山田祥平のRe:config.sys

ThinkPadのアリバイ、Motoの木阿弥

TechWorld

 アメリカ・サンフランシスコで、メディア/パートナー向けの年次会議「TechWorld」を開催したLenovo。そのステージには、我らがThinkPadが不在だった。その代わりにスポットライトが当てられたのがMotorolaだ。

パーソナルコンピューティングは死んだ?

 Lenovoは、手に入れたブランドを大事にする会社だ。IBMからPC事業を手に入れて、ThinkPadブランドが彼らのものになったのは2005年で、昨年は10周年を迎えている。今なお、ThinkPadは米国拠点のラーレイでマーケティングされ、日本の横浜にある大和研究所で研究開発が行なわれている。そこでは、まるで日本アイ・ビー・エムの空気が満ちているままで時間が過ぎているようだ。

 昨年の北京に続き、2回目の開催となる「TechWorld」のステージには、ThinkPadは影も形もなかった。いや、それどころか、PCのナンバーワンベンダーであることの気配すら感じさせなかった。辛うじて、IntelのCEOであるBrian Krzanich氏がゲストとして登壇したため、秋にデビューするとされている「Ideacentre Yoga 900 desktop」がチラ見せされたが、それはIntel Insideをアピールするための脇役に過ぎなかった。

 たとえば、日本での傘下にあるNECパーソナルコンピュータの「LAVIE」ブランドも、ThinkPadと同様に好き勝手が許されているように見える。そういう意味では、Lenovo、ThinkPad、LAVIEは、Lenovoという企業の傘下にありながら、全く異なるブランドイメージを維持することができている。こうした戦略を見ていると、Lenovoにはメーカー/ベンダーというよりは、商社的なイメージを強く感じる。

 そのLenovoが擁する、もう1つの著名ブランドであり、今年の「TechWorld」で、もっとも華やかなスポットライトが当てられたのがMotorolaだ。Motorolaの存在感をより一層高めるためには、ThinkPadやLAVIEがそこにいてはならなかった。とりあえず、今年のこのタイミングでは、LenovoはPCのことを忘れる必要があった。だからこそ、ステージではPCはもちろん、YOGAタブレットですら不在だったのだ。

 LenovoのCEOであるYang Yuanqing氏は、基調講演のステージで、すでにパーソナルコンピューティングは廃れてきているといった意味の発言をした。具体的には次のような宣言だ。

 「レノボのCEOがこんなことを言うと驚くかもしれませんが、パーソナルコンピューティングは時代遅れ(obsolete)になりつつあります。これからは、コネクテッドコンピューティングの時代なのです。繋がる要素としては、人とデバイス、デバイス同士、デバイスとネットワーク、デバイスとパーソナルデータ、デバイスとアプリとサービスがあります。これらが全て繋がり、新たなデマンドを生むのです」。

 その戦略を担うのが、新製品として発表された「Moto Z」だ。スマートフォンの新製品としては、同時にProject Tango搭載の「PHAB2 Pro」も発表されたが、これはIntelとの強い結びつきをアピールするために露出されたPCと同様、Googleとの関係を強調するための方便に過ぎない。

Moto Zを取り巻くエコシステムの成立

 Moto Zがユニークなのは、単独のデバイスとして完結せずに、「Moto Modsプラットフォーム」と称する体系を引っ提げてデビューした点にある。

 Moto Modsによって、薄い平板としてのMoto Zは、あらゆるものに繋がる可能性を確保した。その先にあるものとしては、クラウドサービスのみならず、ハードウェアも含まれる。そして、そのハードウェアにしても、機能を拡張するものとは限らない。バックカバー的なファッショナブルアクセサリなども含め、Moto Zを取り巻く、一大エコシステムを形成しようという目論見だ。

 これこそが、新しく生まれるデマンドを満たす大仕掛けだ。Moto Zは、75.3×153.3mm(幅×奥行き)の平板にすぎない。その背面にバックユニットを被せることで、さまざまなデマンドを満たす世界観を創出する。マグネットを使って吸い付くように装着でき、電気的な信号のやりとりが必要なものについては、16個のピンが物理的な接続のためのインターフェースとなる。

 ちなみにMoto Modsは、MuC (Moto Mod Microcontroller)上で稼働する、NuttXというリアルタイムOSが各種のプロトコルを実現する。そして、それらのプロトコルや、汎用I/OをMoto Z本体側のアプリで制御することで、さまざまな機能を拡張する。汎用的な規格ではなく独自のシステムアーキテクチャだ。現時点で用意されているプロトコルとしては、Raw、Display、Lights、Battery、Power Transfer、Audio、HID、USB-Extがある。

 拡張されるハードウェアのファームウェアに実装されたリアルタイムOSが、スマートフォンのAndroid OSとコミュニケーションすることで、さまざまな拡張ができる仕組みは、SDKを含むThe Moto Mods Development Toolkit (MDK)として仕様が公開され、サードパーティが参加できるようになっている。

 ここまでやってしまうからには、そう簡単には変えられない。16個のピンによって接続されるというだけで、サイズなどについての外部仕様規定は見当たらないようなので、とにかくどんなことでもできるようにしてあるといってもいい。

 その世界観が、Yang Yuanqing氏がいうところの、「あらゆるものが繋がることによって生まれる新たなデマンド」を満たしていくわけだ。

アメリカのブランドはアメリカで育てる

 こうした形で、今のLenovoが考えていることを、具体的な形にするのがMotorolaブランドであることをYang Yuanqing氏は主張したかったのだろう。誤解を怖れずに言えば、それが本当なのかハッタリなのかはどうでも良い。

 Motorolaは、アメリカを出自とするブランドであり、昨年の北京から場を移してシリコンバレーで「TechWorld」を開催した意味がここに見出せる。皮肉な話だが、MotorolaはGoogleが捨てた企業でもある。持てる特許のほとんどをGoogleに残したまま、Lenovoに売却されたMotorolaだからこそ、ここシリコンバレーに舞台を移した最初の「TechWorld」で新たな展開を見せる必要があった。

 Lenovoブランドのスマートフォンさえ見せることなく、結果的にMotoが担ぎ上げられた形だが、そうしなければならない理由は明白だ。今なお、ThnkPadに関わる大和研究所の面々が、その製品に誇りを持って仕事をしているように、ここまでされればMotorolaもいい加減な仕事はできないだろう。Motoの木阿弥どころか、Motoの復活を企むLenovoの大仕掛けだ。つくづく買ったブランドを活かすのが上手い企業ではないか。