山田祥平のRe:config.sys

スマートウォッチのクラサバとシンクラ

 世の中には数週間のバッテリ駆動ができるスマートウォッチと3日駆動できるかどうかのスマートウォッチがある。その違いはどこにあるのか。それはそのウォッチが単独でコンピュータとして機能するのか、スマホの単なるシンクライアントなのかの違いと言ってもいい。どちらにも一長一短がある。

Wear OS by Google搭載の「TicWatch Pro 5 Enduro」

 Mobvoi(モブボイ)が、Wear OS by Google搭載のスマートウォッチブランドTicWatchの最新機種として「TicWatch Pro 5 Enduro」を発売した。

 同社はGoogleも出資するウェアラブルデバイスのベンダーで、TicWatchはそのブランドだ。この新製品では、Snapdragon W5+ Gen 1ウェアラブルプラットフォームでWear OS 3.5が稼働する。

 出たばかりのWear OS搭載新製品ではあってもGoogleのPixel Watch 2のような最新のWear OS 4.0搭載は見送られている。旧モデルのGoogle Pixel Watch(2022年発売)もアップデートですでに4.0に対応しているのにだ。

 Wear OS 4.0は2023年5月に発表されたバージョンだ。もっとも、現時点でWear OS 4.0の優位性はさほど感じられないのも確かだ。気長にアップデートを待つしかない。

 当初、Wear OSベースのスマートウォッチは、スマホとの接続のために、まずスマホ側にWear OSアプリをインストールし、それを使ってペアリングの作業をする必要があった。

 だが、3.5以降ではスマホにWear OSをインストールする必要はなくなり(というか共存できなくなった)、メーカーから提供される個々のコンパニオンアプリでWear OSウォッチを制御するようになった。

 GoogleのスマートウォッチであるPixel Watchシリーズでは、スマホにインストールしたPixel Watchアプリで時計との接続や基本機能を制御し、ヘルス機能はFitbitアプリに委ねられる。

 一方、このTicWatchではMobvoi Healthアプリが接続と活動量、ヘルス機能などのいっさいを司る。活動分析のためのデータは時計のWear OS下で実行されるプリインストールされたTicHealthやTicExerciseなどのWear OSアプリがセンサーから収集する仕組みだ。スマホ側ではGoogleのヘルスコネクトとも連携され、Google Fitでそのデータを参照できる。

 また、スマホアプリのMobvoi Healthのデータは同社のクラウドにも保存され、WebアプリSports and Health Data Platformで参照することもできる。まだベータ版のようだがPCの大きな画面で各種データや室外スポーツのGPSによる移動軌跡をGoogleマップで確認できるのはうれしい。

実使用で48時間は確保するバッテリ駆動時間

 TicWatch Pro 5 Enduroは、MIL規格準拠の耐久性も特徴だが、そのフォルムにごつい感じはなく、耐久性を高めるために採用されたサファイアクリスタルガラスはその存在を主張することもなく縁の下の力持ちになっている。全体的な印象としてはむしろシンプルでエレガントなイメージさえある。

 ハードウェア的に特徴的なのは1.43インチの丸型ディスプレイが2層になっていて、326ppiのAMOLEDディスプレイの上に、超低消費電力ディスプレイとしてFSTN液晶が実装されている点だ。

 時計を操作していない多くの場面では、このFSTN液晶が反射型ディスプレイとして機能し、現在時刻等などの基本的な情報を常時表示、暗いところでは腕を傾けることでバックライトを点灯させて視認性を確保する。

 もちろんAMOLEDの通常盤面の常時点灯機能も提供され、常に画面をオンで使う場合はその表示にどちらのディスプレイを使うかを選択することができるようになっている。

 やみくもに常時表示を併用することで、指定した日常的な就寝時間にディスプレイをオフにしてバッテリ消費を抑えるなどして、カタログスペックでは約90時間のバッテリ駆動時間が担保されている。また、FSTN液晶のみを使うエッセンシャルモードでは45日間という驚異的な駆動時間となる。

 だが、これらはあくまでもカタログスペックだ。とはいえ、レビュー用の機材を腕に装着し、常にAMOLEDディスプレイの画面を最大輝度までの自動調節でオンの状態にし、スマホから容赦なく送られてくるあらゆる通知をすべて受け入れて着用を続け、数時間の散歩を室外ウォークとして自動計測するなどの使い方をしてみたところ、48時間程度は不安なく稼働できるようだ。つまり2日間だ。

 運動識別機能をオンにしておくことで、普通の日常生活での徒歩行動などもウォーキングとして自動記録できるので、一般市民にとってはかなりスマートにその活動を記録することができるし、基本的には毎日の充電を心がければバッテリが空になってあわてることもなさそうだ。

 充電も高速だ。毎日の充電なら30分で50%程度を補充できる。仮に数年後、駆使し続けたバッテリの劣化で半分の時間しか駆動できなくなったとしても、なんとかそのまま使い続けられそうだ。

 個人的には時計と名乗る以上絶対に欠かせないと思っている「常に画面をオン」機能だが、この製品には「オン」に2つの状態があり、それぞれに別のウォッチフェイスを設定できる。無操作時は輝度も低くなって電力消費を抑制するが、腕を傾ければ通常画面での最大輝度に復帰する仕組みになっている。

 ウォッチフェイスの設定はプリインされたもののほかにTimeShowアプリでの利用が推奨されているようだ。このアプリを使ってギャラリーに登録された豊富なウォッチフェイスから好みのものを探して設定できる。

 また、Webアプリを使って自分の好みの盤面をデザインし、それを時計にダウンロードして使うことができる。ギャラリーにある盤面は凝ったものが多く、よくぞここまでと感心するものがたくさんあるが、普段使いやビジネスシーンではちょっとうるさかったりもする。最低限の表示なら初めてのトライでも数分でそれなりのものが完成する。

 冒頭の写真の盤面はこのWebアプリを使って作ったが、西暦年を含む日付と曜日、時刻と秒、そしてバッテリ残量をとにかく大きく表示したかった。こういうのが既成盤面にはなかなかないのだ。だから短時間で簡単に作れたわりには気に入っている。

 どうしても「()」が表示できず、2バイト指定したら妙な空白があいているのはご愛敬だ。たぶんデザインツールのバグ。サポートに問い合わせたらすぐに返事が来て何度かのやり取りを経て、今、調査中になっている。

 Pixel Watchにもこの盤面を設定することができた。同じWear OSならではだ。その気になれば作った盤面を売ることさえできるみたいだ。

スマートウォッチはコンピュータ? それとも周辺機器?

 スマートウォッチが単独でコンピュータとして機能するのか、スマホからの通知を受けて表示し、各種センサーの計測値をスマホに送る単なるダム端末なのかの違いは、その使い方、そして使い勝手にどんな影響を与えるのだろう。

 前者は電力を大食いするが、後者はそうでもない。個人的に、スマートウォッチはせめて1週間は充電のことを気にしないで使い続けたいと思っているのだが、前者ではなかなかそれをかなえる製品には出会えない。少なくとも今のWearOS機をぼくの使い方で運用する限り、1週間の連続稼働は無理そうだ。

 TicWatch Pro 5 Enduroを自分で使ってかろうじて48時間稼働というバッテリ駆動時間だが、それでも立派なのだ。Google Pixel Watch 2は24時間稼働程度で残り容量が心配になるが、その2倍程度というのは心強い。それでも1週間にはほど遠い。

 たとえば冬にスキーゲレンデでの丸一日を、アウトドアスポーツとしてGPSで測位しながら朝から夕方まで休憩時を含めて行動を記録し続けるとして、バッテリが最後までもってくれるのとくれないのとでは使い勝手は大きく違う。

 ちなみに、日常的に充電が強いられるスマートデバイスの代表がスマホなのだが、こればかりは毎日の充電が必要で、すでにあきらめに近い心境でそれを続けている。

 でもスマホは寝ているときには使わない。ところが24時間365日、就寝中も外すことなく身に付けているスマートウォッチなのだから、バッテリ駆動時間についてはもうちょっとなんとかならないものかと思う。せめて数日間の出張には充電ケーブルを持ち出さなくてもいいくらいであってほしい。毎週末にフル充電にしておけば次の週末まで持つというのが理想だ。

 時計というフォームファクタの30~40g程度の筐体では、そこに内蔵できるバッテリ容量にも限界がある。TicWatch Pro 5 Enduroは多くの工夫によって、そのバッテリ駆動時間を延長しているし、その創意工夫には脱帽するが、こうしたバッテリ消費を目の当たりにすると、少なくともスマートウォッチにオンデバイスでのアプリ実行が必要なのかどうかということも含めてよく考えなければならないと感じる。

 もちろんAI PCがNPUを使ってオンデバイスAI処理をするようになるトレンドを考えれば、近い将来は時計がコンピュータとしてさまざまなことをオンデバイス処理できることが確実に求められるようになるだろう。それを見越して、今は耐えているのがWear OSなのかもしれない。だが、その代償が短いバッテリ駆動時間となって使い勝手に少なからずの影響を与えている。

 Web OSに限らずAppleのWatchOSにも言えることだし、TyzenをWeb OSに合流させたSamsungも含め、これからのスマートウォッチがどのような方向に進化していくのか、各方面でその模索は続いている。

 果たして時計はコンピュータなのか、それともスマホの周辺機器としてセンサーと表示部を束ねただけシンクライアント的存在なのか。クライアントとサーバーで役割分担するクラサバコンピューティングにも似たスマートウォッチ運用とシンクラ的な運用、その将来はどちらに着地するのだろう。

 ただ、一般のエンドユーザーから見たら、どっちもたいして違いが感じられないということのほうがむしろ問題だ。