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枯山水とは何か?という問いを出し続けるお師匠AIと、それに挑む弟子AI。Intelの技術が、「メタバース寺院」の構築を支援

両足院で行なわれた両足院マルチバース展

 京都の建仁寺にある臨済宗建仁寺派の塔頭寺院「両足院」は、「両足院マルチバース展」という、リアルとバーチャルを融合させた最新アート展示会を12月18日~12月26日に開催した。

 両足院マルチバース展では、同寺の「方丈」を会場として、新作インスタレーション展示が行なわれており、禅問答と枯山水をモチーフにして、リアルの枯山水とメタバースのバーチャル枯山水が一体化した展示になっている。また、同様の展示がバーチャル展示となる「ヴァーチャル両足院」でも行なわれている。「リアルとバーチャルの両足院、どちらでもお寺として禅の心を伝えていきたい」、両足院はそうした取り組みを進めている。

14世紀の南北朝時代に開山した両足院、趣のある枯山水や方丈などを持つ臨済宗建仁寺派の寺院

 京都と言えば、言わずと知れた日本の古都。794年に桓武天皇が平安京を作ってから、明治維新後に明治天皇が東遷するまで実に1千年以上にわたって日本の首都とされてきた街だ。京都市内には御所やお寺といった歴史的な建造物が多数残されており、それらを巡る旅は、日本観光の目玉と言っていいだろう。

 そうした京都のお寺の1つに「両足院」がある。両足院は、建仁寺の中にある寺院。建仁寺は、臨済宗建仁寺派と呼ばれる宗派に属する寺院。臨済宗とは中国唐時代の宗祖「臨済義玄」に始まる宗派で、鎌倉時代の僧である栄西が日本にそれを伝えて、いくつかの宗派に分かれて広がっていった。建仁寺はその1つである建仁寺派の寺院で、栄西により開山されたと伝えられている。

建仁寺の入り口
両足院

 両足院は建仁寺の中にある塔頭寺院(高僧などが亡くなった時などに建てられる寺院内の小院のこと)で、正平元年(1358年、南北朝時代)とされている開山当初は「知足院」という名称だったが、天文年間(1532年~1555年、室町~戦国時代)に「両足院」に名称が変更され現在まで続いている寺院となる。

建仁寺の中に両足院がある

 建仁寺は京都市東山区にある寺院で、京都の中心を流れる鴨川の東側にある。建仁寺自体も観光地の1つとしても知られており、茶室や枯山水庭園などが有名だ。両足院はその建仁寺の中にあり、通常は一般公開されていない。しかし、初夏と冬には特別公開されており、その時期だけ参拝することが可能になっている。

 その内部では趣のある枯山水庭園や、方丈(禅宗寺院建築で本堂、客殿、住職居室を兼ねるもの)や大書院(もとは寺院僧侶の私室、書斎)などの由緒ある施設を実際に観覧することができ、方丈で正座して禅の精神に想いを馳せることができる。

建仁寺の庭園、左に見える建物が大書院
大書院から庭を見ているところ、ガラスは歪みがある昔ながらの手作りだ

コロナ禍で座禅会ができなくなったがオンライン座禅会で新しい可能性

禅寺と言えば座禅だが、コロナ禍で座禅会も思うように開けなくなっている現実があるという

 そうした両足院だが、実は仏教という古来の宗教と、新しいテクノロジーであるITの融合に以前から取り組んできた。両足院の副住職 伊藤東凌氏は両足院マルチバース展のはじめにの中で以下のようにコメントしている。

日本に伝わる仏教は、大乗仏教と分類される。

大乗とは、大きな乗り物を指すように、全ての人を漏らさず救うという意気込みを表す。

大乗教典を読むと、仏教が空間や時間を圧倒的なスケールで捉え、またそれを自在に伸ばしたり並走させたりしている事に驚かされる。

教典の表現は、圧倒的なまでに絢爛かつ多元的だ。

世界を空相と掴むからこそ、無限に仮想的世界を展開しているようにも感じる。

大乗の教えの多元性からすると、もはや一つの乗り物ではなく、多数の乗り物とも言える。

大乗を「多乗」と呼んでも差し支えないのではないか。

現代、技術革新による表現が、ようやく仏教の想像力に近づき始めている。

「多乗」なる世界/マルチバースが私たちに新たな視点や慈悲の心を生む事を願いつつ、この状況下で本展が開催できる事に喜びを感じる。

両足院マルチバース展 はじめに

 このように、伊藤副住職は仏教の教えの中に、技術革新を受け入れる素地があり、こうした現代の技術であるITを教えに取り込んでいきたいと説明しているのだ。

 今回のマルチバース展に協力した株式会社ティーアンドエスTHINK AND SENSE部長の松山周平氏によれば「今回ご一緒させていただいている両足院の伊藤副住職は、コロナ禍の影響を受けて、毎朝両足院で行なっていた座禅会ができなくなったことを受けて、新しい取り組みとしてZoomを利用したオンライン座禅会などに取り組まれていました。

 すると、これまでは参加できなかったグローバルの参加者が参加するようになるなどオンラインならではのメリットもあったと聞いています。そうした中で、お寺の持つ機能は物理的でなくても、あらゆるコミュニケーションの手段として提供することができるのではないかという事に思い至りました。

 物理的なのお寺も存在しつつ、それに近しいコミュニケーションを別の形で提供するバーチャルのお寺というあり方を模索していきたいと考えたのがプロジェクトの本質です」との通りで、コロナ禍の中で、テクノロジーを利用して新しい形の座禅会ができるのではないかという副住職を初めとした寺院側の想いが形になったものだ。

 言うまでもないが、2020年の初めから世界は新型コロナウイルスによるパンデミックで大きく混乱しており、日本でも何度も緊急事態宣言が出るなど混乱が発生したことは記憶に新しい所だ。

 松山氏によれば、寺院もその影響を受けており、座禅会ができなくなったそうだ。そこで両足院では、Zoomを利用したオンライン座禅会を行なうなどして、デジタルの力を利用して「禅」の心を広げる活動を行なったところ、これまで参加できなかった国外の参加者にも参加してもらえるなど、オンラインならではの良さという気付きがあったという。

 そこから、伊藤副住職や松山氏などが協力して多元的なお寺のあり方を探るプロジェクトである「ヴァーチャル両足院」の実現を目指してきたという。「ヴァーチャル両足院」は言ってみれば、現実の両足院の新しい側面としてWeb上に展開されるものになる。松山氏によれば、現在もまだ構築中という「ヴァーチャル両足院」は、現実の寺院をバーチャル空間に作ったものではなく、現実の寺院の延長線上にあるそうした寺院にしていきたいということだった。

ヴァーチャル両足院

 つまり、リアル両足院の「デジタルツイン」としてヴァーチャル両足院が存在していくということだ。

お師匠さまAIとお弟子さんAIが「禅問答する」。実現にはOpenVINOを活用

方丈で行なわれていた新作インスタレーション展示

 12月18日~12月26日に”リアル”の方の両足院で行なわれた「両足院/マルチバース展」は、ヴァーチャル両足院の発足を記念したもので、主に3つの展示が行なわれていた。

 1つ目は両足院の大書院で行なわれていた「両足院デジタルアートワーク展示」で、両足院とTHINK AND SENSEが協力して生まれたデジタルグラフィックスアートの展示だ。両足院の大書院は、ガラスなども現在の機械で作るようなガラスではなく、人間の手で1枚1枚作られた歪みがあるガラスがそのまま使われているなど味がある書院の中に、デジタルアートが展示されるという不思議な空間になっていた。

大書院で行なわれていた両足院デジタルアートワーク展示

 2つ目は、後述する方丈に隣接する書院で行なわれた展示の趣旨を説明するパネルと、両足院所蔵の重要文化財である「三教図」の高精度スキャンデータを8Kディスプレイで表示するデモで、ホイール形のコントローラで拡大したり、縮小して全体を見たりということが可能になっていた。

8Kディスプレイに重要文化財「三教図」の高精度スキャンデータを表示するデモ

 3つ目のメインの展示となっていたのが、方丈で行なわれていた「新作インスタレーション展示」。方丈とは本堂のことで、方丈の外には枯山水庭園が広がっており、そこではコロナ禍以前は座禅会などが行なわれていた場所になる。

枯山水とGANによるバーチャル枯山水の融合

 そこには、2つのAIの技術を利用した展示が行なわれていた。1つは機械学習の手法であるGAN(primary and elementary Generative Adversarial Network、敵対的生成ネットワーク)を利用して、バーチャル枯山水を作り出し、それをLEDディスプレイに表示していた。GANに人間の顔データを読み込ませると、人間の顔の特徴点を学習し、それを利用して実際に存在しない人間の顔写真を創り出したりできる。

 今回の展示では、GANに枯山水庭園のデータを読み込ませ、実際には存在しないバーチャル枯山水を作り出し、それをLEDに表示して、実物の両足院の枯山水と一緒に楽しむという趣向になっていた。

 もう1つはSemantic Segmentationを利用したデモ。Semantic Segmentationでは画像データを領域に分割して、名前やカテゴリーをラベル付けしていくディープラーニングのアルゴリズム。それより、静止画の枯山水と動くバーチャル枯山水、さらにはそこに観覧者が通っていく様子などにより、オブジェクト検出が刻々と変わっていく様子が示されている。枯山水とバーチャル枯山水が作り出す風景に新しい意味付けをしていくという様子を表現していた。

方丈の中に設置されたSemantic Segmentationを利用したAI。人間や携帯電話などを認識している

 ティーアンドエスの松山氏によれば「Semantic Segmentationでは、枯山水とバーチャル枯山水の両方を観察するということをやらせていました。AIにより何か得たい結果があるのではなく、あくまでAIに観察させるだけという一般的な用途とは真逆の使い方をしている。それにより禅問答として枯山水とは何か? という問いを出し続けるお師匠さんと、問いに挑むお弟子さんのような立ち位置になっています。人が介在せず、問い続け、答え続けるということを表現している」と、禅問答を2つのAIを利用することで表現しているのだと説明した。

Semantic Segmentationの構築にはOpenVINOが利用されている

 Semantic Segmentationの構築には、IntelがAI推論アプリケーションの開発者向けに提供しているソフトウエア開発環境「OpenVINO」を利用している。OpenVINOを利用することで、開発者はIntelのCPU/GPU/FPGAなどを効果的に利用してAI推論を行なうことが可能になる。Semantic SegmentationもAI推論の1つで、OpenVINOを利用して開発することで非常に手軽にこうした機能を実現することが可能になるのだ。

デジタルとつながるアナログ、リアルとバーチャルの融合した枯山水を見ながら癒やされた1日に

 一通り展示などをチェックした後、筆者も両足院の方丈に座って枯山水とバーチャル枯山水の融合をしばらく眺めてみた。新しいテクノロジーを追いかけていると、新しい発表やその記事の締め切りに日々追いかけられている。そんな生活をしていると、枯山水を眺めて何かを考える時間を持つということなど、夢また夢というのが正直なところだ。

 今回、両足院でこうした展示会が行なわれたことで、枯山水を眺めるなどという、非常にぜいたくな時間の使い方をさせてもらい、頭の中を空っぽにしてゆっくりすることができた。

 残念ながら座禅をするほどの時間はなかったのだが、方丈に座らせていただき、ただただじっくり枯山水とバーチャル枯山水を眺めるという時間は、筆者の2021年の中で最もゆっくりすることができた時間だったと言ってよく、疲れた心も癒やされた1日となった。

 そうしていると、こうした最先端のテクノロジーも、そしてデジタルから見れば超アナログと言って良い「禅の心」もどこかでつながっているのだなという一種の「悟り」を開くことができたような気がしてきた。

 なお、OpenVINOについては現在、ダウンロードするともれなくgiftee Cafe Boxのデジタルギフトがプレゼントされるキャンペーンが実施されている。