山田祥平のRe:config.sys

ユーザー努力の省電力が虚しくなる新Let'snote




 Windows 7の登場に伴い、各PCメーカーから新製品がいっせいに発売された。ホリデーシーズンに向かってPCの買い換えを検討しているなら、今は、丹念に情報を集めて、お好みの1台を選ぶのに絶好のタイミングだ。今回は、この秋の新製品中、台風の目ともいえる異色な存在、パナソニックの「Let'snote S8」のインプレッションをお届けしよう。

●そんなに出先で仕事はできないぞ

 Let'snote S8は、パナソニックの軽量堅牢モバイルPCのLet'snoteシリーズの中で光学ドライブを持つ、もっとも売れ筋の製品に位置づけられる、いわば万人向けのモバイルPCだ。今回、試用できたのは、マイレッツ倶楽部でのみ入手が可能なジェットブラック筐体色のプレミアムエディション「CF-S8HY」だ。

【10月30日訂正】記事初出時、型番を「CF-S8HSB」としておりましたが、正しくは「CF-S8HY」です。お詫びして訂正します。

 スペックとしては、Core 2 Duo P8800(2.66GHz)に2GBメモリ、160GBのSSDを搭載する。液晶は12.1型ワイドで、無線関連では、WiMAX、Wi-Fi、Bluetoothに対応する。S8にはドコモの3G WANに対応し、4種類の無線をサポートするモデルもあるのだが、プレミアムエディションではその選択ができないのは残念だ。大きく喧伝されていないが、搭載されるWANモジュールにはGPSも含まれるからだ。

 また、OSは、Windows 7 Professional 64bit版となっている。マイレッツ倶楽部では64bit版のみしか選択ができないが、32bit版はHDDリカバリを使って再インストールすることで利用できるように工場出荷段階で設定されている。

 Let'snoteのラインアップは、もっともポピュラーなモデルとして、12.1型スクエア液晶を持つWシリーズがあったが、S8は、その後継に位置づけられ、パナソニックとしては、ついに、主力機にワイド液晶を搭載した。ただ、ワイドになっても、16:9ではなく、16:10を選んだのはビジネスモバイル機としては正解だ。ディスプレイ縦方向の解像度は、1ドットだって広い方が使いやすいに決まっている。

 仕様としての総重量は1.32kgだ。直前にはHDDモデルもしばらく試用したのだが、SSDモデルより仕様として15g重いことになっているが、持った感じではあまり違いは感じない。なお仕様はあくまでも平均値で、個体差があるとのことで、実際、実機を手元のハカリで計測してみると、1.36kgあった。いずれにしても、普段、持ち歩いているLet'snoteのR8が実測で890gなので、代わりにこの1週間持ち歩いてみると、やはり、その470gの重みの差は大きいなと感じる。

【10月30日訂正】記事初出時、HDDモデルとSSDモデルの重量差を30gとしておりましたが、正しくは15gです。お詫びして訂正します。

 重さの代償はバッテリ駆動時間だ。試用機ではSSDの低消費電力も貢献し、HDDモデルの16時間に対して、17時間のバッテリ駆動がスペック値だ。この17時間という時間は、ピンとこないかもしれないが、たとえば、液晶を閉じてもスリープしないように設定したことを忘れて1日中持ち歩いていて、夕方頃、カバンの中がホンワカ暖かいのに気がついて、液晶を開いてみたら、電源が入りっぱなしだったとしても、まだ、半分以上、バッテリが残っているようなイメージだ。一昔前なら、だったら電源を入れっぱなしで持ち歩こうと思ったものだが、現行プラットフォームのように、スリープから瞬時に復帰するようになった今ではその必要はない。

 実際、評価期間中、毎日、ある程度の時間を使用したが、とにかくバッテリが半分以下になることはなかった。使われるフィールドにもよるが、ヘビーなモバイルユースでもそうそう簡単に空っぽにはなりそうもない。

 あまりにバッテリが持つので、液晶のバックライトを省電力のために暗くするのがばからしくなり、最大輝度に設定し、1時間近い記者会見に出席しているときも、WiMAXもつなぎっぱなしで、ずっと稼働させるような使い方をしていた。

 暗いプレゼンテーションの会場では、液晶を閉じてもスリープしないように設定し、足下に置いたカメラと代わる代わるに手に取り、メモと撮影を行なっていた。SSDなので、本体を振り回す行為に近い、そういう使い方をしてもクラッシュ等の心配がないので、使っていてストレスがない。足下に置くときの設置時に、ちょっと注意してやれば、絨毯等で保護されたホテルの会場なら、筐体にキズがつくこともない。こうした使い方をしていても、バッテリが減っていく実感はほとんどない。いつものフィーリングで無理に換算すれば、1時間に8%ずつバッテリが減っていくというイメージだ。現行のR8で同じような使い方をすると、液晶輝度を半分以下に落としていても1時間に20%ずつバッテリが減っていくので、減り方としては半分以下だ。

 ベンチマークテストを使えば正確なバッテリ駆動時間を算出することができるが、はっきりいって、そこまでフルに連続使用するような使い方では、使っている側の人間が持たない。会議にしたって長いものでも2時間で終わる。1日中、セッションの続くカンファレンスにしたって、キーボードを使って頻繁にメモをとったとしても、PCがせっせと働いている時間は、たぶん10%以下だろう。これだけバッテリが持つと、PCそのものの使い方にも変化が出てくる。JEITAの測定基準には、まったく意味が見出せないのだが、なにしろ、このマシンは、ユーザー側がいっさいの省電力努力をすることなく、まるでACをつなぎっぱなしであるかのように使っても、仕様の半分以上の時間をたたき出すというのは優秀だ。

 1.3kgを少し超える重量に負担を感じないユーザーであれば、それで得られる実時間として8時間超のバッテリ駆動時間が、モバイルコンピューティングが宿命的に抱える呪縛から解放してくる。なお、S8シリーズ用には半分の容量を持つ軽量バッテリも用意される。標準バッテリが400gなのに対して、軽量バッテリは240gで、容量が半分だが、重量は半分にならないのは仕方がないところだろう。だが、160g減で、1.2kgとなるのを歓迎するユーザーもいるかもしれない。それでも実使用で4時間を超えて使える。ただし、ジェットブラックモデルと色を合わせた軽量バッテリはなく、シルバーのものを使う必要があり、装着してみると、ちょっと見た目が悪くなってしまう。軽量バッテリを使うつもりなら、他の筐体色のモデルを選んだ方がいいかもしれない。

●HDMI装備はこれからの必須項目

 筐体をさわってみて最初に気づくのは、液晶を開くためのラッチが存在しない点だ。くぼみはあるが留め具がない。だから、まるで読みかけの本を開くように、スムーズに液晶を開くことができる。開く音もない。また、閉じるときも、カチリではなく、パタンと閉じる。以前、パナソニックの技術者から、カバンの中で中途半端に開いて電源が入ったりすることに不安を感じるユーザーが多いからラッチは必要だという話を聞いたことがあるが、もう、そのようなことは起こらないという自信の表れなのだろう。

 手で抱えたときのバランスは、本体奥底部に400gのバッテリが装着されていることから、手前の部分の軽さに対して偏りを感じる。だが、そのことが、かえって、片手で本のようにつかんだときの安定感を演出し、液晶を開くときの軽快感にもつながっている。

 液晶を開いたところで目に飛び込んでくる丸いスライドパッドはLet'snoteのトレードマークだ。本機からは、左右ボタンに改良が加えられ、クリック時にカチカチという音がしないものが採用されている。さすがにキーボードをたたくと、カチカチという音がするが、開くとき、閉じるとき、クリック時は無音を維持できる。ちょっとしたことだが、このことが高級感をかもしだしている。ちょうど、高級車のドアが「バタン」ではなく「バタム」と閉じるようなものといえばおわかりいただけるだろうか。

 拡張性としては、USBポートが左側に2つ、右側に1つ装備される。これはリーズナブルだ。また、右側には執念深くPCカードスロットを装備するのもLet'snoteらしい。もちろんパナソニック機なので、SDカードのスロット装備は必須といえる。ちなみに、Let'snoteとして初めてアナログモデム端子が消えた。

 さらに、右側にミニD-Sub15ピンを持ちながら、左側にHDMI端子を装備する。最近は、会議室等でも薄型液晶TVを設置しているところが増えてきているので、HDMI端子があるのは便利だ。HDMIなら音声も出力されるし、家庭のリビングルームで使うにしても重宝する。Let'snoteに限らないが、Windows 7では、Windowsキー+P(プロジェクタのPだと思われる)で、外部出力を簡単に制御できるのがうれしい。もちろん、接続したモニタを拡張ディスプレイとしての使用する場合にも1,920×1,080ドットのフルHD表示ができる。

●妥協のないモバイルを目指すために

 今回のS8は通常電圧版のCore 2 Duoを搭載したことで、確かにパフォーマンスはアップしている。それは、従来の1.6GHz程度でFSBが800MHz程度だった超低電圧版プロセッサと比べ、クロックは2.66GHz、FSBも1,066MHzにあがっているのだから当然だ。その差は体感できるものだ。

 ただ、その処理能力に対して、やはり、Intel GM45 Expressのチップセット内蔵グラフィックスの非力さがアンバランスに感じる。この製品のユーザーは、おそらく、すべてをこの製品でまかなおうとしているのだろうから、スイッチで切り替えができる外付けグラフィックスの搭載も視野にいれてよかったのではないだろうか。モバイルにこだわるあまり、裾野の広いユーザーの使用スタイルに見落としがあるようにも感じた。やはり、このカテゴリではスキがあってはならないように思う。徹底して妥協のないモバイルを提案するなら、そういう方向性もあるはずだ。

 今回の、S8を見ていると、来年にも登場するといわれている、Intelの次世代モバイルプラットフォームCalpellaの姿が見え隠れしていることがわかる。S8が採用しているMontevinaプラットフォームの素性の良さは折り紙付きで、このアーキテクチャの最終完成系でもある。省電力や発熱の点でも優れている。

 Calpellaでは、プロセッサがNehalemアーキテクチャに代替わりし、32nm版のWestmereが使われることになるはずだが、そのときには、GPUもCPUに統合され、現在のTDPを維持できるかどうかは今のところわからない。とはいえ、今回新しくなったS8の筐体が今回限りで終わりということは考えにくい。ということは、Calpellaでも、今回の筐体がそのまま使われることを前提に設計されているのは間違いないだろうから、今回のMontevinaプラットフォームでは、多少のマージンを持っているのかもしれない。

 いずれにしても、Calpellaの消費電力がMontevinaより低くなるとは限らず、17時間というバッテリ駆動時間も再び目減りしてしまう可能性もある。枯れて使いやすく、Windows 7開発で十分にテストが繰り返されたMontevinaを選ぶか、春まで待ってCalpellaのパフォーマンスに期待するかは、今、とても難しい選択だといえる。個人的には、S8を見ているにもかかわらず、今回は大きなリフレッシュが見送られ、次回に刷新されるであろうRシリーズの次世代機への期待が高まった。パナソニックの技術者は、S8をして「軽自動車にF1レーシングカーのエンジンを積んだようなもの」という表現をしていたが、同じことがRシリーズで起こればどうなるのか。もちろん、怖いもの見たさでCallpellaプラットフォームへの期待もある。

 低価格化が著しいノートPC、モバイルPCカテゴリの現状だが、Let'snoteがそのブランドとブランドの名に恥じない信頼性でプレミアムな価格を維持し、ユーザーにいわば高止まりを容認してもらうためには、よりいっそうのモバイルコンピューティングの提案と、それを具体化した製品企画が必要だろう。「持ち歩くかもしれない」からノートPCを選ぶ時代においても「持ち歩いても安心」なノートPCを提案してきたパナソニックなら、きっとそれができるはずだ。