ジェット推進研究所、宇宙探査機の不良発生データを公表
PCシステムを含めた電子機器が稼働する環境条件の中で、宇宙空間は最も厳しい条件の代表格だろう。
例えば、ロケットの打ち上げコストを考えると、宇宙船や探査衛星などの積み荷はなるべく軽くしたい。しかし電子機器は、宇宙放射線に耐えなければならない。耐放射線性などの信頼性を確保する工夫のために、電子機器は重くなりがちだ。信頼性を確保する工夫は、消費電力も増やす傾向がある。一方でバッテリや太陽電池モジュールなどの質量はなるべく小さくしたいので、電子機器の消費電力は下げておきたい。温度環境も過酷である。太陽系内を飛行するときに太陽側は超高温になり、太陽の影側は極低温になる(実際には回転しながら飛行するので極端な高温または低温にはならないが)。それから打ち上げ時や、目的天体への着陸時の機械的振動・衝撃・加速度にも耐えなければならない。
宇宙開発で最も豊富な経験を有する米国で、宇宙探査機器の開発を担ってきたのがジェット推進研究所(JPL:Jet Propulsion Laboratory)である。数多くの宇宙探査プロジェクトで、さまざまなセンサーを搭載した無人探査機器の開発を担ってきた。JPLのマネジメントはカリフォルニア工科大学の役割だが、JPLの仕事は米航空宇宙局(NASA:National Aeronautics and Space Administration)と協力して探査機器を開発することにある。
ジェット推進研究所(JPL)が手掛けてきたプロジェクトの例。火星探査、太陽系内探査、太陽系外惑星探査、天文物理学、地球物理学、惑星間ネットワークなどがある | JPLの年間ミッション数の推移('58年~2008年)。'90年代からミッション数が激的に増加していることがわかる |
従って米国の宇宙探査プロジェクトにおける無人探査機器の故障事例とその分析データは、JPLが保有している。IRPS 2010では、その一端が披露された(講演者D. J. Sheldon氏、講演番号6E1.1)。
●プラズマやイオンなどが一過性の不良を起こす
講演論文によると、NASAが'74年~'94年に発生した宇宙船の不良や異常などの事例を調べたところ、宇宙空間のプラズマが原因である不良が最も多く、36%を占めた。プラズマが宇宙船の機器に干渉したり、機器を劣化させたりして、デジタル回路の論理反転やメモリのビット不良、性能劣化などを引き起こしていた。2番目に多い原因はイオンの放射で33%だった。また不良モードの中で一過性の不良(シングルイベント・アップセット)は42%以上を占めていた。なお、調べた不具合の事例数は100を超えた。
シングルイベント・アップセットは、宇宙を航行する機器では広範囲に起こっていた。例えば'83年に打ち上げられたデータ中継衛星(TDRS-1)では、'84年~'90年にわたってシングルイベント・アップセットの発生を記録していた。最初の異常は、TDRS-1の高度制御システム(ACS:Attitude Control System)で起こった。ACSのメモリデータが書き換わっていたのだ。ACSの異常は衛星の姿勢と高度を不安定にしかねない。地上管制によってTDRS-1の高度を維持する必要に迫られたという。
水素イオン(陽子)の突入によるラッチアップ不良(回路がオン状態のままになり、オフ状態に切り換えられない不良)が初めて確認されたのは、'91年に打ち上げられた欧州リモートセンシング衛星(ERS:European Remote Sensing Satellite)に搭載した精密距離測定装置(PRARE:Precision Range and Range Rate Equipment)である。不良が発生したのは南大西洋異常帯(SAA:South Atlantic Anomaly)と呼ばれる海域の中心付近だった。この海域ではヴァン・アレン帯の高度が非常に低いため、放射線の照射量が異常に多く、現在でも地球周回人工天体にとって脅威となっている。
●電気系の不良が最も多い
講演によると、無人探査機器に使われる電子部品の故障をJPLは、探査プロジェクトの行程内で3つの段階に分けて把握している。最初の段階は「打ち上げ前(Pre-launch)」である。この段階でテストとスクリーニングを実施する。次の段階は「打ち上げ(Launch)」だ。ここでアクシデントが発生した場合は普通、探査プロジェクトは中止(または延期)せざるを得なくなる。
打ち上げが無事に完了すれば、「ミッション(Mission)」に入る。ここでは初期のミッション、中核となるミッション、ミッションの延長と進んでいく。前に述べたシングルイベント・アップセットが問題となるのは、ミッションの段階である。
「打ち上げ前(Pre-launch)」の段階における電子部品の不良モードを分析したところでは、約30%が機能不良、約30%が短絡不良、約10%が開放不良だった。短絡不良(ショート)が多く、開放不良(オープン)が少ない。機能不良は物理的な異常が見つからないにもかかわらず、性能が仕様を満たさない不良である。
不良の要因別では、機器組み立て企業による取り扱いが最も多く、30%以上を占めた。次いでEOS/ESD(電気的オーバーストレス/静電気放電)が多く、約25%となっている。
宇宙探査機器に搭載する電子部品の例 | 「打ち上げ前(Pre-launch)」の段階における不良モードの割合 | 「打ち上げ前(Pre-launch)」の段階における不良の要因別割合 |
「打ち上げ(Launch)」の段階における不良率 |
続いて「打ち上げ(Launch)」である。ここではBoeingのデータを紹介した。打ち上げ時における不良発生の割合を10年ごとに区切って示したデータだ。'60年代は20%もの不良率だったが、'70年代以降は不良率が5~10%に下がっている。それでも決して低いとはいえない。'60年代~2000年代の46年間における平均不良率は9.4%に上る。
そして「ミッション(Mission)」となる。人工衛星で周回中に発生した不良の部位を'80年~2005年にわたってまとめたデータによると、最も多かったのは電気的な不良で45%を占めた。なお太陽電池パネルの故障は、電気的な不良に含めた。次いで多かったのは機械的な不良で32%である。不良の発生個所が把握できなかった場合は17%と、かなりの割合を占めた。
地球周回衛星の不良発生個所をサブシステムごとに細かく分析したデータによると、不良の最も多いサブシステムは太陽電池パネルとテレメトリ/トラッキング・サブシステムで、それぞれ25%を占めていた。次いでスラスタ(推進器)が13%、電気系が12%、ジャイロが8%、機械系が8%の順となった。
軌道衛星で周回中に発生した不良の部位('80年~2005年) | 地球周回衛星の不良発生個所 |
宇宙空間特有の条件が原因となった、地球周回衛星の不良 |
宇宙環境では、太陽風、磁気嵐、隕石、日食、デブリといった特有の不良要因が存在する。これらの宇宙環境が原因の不良は、地球周回衛星の不良の中で16%の割合だった。また重要なこととして、ミッションが開始して1年以内の不良発生が不良全体の41%を占めていた。
それから火星周回探査衛星(MRO:Mars Reconnaissance Orbiter)のミッション中に電気系で発生した不良の事例を説明してくれた。MROは火星の周回軌道を回りながら火星の表面付近をカメラや分光計、レーダーなどで探索する。2005年8月に打ち上げられ、2006年3月に火星の周回軌道に到達した。
MROではミッション中に、SRAMのシングルイベント・アップセット(陽子の突入が原因)、通信ダウンリンクの消失(プロセッサ・ファームウェアのバグが原因)、MESFETにおける消費電力増加(パッケージングの短絡が原因)、RFスイッチの動作不良(デブリの突入が原因)、などの不良が発生した。
MROの概要 | MROで発生した不具合とその要因、対処方法 |
このほかにも長大なケーブルが帯電することによるESDの発生など、宇宙探査機器を取り巻く危険要因は少なくない。しかし、最近では予算の制約から一般の電子部品を宇宙探査機器に搭載して部品コストを削減するようになっており、カスタム注文で高い信頼性を備えた高価な部品を開発することは難しいため、一般の電子部品の中からテストやスクリーニングなどで宇宙用に適した品種を選び出すことが求められている。JPLとNASAが40年以上にわたって蓄積してきた膨大な信頼性データと不良解析データが、最新の宇宙探査プロジェクトを支えているというわけだ。
(2010年 5月 11日)
[Reported by 福田 昭]