」で目指したのは、ビジネスツールとして、人を惹きつけることができる製品であるという点です。米国の若い人たちは、魅力のあるPCを使わせてもらえない会社には就職しようとしません。企業にとってみれば、優秀な人材を確保するためには、魅力があるPCを導入することが前提となっています。
日本でも働き方改革が進み、移動中にPCを使ったり、外出先のカフェで仕事をしたりといったことが増えています。そうした働く人の変化や、多様な働き方において、選ばれるPCを実現したのが、今回の新製品です。薄型化、軽量化を追求しながら、信頼性の高い筐体設計を採用し、ThinkPad X1シリーズならではのこだわりを随所に詰め込みました。
また、Device of Choiceの考え方は、デザイン面でも活かされています。ThinkPad X1 Carbonは、正当進化を遂げた新製品として、新たなカーボン柄デザインを採用し、本物の炭素繊維の織物のリアルな外観を持った天板を選択できるようにしました。新規塗料の開発により、半透明でカーボン柄を隠さずに見せることができ、しかも、やわらかで、手触りのいい天板を実現しています。ここでは、剛性を高めながら、10%の軽量化も実現しています。
一方で、ThinkPad X1 Yogaでは、ThinkPadとしては初めて、アルミの削り出し筐体を採用しました。これは、ThinkPadがアルミを使ったらどんなPCを作るのかといったことへの挑戦でもありました。CNCアルミ切削の限界に挑戦しており、角の部分では、刃物を特別な動かし方をして、滑らかで、やさしい手ざわりを実現しています。
さらに、7×7のマトリックスの色見本のなかから、ThinkPadのアルミの色はこれだというものを徹底的に追求しました。これならば、ThinkPadの色として納得していただけるアルミの色になったと自負しています。
今回の2つの製品は、場所を問わない新たな働き方を実現するという使い勝手を実現している点では同じですが、キャラクターはまったく違うものに仕上がったと言えます。
――2つ目の「Workplace Transformation」では、どんな点にこだわりましたか。
塚本 これまでのPCに求められていたのは、仕事の生産性を高めるということでした。ドキュメント作成やメール、分析といったように「創る」ためのツールであったわけです。
しかし、昨今では働き方が多様化し、オンライン会議で活用したり、ビジネスチャットをしたり、共同作業を行なうといったことが増えています。PCのはたす役割が変化し、生産性だけでなく、コラボレーションツールとしての役割も重視されるようになってきました。
そうした新たな使い方に対応するために、2019年モデルで重視したのがオーディオ機能です。Dolby Atmos スピーカーシステムと4つの内蔵マイクを搭載。コラボレーションをするためには、最高のオーディオとボイス機能を実現しました。
じつは、これまでのThinkPadの開発においては、スピーカーは、一番後に考えていた要素でした。生産性向上を追求するノートPCにおいては、スピーカーはあまり重視されませんでしたし、むしろ、そのスペースにはバッテリを広げるなど、別の部品に使いたかったからです。確かに振り返ってみますと、お客様の声を聞くと、ThinkPadのオーディオ機能に対する評価は低いものでした。
しかし、コラボレーションツールとしての役割を考えれば、オンライン会議のさいに、鮮明な音声を聞きとることができ、しっかりと音を拾うことかぎできるオーディオ/ボイス機能は、きわめて重要な要素になります。
今回のThinkPadでは、一番後に考えていたスピーカーを最優先に考え、レイアウトについても、スピーカーの位置を決めてから、基板やバッテリ、ファンなどを配置することにしました。キーボード面にツイーターを、筐体底面にウーファーをそれぞれ2つずつ配置しています。
また、設計の早い段階から、ドルビーと話し合いを行ない、Dolby Atmos スピーカーシステムを採用しました。マイクについても、ディスプレイ上部のベゼル部分に4つのマイクを上向き配置することで、360°全方位均一なマイク性能を実現しています。これによって、何人かが集まって会議をしても、しっかりと音を拾って、オンライン会議をすることができます。
――実際に、ThinkPad X1 Carbonのスピーカーの音を聞いてみましたが、エンターテイメント向けコンテンツも迫力のサウンドで聞くことができます。オンライン会議の用途を考えれば、Dolby Atmosまでの機能は必要なかったのでは?
塚本 ThinkPad X1 CarbonおよびX1 Yogaでは、これまでにもDolby Audioには対応していましたが、Dolby Atmosに対応したのは今回が初めてとなります。2019年モデルでは、4m四方の小さな会議室に、3~4人が集まってオンライン会議をしても、快適にやりとりができるということを目指しました。
確かに、その点だけを考えれば、Dolby Atmosまでは必要がないかもしれません。しかし、実際に利用しているシーンを考えると、米国の企業では、会社で使うPCも、プライベートで使うPCも1台で済ませたいという要望が強く、出張先や週末には、会社で使っているPCで、Netflixで映像を楽しんだり、音楽を楽しんだりといった使い方が求められています。
働き方改革のなかでは仕事の合間にリフレッシュすることも重要視されています。ビジネスの成功のなかには、仕事の効率化だけでなく、QoL(Quality of Life)の向上も要素の1つとなっています。Dolby Atmosは、そこまでの使い方を捉えた機能だと考えてください。
これまでのThinkPadの開発の仕方であれば、オンライン会議の用途だけを考え、それに最適なオーディオ機能を搭載するにとどまっていたかもしれません。しかし、ユーザーの使い方や働き方の変化に踏み込んで設計したからこそ、Dolby Atmosが必要だと考えたのです。これまでとは異なる開発アプローチだから実現したものだと言えます。
――3つ目の要素は、「Modern IT」ですね。
塚本 「Modern IT」という観点では、IT管理者が、いかに効率的に、安全に管理をできるようにするか、ユーザーにとっては、いかに安全に、そして安心に利用することができるかといった点を追求しました。Windows AutopilotやHTTPS Bootへの対応、BIOSセットアップのGUI化など、IT管理者にとって有効に機能を搭載したり、Think Shieldでは、BIOSのイメージが壊れても復帰できるSelf-Healingや、BIOSのセットアップからイメージをワイブするSecure Wipeなども提供しています。
また、Match-on-Chipによって、指紋情報を指紋チップ内にセキュアに保管したり、カメラを物理的にふさぐThink Shutterの機構によってプライバシーを保護したりといったように、セキュリティ、マネージャビリティ、デプロイといった点での強化を図っています。
巨大化したスピーカーがパズルのように設計を悩ませる
――製品化において、一番苦労した点はどんな点ですか。
塚本 やはりかぎられた筐体のなかに、どう部品を詰め込んでいくかという点ですね。まずは、スピーカーが従来製品の75%増の大きさに決まり、さらにステレオ感を生むための距離を確保するために、それぞれのスピーカーを配置する場所も決まってしまったわけですから(笑)。
あとは、0.1mm単位で部品間の厚さを調整して、立体パズルのように、各種部品を配置していきました。ThinkPad X1 Yogaでは、ペンを本体に収納できるような設計にしていますが、これも場所を取ります。「このスペースさえなければ……」と思うことは何度もありましたが(笑)、ユーザーの利用シーンを考えると、ペンの収納は譲れないと判断しました。
マイク穴の位置とマイク基板の位置を精密に位置あわせてして、加工するといった点でも苦労をしました。とくに、ThinkPad X1 Yogaでは、アルミに穴をあけるための専用ドリルで加工するわけですが、0.1mm単位での精密な位置あわせを行なっています。生産は日本ではありませんが、製造工程においても、工夫を凝らすことで、完成品の精度を高めています。コストを上げずに、どうやって精密なアルミ加工をするのかという点では苦労しました。
もう1つレイアウトで工夫をしたのは、アンテナです。従来製品では、パームレスト部の下にLTEアンテナを配置していたのですが、これでは画面を閉じたときに、アンテナの性能が発揮できないという問題がありました。今後、モダンスタンバイの使い方を前提とした場合に、画面を閉じた状態でも、ネットワーク接続を維持し、データをダウンロードしたり、Skypeによる音声通話を行なったりといった使い方が増えることを想定すれば、アンテナの位置の見直しは避けては通れない課題でした。
そこで、パームレストの横部分に筐体と一体化した立ち壁アンテナを採用しました。これによって、画面を閉じた状態でも、アンテナは外側にあるため、高いアンテナ性能を維持できるようになりました。
さらに、Wi-Fiアンテナも、ThinkPad X1 Yogaでは、ヒンジに内蔵するかたちとし、どのモードでも、Wi-Fiアンテナの性能を発揮できるようにしています。このヒンジには樹脂を使用していますが、非導電性のメタルの粉を使っており、アルミの天板とも違和感がない塗装をしています。従来はディスプレイ部にWi-Fiアンテナを搭載していたのですが、これをヒンジ部に移動させたことで、ディスプレイの狭額縁化にも貢献しています。
――ディスプレイの狭額縁化という点では、ディスプレイ上部にカメラやマイクを搭載しながらも、かなりの狭額縁を実現していますね。
塚本 ビジネスの成功に貢献するツールとして、下方向からのカメラというのは納得できるものではありません。社内では、「鼻毛問題」という言い方もしていますが(笑)、下方向からのカメラで撮影された映像で、オンライン会議に参加するというのは、ThinkPad X1シリーズの基本コンセプトから外れることになります。
そこで、狭額縁に入るカメラモジュールの開発を2015年から独自に進めてきました。今回の製品では、その成果を搭載しています。じつは、このカメラモジュールのほかにも、2019年モデルには、何年か前から開発を続け、その成果を初めて搭載したというものがいくつかあります。
――それはなんですか。
塚本 大和研究所では、「イノベーションパイプライン」と呼ぶ、数年先に実用化する新たな技術を搭載したプロトタイプを開発しています。クルマで言えば、フォーミュラーカーのようなもので、コストや量産化といったことは考えずに、あるテーマにおいて尖ったものを、PCのかたちで開発します。
2019年モデルでは、「PoC H」と呼ばれる取り組みのなかで生まれた4つのスピーカーと4つのマイクを搭載する技術が搭載されていますし、「PoC C」と呼ばれる取り組みのなかから、アルミ筐体の採用と薄型化、LTEアンテナの搭載といった技術の成果が活用されています。
こうした取り組みは、さまざまな開発チームが行なっており、ThinkPad X1 CarbonおよびThinkPad X1 Yogaの開発チームでも、年間に3~4個のプロトタイプを開発しています。数年先の利用シーンを想定して、開発を進めるイノベーションパイプラインの取り組みによって、ThinkPadが時代にあわせたかたちで進化することができるようになります。
モダンスタンバイをさらに実用的に昇華
――さきほど、アンテナのレイアウトにおけるこだわりの話において、モダンスタンバイについてふれていましたが、2019年モデルでは、これも重要なポイントですね。
塚本 従来のスタンバイに比べて、モダンスタンバイでは復帰時間が1.3秒と3分の1近くに高速化し、さらにスリープ時のデータ同期やパーソナルアシスタントの利用、指紋センサーによるワンタッチログインも可能にしています。
しかし、スタンバイ機能の課題は、便利ではあるが、消費電力に課題があるという点でした。とくに、モダンスタンバイでは、一晩で10%程度のバッテリ消費がありました。そこで、日中の業務時間は、システムを頻繁に使用するため、高速復帰ができるように設定。業務終了後や夜の時間帯、休日の時間帯は、復帰時間が少し伸びても、消費電力を抑えるように設定できるようにしました。
これはレノボ独自の「Lenovo Smart Standby」と呼ぶ機能になります。これによって、朝起きた時点でも97%のバッテリが残っていますから、そのまま外に持ち出してもまったく問題がありません。さらに高速充電により、1時間で80%までの充電が可能です。昼休みの時間にカフェで充電して、午後の時間帯もフルで利用できるようになります。
コマーシャルPCの場合には、使い方や使う時間というのは人によってだいたい決まっています。営業職であれば、お客様の前にいるときには、しっかりとPCが働いてもらいたいし、そうでないときは休んでいてもいいわけです。すべての時間においてフルに動かすというのではなく、メリハリをつけて動かすのが、「Lenovo Smart Standby」となります。
――まるで、ThinkPad自身が、働き方改革をしているようです。
塚本 確かにそうですね。今後もユーザーからのフィードバックを反映して進化させたいと思っていますし、将来的には、この機能は、AIによって自動化されるかもしれませんね。
――「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」の2019年モデルは、「場所を問わない働き方の実現を、強力にサポートするノートブックのフラグシップ」であり、まさに「働き方改革に向けて進化した製品」となりますが、その考え方においては、14型ディスプレイが最適だと考えていますか。
塚本 ワールドワイドで見たとき、モビリティと生産性のバランスがもっとも取れているのが14型だと考えています。ThinkPadのフルキーボードのサイズを最適に利用できるサイズであり、トラックポイントやクリックパッドの大きさのバランス、さらにI/Oデバイスの搭載といった観点からも最適なサイズだと言えます。
また、ThinkPad X1 Carbonでは、14型のHDR 4K IPS液晶(3,840×2,160ドット)のディスプレイも選択可能となっており、より鮮明な画像で、動画の再生やオンライン会議などができるようになっています。もちろん、14型以外のサイズについても検討は進めています。市場の動向を見ながら考えていきたいですね。
――今回の2019年モデルは、「ThinkPad X1 Carbon」および「ThinkPad X1 Yoga」の進化においてどんな意味を持ちますか。
塚本 私は、ThinkPadが、新たな世代に進化した節目になる製品だと思っています。これまでの仕事をもっとも効率化するツールという役割に加えて、コラボレーションのための機能を追加し、あわせて開発のアプローチの仕方も変わっています。ビジネスの成功に貢献することを目指す姿勢はこれからも変わりませんが、それを達成する要素が変化するなかで、それにあわせた進化を遂げることができた製品だと思っています。