レビュー
究極のオーバークロック向けビデオカードASUS「MATRIX」シリーズを試す
(2014/3/29 06:00)
ASUS R.O.G.ブランドのオーバークロッカー向けビデオカード「MATRIX」シリーズから、GeForce GTX 780 Ti搭載モデル「MATRIX-GTX780TI-P-3GD5」と、Radeon R9 290X搭載モデル「MATRIX-R9290X-P-4GD5」が発表となった。
いずれもオリジナルクーラーを搭載し、リファレンスモデルから放熱性を高めるとともに、極冷環境でのオーバークロック機能を充実させたのが特徴となっている。いずれも4月中旬の発売を予定しており、店頭予想価格はGTX780TI-P-3GD5が11万円前後、R9290X-P-4GD5が9万円前後の見込みだ。
今回、発売前に両モデルを入手できたので、簡単なベンチマークと写真をお届けする。
ビデオメモリを温める機能を搭載!?
今回から2モデルとも新たに「MATRIX MEMORY DEFROSTER」と呼ばれる“ビデオメモリを温める機能”を搭載したのが最大の特徴だ。近年の半導体は、液体窒素など0℃以下の環境において、動作が遅くなったり動作しなくなったりする「コールドバグ」と呼ばれる現象が発生する。このMEMORY DEFROSTERはビデオメモリを意図的に温めることで、そのコールドバグ対策として実装された機能である。
基本的にビデオカードを液体窒素などで冷やしてオーバークロックする場合、GPUだけに冷却ポッドを装着して冷やすが、その冷気が基板などを通してメモリに伝わり、GPUがコールドバグになる温度域に達さなくとも、ビデオメモリのコールドバグによってビデオカードが動作しなくなってしまう可能性がある。
この状況に一旦陥ってしまうと、オーバークロッカーは作業を止め、ドライヤーなどでビデオメモリを温める必要が出てくる。そこでMEMORY DEFROSTER機能を使うと、ドライヤーで温める必要がなくなる上、常時オンにしておけるので、ビデオメモリがコールドバグの温度域に達するのを防げるようになるわけだ。
もちろん環境にもよるが、これによってオーバークロッカーはビデオメモリの温度を管理せずに済むようになり、GPUのオーバークロックだけに注力できる。ただし、基板パターンや資料からは、MEMORY DEFROSTER機能の実装方法が分からなかった。
また、液体窒素冷却時に電圧やクロックの設定制限を解除できる「LN2 Mode」を備えるのも特徴。一般的な空冷環境において設定が危険な電圧やクロックを解除することで、より高い性能を発揮できる。まさにワールドクラスのスコアを狙うオーバークロッカー用の設定だと言って良いだろう。
さらに注目すべき点は、本製品はヒートシンクの重量によるカードの歪みを防ぐバックプレートを装着しているにも関わらず、GPU付近のネジ4本だけで表面のヒートシンクを取り外しできるのも特徴。これにより空冷環境から素早く極冷環境に切り替えることができる。まさにオーバークロッカー向けの設計だ。
ただ、これは一般的な利用環境においては関係ない話なのも確か。そのためMEMORY DEFROSTERとLN2 Modeを利用するためには、基板上の空きパターン2つを半田などでショートさせる必要がある。また説明がなかったので不明だが、基板手前のペリフェラル4ピン電源コネクタも繋げる必要がありそうだ。もちろんこの機能の利用も自己責任なので、注意されたい。
空冷でも十二分に満足行く機能
それでは極冷関連機能以外の特徴や、本体のパッケージについても見ていこう。
両モデルともに同時に発表されただけあって、パッケージから製品デザイン、同梱物までかなり共通しており、まさに姉妹モデルといったところだ。特にクーラーと出力インターフェイスがまったく共通のため、パッと見た感じでは見分けがつかない。
ただ基板に目を向けると違いがよく分かる。GTX780TI-P-3GD5はSLI用のコネクタが2基付いているが、R9290X-P-4GD5ではRadeon R9 290X自体がケーブルレスでCrossFireXが実現できるようになったため、コネクタが用意されていない。バックパネルも若干異なり、GTX780TI-P-3GD5はGPU部分の背面に溝が掘られている。さらに細かく言えば、MEMORY DEFROSTERとLN2 Modeを有効にするためのパターン付近が若干異なるので、これによって見分けられる。
ASUS自慢のGPUクーラー「DirectCU II」だが、名前こそ同じもののメインストリームモデルと大幅に異なり、ブラッシュアップしたものとなっている。まず2スロット占有という薄さでありながら、幅を持たせることで高い冷却性能を実現した点。ケースとの干渉という意味では互換性がやや低下している印象だが、160mm以上の高さがあるサイドフローCPUクーラーが入る、ハイエンド構成を考慮したケースであればほぼ問題ないだろう。
幅を持たせることで、2基の大型ファンを搭載すること実現し、これにより冷却性と静音性を両立させている。カードを上から見て右側のファンは一般的なフィンだが、左側のファンは内側がブロワー型、外側が吹付け型のハイブリッド形状だ。このファンは同社の「GTX670-DCMOC-2GD5」にも採用されている“CoolTech”ファンで、同社の検証ビデオによると、従来と同回転数で効果的な風を発生させていることが分かる。これによって静音性と冷却性を両立していると見ていいだろう。
また、ヒートパイプとフィンが黒く塗装されているため、より洗練されたイメージとなった。パイプ径も太く、見た目にも迫力がある。動作中はかなり熱くなっていたので、効果はかなり高いと言っていいだろう。カバーもR.O.G.シリーズにふさわしい赤と黒の力強いデザインで、このあたりはさすが10万円クラスと言ったところだ。
リファレンスとは異なる独自デザインの基板とパーツを採用している点も注目すべきところだ。まず電源は8ピン×2で、一般的な6ピン+8ピンデザインで300W供給を上回る、375Wを供給できる。もちろん液体窒素などでものすごく高い電圧やクロックを目指す場合、375Wどころではないと思われるが、一般的なオーバークロックでは十分だろう。
そのため電源回路も独自に開発した14フェーズの「DIGI+ VRM」を採用。「Super Alloy Power」と謳われたこの回路は、電源ノイズを30%低減させ、信頼性を5倍に高められるという。もちろん製品の性格上、オーバークロック時の安定性を見越した設計なのは間違いなく、一般利用ではオーバースペックと言えるが、オーバークロックせずとも安定性を優先したいというユーザーのニーズにも応えられる。
このほか、1プッシュでBIOSをリカバリするSafe Modeボタンの装備や、R.O.G.シリーズのマザーボードとワイヤーで接続し(半田付け)、BIOS上からクロック調節などを可能にする「VGA Hotwire」など、ユニークな装備も見逃せないところである。
これだけこだわった部品を採用しているだけあって、本製品は動作中非常に静かであることが印象的だった。まずファンの音は、耳を近づけても聞こえないほどに静か。GPU-Zで監視したところ、3DMark最大負荷時にGTX780TI-P-3GD5のファン制御が44%、R9290X-P-4GD5が36%程度であった。軸音もなく、さらに独自のフィン形状も風切り音の低減に貢献しているようだ。また電源回路からのノイズも皆無で、Core i7-4770K付属のCPUクーラーの方が煩いほどである。
ハイエンドに見合う性能
さて、これだけこだわった作りでも性能が出なければ意味がないので、テストをしてみた。テスト環境は、CPUがCore i7-4770K(3.5GHz)、メモリ8GB(DDR3-1600)、Intel Z87 Expressチップセット、128GB SSD(東芝THNSNB128GMSJ)、電源がCorsair AX1200(1,200W)、OSがWindows 7 Ultimate(64bit)などである。ベンチマークは3DMarkを採用した。
まずGPU-Zでクロックを確認したところ、GTX780TI-P-3GD5はコアクロックが1,006MHz(リファレンス+131MHz)、Boostクロックが1,072MHz(+144MHz)、メモリクロックが7GHz(±0MHz)だった。一方R9290X-P-4GD5はコアクロックが1,050MHz(+50MHz)、メモリクロックが5.4GHz(+400MHz)だった。
つまりGTX780TI-P-3GD5はコアクロックを大幅に高めて演算性能をさらに伸ばし、R9290X-P-4GD5はメモリクロックを高めてメモリバンド幅を増やしたチューニングを、ASUSが行なったのである。
リファレンスモデルが手元になかったため、厳密な比較は不可能だが、ハードウェア構成が比較的近い以前のGeForce GTX 780 Tiのレビューを参照していただければ分かるように、GTX780TI-P-3GD5ではリファレンスから約10%ほどスコアが向上しており、オーバークロックの効果は認められた。
リファレンスモデルの実売価格が8万円前後ということを考えると、価格に対する性能という意味ではややインパクトが弱いが、静音性やオーバークロック性能、独自設計などを考慮すると十分価値があると言える。
一方でR9290X-P-4GD5の結果は、リファレンスモデルからそれほど離れていなかった。OSが異なるので、そこで最適化の違いが生まれた可能性がある。また、GTX780TI-P-3GD5と比較するとGraphicsのみならずPhysicsのスコアが低いのも気になった。とは言え予定の実売価格では2万円ほど離れているので無理もない。
GTX780TI-P-3GD5 | R9290X-P-4GD5 | |
---|---|---|
Ice Storm | 165036 | 143456 |
Graphics | 399786 | 366505 |
Physics | 54019 | 45832 |
Cloud Gate | 26452 | 24031 |
Graphics | 80108 | 70148 |
Physics | 7910 | 7280 |
Fire Strike | 10590 | 9548 |
Graphics | 12350 | 11275 |
Physics | 11064 | 10056 |
ただ、Fire Strike実行時の消費電力を比較するとその印象は少し変わってくる。GTX780TI-P-3GD5はCombineテスト時で392W消費していたが、R9290X-P-4GD5は375Wと17W低かった。一方Graphicsテスト時の差はさらに大きく、前者が376Wだったのに対し後者は332Wと、44Wも差がついた。
電源回路の設計は共通なのだが、GTX780TI-P-3GD5の方がリファレンスから大幅にクロックを高めているので、そこが影響したのだろう。動作中にヒートパイプに触れてみても、明らかにGTX780TI-P-3GD5の方が熱かった。逆に言えばR9290X-P-4GD5の方はGPUの個体さえ良ければ、オーバークロックのマージンが残されていることになる。
どちらを選んでも後悔はない
これだけ性格やデザインが近いビデオカードが同時にリリースされるとなると、正直ゲーマーとしてどちらを選ぶか悩むところだろう。絶対性能は確かにGTX780TI-P-3GD5の方が高く、GeForce ExperienceによるShadowPlay録画やストリーミング配信、豊富な既存ゲームのサポートなどの恩恵を受けられる。一方R9290X-P-4GD5は現時点では唯一無二の低オーバーヘッドAPI「Mantle」が利用でき、今後の対応ゲームをプレイするならアドバンテージがある。また、空冷においてオーバークロックでもいじりがいがありそうだ。
とは言え、基本設計が共通化されており、品質においてはどちらも一線級であることには間違いない。正直、このクラスのビデオカードを買うユーザー層は20万円出すことすら躊躇しない人もいるので、「両方買って2台異なるマシンに組み込んで、それぞれの違いを楽しむ」というのも一興ではないだろうか。