山田祥平のRe:config.sys
Bose謹製Ultra風味のノイズキャンセル、空間オーディオ添え
2023年12月23日 06:42
ノイズキャンセリングヘッドフォンのシーンを牽引してきたといってもいいBoseが、ラインアップを一新、QuietComfortシリーズとして、完全ワイヤレスイヤフォン1機種とオーバーイヤータイプの密閉型ヘッドフォン2機種を発売した。業界全体が注目する定番製品のフルモデルチェンジだ。気にならないわけがない。さっそく同社から借り出しUltra時代のノイズキャンセリングを体感してみた。
BoseのUltraはイマーシブオーディオを示す枕詞
PC周辺ではIntelの新プロセッサCore Ultraシリーズが話題になるなど、「Ultra」がトレンドワードのようになっているが、BoseもヘッドフォンのネーミングにUltraを使ってきた。
新製品は、以下の2製品がUltraを称する。
- 完全ワイヤレスイヤフォン「QuietComfort Ultra Earbuds」
- 密閉型ヘッドフォン「QuietComfort Ultra Headphones」
さらにもう1製品、由緒正しきBoseのノイズキャンセリングヘッドフォンを踏襲した
- 「QuietComfort Headphones」
についてはUltraを名乗らない。この3機種がこの秋に登場したBoseのノイズキャンセリング製品だ。
Boseは「Ultra」をBoseイマーシブオーディオに対応していることを示すために使っている。イマーシブオーディオは、いわゆる空間オーディオの一種で、ソースを問わずBose独自のアルゴリズムでサウンド定位に広がり等の臨場感を与え、ステレオスピーカーから再生されているかのように音楽を楽しめるというものだ。
ただ、ステレオスピーカーはリスニングポジションの前方2箇所に設置してサウンドを再生するが、ここでのイマーシブオーディオで得られる定位には前方という印象はない。頭上部の外側周辺に音場が拡がるようなイメージだ。
静止と移動の2モードが用意され、頭の動きを検知しヘッドトラッキングすることで音像を定位置に固定するか、頭の動きに応じて移動させるかを選択できる。これとは別に、端末そのものによるDolby Atmos等の空間オーディオ対応などもある。空間オーディオはまだ状況が混乱気味で評価は時期尚早のように思う。
ノイズキャンセリングを牽引してきたBose QuietComfortシリーズ
アクティブノイズキャンセリングは、数千円の完全ワイヤレスイヤフォンにも機能として搭載されるようになっていて、当初に体験した時代とは隔世の感がある。
最初は1990年代に航空機用のヘッドセットとして使われるようになり、それがコンシューマ向けに再構成され2000年代以降に定着したアクティブノイズキャンセリングだが、2008年以前と以後では、その仕組みに大きな違いがある。以前はアナログ回路で制御されていた機構が、2008年以後はデジタル回路が使われるようになっているからだ。
Boseは、熱心にノイズキャンセリング製品を提供してきたことで、その元祖のようなイメージがあるが、デジタル回路を使ったノイズキャンセリング機能を持つ製品を世界で初めて世に出したのはソニーで、2008年に「MDR-NC500D」を発売している。このあたりの裏話はソニー広報のnoteに詳しい。Bose製品も2009年の「QuietComfort 15」で飛躍的な進化を遂げている。
個人的に最初に所有したBoseのノイズキャンセリングヘッドフォンは「QuietComfort 2」だった。2003年発売の製品だが、2005年にマイナーチェンジされたものを愛用していた。すでに手元にはないのだが、まだアナログ制御だったはずだし、オーディオ機器との接続も有線だった。単4電池1本で30時間以上使えたのが懐かしい。いわゆる3.5mmステレオイヤフォンジャックでiPodなどにつなぎ、環境ノイズを排除した世界を楽しんでいた。
2000年代、Boseのノイズキャンセリングヘッドフォンは歩みを止めずに進化を続けてきた。定番シリーズとしてのメインストリームは次のようになっている。
- QuietComfort 3(2006年発売)
- QuietComfort 15(2009年発売)
- QuietComfort 25(2014年発売)
- QuietComfort 35(2016年発売)
- QuietComfort 45(2021年発売)
今回の新製品QuietComfort Headphonesは、Ultraのない無印だが、この由緒正しきQuietComfort製品の流れを汲む製品であり、古くからのBose製品の愛用者は本当に安心して使える。ぼく自身もその1人だ。何しろ、物理ボタン等のスイッチ操作UIが何も変わっていない。世代ごとの買い替えを続けてきたユーザーが操作に迷うことが何もないのだ。バッテリが空でも有線で使える点なども以前のままだ。
その定番シリーズとは別に、完全ワイヤレスのQuietComfort Ultra Earbudsは、カナル型の「QuietComfort 20(2013)」を源流に持つ。
QuietComfort 35(2016)は最初のBluetooth対応製品だが、次にQuietComfort 45(2021)が登場するまでには多少時間の開きがある。「Noise Cancelling Headphones 700(2019)」は、定番シリーズの隙間を縫ってスピンアウトして登場した新シリーズだったのだが、QuietComfortを名乗らないノイズキャンセリングヘッドフォンとして、究極のノイズキャンセリングを訴求していた。
それが、今回のQuietComfort Ultra Headphonesに引き継がれ、めでたくQuietComfortを名乗るようになり、さらにUltraということで、Bose全部入りのフラグシップ製品となったわけだ。QuietComfortの系譜は、レガシーなノイズキャンセリングの誇り高い歩みでもある。
結果として、Boseのノイズキャンセリングヘッドフォンは、現状で数字で示される型番がなくなり、どの時代のものなのか、この製品はあの製品より古いのか新しいのかが分かりにくくなってしまった。数年先に新製品が出るときに、うまくつじつまをあわせるつもりなのだろう。
寄り道を本流にしたUltra Headphones
今、ぼくの手元にある最古のBose製品はQuietComfort 25(2014)だ。有線ヘッドフォンだが、今、装着して聞いてみても、十分なノイズキャンセリング効果が得られている。単4電池で使えるので内蔵バッテリの劣化で使えなくなったりもしていない。
ただ、ノイズはキャンセルされても、注意深く聴くと、サーッというノイズが発生していることに気が付く。たぶん、キャンセル音を増幅するためのアンプの定常ノイズなんだろうが、長時間これを容認するのはつらい。
だから、当時は、ノイズキャンセリングが発生するノイズを仮想的にキャンセルするために、聞こえるか聞こえないかくらいに小さな音で音楽を再生するようなことをしていたのを思い出す。もちろん今のノイズキャンセリング機は、そんなノイズとは無縁だが、ノイズをキャンセルするというのは、静寂という別のサウンドを聴くことに相違ない。
新製品3機種を聴いてみると、もうこれ以上は無理と納得してしまうほどの強力なノイズキャンセリング効果が得られることを確認できる。
カナルタイプの完全ワイヤレスイヤフォンは、ただでさえ、耳栓効果で環境音を物理的に遮断するが、それに加えてデジタルでのノイズキャンセリングもすごい。各社から数々の製品が世に出ているが、今回の3製品の強力なノイズキャンセリング能力は屈指ともいえるだろう。
ヘッドフォンはヘッドフォンで、ハウジングやアームの剛性感もあって、無印よりもUltraモデルの方がノイズキャンセリング性能が優れているように感じる。オーディオ的なサウンドの質感についてはいかにもBoseという印象で、好きな人にはたまらないだろう、ありきたりな表現だが、まさにBoseなサウンドだ。低音域の強調がBoseらしさをあおり、リッチなサウンドに仕上げている。ただ、シマリのある低音ではなく、多少の余韻を残すので、スピード感の不足を感じる好き嫌いはあるかもしれない。
だが、これがBoseだというサウンドの方向性をずっと守り続けているこだわりはすごい。その正当な後継者がUltra Headphonesだといえる。
Ultraなしの無印版は、ノイズキャンセリング効果同様に、ハウジングやアームの剛性が、サウンドの質感に多少なりとも影響を与えてしまっている。もっとも、そこがかえって軽快でよいという印象を持つかもしれない。
ノイズキャンセリングは今、レガシーからモダンへ
もともと航空機内で安全に関する通信を聞き違えたり、聞き逃すことのないようにと需要が生まれたノイズキャンセリング機能だが、当然、ヘッドセットからヘッドフォンへと趣を変え、コミュニケーションについても人間的な会話であったり、一方的に奏でられる音楽を、よりピュアに楽しむための環境を手に入れるために使われるようになっている。
これからのノイズキャンセリングは、AIの積極的利用で、さらなる進化を遂げるだろう。音を分類し、その中から不必要な音を排除するノイズキャンセリングだが、キャンセルというのはノイズの引き算を象徴する。環境音をノイズとみなし、根こそぎ引き算するのがクラッシックなノイズキャンセリングだ。
一方、これから登場するであろうモダンなノイズキャンセリングは、環境音に含まれる必要なものだけを集め、絶妙なバランスでミキシングする。キャンセルではなくミックスであり、それはすなわち足し算だ。
Googleは、PixelシリーズのスマートフォンでのAIによるオンデバイス処理によって、写真画像に映り込んだ不要な被写体を取り除く機能として「消しゴムマジック」を提供した。さらに、それを動画にも適用できるようにした「音声消しゴムマジック」もある。
これらは高度なマシンラーニングモデルによるもので、生成AIによるノイズキャンセリングの将来を予感させるものでもある。ジョン・レノンのデモテープから生成したビートルズの新曲や、最新技術によるリマスタリング、Dolby Atmosによる空間オーディオ化などを体感すると、サウンドの加減乗除は、これまでとは異なる音楽体験をもたらすに違いないと確信する。
昔、カラオケのことをマイナスワンと称した。まあ、ボーカル入りの楽曲からボーカル1チャンネル分を引き算するからマイナスワンなのだが、マイナスするチャンネルが任意で、マルチトラックの音量バランスも自在というのが新しいデジタルシグナルプロセッシングだ。必要かどうかは別問題として、将来のノイズキャンセリングにはそんな要素が取り入れられるのだろう。
今回のBoseの新製品群は、同社が培ってきたレガシーなノイズキャンセリング技術の集大成ともいえる。まさに一点の曇りもない。その先には生成AIがフルスクラッチでボーカル入りの楽曲を生成し、エンドレスで再生を続けるイヤフォンやヘッドフォンの登場も見えている。きっと、ヒットチャートの数%は生成AIの作詞作曲によるものになったりするんだろうな。そういう時代だ。