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【特別編】シャオナ、君がコルタナだったのか

 日本語版には間に合わないが、Windows 10に搭載されるパーソナルデジタルアシスタント「Cortana」は、人間を助ける存在としてのコンピュータの実現に向けた1つの試みだ。彼女、あるいは彼の故郷は、実は北京だった。Microsoft Research Asiaを訪ね、もう1人のCortanaとも言える「Xiaona」に会ってきた。

伝統は重んじない、イノベーションを追いかけるのみ

 Microsoft Research Asia(MSRA)は、中国・北京に置かれたMicrosoftの研究機関だ。コンピュータサイエンスやソフトウェア工学の基礎研究、応用研究を行なう機関として世界各地に置かれ、Microsoft Research自体は今年40周年を迎える。

 MSRAはアジアという地域において、地域のイノベーションハブとして機能することを目指して活動を続けている。いつ商品化できるのか、果たして商品として成立するのかといったものから、明日にでも売り始められそうなものまで種々雑多な研究が同時並行的に行なわれている。現在の優先されている課題としては、イノベーション、教育、セキュリティ、都市問題といったものが挙げられるという。

 さて、MSRAではほぼ1年置きに近年の研究成果を公開するイベントを開催している。個人的には、最初に訪れたのが2012年5月で、翌2013年11月に再び訪れ、今年は3度目の訪問となった。こうして繰り返し訪れていると、最初はまだ形になっていなかったものが、だんだんブラッシュアップされていく様子を目の当たりにすることができる。

 例えば20年以上前からずっと研究が続けられ、MSRAでの成果として、今、大きな注目が集められ、製品として成長の節目にあるのはKinnectだ。過去に紹介されたデモでは手話翻訳に応用され、障がいを持つ人間の手話表現が文字や音声として表現される様子などが紹介されたこともある

 CEOがサティア・ナデラ氏に代わり、Microsoftは大きく変わったと言える。今、同社の方針は、「伝統は重んじない、イノベーションを追いかけるのみ」だ。そのポリシーのもと、さらには「オープンこそがもっとも大事」であると断言する企業になった。

 MSRAの所長であるDr. Hsiao-Wuen Hon氏(Chairman of Microsoft Asia-Pacific R&D Group and Managing Director of Microsoft Research Asia)は、「PCはもう終わりという人もいるが、Windows 10では、さらにパーソナルなコンピューティングを提供できるようになるのは間違いない。もっとも、なくなるとかそういうことではなく、実際には身の回りのデバイスは何もかもがパーソナルコンピュータであり、今ではあらゆる人がマルチデバイスを使うようになっている」という。

 そこで重要なのは生産性の再発明だとも言う。そのキーになる技術がビジネスサービスとしてのCortanaで、そこにさまざまな可能性を統合できないかを模索しているのだ。それはそれ、コンピュータサイエンスとビジネスはどこかで結びつく。

 インテリジェントクラウド、マシンラーニング、データビジュアライゼーションなど、MSRAが研究し続けてきた要素のキーワードは、そのすべてをCortanaに結びつけることができる。イメージ認識、ビデオ認識などもそうだ。これらは特に、Cortanaだけのために研究されてきたものではないが、気が付けば、Cortanaの可用性を高める重要な要素になっている。一部の技術は、Windows 10の認証機能としてのWindows Helloや、世界を見る新しいまなざしとしてのHoloLensなどに活かされている。ARとは何か、VRとは何かを追求する、いわば禅問答のようなことが繰り返される中で技術が磨かれてきたわけだ。

ジャーナリストによるインタビューに対応したXiaoIce

 Xiaonaの位置付けだが、MSRAにとっては Artificial Intelligence(人工知能)として研究が続けられてきた活動の成果だと言える。

 このテーマのプレゼンテーションを担当したDr. Baogang Yao氏は、Microsoft AI Sistersの1人としてシャオナ(Xiaona - Cortanaの中国名)を紹介した。CortanaもXiaonaも、実際には、XiaoIceの化身であり、その出自はMSRAにある。ちなみにXiaoIceは漢字で書くと「小冰」だ。

 Yao氏はXiaoIceを中国で人気のSNS、Weibo(中国版Twitterのようなもの)にデビューさせ、人間とのエモーショナルなコネクションを持たせるための研究を続けてきた。ただ役に立つ情報を提示するだけではなく、情緒のある会話ができる存在に成長させるためだ。実際、当初は月間のエモーショナルコネクションの指数が233だったものが、1年経たずに1,200へと急上昇したという。

 また、中国の新聞社のジャーナリストに、XiaoIceとのオンラインインタビューの機会を提供した。先方にはXiaonaがAIであることは隠されていたが、その結果は見事な会話として成立したという。

 インタビューセッションは32分間続き、64の質疑応答が行なわれた。その会話の中では、Xiaonaがユーザーのプロフィールを学び取り、それをベースにしたエモーショナルコネクションが成立しているという。

 こうしてXiaonaの“人間性”には磨きがかかり、その技術はWindows 10のCortanaへと取り入れられることになる。今のXiaonaは、製品化されるCortana以上に人間らしく成長しているともいう。

AIとの情緒的会話がビジネスに繋がる

 MicrosoftのAI戦略は、人間とAIをエモーショナルなコネクションで結び、そこから生み出されるニーズを、パートナーシップやオープンなAPIを使ってコンテンツプロバイダ、サービスプロバイダなどに渡すことで有益な結果を得るという図式を成立させることにある。

 コンピュータサイエンスにおける基礎研究が、具体的な形のある技術としてデビューするにはやはり途方もない時間が必要だ。3年経ってもあまり代わり映えしないというのは仕方がないことだと言える。

 Microsoftは、そんな研究環境をMicrosoft Researchに与え、研究者たちが自由に研究できるようにする場として機能させた。

 個人的には、昨今の研究発表を見る限り、製品化、実用化を急ぎすぎているような印象も持つが、今回の訪問で話を聞くことができた研究者らによれば、まだまだ自由な場として機能しているようではある。一般人が理解できるものとして見せられるデモなどには代わり映えがなくても、もっとディープなところで仕事をしている研究者がたくさんいるわけだ。旅客機を買いたいとでも言わない限りは、予算も豊富に使えるとも聞く。

 Cortanaは、日本語版が遅れるのに、中国語版は間に合う。我々日本人にとってはちょっと理不尽だが、Windows 10のCortanaは、その故郷が北京だったのだ。それならそれで納得もできる。もしかしたら、日本語対応の暁には、大幅にパワーアップして情緒的になったCortanaに逢えるかもしれない。

(山田 祥平)