【ISSCC 2011レポート】
LPDDR2互換の1Gbit相変化メモリをSamsungが開発

会場内の液晶モニター。来年(2012年)のISSCC開催日程を告知していた

カンファレンス会期:2月21日~23日(現地時間)
会場:米国カリフォルニア州サンフランシスコMarriott Hotel



 ISSCC 2011のカンファレンスが23日夕方に閉幕した。カンファレンス最終日の注目講演をご紹介したい。

●相変化メモリの原理と特徴
相変化メモリの記憶素子(原理図)。カルコゲナイド合金と呼ばれる特殊な合金材料を電流パルスによって加熱し、結晶相(低抵抗状態)あるいはアモルファス相(高抵抗状態)を作り出す

 最終日の講演で最も興味を引いたのは、Samsung Electronicsによる相変化メモリの発表である(講演番号28.7)。相変化メモリは、フラッシュメモリの代替を狙う次世代不揮発性メモリの候補の1つ。特定の合金材料が結晶相とアモルファス相(ガラスと似た状態)の間を行き来する性質(相変化)を利用し、データを記憶する。

 合金材料に短くて高めの電流パルスを流して加熱し、合金を溶かして急速に冷やす。すると合金材料はアモルファス相となり、電気抵抗が高い状態(リセット状態)になる。今度は、合金材料に長くて低めの電流パルスを流して加熱し、合金をゆっくり冷やす。すると合金材料は結晶相となり、電気抵抗が低い状態(セット状態)になる。電気抵抗の違いが論理レベルの違いに対応する。リセット状態あるいはセット状態はいずれも、電源を切っても維持される。このため、不揮発性メモリを実現できる。

 合金材料が相変化を引き起こすのに必要な時間は数十~数百nsだとされている。この時間はデータの書き込み時間の目安であり、DRAMに比べると長いものの、フラッシュメモリに比べるとずっと短い。原理的にはフラッシュメモリよりも、はるかに高速に書き込める。

 相変化メモリのメモリセルは、1個のセル選択素子と1個の記憶素子で構成する。この構成はDRAMに近い。原理的には、DRAMと同等の記憶容量を達成できることになる。

●相変化メモリの代表的な開発企業

 相変化メモリの研究開発に積極的に取り組んできた企業の代表は、Samsung ElectronicsとNumonyx(現在はMicron Technologyに統合されている)だろう。Samsung Electronicsは2006年のISSCCで256Mbitチップを、続く2007年のISSCCでは512Mbitチップを試作発表し、大容量化の先頭を走ってきた。

 一方でNumonyxは、IntelとSTMicroelectronicsの相変化メモリ共同開発プロジェクトを引き継ぐ形で研究開発を続けてきた。IntelとSTMicroelectronicsが2008年のISSCCで発表した相変化メモリ技術を継承し、128Mbitの相変化メモリを製品化した。さらに2010年には、DRAMに匹敵する1Gbitの大容量チップをISSCCで発表した。この発表によってNumonyxは、相変化メモリの大容量化でSamsungを追い抜いた。

 またSamsungとNumonyxの両社は2009年6月に、相変化メモリの共通仕様を策定することに合意したと発表した。共通仕様に準拠した相変化メモリは、早ければ2010年中にも製品化される予定となっていた。2009年9月にはSamsungが512Mbitの相変化メモリの量産を始めたとアナウンスした。相変化メモリに対する期待感は急速に高まった。

●Numonyxの脱落でSamsungの動向に注視
大容量相変化メモリの開発事例。なおSamsungは相変化メモリを「PRAM(Phase change RAM)」、Numonyx(およびIntel、STMicroelectronics、Micron)は相変化メモリを「PCM(Phase Change Memory)」と呼んでいる

 しかし、2010年2月にMicron TechnologyがNumonyxの買収を決定して以降、相変化メモリの開発状況には変調が見え始めた。Numonyxは当初、1Gbit相変化メモリ(NORフラッシュメモリ互換品)のサンプル出荷を2009年第4四半期に始め、2010年にはSamsungとの共通仕様に準拠した1Gbit品を製品化する計画だった。それが2011年に入っても、相変化メモリの新製品に関するアナウンスが聞こえてこない。Micron Technologyでの相変化メモリ開発は、Numonyx時代に比べると明らかにトーンダウンした。

 残るSamsungの動向が注視される中で、今回の相変化メモリチップはISSCCで発表されたことになる。記憶容量は1Gbitで、2010年にNumonyxが発表したチップと同じであり、次世代不揮発性メモリとしては過去最大に並んだ。

●相変化メモリとDRAMを同じコントローラに接続
LPDDR2規格の狙い。同じメモリコントローラで、SDRAMと不揮発性メモリを扱えるようにする

 SamsungがISSCC 2011で発表した1Gbit相変化メモリの最大の特徴は、低消費電力メモリの標準規格「LPDDR2」に準拠したことだ。LPDDR2は低消費電力版SDRAMの標準規格として知られている。これは正確には「LPDDR2-SX」と呼称される規格で、LPDDR2にはもう1つ、「LPDDR2-NVM」(あるいは「LPDDR2-N」)と呼称される不揮発性メモリ用の規格が存在する。

 SDRAM用のLPDDR2規格と不揮発性メモリ用のLPDDR2規格が存在する大きな理由は、LPDDR2規格に準拠したメモリコントローラでSDRAMと不揮発性メモリの両方を接続できるようにするためである。低消費電力を強く要求するモバイル機器で、メモリサブシステムを構成しやすくなる。

 Samsungが開発した1Gbit相変化メモリは、この「LPDDR2-NVM」規格に準拠した。LPDDR2-NVM規格に準拠した不揮発性メモリは、このチップが初めてだろう。製品化されたならば、LPDDR2 SDRAMと組み合わせたシステムを組めるようになる。

Samsungが開発した1Gbit相変化メモリの概要とシリコンダイ写真Samsungが開発した1Gbit相変化メモリの内部ブロック

●LPDDR2 SDRAMとの組み合わせを意識して設計

 Samsungの講演と論文から見えてくるのは、開発したチップの高い完成度である。ISSCCで発表される半導体チップは、極論すると2種類しかない。研究試作チップと製品化前チップである。前者は製品化の遥か手前にあり、試作と評価が目的のチップである。これに対して後者のチップは、1年以内にはサンプル出荷することを前提にしている。今回のチップは、後者に見える。

 その理由は2つある。1つは、SDRAMとの組み合わせを意識した設計になっていることだ。単純にインターフェイスをLPDDR2-NVMに合わせたというチップではない。例えば相変化メモリは、SDRAMに比べると書き込みスループットが低い。そこでSRAMバッファを内蔵し、スループットの差を埋めている。

 もう1つは、相変化メモリが原理的に抱える弱点を補う設計がなされていることだ。例えば書き込みには電流パルスを使うので、同時に書き込むデータの数が多くなると、同時スイッチング雑音の影響が無視できない。そこで書き込むデータを2つのグループに分け、電流パルスのタイミングをわずかにずらすことでスイッチング雑音の低減を図っている。

●セカンドソースが見えない

 繰り返しになるが、SamsungとNumonyxの両社は2009年6月に、相変化メモリの共通仕様を策定することに合意した。2009年の後半時点でNumonyxは、共通仕様にはLPDDR2-NVM規格を含むこと、製品の記憶容量は1Gbitであること、製品化の時期は2010年であることを明らかにしていた。SamsungがISSCC 2011で発表した相変化メモリチップは、Numonyxが2009年の後半時点で表明していたチップであることが分かる。

 Numonyxが2009年の後半時点で予測できなかったのは、翌年に自社が買収されるという未来だ。これはSamsungにとっても予想外の事態だったろう。Numonyxが買収されずにいたら、ISSCCに登場するLPDDR2-NVM規格準拠の相変化メモリはSamsungの単独発表ではなく、SamsungとNumonyxの共同発表になっていたかもしれない。あるいは、Numonyxがもっと早くにLPDDR2-NVM準拠の相変化メモリを発表していたかもしれない。

 大容量相変化メモリの普及にはセカンドソースが不可欠だろう。だが残念ながら、セカンドソースとなる半導体ベンダーがまだ見えない。

(2011年 2月 25日)

[Reported by 福田 昭]