●輝かしい登場と存在感のゆらぎ デジタルカメラやデジタルオーディオプレイヤーであるフラッシュメモリカードの中で、'97年7月に発表されたソニーのメモリースティック(MS)は、Compact Flash(CF)、SmartMedia(SM)に次ぎ、主要なものの中では3番目に長い歴史を持つ。 PCカードのインターフェイスに強く影響を受けたCF、フラッシュメモリチップのインターフェイスがそのままむき出しになった格好のSMに比べ、シリアル方式のプロトコルを用いたメモリースティックのインターフェイスはインテリジェントであり、登場時には明らかな世代の違いを感じるものであった。 実際、新しいメディアに対する他社の関心も高く、'97年の開発表明時点においては、オリンパス、カシオ、三洋電機、シャープ、富士通といった会社が共同開発、あるいは賛同に名を連ねていた。その後も、リコーやアルパインなどがライセンシーとして加わるなど、'99年あたりまではサードパーティも増加し、比較的順調だった。 しかし、20世紀が終わり、21世紀に入ると、雲行きが怪しくなる。シェアの点でも、後発のSDメモリーカード(SD)をサポートするメーカーが増大していった。それに反比例するように、メモリースティックをサポートしたサードパーティも減少、失礼ながら業界標準メディアというより、ソニーグループの共通メディアという色彩が強まってきている。 また、同じく21世紀に入ったあたりから、ソニーによるメモリースティック関連情報の発信量が激減、それに合わせてメモリースティックが話題になることが少なくなってしまった。たまに話題が出たと思ったら、生産延期の話や互換性問題といった暗い話ばかり。SDに対抗するアライアンスの話どころか、SDに対する技術的優位性の訴求すらほとんどされなくなってしまった。 今年からはVAIOノートの一部機種にはメモリースティックスロットとともに、SDカードスロットが搭載されるようになった。また、2006年に登場する注目の新製品「PLAYSTATION 3」ではMS/SD/CFと3つのメディアに対応することが表明されている。ソニー自身が、メモリースティック1本ではマズイと判断し始めている結果といえるだろう。 コニカミノルタとの協業によるレンズ交換式デジタル一眼レフカメラに至っては、CF対応が当然として、メモリースティックはデュアルスロットの位置を確保できるかどうかが注目されるという状態だ。気の早い人の中には、「メモリースティックはなくなるの?」と思っている人さえいるかもしれない。 そこで、ここでは直接ソニーでメモリースティック事業を統括するマイクロシステムズカンパニーを訪ね、メモリースティック事業センターの石井希典統括部長をはじめとするスタッフの方々に、メモリースティックに関して率直な意見をうかがってきた。もちろん「答えは、もちろんNO」という回答を期しながらである。以下は、それを筆者なりに咀嚼した現状の理解と意見である。 ●メモリースティックとPROの相違 メモリースティックには、インターフェイス/フォーマットの規格が2種類ある。メモリースティックとメモリースティックPROだ。以前は、著作権保護技術であるMGサポートの有無という違いもあったが、現在ではMGサポートのないメモリースティックは生産されていない。 こうした、いわば電気的仕様とは別に、物理サイズ(フォームファクタ)の規格が3種類ある。単3電池と同じ長さのメモリースティック、長さを31mmまで短縮しアダプタを介することでメモリースティックとの互換性を果たしたメモリースティックDuo、そしてつい最近発表されたばかりで最も小型のメモリースティックマイクロだ。 このようにメモリースティックは、2種類の電気的インターフェイスと3種類の物理的インターフェイスで構成される規格だが、メモリースティックマイクロはメモリースティックPRO仕様のみとなるため、合計5種類のメモリースティックが存在することになる(マイクロの製品化は2006年を予定)。
【表】メモリースティックの種別
では、メモリースティックとメモリースティックPROの違いは何だろう。意外と、この問いにハッキリと答えられる人は少ないのではなかろうか。一番多そうなのが、速くて大容量なのがPROという答えだが、これは半分正しくて、半分間違っている。 実は、規格上は(あくまでも規格上だが)、メモリースティックとメモリースティックPROの最大データ転送速度は160Mbps(20MB/sec)で変わらない。2004年4月にそれまでのMG付メモリースティックと、MG無しのメモリースティックを1つのシリーズ(MSHシリーズ)に統合した際、メモリースティックにもパラレルインターフェイスが定義され、それに伴い最大データ転送速度が160Mbpsになっている。仕様上の最大データ転送速度で見る限り、メモリースティックとメモリースティックPROは変わらないのである。これが半分間違っている部分だ。 一方、容量についてはご存知の通り、メモリースティックは128MBどまり(スイッチ切り替えで128MB+128MBとして使える256MBモデルがあるが、同時に利用できるのは128MBまで)で、それを超える容量はすべてメモリースティックPROとして販売されている。国内では現時点で2GBまでだが、海外ではすでに4GBタイプが発売されており、現時点での見通しでは仕様上の上限である32GBまで到達できる見込みだという。 Duoやマイクロも、物理サイズが小さい分、同時点での容量は小さいが、規格上の上限は同じである。上でいった半分正しいに該当するのは、この大容量化の部分だ。 ここで、異議を唱えたくなる人もいることだろう。元々はメモリースティックは1GBまでサポートするハズではなかったのかと。
確かに2000年10月にソニーが公表した公式ロードマップには、そのように書かれている。しかし、その後大容量化したメモリースティックが登場することはなかった。代わりに大容量メディアとして2003年1月に登場したのが、メモリースティックPROである。 これが最初の疑問、なぜメモリースティックを大容量化できなかったのか、ということであり、メモリースティックとメモリースティックPROは何が違うのか、の問いに対する1つ目の答えでもある。 今回、この件についてたずねたところ、メモリースティックでは論理アドレスと物理アドレスのマッピングを機器側で行なうのに対し、メモリースティックPROではメディア側で行なう、という答えが返ってきた。どうやら、当初はマッピングを機器側で行なう予定だったものの、256MB以上の大容量化の際、何らかの理由により機器側でのマッピングに問題が生じた、ということなのだろう(あるいは、機器側のマッピングでは機器設計の負担が大きすぎる等)。これがメモリースティックとメモリースティックPROの違い、その1である。 メモリースティックとメモリースティックPROの違いその2は、メモリースティックPROのみが最適書き込み速度を保証している、という点だ。メモリースティックPROでは規定の方法(ブロックアクセス)を用いた場合、15Mbpsの書き込み速度が保証される。 15Mbpsは、MPEG-2であればDVD-Video相当の9Mbpsを余裕をもってクリアできるレートであると同時に、MPEG-4/AVC(H.264)を用いれば十分HD映像のリアルタイム記録に対応可能だ。 しかし規格上の違いはこの2点にとどまる。PROの発表時点ではMGの標準搭載という違いもあったものの、上述した2004年の統合でMGのないメモリースティックが姿を消したため、差別化のポイントではなくなっている。 なお、メモリースティックPROのMGサポートが、PSPまでなかった理由だが、機器側のインプリメントコスト(開発工数とその負担)の問題だという。どんな機能も最初にインプリメントする際の負担は大きいが、それを負担する機器がずっと現れなかった、ということらしい。これもメモリースティックの置かれている現状が表われている一例といえる。 ●高速版の混乱とDuoへの転換 さて、規格上の最大データ転送速度において、メモリースティックとメモリースティックPROの間に変わりがない。では、発売延期を繰り返し、ごく短期間で生産終了し、PRO Duoのみが復活した高速版はどういう位置づけなのだろうか。一言で表せば、実際のリーダーライター等の利用において、10MB/secの実効データ転送速度が確認できたもの、ということになる。
これまで触れてきた160Mbps(20MB/sec)というのは、あくまでも規格上の上限であり、個々の製品のデータ転送速度とは異なる。高速版というのは、一定以上のデータ転送速度が得られることを確認した、一種の選別品である。発売が延期になったり、生産終了になったりした理由は、選別品であるがゆえに、フラッシュメモリ市場の市況によって、製造できない事態が生じるためだという。(なお、再発売された高速版には型番の末尾にUがついているが、内容的には販売終了となった製品と同じものだそうだ)。 同様に、国内向けに4GBのメモリースティックを販売しないのも、通常サイズのメモリースティックの4GBを製造するより、Duoの1GBや2GBを量産した方が市場ニーズに応えることになるからだということである。ソニーは高速型メモリースティックPRO Duoを11月25日から順次発売しているが、高速型の投入がDuoに限られるのは、日本の市場を考えて、ということらしい。すでに、ソニーが国内発売するデジタルカメラは、2003年を境にメモリースティックDuoを採用したものが主流になっている。
このDuo中心の戦略は、2004年12月に発売されたPSPとも不可分の関係にある。PSPが採用するメモリースティックPRO Duoスロット関連機能のインプリメントには、メモリースティックを担当するソニー マイクロシステムズネットワークカンパニーのメモリースティック事業センターが、SCEの意向と仕様に沿って極力フル機能の実装するための協力を行なったという。メモリースティックPROのMGが初めてPSPで実装されたのも、その反映であるようだ。 そして、2003年9月に立ち上げたばかりのモバイルムービーは事実上放棄され、代わりにメモリースティックビデオが推進されることになる。前者は、メディアに通常サイズのメモリースティック、コンテナ(ファイルフォーマット)にQuickTimeを採用、PDAの「クリエ」、テレビの「ベガ」などで展開されていたものだが、わずか1年あまりで打ち切りとなった(モバイルムービー抜きにしても、クリエやベガ自体は打ち切りとなってしまったのだが)。 新たに採用されたメモリースティックビデオは、想定するメディアがメモリースティックDuoになると同時に、コンテナのQuickTimeを止め、MP4を採用する。PSPが対応したほか、スゴ録の一部が対応を始めているところだ。 すでに述べたように、メモリースティックの電気的インターフェイスは、物理サイズには依存しないから、メディアのサイズというのは必ずしも決定的なファクターではない。モバイルムービーを捨て、メモリースティックビデオへ移行した最大の理由は、PSP向けに有料の動画配信を行なう際に、自前のDRMであるMGと、Apple製のコンテナであるQuickTimeの整合性をとるのが難しかったためではないかと筆者は考えている。 いずれにしても、2004年12月を期に、ソニーのメモリースティック戦略、特に国内向けは、Duoを中心に大きく舵を切ることになる。今回、「日本市場においては、Pro Duoをスタンダードとしている」という発言もあった。問題の1つは、そうした戦略の転換、あるいはそれでどのような事が起こるのか、ソニー自身がほとんど説明してこなかったことだ。これでは、ユーザーは不安なまま取り残されてしまう。 ●“SONY”というブランドへの信頼を守ってほしい かつてソニーは、ソニー独自規格などと批判されることが多かった。だが逆に言えば、かつてのソニーには、1社で独自規格を推すだけの力、商品力があった。逆に消費者も、ソニーの独自規格であろうと、それを選択してソニーに裏切られるとは思いもしなかった。世の中のソニーファンと言われる人たちは、そうした人たちではないのか。 言い方を変えれば、ソニーに丸抱えされるために、ソニー製品にプレミア価格を払おうという人たちである。しかし、今のソニーに、しっかり抱えられている、といえるほどの安心感があるだろうか。 2005年10月に明らかにされた、大容量メモリースティックと一部のVAIOおよびクリエの間で判明した互換性問題も、それを示す一例だ。なぜ互換性問題が生じたのか、はっきりとした理由は教えてもらえなかったが、どうやらフラッシュメモリのバラつきで、メモリースティック側のコントローラーが限界に近い動作になり、それに対応する機器側のコントローラーが設計時に予期したものを超える動作になることがある、ということらしい。メモリースティック側のグレーゾーンと、機器側のグレーゾーンが重なった部分で、互換性問題が生じるらしいのだ。 しかし、こうした理由はどうでもいい。ソニーに期待したいのは、“SONY”のロゴのついた製品であれば、使えない組み合わせなどありえない、という信頼感である。USB接続のカードリーダーを追加購入して回避してください、などというお願いは、ソニーファンの期待を裏切るものでしかない。 ことは“SONY”のロゴ、ブランドそのものに関する重要な問題である。今からでも遅くはないから、機器側のファームウェアアップデートなど、互換性を確保するためにできるだけのことをすべきだ。それが不可能ならメモリースティックを交換するしかないのではないか。 組み合わせによっては、機器がフリーズすることもありますでは、はじめからセキュア機能が使えないと広言している怪しいSDカードと大差ない。そんな製品に“SONY”のロゴをつけてよいのだろうか。 このところソニーには、メモリースティックの互換性などより、よほど大きな問題が生じている。ソニーBMGのrootkit問題、Walkman AシリーズにバンドルされているCONNECT Playerの不具合などだ。これらは、事業部も異なり、一見無関係のように見える。おそらくそれぞれの担当事業部も無関係だというだろう。しかし、外から見ていて、問題の根っこは同じではないのかと思えてならない。“SONY”のロゴ、ブランドに恥じないモノづくりをぜひお願いしたいものだ。 □ソニーのホームページ (2005年12月6日) [Reported by 元麻布春男]
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