山田祥平のRe:config.sys

マルチタッチ、スクリーンとパッドの上下左右




 長きに渡って使われてきたマウスのようなポインティングデバイスは、これからどのような変遷を経験していくことになるのだろう。ポインティングデバイスが、マルチタッチスクリーン時代のGUIとどのようにつきあっていけばいいのかを考えてみた。

●自分が動くか、書類が動くか

 ロジクールから「ワイヤレス タッチパッド」(TP500)が登場した。1~4本指のマルチタッチに対応し、1本指ではポインティング、2本指ではスクロール、3本指ではスワイプ、4本指ではアプリの切り替えができるようになっている。ハガキ半分くらいの、かなり大きなタッチパッドを持っているが、実際にタッチに反応するのは、その内側のひと回り狭いエリアだけとなっている。

 使ってみると、確かに使いやすい。ノートPCに実装されているような小さなパッドに比べると、その操作感はかなり上だ。デスクトップ機では、このままマウスと置き換えてもいいんじゃないかと思うくらいだ。

 ただ、タッチパッドは、マウスと同様に、水平面でのポインティングと目の前のスクリーンにおける垂直面でのポインタの動きを頭の中で変換しながら指を動かす必要がある。この問題は、ノートPCにおけるタッチパッドで慣れ親しんだ感覚なので、そう大きな違和感はないかもしれない。

 その一方で、上下方向のスクロールはどうだろう。このタッチパッドでは、2本指を上下に動かすことでスクロールが行なわれる。上方向なら上へ、下方向なら下へと画面がスクロールする。表示されている部分のさらに上を見たいなら上へ、下を見たいなら下に動かすわけだ。それはマウスを使っているときと同じ感覚だ。

 1画面に表示しきれない長いページがあったとして、その上に四角いルーペを置き、上の方を見たいならルーペを上へ、下の方を見たいならルーペを下に動かす。実に自然なように思える。このとき、ユーザーの視点は、自分自身が動いていると自覚する。

 だが、マルチタッチスクリーンではこの考え方が逆になる。ルーペが固定されていて、書類の方を動かすのだ。必然的に上下の考え方も逆になる。ページの上の方を見たければ、ページそのものを下に引っ張る。ページの下の方を見たければページを上にひっぱる。こちらは、ユーザーの視点は固定され、書類の方を動かしている自覚がある。

 このインターフェイスは、すでにAdobe Readerなどでお馴染みの手のひらツールで実現されて身近なものになっている。このツールを使うと、ポインタが手のひらの形になり、ページを上下左右方向にスクロールすることができる。このときの感覚は、まさにマルチタッチスクリーンでスクロールさせるのと同じだ。手のひらを動かす方向も、下を見たいなら上へ、上を見たいなら下になる。

 そもそもマルチタッチスクリーンにはポインタそのものがなく、ポインタを動かしてポイントするという概念が希薄だ。外部接続のポインティングデバイスでは、ポイントするという操作が不可欠なので、それが話を余計にややこしくしてしまっている。

●ドラッグで選択する操作は正しかったのか

 こういうことを考え直す気になったのは、Windows 8のスタートスクリーンを体験したからだ。このスクリーンは、基本的に横方向だけのスクロールで操作する。別の言い方をすればパンニングだ。マルチタッチスクリーンでは違和感がないのだが、これをマウスで使う場合、ホイールでの操作をすることになり、ホイールを手前に回転させることで、右方向にパンするのだ。これに大きな違和感を感じた。

 ホイールには、製品にもよるが、横方向のチルト機能があり、従来はそれが横方向のスクロールに割り当てられていた。普通に考えれば、スタートスクリーンを横方向にスクロールさせるのなら、チルトにその操作を割り当てるべきだ。でも、そうはなっていなかった。以前も紹介したが、Microsoftはマウスホイールの左右チルトに、「戻る」「進む」を割り当てようという試みをしているし、TOUCH MOUSEのような最新製品では、「戻る」「進む」は親指のジェスチャーで実現されていなど、内部でも混乱があるようだ。余談になるが、複数本の指を使ったマルチタッチ操作は、ロジクールのタッチパッドとMicrosoftのTOUCH MOUSEでは、あまりにも操作体系が異なり、指がもつれそうになってしまう。

 タッチパッドがいいのは、操作に際して腕や手首の動きを最小限に抑えることができる点だ。そのメリットはマルチタッチスクリーンの時代も変わらないだろう。マウスは熟練度によって操作の疲労度は大きく異なり、パワーユーザーは最小限の動きで望み通りの操作ができるが、慣れていないユーザーにとっては、なかなか操作がたいへんで、長時間使っていると腕が疲れてきてしまう。だが、タッチパッドはほとんどの操作が指先だけでできるので、マウスよりも疲労度は低いはずだ。

 そのタッチパッドでは、ドラッグ操作をするのも、初心者にとってはたいへんだ。そもそも、タッチパッドに限らず、マウスにおいても、ドラッグ操作に「選択」という機能を割り当てたことが、本当に正しかったのかどうか。

 ドラッグ操作はあくまでもオブジェクトを引っ張って移動させることに専念させ、その特別なモードとして「選択」があると考えるべきではなかったか。たとえば、「選択ボタン」といったものを用意しておき、それを押しながらドラッグすれば選択になるという具合だ。あるいは、ポイントそのものが選択でもよかったかもしれない。なのに、ドラッグ操作に選択後の操作、つまり選択されたオブジェクトを引っ張るという機能を重複して割り当てたから話がややこしくなってしまった。そして、それがマルチタッチの世界にも持ち込まれてしまっている。

●時代は縦から横へ

 コンピュータのディスプレイは、縦方向にスクロールすることを前提にGUIが考えられてきた。それは、ブラウン管の走査線が縦に流れるというハードウェア的な理由も大きかったのだろう。それに、従前から使われてきた紙の書類も縦方向だった。

 でも、現在のディスプレイは横長、しかも、ワイド画面が普通だ。縦方向に窮屈さは感じるものの、高くなる一方の解像度がそれをカバーする。それに、今後の紙の書類は、横長のものが多くなるのではないか。おそらくはワイドネイティブな世代が、そうした書類の世界をスンナリと受け入れるのではないか。そうなると、縦方向のスクロールよりも、横方向のスクロールが重要視される時代がやってくる。ページは縦に並べられるのではなく、横に並べられて、横方向にスクロールしてページを繰る時代だ。そうすることで、たとえば、相変わらず縦書きが多い日本語などで、電子書籍の小説を読むような場合との違和感も少なくなるにちがいない。

 いずれにしても、マルチタッチスクリーンと、マウスの操作、単独のタッチパッドといった各種のデバイスの操作に関して、ある程度の標準的な約束事、そしてガイドラインを今のうちに決めておかないと、将来的にユーザーは大混乱に陥ってしまうように思う。新しいMac OSでも、そのあたりのことを考えて、ポインティングデバイスの操作方法に手を入れつつ、試行錯誤しているようだ。

 スクリーンの上と下、左と右、ルーペが動くか書類が動くか。禅問答のようではあるが、早急に解決しなければならない問題にはちがいない。