山田祥平のRe:config.sys

イマーシブの向こう側。HuaweiとBoseの新イヤフォンの狙いとは

 これからPCのAI活用が一般的になっていくと、PCとそれを使う人間の対話環境はますます重要になっていく。環境としてのディスプレイもその1つだが、イヤフォンのようなオーディオデバイスも重要な要素だ。そんな中で耳をふさがないイヤフォンが注目されている。今回は、最新製品として、「Huawei FreeClip」と「Bose Ultra Open Earbuds」を試してみた。耳を塞ぐことを回避し、没頭を緩和するためのソリューションだった気がするが、今はちょっと雰囲気が違ってきている。

今、音世界は置換から拡張へ、そして複合へ

 耳をふさがないイヤフォンという意味では、メガネ型のデバイスが使い勝手として最高に普通で素晴らしいと思っていたが、最新の2製品を体験させてもらって、昨今のオープン型イヤフォンの完成度の高さに改めて驚いた。

 耳をふさがず環境音が日常通りに聞こえる状態で、デバイスから送られてくる音を耳元で再生するイヤフォンでは、骨伝導や軟骨伝導の仕組みを使ったものがポピュラーだったが、直近では耳元のスピーカーでサウンドを再生するタイプのものが注目されるようになってきている。メガネタイプはスピーカーを違和感なく耳元におくための応用版ともいえる。

 片や別のフィールドではノイズキャンセリングイヤフォンでどのくらい環境音をバッサリとシャットアウトできるかを競っている。かと思えば、身の回りの環境音を犠牲にしないでずっと聴いていたいとは人間も身勝手なものだが、それはそれで重要なニーズがあるということだ。

 環境音をシャットアウトしたくないのは、デバイスが再生するサウンドに没頭したいのではなく、あたかも環境音の1つであるかのようにデバイスの再生音を混ぜてしまいたいからだ。つまり音の世界の置換ではなく拡張を求めている。

 これまでのカナル型ノイズキャンセリングイヤフォンにも、ヒアスルーとかアウェアといったモードが用意されていて、ノイズをキャンセルしながらも人の話し声など特定の環境音だけはそのまま聞こえるといったことができるようになっている。イヤフォンをつけっぱなしで誰かと対話しなければならないときに、いちいちイヤフォンを外す必要がないのでとても便利な機能だ。

 イヤフォンは今後、何らかのサウンドを聴きたいからつけるというものではなく、聴覚の拡張機能として四六時中つけているデバイスにその性格が変貌していく可能性がある。だが、そのために日常の環境音が犠牲になってほしくはない。とまあ、いろいろと便利を追求していくとこのあたりに到達する。だからこそ耳を塞いでほしくないということだ。

 さらにメガネにもマスクにも干渉しない。これも見逃せないポイントだ。

 もちろん環境音が聞こえることで集中を欠くことはあるかもしれない。それでも在宅勤務のオンライン会議中の家族からの呼びかけや玄関チャイム、介護や子守のために環境音をシャットアウトしないでいたい。

ニュータイプデバイスの新たな息吹を感じさせるHuaweiと老舗メーカーの貫禄を存分に発揮するBose

 今回試した両製品は、これまで試してきたいろいろなタイプの耳をふさがないオーディオデバイスで不満を感じることが多かった音量と音質、そして音漏れの懸念といった要素を大きく改善できている。その開放感と再生品位のギャップが素晴らしい。

 両デバイスともに耳たぶをクリップで挟むようなイメージで装着する。こういうのをイヤーカフ型と呼ぶそうだ。耳たぶそのものにしっかりかみつくのではなく、耳穴入り口の凹みにソッとのっかるような感じで内向きスピーカーが設置され、耳の裏側からそれを支えるようにはさみこむ。圧迫感はもちろん、装着しているときに感じる負担もほとんど感じない。

 両機ともにノイズキャンセリング機能はないがある。禅問答みたいな言い方だが事実だ。というのも、スピーカーから再生する音にノイズキャンセリング技術で使う逆相音をかぶせて打ち消し、いわゆる音漏れを抑制しているからだ。よほど静かなところで大音量再生をしない限り、周辺の人に嫌な思いをさせることもなさそうだ。そうはいっても油断は禁物だ。

 Huawei FreeClipで驚いたのは、完全ワイヤレスイヤフォンとして左右の区別がないことだ。ユニットそのものが左右対称でLRが指定されていない。どちらのユニットをどちらの耳につけても自動的に判別されて正しいステレオ音声を再生することができるし、ケースに納めるときにも左右を意識する必要がない。たぶん慣性計測のために加速度センサーが中に装備されていて、それを使って頭の動きで上下を判別してLRを切り替えるのだろう。

 片方のユニットだけを使って片耳だけにモノラル音声を届けることもできる。イヤフォンのバッテリ駆動時間は最大7.5時間ほどだが、ケースを使ってバッテリ充電する仕組みはお馴染みのもので、この片耳利用なら1個のユニットをとっかえひっかえ使って同じ側の耳で使い、使っていない方は充電することができるので、ほぼエンドレスに運用できる。これはもう、LightningやUSB Type-Cでプラグの表裏を気にしなくてよくなった時と同じくらいの衝撃だ。

 Bose Ultra Open EarbudsはHuawei FreeClipよりも少し大振りだ。重量にして1gほどといったところか。そのことが筐体の鳴り方にも功を奏しているのだろう、まさにBoseらしいサウンドをそこに実現し、オーディオデバイスとして仕上げられているのには感心する。Huawei機が繊細な軽快さでスピード感を奏でていたのとは対照的だ。サウンド的な重厚ささえ感じられるのはおもしろい。

 Huaweiのものと同様、スピーカー部とコントロール部をシリコン状のフレキシブルなバンド素材でブリッジしてクリップとして機能させる。構造的には似ているのだが、Boseのものは左右両ユニットともに物理ボタンを装備している。そのためタッチの誤操作が起こりにくい。ここは使い勝手的にとても大きなアドバンテージだが、稼働部分があることで壊れやすいかもしれないという心配もある。

 また、Boseの空間オーディオであるイマーシブ機能にも対応し、音像定位のコントロールによって音楽を聴く場合の集中度を高めることができる。だが、環境音もちゃんと聞こえる中でのイマーシブオーディオがどのような意味を持つのかは、これから考えていかなければならないとは思う。

 なお、Huawei機は、AI Lifeというアプリを使って詳細設定をする。iOSではストアからインストールできるが、AndroidはPlayストアでの配布はなくHuaweiが提供するAppGalleryを使う必要がある。アプリのインストールのために別のストアアプリが必要なのだ。分かっていればOSのBluetooth機能を使って手動接続するだけでも使えるのだが、詳細設定やファームウェアのアップデートなどはアプリがないとできない。この点はもうちょっと工夫してほしいところだ。

隔離と拡張、そして複合

 ノイズキャンセリングがもたらした世界観は、言ってみればデジタル引きこもりだ。環境から聴覚的に自分を切り離して隔離、別の世界にイマーシブになれる。その一方で、今回試したような耳を塞がないタイプのオーディオデバイスは、日常の環境側に別のオーディオソースをマージする。

 これまで、こうしたタイプのデバイスは、特別なサウンドに集中していても、突発的に起こる「何かが発生することを指し示す環境音」を聞き逃さないための方法論だと思っていたが、最近、どうもそうではないような気がしてきている。

 逆なのかもしれない。

 集中したいのは環境音そのものであって、特別なサウンドはそこに割り込むだけだ。デジタル引きこもりをすることなく、現実と拡張現実のサウンドをマージしてミキシングする。よくよく考えてみれば、これはヘッドフォンやカナル型イヤフォンのアウェア、ヒアスルーモードと同じことをやっているのかもしれない。

 でも、自然界の環境音のダイナミックレンジを忠実に原音再生することに努力するよりも、環境音を直接聴いた方が手っ取り早い。そこに特別なサウンドをマージするのはたやすい。それにAIが進化すれば、定常音ならうまくノイズキャンセルできるようになるかもしれない。音漏れ防止と同じ原理でできそうだ。

 PCのAI利用の中で、このあたりのユースケースは、今後ますます重要になるのではないか。つまり音楽を楽しむように鳴りっぱなしの時間が続くのではなく、必要なときに必要な音を環境音にマージする。イヤフォンが再生するトータルの時間は今よりもずっと少ないかもしれないが、そこにはコンピュータとの対話がある。

 そのために、AlexaやGoogleアシスタントは生成AIの技術を取り込んで生まれ変わろうとしているくらいだ。AI PCの新たなHIDとしてその再定義が始まろうとしている耳を塞がないイヤフォン。AI時代にふさわしいデバイスだといえそうだ。