福田昭のセミコン業界最前線

元エルピーダ社長の坂本氏が興したDRAM企業「サイノキング」

Sino King Technology

 国内唯一のDRAM専業メーカーだった「エルピーダメモリ」。値下げ競争や超円高などとの闘いの末に同社は2012年2月27日に会社更生法の適用を東京地方裁判所に申請し、倒産した。米国の大手半導体メモリメーカー、Micron Technologyがエルピーダの支援企業になることで合意したのが同年7月2日。エルピーダとその関連企業はMicron Technologyに買収されることになった。翌年の2013年7月31日には買収作業が完了した。

 エルピーダの倒産からおよそ4年後の2016年2月20日。午前6時から始まったNHKテレビのニュース「おはよう日本」が、国内外のDRAMコミュニティを驚かせるニュースを報じた。「半導体生産に新戦略 日本の技術と中国の資金を活用」と題し、エルピーダ元社長の坂本幸雄氏と当時の技術者(筆者注釈:倒産前のエルピーダと子会社の台湾レックスチップに在籍していた技術者と思われる)が半導体の研究開発会社「サイノキングテクノロジー」を2015年に設立したと述べたのだ。NHKニュースによると同社は中国の合肥市と連携してDRAMの生産に乗り出し、2年後の生産開始を目指すという。

 翌々日の2月22日には、日本経済新聞が「元エルピーダ社長が新会社 次世代メモリー設計、日台中」とのタイトルで、坂本幸雄氏が社長を務める次世代メモリーの設計開発会社「サイノキングテクノロジー」を設立したと報じた。中国の地方政府系ファンドと組み、先端半導体、具体的には省電力DRAMの開発と量産に乗り出すという。

 さらに翌々日の2月24日午後1時には、「サイノキングテクノロジー」の発足を報道機関向けに説明する記者発表会が開催されるはずだった。しかし記者発表会は直前の2月23日に中止された。国際技術ジャーナリストの津田建二氏が、この経緯をブログで述べている。

 津田氏のブログによると、記者発表会の案内が到着したのは2月19日である。NHKニュースが報じる前日のことだ。当然ながら、NHKニュースはこの案内を受けて放送されたとの推測が成立する。興味深いことに「サイノキングテクノロジー」のニュースは、土曜日の早朝(午前6時30分ころとみられる)に放送されただけで、ゴールデンタイムのNHKニュースには選ばれていないようなのだ。したがって反響はあまり大きくなかったと推測される。また土曜日ということもあり、当日に問い合わせをしようと考えた視聴者はあまり多くなかったとも考えられる。

 ところが、日本経済新聞は2月22日(月曜日)の朝刊で「サイノキングテクノロジー」のニュースを掲載した。月曜日の朝刊は、多くのビジネスパーソンに読まれる。この結果、大きな反響があり、サイノキングテクノロジーには問い合わせが殺到したことがうかがえる。なぜならば、この時点でサイノキングテクノロジーの日本語Webサイトが連絡先付きで存在しており、日本語WebサイトはGoogleの検索エンジンですぐに見つかる状態だったからだ。その気になりさえすれば、すぐに連絡が取れるのだ。

 問い合わせが殺到した結果、サイノキングテクノロジー側は2月24日の記者発表会を中止せざるを得なくなった。再び津田氏のブログから引用する。津田氏に届いた記者発表会中止の知らせには「世界中にありとあらゆる情報・憶測が飛び交っており、現在対応におわれております…(中略)…記者会見を止む無く中止させていただくことにいたしました」とあった。

 3月14日現在、サイノキングテクノロジーは会社設立の作業を優先するため、報道機関による取材を受け付けていない。このような理由で筆者も取材申し込みを即日、断られている。

坂本幸雄氏の主な動き
「サイノキングテクノロジー」の報道と関連事項

特定用途向けの低消費電力DRAMを開発へ

 幸いなことに、3月上旬にサイノキングテクノロジーは日本語と英語のWebサイトをリニューアルし、いくらかの情報を入手できるようになった。ここからは現時点で分かっている範囲で、サイノキングテクノロジーの概要をご報告したい。

 サイノキングテクノロジーの日本語Webサイトによると、中国・香港の本社(Sino King Technology Ltd.)と東京・新宿の日本法人(サイノテクノロジージャパン)の2社が存在する。資本金、出資者、従業員数などは公表していない。

サイノキングテクノロジーの会社概要。同社のWebサイトなどを元に作成

 公式サイトの会社概要には、事業内容は半導体メモリの開発とある。半導体メモリにはDRAMやフラッシュメモリ、SRAMなどがある。Webサイトのほかのページに記載されている情報を総合すると、DRAMの開発企業であることが分かる。それも「JEDEC標準にとらわれない」特定用途向けのDRAMを開発すると述べている。また日本経済新聞の記事によると、低消費電力DRAMを開発するとみられる。

 「JEDEC標準にとらわれない」と謳っている点は目を引く。JEDECとは半導体メーカーと半導体ユーザーで構成する業界団体で、半導体メモリやメモリモジュールなどの標準化作業に携わってきた。DRAMの種別で知られるDDR3やDDR4、LPDDR3などはJEDECの標準化作業によって策定された技術仕様でもある。

 JEDEC標準の良いところは、技術仕様の品質が高いことと、セカンドソース(複数ベンダーから同じ仕様のDRAMを調達すること)を期待できることだ。2000年以前にDRAMベンダーが数多く存在していたときには、同じ仕様のDRAMを複数のベンダーから購入することは当然のことだった。

 JEDEC標準の弱点は、標準化作業に時間がかかることだ。ただし最近では、DRAMの世代交代期間が長期化していることと、JEDECが標準化にかかる期間の短縮を図っていることで、この弱点はほぼ解消されている。

 むしろ問題は、DRAM産業が寡占化していることにある。大手DRAMベンダー3社でDRAM市場の9割以上を占有しているのだ。3社とは韓国のSamsung Electronics、韓国のSK Hynix、米国のMicron Technologyである。しかも韓国勢2社が市場シェアの7割以上を占める。このため、JEDEC標準の技術仕様策定は事実上、韓国勢が主導する状況となっている。

 JEDECの作業部会に新しい仕様のDRAMを提案するということは、韓国のDRAMベンダーに新しい仕様を知らせることに等しい。これは強力な競争相手に、これから製品化する商品の情報をわざわざ教えているとも言える。このようなリスクを避けるために、JEDECに提案せずに新しい仕様のDRAMを開発するということは十分にあり得るし、実際に商品も存在する。例えばMicron Technologyは、JEDEC標準以外にも独自仕様の半導体メモリを開発して商品化した実績がある。

サイノキングが考えるDRAMビジネス

設計と開発は日本と台湾、生産は中国

 サイノキングテクノロジーが考えるビジネスモデルは、開発したメモリ技術の供与である。サイノキングテクノロジーがDRAMの設計と開発を担当する。開発には回路技術だけでなく、プロセス技術も含まれる。開発した技術は、DRAM生産会社に有償で供与する。

 DRAM生産会社として当初、想定している地域は、中国である。中国政府は2014年6月に半導体産業の育成指針である「国家集積回路産業発展推進ガイドライン(中文)」を公表した。半導体の自給率を高めること、2030年までに世界トップクラスの半導体メーカーを少なくとも1社は育成するといった目標を掲げており、前工程はもちろんのこと、後工程まで含めた最先端技術のキャッチアップを目指している。

 NHKテレビの放送内容と日本経済新聞の記事によると、中国安徽省合肥市が総額8,000億円を投資して設立する半導体製造会社に、サイノキングは開発したDRAM技術を供与する予定である。

 合肥市は、中国の上海から西へ420kmほど離れた内陸にある。安徽省の省都であり、人口は770万人に達する。中国科学技術大学などの科学技術の高等教育機関を数多く擁しており、中国の首都、北京に次ぐ規模を誇る。合肥市の公式サイトによると、博士号を授与できる高等教育機関だけでも、138を数える。半導体の開発や生産などに必要な人材を集めるには、適した土地だと言えよう。

中国安徽省合肥市の概要

約100名の半導体技術者を採用へ

 サイノキングテクノロジーの従業員数は公表されていない。ただし日本法人であるサイノキングテクノロジージャパンの公式サイトでは半導体技術者を募集しており、約100名の採用(日本および台湾の合計)を予定していると記述がある。100名の採用というのは相当な大人数だが、半導体の開発業務を担うには最小限の人数に近いとも言える。

 なお公式サイトによると、サイノキングテクノロジーの台湾法人も設立予定である。台湾の技術者を採用する業務は、台湾法人が担うことになるのだろう。

サイノキングの求人概要

残されたいくつもの疑問

 以上がこれまでに分かっていることのまとめである。まだ、不明な点が少なくない。まず、DRAM開発拠点がどこになるのかが分かっていない。日本法人の新宿本社は小さなビルディングのオフィスであり、開発拠点には成り得ないため、開発拠点を新たに設ける必要がある。日本、台湾、あるいは中国のいずれかになることまでは推測可能だが、どこになるのかは公表されていない。

 次に、DRAMのマーケティングと販売の担当チームがどこになるのかが不明である。想定顧客と会合を重ね、必要とされるDRAMの仕様を詰めることが開発の前提なのだが、それがサイノキングテクノロジーの担当であるようには、求人要項からは見えない。しかし中国の製造会社がマーケティングと販売の機能を備えるというのは、やや無理があるように見える。中国でDRAMビジネスを経験した人材を採用することは、極めて困難だと考えるからだ。

 またCEOの坂本氏は回想録「不本意な敗戦」で、これからは「次のゆっくりとした仕事と自分の時間にあてたい」と自身の今後について述べている(同書204ページ)。それが再び、DRAM事業の陣頭指揮という激務に飛び込むことになったのは、どういった心境の変化があったのだろうか。インタビューの機会があったときには、これが最初の質問になるだろう。

サイノキングテクノロジーと坂本氏に関する疑問(例)

(福田 昭)