山田祥平のRe:config.sys
働き方改革を支えるノイズキャンセル
2019年10月4日 06:00
働き方改革が叫ばれるなかで、いつでもどこでも働く、あるいは働けるようにすることが求められている。
企業での労働時間がフレキシブルになって、さらには残業を禁止しても、ほかの場所で働いたら、むしろ労働時間は増えるのではないかと矛盾を抱きながらも、それが今という時代らしい。
無音の圧力が軽減したノイズキャンセル
BOSEの新世代ノイズキャンセルヘッドフォン「BOSE NOISE CANCELLING HEADPHONES 700」がデビューした。同社のノイズキャンセリングヘッドフォンといえば、「QC35 II」がベストセラー製品として、そして定番製品として知られているが、今回はシリーズ刷新ではなく、新たなシリーズとして追加されるかたちでの登場だ。
既存のQC35 IIとはどう違うのか。まず、新しい音響設計により、ノイズキャンセリングを段階的に調節できるようになった。0~10までを切り替えて最適だと思われるノイズキャンセルレベルを設定できる。
また、QC35 IIよりもノイズキャンセリング機能がさらに進化しているという。実際、ノイズキャンセルの質が向上していることがわかる。これまで感じていたヒスノイズ的な圧迫音がなくなっている。いわゆる無音の圧力だ。
おかしな言い方かもしれないが、ノイズキャンセルをオンにしたときに訪れる静寂に重厚感があるのだ。きっと耳を覆うハウジングの密閉度や、わずかな重量増による剛性の変化も影響しているのだろうが、耳への負担は明らかに少なくなった。
さらに、アダプティブ4マイクシステムにより、周囲の環境に自動的に適応。周りのノイズからユーザーの声を分離し、クリアな通話や確実な音声アシスタント操作を実現している。自分が耳にするノイズをコントロールすると同時に、自分の声だけを相手に伝えるテクノロジーだ。
そして、右側ハウジングの一部がタッチに対応し、曲送り、曲戻し、音量上下など、ジェスチャーによって再生中の音楽などをコントロールできる。
ただし、重量は234gから250gへと16g重くなった。
音響的にはどうかというと、長時間音楽を再生していても疲れの少ないチューニングが意識されているようだ。対応コーデックはAACだけなので、ハイレゾオーディオの再生など、大きな期待はしないほうがいいだろう。
この製品は、コンテンツを楽しむことよりも、いかに良い環境を作るかが優先されているということだ。つまるところは、働き方改革のためのヘッドフォンだ。
疲れを軽減するノイズキャンセル
ノイズキャンセルのテクノロジーがポピュラーになって、最近では完全ワイヤレスイヤフォンなどでもノイズキャンセルをサポートする製品が目立つようになってきている。
基本的な仕組みはBOSEが元祖といっても良い。マイクで環境音を拾い、その位相を逆にした音を生成、環境音と合成することで打ち消す。
個人の感覚はまちまちだとしても、身の回りにノイズだと感じる音はあふれているが、ノイズキャンセル技術によって、定在的に聞こえる音の多くはキャンセルできる。とくに飛行機のノイズや電車、クルマの走行音などはうまく打ち消してキャンセルしてくれる。その効果は劇的だ。
だが、人の話し声などをキャンセルするのは苦手だ。カフェなどでお茶をしていたり、吊革につかまって電車に乗っていると、ちょっと離れたところの客の話し声に混じるキーワードに自分の意識が反応してしまい、耳がダンボ状態になってしまうことがあるが、こうした状況は集中の邪魔ではある。
本当に集中することができれば、周りの音など耳に入らないはずなのだが、人間、そこまで立派にできてはいない。
集中以外にもノイズキャンセルの効能はある。疲れを少なくするということだ。10時間近く飛行機に乗ったりすると、ずっと聞こえ続けるエンジン音は疲れを倍増させる。それをキャンセルすることができれば疲労は軽減するのだ。数時間の新幹線移動なども同じだ。これは間違いない。
だが、ヘッドフォンをつけるということ自体が疲労を招くというデメリットもある。この製品のようにオーバーイヤーのものでは、やはり頭の圧迫感は避けられない。また、ずっと仰向けでいられるわけでもなく、寝るときに耳が下になったり、座席の背もたれに耳を預けるような場合の邪魔になったりもする。だからといってインイヤーイヤフォンでは耳穴の疲労を感じるし、耳が下になるケースでの不自由はオーバーイヤーとそう変わらない。
集中のためのノイズキャンセル
要するに、ノイズキャンセルは休息のためではないということでもあるのだろう。つまり、集中のための道具だということだ。
いつでもどこでも、さあ働こうというタイミングでノイズキャンセルヘッドフォンを装着すると、集中できるいつものあの感覚がそこに生まれ、やる気満々で仕事に取りかかれる。ノイズをキャンセルする行為が集中のトリガーとなるのだ。
BOSEは集中のためには、ボーカルのない聞きなれた音楽を再生するのがいいという。音楽に聞き入ってしまうと集中力がそがれるということだ。ノイズキャンセルできないノイズを不快感のない音楽がさらに打ち消して、集中をうながす空間を作ってくれる。
BOSEではノイズキャンセリングに加え、ヒーリングサウンド(雨音や川の流れなど)でマスキングすることで、周囲の会話音をより徹底的に遮断できるようにすることも考えているようだ。実装はまだだが、まさに環境変革のための道具を目指していることがわかる。
新たなチャレンジとしては、BOSE ARの実装も興味深い。特定の対象に向き合ったときに、スマートフォンの位置情報と連携し、それについての情報を音で知らせるような機能や、本体内蔵の加速度センサーによって頭の向きなどを検知し、それに応じて音の方向を変えるといったことができる。
これらの機能をフルに活かしたアプリケーションが整備されるのは、まだ先のことではあるが、音楽をより快適に楽しむということを目指して進化してきたこれまでのヘッドフォンとは、方向性がまったく異なるコンセプトを持っていることがわかる。
昔はエアコンなどなくても十分に夏を乗り切ることができた。だが、今はそういうわけにはいかない。同じように、ノイズキャンセルの機能に頼らなければ、日常的な働き方においてまともな環境が得られなくなってきているというのはちょっと寂しいことではあるが、それを回避する方法があるのは幸せだ。
仕事にフォーカスしたヘッドフォンが現れるという時代がくるとは想像もしなかったが、将来はエアコンのように暮らしの必需品として受け入れられるようになるのかもしれない。その未来を見越した製品だといえる。