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「植物は自身を分解することでリン酸欠乏に即座に対応する」

明治大学 農学部 生命科学科・環境応答生物学研究室の吉竹悠宇志(助教)、篠崎大樹(博士後期課程2年兼日本学術振興会特別研究員)、吉本光希(教授)の研究グループは、リン酸欠乏の早期段階でオートファジーが小胞体(注1)を分解し、細胞内のリン酸をリサイクルしていることを発見しました。オートファジーとは、酵母や動物、植物など真核生物に広く保存されている細胞内成分の分解機構の一つで、細胞内の不要な成分や古くなった成分を分解することで、細胞の品質維持や、栄養成分のリサイクルに重要な役割を果たしています。

■ 本件のポイント
■植物の三大栄養素の一つ・リン酸の欠乏早期段階において、植物オートファジーが小胞体を特異的に分解することで、小胞体に含まれるリン酸をリサイクルしていることを発見しました。
■この小胞体分解機構は、これまで知られていたリン酸欠乏応答機構より早く応答するため、「早期リン酸欠乏応答機構」という新たなリン酸欠乏応答機構を提唱しました。
■植物はリン酸欠乏ストレスに対して、早期および後期の応答機構を使い分けることで、時空間的に不均一なリン酸濃度環境に適応していると考えられました。
■この適応メカニズムを理解することで、場所・時期によって欠乏の度合いが異なる世界中のリン酸欠乏土壌において、それぞれの環境に適した作物を栽培する技術等の開発が期待されます。

■ 要旨
植物の生育においてリン酸は欠かすことの出来ない重要な栄養素であり、リン酸欠乏は植物の生育に重篤な影響を与えます。しかし、土壌中のリン酸はカルシウムイオンやマグネシウムイオンといった金属イオンと結合して植物が吸収できない形態を取ってしまうため、植物はしばしばリン酸欠乏に晒されています。これまでの研究で、リン酸欠乏時に植物の細胞内では核酸や生体膜を構成するリン脂質が分解酵素によって分解され、そこに含まれていたリン酸がリサイクルされていることが知られていました。
一方、本グループは、オートファジーが栄養欠乏時における植物の生育に重要であることを報告してきました。
<過去のプレスリリース>
・『植物は自身を分解することで体内の金属バランスを保つ』明治大学農学部生命科学科 吉本教授の研究グループが新規モデルを提唱
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003chqww.html
・窒素施肥が植物をリン酸欠乏から救うメカニズムを解明ーオートファジーの活性化が生育に寄与ー
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003a4x1r.html

今回、本グループは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いた研究で、リン酸欠乏の早期段階においてオートファジーが自己成分を分解することでリン酸をリサイクルしていることを発見しました。さらに、この際のオートファジーが何を分解しているのか、どのようにして誘導されるのか解析しました。
その結果、早期リン酸欠乏時に、オートファジーによる特異的な小胞体の分解(ERファジー)が誘導されること、このERファジーは細胞内に流入した鉄を介した過酸化脂質蓄積による小胞体ストレスによって引き起こされることが分かりました。
さらに、早期リン酸欠乏時に引き起こされるERファジーは、これまで知られていた後期リン酸欠乏応答機構を抑制することも示唆されました。今回発見された早期リン酸欠乏応答機構と従来知られていた後期リン酸欠乏応答機構を使い分けることで、植物は時空間的に不均一なリン酸濃度環境に適応していると考えられます。
この研究は、JSPS科研費 新学術領域研究「マルチモードオートファジー」(領域代表 順天堂大学 小松雅明教授、計画班代表 吉本光希)、科研費基盤B(代表 吉本光希)および日本科学協会 笹川研究助成 (代表 吉竹悠宇志) の援助により行われました。本研究成果は、2022年3月20日にイギリスの科学誌「The Plant Journal」のオンライン版に掲載されました。

■ 1.背景
リン酸は窒素、カリウムと共に植物の三大栄養素と呼ばれるほど植物の生育に欠かすことの出来ない重要な栄養素であり、リン酸欠乏は植物の生育に重篤な影響を及ぼします。しかし、土壌中のリン酸は少ない上に、カルシウムイオンやマグネシウムイオンといった金属イオンと結合して植物が吸収できない形態を取ってしまうため、植物はしばしばリン酸欠乏に晒されてしまいます。植物は、このようなリン酸欠乏ストレスに対して、細胞内の核酸や生体膜を構成するリン脂質を分解することで、そこに含まれているリン酸をリサイクルしていることが知られていました。
これまで、リン酸リサイクル機構はリン酸を含む細胞内成分を酵素反応によって分解すること、そこで働く酵素が欠損した植物はリン酸欠乏下での生育が抑制されることが知られていました。しかし、細胞内成分を液胞(注2)へと輸送して分解するオートファジーがリン酸のリサイクルおよびリン酸欠乏下の生育にどのような影響を与えるのか、その詳細は分かっていませんでした。

■ 2.研究手法と成果
本研究では、まず、10日間生育させたシロイヌナズナの野生株およびオートファジー不能体をリン酸欠乏培地に移植し、8日間生育させ、表現型を観察しました。その結果、オートファジー不能体では生育が野生株よりも著しく抑制されていることを発見しました (図1A)。また、リン酸欠乏培地に移植後、経時的に葉に含まれるリン酸含量を測定したところ、移植後2、3日目という早期のリン酸欠乏時において、オートファジー不能体のリン酸含量が野生株よりも低下していることを見出しました (図1B)。このことから、オートファジーは早期リン酸欠乏時のリン酸リサイクルに関与していることが分かりました。
次に、早期リン酸欠乏時のオートファジーが何を分解しているのか明らかにするために、緑色蛍光タンパク質によって標識した各細胞内小器官の挙動を共焦点レーザー顕微鏡により観察しました。その結果、早期リン酸欠乏時に小胞体が特異的に液胞へと輸送されている様子が観察され (図2)、オートファジーによる小胞体の特異的な分解(ERファジー)が引き起こされていることが明らかとなりました。また、早期リン酸欠乏時に小胞体ストレス(注3)が引き起こされており、この小胞体ストレスによってERファジーが誘導されていることも明らかにしました。
さらに、早期のリン酸欠乏時に生育環境中の鉄の量を制限すると、小胞体ストレスが緩和され、ERファジーが抑制されることも見いだしました。また、ガスクロマトグラフィーによる解析の結果、早期リン酸欠乏時において、小胞体の主要構成膜脂質は鉄を介して酸化され、過酸化脂質として蓄積されることが分かりました。加えて、過酸化脂質蓄積の阻害剤を処理したところ、早期リン酸欠乏時にERファジーが抑制されたことから、早期リン酸欠乏時に鉄を介した小胞体ストレスがERファジーを引き起こしていることが示されました。
最後に、早期リン酸欠乏時にERファジーが引き起こされない小胞体ストレス応答変異体を用いて、後期リン酸欠乏応答機構の一つである膜脂質転換(注4)の度合いを解析しました。その結果、小胞体ストレス応答変異体では早期リン酸欠乏時にもかかわらず、後期応答の一つである膜脂質転換が引き起こされていました。その一方で、後期リン酸欠乏時では野生株および小胞体ストレス応答変異体との間に膜脂質転換の度合いに差は見られませんでした。このことから、ERファジーの抑制は後期リン酸欠乏応答機構を活性化させているのではなく、誘導タイミングを前倒ししていることが考えられました。
このように、植物には従来知られていたリン酸欠乏応答機構よりも早い段階で誘導されるリン酸リサイクル機構が存在し、そこにオートファジーによる選択的な小胞体分解が関わっていることが分かりました (図3)。

■ 3.今後の期待
後期リン酸欠乏応答機構には、核酸分解酵素などによる細胞内成分の分解の他に、根の形態変化など、不可逆的な応答が知られています。植物は、早期リン酸欠乏応答機構を用いることで、雨などで他の土地からリン酸が再供給された際に、速やかに元の状態に戻って生育を再開することができるのではないかと考えられます。
世界中にリン酸欠乏土壌は広く存在しますが、その欠乏の度合いは場所によって異なっています。本成果により、植物は時空間的に不均一なリン酸濃度環境に適応していることが示され、その適応メカニズムを理解することで、その環境に適した作物を栽培する技術等の開発が期待されます。

■ 4.論文情報
<タイトル>
Autophagy triggered by iron mediated ER stress is an important stress response to the early phase of Pi starvation in plants
(日本語タイトル:鉄依存性小胞体ストレスによって誘導されるオートファジーは早期リン酸欠乏下でのリン酸再供給に関与する)
<著者名>
Yushi Yoshitake, Daiki Shinozaki, Kohki Yoshimoto
<雑誌>
The Plant Journal
<DOI>
https://doi.org/10.1111/tpj.15743

■ 5.補足説明
注1)小胞体細胞内小器官の一つ。合成されたタンパク質の折り畳み(フォールディング)やカルシウムイオンの貯蔵などを行う。
注2)液胞細胞内小器官の一つ。細胞内物質の分解・貯蔵を担う。
注3) 小胞体ストレスタンパク質の異常な折り畳みなど小胞体の機能に異常が生じた際に発生するストレス。
注4) 膜脂質転換植物が特異的に有するリン酸欠乏応答機構の一つ。生体膜を構成するリン脂質を分解することでリン脂質中のリン酸をリサイクルすると同時にリン酸を含まない糖脂質が消失したリン脂質の機能を相補する。

画像1:
図3. 本研究成果により明らかとなった早期リン酸欠乏応答機構の模式図


図1
(A)リン酸欠乏時の生育の様子。スケールバーは1cmを示し、白矢頭は枯死した葉を示す。
(B)リン酸欠乏培地に移植後の第1, 2本葉内のリン酸含量。*は野生株とオートファジー不能体との間に有意に差があることを示す。(Dunnett法)

画像2:
図3. 本研究成果により明らかとなった早期リン酸欠乏応答機構の模式図


図2. 葉肉細胞内の共焦点レーザー顕微鏡写真
緑色は各細胞内小器官、マゼンダは葉緑素を示している。丸い葉肉細胞内の暗く抜けている部分は液胞であり、白矢頭はオートファジーによって液胞へ輸送された小胞体を指す。スケールバーは10μmを示す。

画像3:
図3. 本研究成果により明らかとなった早期リン酸欠乏応答機構の模式図


早期リン酸欠乏時に細胞内に流入した鉄が生体膜を酸化することで過酸化脂質が蓄積する。過酸化脂質の蓄積を介した小胞体ストレスはERファジーを誘導することで小胞体に含まれるリン酸を細胞内にリサイクルする。ERファジーによって細胞内に再供給されたリン酸は膜脂質転換をはじめとした後期リン酸欠乏応答機構を抑制する。T字の矢印は抑制することを示す。

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