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「金属=電波の敵」の常識を覆す。パナソニックが開発したアンテナの正体とは?

電波は金属に囲まれた空間や、金属が近くにあるとアンテナの性能が劣化する。つまり電波が届きにくくなる

 電波は目に見えないので仕組みや動作が難しい。しかし最近はスマートフォンやPCなどでWi-FiやBluetoothを使う機会も多く、電波がよく届かない場所を経験からご存じの方も多いだろう。

 Wi-Fiは、事務所の鉄製ドアの外に出た廊下では使えない。またエレベーターに乗ったらWi-Fiのダウンロードが切れたなどがあるだろう。自宅では、脱衣所までバリバリ届いたWi-Fiが、ユニットバスに入ったら電波がメッチャ弱くなった、さらに手で持っていたらYouTubeが見られるのに、お風呂の壁に立てかけたら見られないなどだ。

 これらの原因は、Wi-Fiなどの電波は金属に囲まれた空間から外に出られない、金属に近いところにある無線機器は極端に電波が弱くなるという特性があるからだ。電波の周波数が高いほどそれは顕著になり、2.4GHzなら木製のドアは通り抜けられるが、5GHzだと木製でも通り抜けできなくなる。

 しかし、これまで不可能とされていた「金属内部に遮蔽された空間内」や「金属の間近に配置が可能」という常識を変えるアンテナが開発された。それがパナソニック エレクトリックワークス社が新しく開発した金属ロバストアンテナだ。

 前置きが長くなったが、同社は2月20日に「金属ロバスト性を有するアンテナ設計」の技術説明会を実施した。Wi-FiやBluetooth、5Gや6Gなど電波を使う機器が多いPCやデジタルガジェットの未来が大きく変わりそうなので、その内容をお伝えしよう。

パナソニック エレクトリックワークス社が開発したアンテナは、金属の内部や近くに設置しても性能が劣化しない。結果、電波の通る樹脂を使わずに強度を上げたり、製造コストを下げたり、金属壁面や天井でも無線機器が使えるようになる

消防法などに阻まれ性能を劣化させる金属をしぶしぶ使う

 パナソニック エレクトリックワークス社は、コンセントや壁スイッチ、ブレーカー、照明機器など、さまざまな電材を開発・販売している。一般家庭の照明がリモコンで操作できるように、ビル照明もリモコンで操作できるように変わりつつある。しかもビル照明は工場のような金属で囲まれた場所や広い空間もあり、家庭用で使われる赤外線リモコンが届かない場所などさまざまだ。そのためビル照明は広範囲や物陰でも操作できる無線方式が必須である。

ビルや工場用の照明は、消防法などに適合するため、また大型照明は強度が必要になるので、難燃性で剛性の高い金属製になっている。そのため無線操作する照明の「障壁」になっていた

 しかし照明機器の多くは金属でカバーされ、内部の無線回路やアンテナでは性能が劣化する。また天井近くには金属製の構造体や天井パネルなどが貼られている場合があり、無線機器にとっては最悪な空間。これを解決するために開発されたのが「金属ロバストアンテナ」だ。

 実際に機器に実装されているアンテナは、次の写真のようなもの。

この製品は天井の照明用レールに取り付けるLEDスポットライト。四角い金属製のボックスの中に電源回路と無線回路が実装されている
金属のボックスに細長いスロットが空いているのが特徴。ここから内部の電波が漏れるのではなく、この隙間がボックス全体をアンテナ化する

ひとすじのスロットがアンテナの敵「金属」を味方に変えた

 金属ロバストアンテナは、金属ケースに入れた無線回路の電波が、細長いスロットから漏れ出るんじゃないの?と思うだろう。しかしそこには、無線の原理とフレミングの法則を使った裏ワザ的な技術が隠されている。そのためにちょっとだけ無線の仕組みを見ておきたい。

 まずは周波数だ。電波は(電磁)波の一種で1秒間に繰り返される波の数を周波数という。おなじみWi-Fiの5GHzなら、1秒間に5,000,000,000(50億)回振動する(電磁)波。Wi-Fiのアクセスポイントとスマホの間で通信するには、ラジオのように互いの周波数を合わせる必要がある。

 また周波数には特性があり高速通信ができたり、遠くまで電波が届いたり、障害物を反射で迂回したりするヤツがいる。そのため「何MHzやGHzあたりの周波数は、こういう用途に使うこと」という区分が法律で決められているのだ。

この表で注目するのは、周波数と波長の部分。電波は光と同じ秒速30万kmで進むので、周波数(1秒間の波の数)が分かると1つの波の長さ(1波長: 山から山の頂点間の長さ)が分かり、周波数と1波長がひもづけられるという。レーダーが「ミリ波」といわれたりするのはこのため

 さて電波の速度は光と同じ秒速30万km(=300,000,000m)なので、5GHzのWi-Fiで計算すると、その波長は300,000,000m÷5,000,000,000波=0.06m/1波となり、1波長は6cmだ。表の3GHzとその前後を見比べると、5GHzの波長が6cmというのはなんとなくイメージできるだろうか?電波は見えないので、ちょっと難しいけど……。

 もう1つの電波の特徴は、電界と磁界というまったく同じ波長を持った2つの波の成分を持っている点。電波が飛ん来るのを真正面から見ると、電波の電界という成分は、縦に波打って進んでいき、磁界という成分は横に波打って進んでいく。

一番左にある「金属導体」がアンテナ本体で、電波は右下に向かって飛んでいく。金属導体と同じ縦向きに波打つのが電界で、横向きが磁界になる。電界と磁界の波は交直するだけで、波長も形状もまったく同じ

 察しのいい方はお気づきの通り、電波は「フレミング左手の法則」の原理を持ち、必ず磁界をともなう。だから無線充電のQiや交通系ICカードのFeliCaと同じく、電磁誘導で誘導電流が発生する。

 ここでロバストアンテナに戻って構造を見てみよう。

金属製のボックスに細長いスロットを空けて、それに交直する用にアンテナを中にいれる。するとスリットから電界のみが抜け出すため、波形に同調した電流がボックスに流れ、アンテナに合わせて共振する

 ロバストアンテナでは、スロットから抜け出す電界が重要だ。もしスロットがないと電界がボックスの中に閉じ込められ、電波は送受信できなくなる。

 次に重要になるのが先に出てきた波長。金属製のボックスとアンテナが共振するためには、アンテナから出る周波数と同じ波長のスロットが必要になる。短くても長くてもダメで、電界が抜け出せなかったり、波が相殺して劣化する。だから電波の周波数に応じた長さ(長辺側: 1波長)のスロットが必要になる。

実際の製品ではこのようになる。電源ボックスのカバーに対応する周波数の1波長分のスロットを開け、中に無線モジュールを組み込むことで、電源ボックスのカバー自体が共振してアンテナとなる

 現在のスロットは1波長となっているが、将来的には1/2波長や1/4波長に短くして小型化を図るという(詳細は後述の関連記事を参照)。

 なお複数の周波数に対応するアンテナは、複数の周波数の1波長の最小公倍数の長さのスロットが必要になる。照明の操作には、Wi-Fiと同じ2.4GHzと、電波が遠くまで届く電力スマートメーターなどで用いられる920MHzが使われているため、スロットの長さも両周波数に対応しているというわけだ。

2.4GHzと920MHzの両周波数に対応するスロットの長さが重要になる
Wi-Fiのアンテナは、液晶上部に配置されている。このため、電波を遮蔽する金属が使えない
筐体が金属製でも、アンテナ部分は樹脂になっているので部品数や組み立て工程が多くなり、強度も落ち、母材が違うため塗装の色合わせも難しくなる

 こうして無線回路のアンテナ部分のみをプラスチックなどの樹脂製部品などにする必要がなくなり、製造工程の簡略化やコストダウン、外部にアンテナの突起がなくなるのでデザイン的な自由度が高くなるという。またスロットを設けるだけで電波が通過できるようになり、これまでの「金属壁から30cm離して設置する」といった制限がなくなり、機器やアンテナ設置の自由度が高まるとしている。

鋼鉄の船でもYouTubeがサクサク! アンテナが消える近未来

 パナソニック エレクトリックワークス社が開発したアンテナは、あくまで自社製品の一部品ではあるが、技術的にはアンテナの基礎技術だ。パナソニックに聞いたところ、単体利用では無指向性のアンテナだが、ビームフォーミングも可能ということだ。つまり近年のWi-Fiやスマホの4Gや5Gのように、基地局とデバイスが互いに電波を狙いあって安定した通信が可能になる。

 なお、金属ロバストアンテナの類似技術として、メタマテリアル「スプリットリング共振器(SRR)」や「AMC」などがある。解説記事も多いので、近未来のWi-Fiや無線デバイスがどうなるのかに興味がある方はぜひ参考にしてほしい。

 以下はあくまで筆者の妄想に過ぎないが、現在は不可能とされているサービスや技術が可能になるかもしれない。

  • 船舶でのWi-Fiサービス
    船体は鋼鉄製なのでWi-Fiの電波が行き届かないため、現在は個別にStarlinkをレンタルするなどしている。金属ロバストアンテナを使えば、金属製ブロックを越えたWi-Fiの送受信が可能(船舶 - 陸上局はStarlink経由)になるので、船室でYouTubeを見られるようになる。これはすでに実用化に向けて開発中だ。
  • オールメタルのPCやスマートフォン
    現在はアンテナ部分のみ樹脂となっているが、将来的にはオールメタルの頑丈な製品が作れる。また、樹脂部分のメッキが剥げないスマホ(大体の機種は側面が樹脂製でメッキしている)ができる。こちらも実用化に向けて開発中。
  • 天井埋込型のWi-Fiアクセスポイントや4G、5Gのレピータ
    ビルの天井などは金属部材が多いので、天井からアンテナが生えていたり、天井から装置が吊り下げられている場合がある。金属ロバストアンテナで、天井埋込型になってスッキリした部屋になるかもしれない。
    ※レピータ: ビルの奥まで電波が届かない場合は、外部の電波を館内に引き込む装置(電波の中継器)
  • 航空機や高速鉄道、自動車などのアンテナがなくなる
    航空機や鉄道などでは、無線装置が必須なので機外にアンテナが飛び出している。しかしアンテナを内蔵できれば空気抵抗が減り、騒音も低減可能。またメンテナンスも楽になる。
従来のようにツノのようなアンテナが不要になるのでデザイン性が向上。設置場所を選ばず、金属ケースの中や間近でも使えるので、飛行機や新幹線のアンテナは撤去して空気抵抗を減らしたり、鋼鉄製の船内でWi-Fiサービスが実現できるようになる

 金属ロバストアンテナは、近未来のデジタルデバイスから車両、サービスを大きく変える技術になることだろう。