セイコーエプソンの碓井社長が基調講演
独ベルリンで開催中の家電見本市「IFA 2012」において、セイコーエプソンの碓井稔社長が、開催初日に基調講演を行なった。
「Becoming Indispensable in a changing world」(変化し続ける世界の中で、なくてはならない存在になるために)と題したこの講演では、日本のモノづくりへの姿勢や、今年創業70周年を迎えるエプソンの代表的製品であるプリンタやプロジェクターへのこだわりなどについて語った。
●職人の技術が日本のモノづくりを支える今回のIFAへの参加で、今年だけで3度目のドイツ訪問になるという碓井社長は、ドイツが欧州の文化や経済における中心的存在であるとしながらも、経済や市場、競争環境が大きく変化し、多くの国家や企業が岐路に立たされていることを指摘。企業は、自らの立ち位置を明確に定義する必要があると切り出した。
その中で、今年創立70周年を迎えたエプソンは、他の日本企業と同様に、環境に貢献していることや、技術の伝統を受け継いでいること、また、製品を自ら生産していることにこだわっているとし、「それがお客様に、喜びと驚きをもたらす優れた製品を提供することにつながっている」とした。
碓井社長は、スクリーンに「匠」という漢字を映し出しながら、「これは専門技能、あるいは優れた職人の仕事という意味。日本は職人の技術で知られ、寿司や和紙、着物など古くから伝わる、職人が受け継いできた長い伝統があった。日本の職人は、仕事への取り組み方が徹底的で、自らの仕事に強い信念を持っている。伝統的な日本の職人は、顧客を喜ばせたり驚かせたりするために、信じられないくらい長い時間を掛けることもしばしばある。その伝統は、製造業に生き続けている」などと語った。
さらに、トヨタ自動車の豊田喜一郎氏やホンダの本田宗一郎氏、パナソニックの松下幸之助氏、ソニーの井深大氏などの写真を映し出しながら、「このような偉大な人物であっても、製造技術の習得を重んじる日本社会の慣習を頼りにしていた。そして、多くの日本企業は、広い意味で社会に貢献していくことが会社の使命だと捉えており、自社のコアとなる製品や技術を基盤とし、代々それに磨きをかけ、強化し続けている」と続けた。
●メイド・イン・ジャパンが脅かされているIFA 2012のエプソンブースの様子 |
日本には創業200年を超える企業が3,000社以上あるという。そして、創業200年以上の会社が世界で2番目に多いのはドイツであり、その数は約1,500社にのぼるという。
そうしたデータを示しながら、「エプソンは、今から70年前に、小さな時計製造工場としてスタートし、時計製造を熟達の域にまで高め、世界初のクオーツ時計を開発することに成功した。これは、決して容易に達成できるものではなく、高度な専門技術、そしてアイデアを手頃な価格の商品に落とし込む能力、これらが融合してはじめてなし得たものだ」と語った。
だが、その一方で、「かつて栄華を誇った『メイド・イン・ジャパン』は脅かされ、私は、高機能と国内製造にこだわるいくつかの日本の有名メーカーが、道を誤ってしまったのかもしれないと思っている」と指摘。「エプソンも過去に、日本や欧米向けに作った製品をほとんどそのまま新興国でも販売していたことがあるが、このやり方では通用しない。これからは、それぞれの地域のお客様にあわせた商品を作らなければならない」と語った。
●エプソンの核となる強みは、『省、小、精』碓井社長は、20年前、インクジェットプリンタ開発担当のエンジニアだった頃を振り返り、「他社を真似するのではなく、エプソンの真の強みを理解し、他社以上の価値がある、他社とは全く違う何かを作り出さなければならないと考え、マイクロピエゾを開発した。これは、エプソンのプリンティングビジネスの核となるものであり、競合他社が決して真似できない独自の性質を持っている。さまざまな会社が、短期的な利益を追求するばかりに核となる強みを捨て去って、失敗していく様子を目のあたりにしてきた。エプソンの核となる強みは、『省、小、精』であり、いずれも製造の難易度が非常に高いため、アジアや英国に自前で製造拠点を有している。エプソンが送り出す世界初の商品の多くは、アイデアを現実のものとする、モノづくりの技術なしには実現しなかった」とした。
1989年から開始したプロジェクターについて言及した碓井社長は、「経営判断によって、一時は開発チームのエンジニアが6人にまで減少したが、エプソンの液晶と光学技術を駆使することで、世界初の3LCDプロジェクターを設計した。これが過去11年間にわたってナンバーワンのマーケットポジションを維持し、プロジェクターの製造で世界をリードしていることにつながっている」と語り、また、従来製品に比べて約40%小型化したインクジェットプリンタを例にあげ、「私はこの製品は本当に美しいと思っている」と表現。「製品を小型化し、もっと美しいものにするというコンセプトを、プリンタ全製品、プロジェクターなどにも広げていく」とし、「古くからの日本の職人のように、私はエプソンの製品と技術を通じて、お客様の笑顔が見たい」と述べた。
日本でも発表したばかりのプリンタ新製品を展示 | IFA 2012で発表したホームプロジェクターの新製品群 |
●デジタルとアナログを結ぶ「モベリオ」
ブースに展示されていたモベリオBT-100シースルーモバイルビューア |
また、「エプソンの強みは、デジタルの世界とアナログの世界を結びつける能力にある」とし、その一例として、「モベリオBT-100シースルーモバイルビューアー」を挙げた。
モベリオはエプソンのプロジェクターの核であるHTPS技術をもとに開発したもので、構想から実現までに約2年間を費やしたという。
「モベリオは、ウェアラブルなエンターテイメント機器で、シースルーレンズを通してさまざまなデジタルコンテンツを楽しむことができる。シースルーであることから、映画やインターネットなどのコンテンツで自分だけの世界に没頭しながらも、周囲の状況を確認することもできる。モベリオのような機器がこれからのパーソナルエンターテイメントの中心になり、教育、製造、観光、建設業といったさまざまな分野で活用できる可能性がある」と語りながら、「これに留まらず、さらに軽量化と小型化を進めた2代目のモベリオの開発に向けて、鋭意努力をしていく」と、継続的に製品化を進めていく姿勢をみせた。
さらに、「新たなコンセプトに基づいた、ワクワクするような製品の開発にも取り組んでいる」として、健康状態の監視などが可能になるウェアラブル製品として、腕時計型の脈拍計とGPSランニングモニターを商品化したことを紹介。「日本の技術は、病気の人や高齢者をアシストするような製品の開発において、市場をリードする」と語った。
具体的な例として、離れて暮らしているお年寄りの健康状態を、小型軽量のエプソン製のリストデバイスで計測し、クラウドを介してスマートTVに接続することで、家族や医療関係者などに通知するといったことが可能になるという。
また、碓井社長は、糖尿病患者支援のために、エプソンの技術を活用できるかどうかの調査を進めていることを初めて明らかにし、「患者に意識をさせずに常にデータを収集するような商品が社会に必要とされており、そこにエプソンの技術が貢献できる」などとした。
一方で、印刷領域では、プリンタのさらなる小型化を追求していく姿勢をみせたほか、オフィスや商業/産業領域においても、インクジェット技術を活用できる機会があるとし、液晶TVのカラーフィルタに利用されていること、デジタルドライミニラボでの活用、ラベル印刷機や捺染印刷などの事例を紹介。「いつの日か、すべての衣服はエプソンによってプリントされるかもしれない」などと語った。
なお、エプソンでは、年間売上高の約6%を研究開発に投資しており、これは1日あたり約200万ドルに相当すると語った。
●他社が真似の出来ない製品をつくる3D表示のデモストレーションも行なっていた |
最後に碓井社長は、「エプソンを短中期的な経済の動きに耐えうる会社にしていく」とし、「私のミッションは、エプソンをなくてはならない会社にすること。会社としての価値は、いかにして独自の技術を活用し、お客様の期待や想像を超える製品を実現できるかに尽きる」と語り、「他者のアイデアや技術に頼ることなく、ゼロから製品を作り上げ、他社が簡単に真似できない製品に仕立て上げること。我々の持つものづくりの伝統を絶やさないことである」とした。
本社に「ものづくり塾」をつくり、日本国内のすべての新入社員がここで研修を受け、プリンタと時計の組立/分解を学んでいることを紹介。「こうしたスキルはやがて世界中のエプソンの製造現場に伝わっていく」と語った。また、サプライチェーン全体を見直し、日本国内では、研究開発および要素部品の製造に集中し、お客様の期待を超える優れた製品を作り続けるためにのモノづくりのスキルを高める一方、欧州では、顧客に密接した販売会社のネットワークを活用し、単に製品を売るのではなく、顧客のニーズを調査および予測。市場から吸い上げた情報を次の製品に反映できるように設計者にフィードバックする役割を担うとした。
碓井社長は、「エプソンは、心躍るようなさまざまな製品や技術を計画中であり、今後のエプソンに注目してほしい」と語り、講演を締めくくった。
(2012年 9月 4日)
[Reported by 大河原 克行]