山田祥平のRe:config.sys

薄くて軽くて大きいスマホ「Moto Z」の正義

 PCやスマートフォン、タブレットで利用するサービスの多くがクラウドベースのものになり、端末に求められるコンピュータ的な能力への要求が変わりつつある。5Gの時代を間近に控え、ミドルレンジの端末がチヤホヤされていて、処理能力的に大丈夫なのかと思ったりもするわけで。

大きいのに薄くて軽いMoto Z

 今年(2016年)世に出た端末、特にスマートフォンは個人的に気に入ったものが多かった。基本的には大画面が好きだったのだが、Galaxy Note 7がああいうことになったり、iPhone がFeliCa対応して改札タッチをするのに取り回しやすいようにPlusを選ばなかったりしたこともあり、比較的軽くてコンパクトな端末に食指が動いた。SamsungのGalaxy S7やHUAWEIのP9などがお気に入りだが、飽きを過ぎて、MotorolaのMoto Zが大のお気に入りになった。

 この端末は、夏前にLenovoがサンフランシスコで開催した年次イベントTechWorldでお披露目され、夏のIFAで本格デビューした。TechWorldで最初に触った時から、相当、気になっていたのだが、ようやく日本でも10月から発売が開始されている。

 手にした途端に、これまでのスマートフォンはいったい何だったんだろうと思うくらいの薄さ、軽さのインパクトがある。5.5型画面で134g、最薄部5.2mmという筐体は、昨今のスマートフォンでの中では、軽くて薄いiPhone 7の4.7型画面で138g、最薄部7.1mmと比べても魅力的だ。まさに次元が違う。

 今はLenovo傘下にあるMotorolaだが、無線機のベンダーとしては歴史も古く、特に業務用無線機のカテゴリでは、無線機=Motorolaといった、まるでコピー機=ゼロックスとか、絆創膏=バンドエイド、セロハンテープ=セロテープ的なイメージで、無線機をMotorolaと呼んでいた時代もあったくらいだ。ただ、日本においては近年の知名度という点で少しマニアックかもしれない。

 この端末のおもしろさは、本体の拡張をMoto Modsと呼ばれるシステムに委ねている点だ。本体裏に装備された16個の接点を使い、拡張デバイスとの通信を行ない、機能を拡張していける。例えば、カメラやプロジェクタ、オーディオスピーカー、大容量バッテリといった拡張ができるのだ。

 Moto Modsの仕様は公開情報でSDKも提供され、サードパーティを巻き込んだエコシステムを作ろうとしている。

 拡張機器は、Moto Z本体の裏にマグネットで吸着して一体化する。つまり、Moto Modsは、電気的接点の仕様に加え、拡張機器のサイズについても規定しているのだ。いわゆる合体メカなのだが、これはいろいろな意味で懸念もある。例えば、Motorola自身も、このサイズを逸脱する本体サイズのスマートフォンを作れない。サードパーティを巻き込むからには、そう簡単にうけなかったのでやめましたというわけにはいかないだろう。Motorolaとしても、未来のことは分からないが、5.5型画面が提供できるフォームファクタの世界観は当分続くだろうとしている。

 Moto Mods準拠機器で話題になることが多いのが、ハッセルブラッドのTRUE ZOOMで、10倍光学ズームでの写真撮影を可能にするレンズとセンサーを実装したユニットだ。

 35mm換算で25~250mmのズームなので、たいていの場面はフォローできる。個人的に今なお取材時にはコンパクトカメラを携帯、常用しているが、それはひとえに光学ズームのためであって、この部分だけはスマートフォンのカメラは逆立ちしても敵わない。でも、TRUE ZOOMなら、その部分が解決できてしまう。

 もっとも画質や使い勝手は期待以上でも期待以下でもなく、145gという重量のことを考えても、今、現役で常用しているソニーのコンパクトカメラDSC-HX90Vの座を奪うほどではなかったのが残念だ。

 それでも将来的に高倍率コンパクトカメラを陵駕する可能性は十二分にあり、次世代製品の登場に期待も高まる。初物ということもあるが、今回については、スマートフォンを拡張してまでいい写真を撮りたいと願うユーザーをなめていたと言わざるをえない。

拡張カードの延長線

 スマートフォンの世界では、せいぜいOTG機器を使ってUSBによる拡張をする程度だが、コンピュータの世界では、いわゆる拡張バスがハードウェア的な仕様として確立され、ISA、PCI、PCI Expressといったバスの規格と、拡張カードの物理的なサイズ規格を組み合わせて拡張が行なわれてきた。まさに汎用機としてのPCの醍醐味だ。ある意味で、ないものはないがないなら増やすということが簡単にできてしまう点で、その拡張性はPCの重要な要素でもあった。

 だが、昨今は、グラフィックス以外は拡張するものがないという事態にも陥っている。マザーボードのチップセットにさまざまな機能が統合され、わざわざ拡張カードを使うまでもないようになってきているからだ。最後の砦といってもよかったグラフィックスでさえ、通常の用途のPCならCPU内蔵で十分という状況だ。こんなことを言うと、ゲームファンの方や、AR、VR方面、ディープラーニングといった分野での利用を想定しているユーザーの方々に怒られそうだが、拡張性の確保は最優先のテーマではなくなりつつある。

 Moto Modsは、PCにおける拡張カードにも似たシステムだ。とにかくその気になれば何でもできる。その代わり、PCで言うところのケース、つまり本体サイズに制約を与える。これ以上コンパクトなMoto Zは作れないし、これ以上大きなMoto Zも作れない。ある意味で、Motorolaにとっては将来の足かせにもなりかねない。それでもやるところに、このベンダーの本気を感じたりもするわけだ。

さまざまなことをスマートフォン1台で

 スマートフォンの拡張と言うと、HPのElite x3が、その可能性を、さまざまな面でアピールしている。デスクドックと呼ばれる充電用のクレードルにx3をセットすることで、Windows 10 Mobileが想定するContinuumに代表される各種の利用シーンに対応できるほか、ノートPC的な使い方ができるノートドックを用意したり、あるいは、USB Type-Cの機能をフルに活かして、スマートフォンをまるでPCのように使えることをアピールしている。拡張性に優れたスマートフォンというと、Elite x3のアドバンテージは、今のところピカイチとも言える。

 拡張できるスマートフォンとしてのElite x3は、モバイルシーンにおけるノートPCの存在感を、多少、希薄なものにしていくかもしれない。そのくらいインパクトがある。十分に処理能力が高いスマートフォンであれば、それにキーボードやポインティングデバイス、そしてディスプレイなどを拡張することで、ノートPCの出番を奪う可能性が出てきたからだ。

 さらに、直近のニュースでは、MicrosoftがARMアーキテクチャのWindowsスマートフォンにx86エミュレーション機能を持たせる可能性があるといった情報まで出てきた。個人的には、Intelが隠し球として、モバイルプロセッサを提供するべく作業を続けていて、IA版のWindowsスマートフォンが出てくる可能性の方が強いとは思うのだが、どっちにしても、こうした世界観をスマートフォンで実現するには、高い処理能力を持つプロセッサが必要だ。

 もちろん逆の発想もある。何もかもクラウドにまかせて、ダム端末のように画面はクラウド処理の結果を映すだけというわけだ。通信が十二分に満足できるものが常時確保できるのならそれもあるだろう。必然的に、その方が消費電力も少なくて済み、結果として、薄くて軽く、バッテリ駆動時間の長い端末になる。いわゆるシンクライアントスマートフォンの登場の可能性だ。ただ、20年前にオラクルが提唱したネットワークコンピュータがそうだったように、スマートフォンのシンクライアント化が進むかどうかは、クラウドサービスと通信状況次第だ。

 コンピュータ的なデバイスとしてのスマートフォンの拡張を、クラウドに頼るか、ローカルのハードウェアに頼るか。スマートフォンは、今のPCの成功も失敗も同じようになぞっているが、Motorolaのアプローチは実にPC的だ。