トピック

【教えてVAIO】金属が電波を通さないなら金属筐体のノートのWi-Fiはどうなってるの?酒の肴になる無線設計の話

 電波が金属やコンクリートを通りづらいことを知っているだろうか? 鉄筋よりも木造家屋のほうが部屋間でWi-Fiがつながりやすいのはこのためで、これはノートPCについても同じだ。つまり、筐体が金属製のノートPCは電波をうまく送受信できないということになる。

 しかし、大多数のPCの筐体は落下や変形などに耐えられるように、アルミやマグネシウム合金といった金属を使いつつも、きちんとWi-Fiが使えるようになっている。一体どういう仕組みが採られているのだろうか?

 こういうことはメーカーに聞くのが一番! ということで、Wi-Fi、Bluetooth、4Gや5Gといった無線技術がノートPCにどうやって実装されているのか、長野県は安曇野市にあるVAIO本社工場に突撃し、無線周りの開発に携わるエンジニアに話を聞いてきた。

長野県安曇野市にあるVAIO本社工場。研究開発部門だけでなく、サポートやサービス、最終アッセンブリまで行なわれるマザー工場だ

Wi-Fiを飛ばすためにうまく金属を避ける

 VAIOのノートPCには、前述したマグネシウム合金を採用した機種や、金属ではないものの電波を吸収してしまうカーボン繊維を使用した機種などがあるが、どうやって電波の問題を解決して、Wi-Fiの接続性を高めているのだろうか?

 これに答えてくれたのが、無線技術のプロフェッショナルであるVAIO株式会社開発本部の細萱光彦氏だ。細萱氏はおもむろに分解されたモバイルノート「VAIO SX12」の天板を筆者に見せ、次のように言った。

VAIO SXの天板。よく見ると切れ目があるので分かるが、広いカーボン部分と狭いプラスチック部分(赤枠で囲っている箇所)で素材が違う。プラスチックが使われているのは電波をうまく飛ばすため。なお、それぞれの素材は塗料のノリが違うので、同じ色(特にメタリック)に仕上げるのが難しく、普通のメーカーだと安易にシルバーのワンポイントにするところ。でもVAIOは、あえて同色にするのがチャレンジャー!

 「これはVAIO SX12の液晶パネル部分なんですが(上の写真を参照)、この機種は筐体がカーボン繊維でできているんです。カーボンは電波を吸収してしまうので無線技術者としては使いたくない素材です。しかし軽量・堅牢なハイエンドノートを作るならカーボンは必須と言えます。

 でもこの天板をよく見ると、区切りが入っていますよね? この1cmくらいの部分は実はプラスチックなんです。ここにWi-FiやWWAN(4G/5G)のアンテナを内蔵させることで、電波が妨害されずに送受信できます。

 ぱっと見ではカーボンとプラスチック素材の違いが分からないようになっていて、このように塗装するには高い技術が必要ですが、VAIOはソニー時代から“機能上の制約をデザインに見せちゃうのが得意”なんですよ」。

VAIO株式会社開発本部テクノロジーセンター電気設計部電気設計課の細萱(ほそがや)光彦氏。VAIOに実装されているあらゆる無線技術のプロフェッショナル。見えない電波があたかもそこにあるかのように説明してくれた

 確かに液晶パネルを外した状態で天板を見せてもらうと、プラスチック製のフレームにカーボン繊維の板を張り付けているのがよく分かる(下の写真を参照)。

これは天板の裏側。ネジ穴がたくさんついている下の部分は、開閉するヒンジを取り付ける箇所。アンテナは最上部の1cmほどの幅に実装する。そのためカーボンのパネルは上部1cmほど開けて貼ってある

 ディスプレイ面(天板側ではなく画面側)の画面枠(ベゼル)は、VAIOのどの機種もプラスチック製だ。こうして画面上部のアンテナは、液晶パネルの厚みを除いてぼぼ全天球に受信できるのだ。よく考えられている!

後述するが、なぜわざわざ狭いベゼルを通してまでノートPCのアンテナをディスプレイの上部に配置(左)しているのかというと、全天球に電波の送受信が可能になるからだ。右はアンテナをキーボードに設置した場合だが、液晶パネルの金属が電波を遮蔽するため電波にムラができてしまっている

ノートPCのアンテナってこんなに短いの!?

 アンテナが入っている場所は分かったが、実際にはどんなものが入っているのだろうか? 昔のガラケーやFMラジオのようなちょっと飛び出たようなあからさまなアンテナは見当たらないし、それらしい部品もなさそうだが……。

 細萱氏は「これです」と5mmほどの細い基板を見せてくれる。

カメラの左右にアンテナが2セット実装されている。小さな基板なのでソレっぽくは見えないが、この基板上にアンテナを設置している。一緒にくっついている銅箔は通信を安定化させるためのグランドとのこと

 「この基板にはそれぞれ2本のアンテナが入っています。1つはWi-Fiでお馴染みの2.4GHz用・5GHz用・6GHz用、もう1つは4Gや5GなどのWWAN用アンテナです」。

アンテナと一体化したケーブルを取り外した状態。このケーブルの先に、キーボード面にある無線コントローラが接続されることになる
アンテナをベゼルに収めた状態。本当に小さいのが分かる

 「電波の基本は1波長の長さです。たとえば、FM放送だと80MHzなので1波長は3.7mとなります。でもアンテナとしては1波長のうちの山を1つ取れればいいので、4分の1の長さの92.5cmになります」。

電波は読んで字のごとく“波”として届く。その山または谷の頂点が1つ取れれば受信可能なのである。つまり、Wi-Fi 2.4GHzの1波長は12.5cmなので、アンテナの長さは3cmあれば受信できる。豆知識をちょっと覚えておいてもらうと、実際のアンテナを見たときに「あぁ~!」ってなる

 「Wi-Fiなども同じです。2.4GHzなら1波長12.5cmぐらいなのでアンテナの長さは3cm、5GHzだと1波長6cmなのでアンテナは1.5cm、WWANのプラチナバンドと言われる800MHz帯だと1波長37.5cmあるので、アンテナも少し長く9cmほどになります。

 これらを互いに電波干渉しないように、小さな基板の上に配置していきます。特にプラチナバンドのアンテナは長いので設計が難しいんです」。

Webカメラの左右にアンテナモジュールが実装されている。これらのアンテナは驚くほど短く、シャーペンの芯より短い

 VAIOのノートPCのアンテナは2セットなので、よく耳にする「ビームフォーミング」にも対応している。細萱氏の説明によれば、Wi-Fiも4G/5Gも高速かつ安定した通信を担保するMIMO(Multi Input Multi Output)に対応している。

 「Wi-Fiの場合はMU-MIMO(頭のMUはMulti Userの意味)に対応し、2本のアンテナでビームフォーミングも利用できます。これでルーターと1対1で通信ができ、より安定した(電場が切れにくい)通信になります。

 また、Wi-Fi 4(SU-MIMO)までは同時に複数の端末と通信ができませんでしたが、Wi-Fi 5からMU-MIMOになり、同時に複数の端末と通信が可能となりました。Wi-Fi 6からアップリンクにも対応し、送信受信とも高速通信が可能となっています。4G/5GもWi-Fi同様のMassive MIMOに対応しているので、安定した高速通信ができます」。

理想は球状! 全方向で電波を使えるようにトライ&エラー

 当たり前だが電波は目に見えない。それもあり、設計には特殊で大がかりな装置が必要となる。VAIOは安曇野の本社工場にこの施設を持っており、自社で試験・開発を行なえるのが強みだ。

 細萱氏によれば、アンテナの開発を行なう場合、まず理論と経験で設計し、アンテナをノートPCに仮配置して、電波の送受信を可視化する装置にかける。そして製品化まで、何回もアンテナを改良するという。

 細萱氏は工場にある電波試験室に案内してくれた。

電波実験室(チャンバー内部)はトゲトゲの電波吸収材で覆われ、中心の回転する台にVAIOを載せ、全天球方向の電波特性を可視化する。左にある赤いトゲトゲ部分は扉になっていて、こちらから出入りする。電波試験中はもちろん完全な密閉状態だ
こちらはチャンバーの外にある解析装置。Wi-FiとWWAN用のそれぞれが用意されている

 「音響の無音室みたいに四角錐がたくさん並んでいますが、これの1個1個に炭素が塗られていて電波を吸収するようになってます。だからノートPCから出る電波だけを試験できるんです。これを測定器にかけて、電波の送受信状態を見ると球状になっているのが分かると思います。こうやってアンテナの設計は理想の球体に近づくように何度も改良して製品化するんですよ」。

試験装置を操作する細萱氏。モニターに映っている赤い球体は、ノートPCから発せられる電波が強い部分。つまりその中央に電波を飛ばすノートPCがあるイメージだ。球状に電波を送受信できるということは、ノートPCの向きを変えたりしなくても、常にベストな無線通信ができる理想の状態にある
試験室に貼られていたノートPCによる電波の状態の違い。左端がVAIOノートの電波状態、右2つは比較サンプル。明らかに安定性が異なっており、VAIOは理想的な球状になっている

幅5mmでの配線管理! しかも液晶パネルの電波干渉まで防がないとだめ

 さて、ここまで見てきた通り、天板、つまりディスプレイの液晶パネル部分にはもう1つ高周波の信号が流れている。それは映像信号だ。

 キーボード側の本体から液晶パネルまで配線しようとなれば、Wi-Fiや4G/5Gのアンテナ線も映像信号もパネルを支えるヒンジ部分を通さざるを得ず、高周波の大動脈となる。しかも液晶パネル側で配線できるのは5mm程度のベゼル部分のみ。ここにも設計の苦労話があった。

PC本体の中はノイズだらけ。天板だけでなく、キーボード面にもアンテナが配置されている。無線設計は電波干渉との戦いだ

 細萱氏に液晶パネル周りの電波干渉の問題について質問すると「大変なんですよ!」と喜びながら(?)答えてくれた。

 「Wi-FiやWWANの無線信号は、TVと同じ同軸ケーブルの極細タイプを使っています。直径1mmぐらいですね。こんなに細くても中心に信号線、絶縁体を挟んでシールド線、そしてさらに被覆しているんです。アンテナは2セットあるので同軸の信号線も多くなります。映像はHDや4Kの信号が数十~数百Hzのリフレッシュレートで流れているので、無線関係に干渉してくるんです」。

映像信号は何本かのシールド線を束ねて、さらにシールでシールド。お互いの信号が邪魔しないように、電線をミイラのように包み込む

 「だから映像信号もWi-Fiと同じように1本1本シールド線を使って6~10本くらいにまとめて、さらにシールでシールドしてWi-Fiなどと干渉しないようにしています。その上でヒンジ部分に映像とWi-Fiの電線を通しているので、設計も製造工程もとても苦労するんですよ」。

ヒンジ部分は細くて配線が難しいだけでなく、高周波信号線も入り乱れるので、設計が大変だ
ヒンジのアップ

Wi-Fiに対する素朴な疑問。送受信状況を良くするには?

 最後にWi-Fiについての素朴な疑問を細萱氏に尋ねてみた。

 環境にもよるが、場所によってはWi-Fiの速度が出にくいといったことがある。4G/5Gでの通信も含めて、ベストな状態で通信させるコツというのはあるのだろうか?

 「ノートPCのアンテナの近くに金属やカーボン、コンクリートがないところで使うと、全方位から電波を拾えます。こんなことはしていないでしょうが、人の体も電波を妨害するので、ディスプレイ上部のアンテナ部分に手を置かないようにしましょう。

 あとこれは分かりづらいのですが、最近はエコガラスという断熱性能と遮熱性能の高いガラスがあります。実はこのガラスは金属が塗布されているので、電場が妨害されてしまうのです。窓を開閉してみて4Gや5Gの通信速度が大きく変わるようなら、場所を移動するなどしてください」。

 なるほど、やはり電波が通りやすい場所を使うのが重要なようだ。ルーターの位置などが遠過ぎる場合は置いておくとして、何か遅いなというときは試してみる価値はある。

 あと筆者が個人的に気になっているのが、5GHz帯の電波を使うIEEE 802.11n(Wi-Fi 4)や同11ac(Wi-Fi 5)は外で使ってはいけないという話。電波が飛ぶ以上、家に居ても多少は外に漏れてしまうし、これについての真相はどうなのだろうか。

 「5GHz帯の電波は、地球を周回する衛星へのデータ送信や気象衛星のレーダーとして使われています。したがって法律では屋外で5GHz帯(一部の周波数帯を除く)の無線LANの電波を飛ばしてはいけないことになっているのです。

 ただ、無線LANのコントローラ側で、衛星用の電波やレーダーが使われているかどうかを判断していますし、一般的なモバイルルーターであれば、屋外で使っても利用禁止の場合に自動で電波を飛ばさないように制御していますので、利用者が意図せず法律に違反することは基本ありません。その場合は5GHz帯の電波に接続できないため、屋外で使用する場合は2.4GHz帯に設定して使用することをおすすめします(細萱氏)。

 ユーザーが特に気にせずに、無線機器を使っても法律違反にはならないようだが、外で無線LANを使いたい場合は、2.4GHz帯の電波を使うようにしよう。


 以上、VAIOの細萱氏からノートPCにおける無線設計の難しさや苦労を聞くことができた。

 Wi-Fiのアンテナがシャーペンの芯より短いということに驚くばかりか、いろいろな無線通信を使うPCで、いかに電波干渉させずに安定した通信を行なえるようにするか、ここまで緻密に考えられた上でのものとは予想だにしなかった。

 Wi-Fiといったインフラはもう当たり前のものになっているので、普段まったく気にすることはないが、ユーザーが快適に使えるように、エンジニアが頭をひねりながら設計してくれているのだと知ると、頭が下がる思いだ。特にVAIOは自社で大規模な開発環境を揃えており、常に改善・改良に取り組んでいるという姿勢は頼もしい限りであった。

PCの使い勝手を追求するユーザー至上主義なVAIOの開発。部品以上に細かい配慮や気配りがされていると知れたのは収穫である

VAIOは今年で設立10周年、上から下まで隙のないラインナップに

 VAIOは2024年7月に設立10周年を迎える。ソニーのPCブランドであるVAIOから独立し、VAIO株式会社として発足。ソニー時代からの生産拠点だった安曇野工場はそのまま引き継がれたものの、会社としての体制は完全に見直され、少数精鋭でのゼロからのスタートとなった。

 新生VAIOは、よりビジネスユースに軸足を移し、ソニー時代からのDNAと高品質なハイエンドモバイルを融合した製品群を展開。この10年間でVAIOらしさを損なわない意欲的なノートPCが生み出されてきたのは記憶に新しい。そうしたVAIOへのユーザーの支持もあり、企業としては右肩上がりの成長を続けている。

 現在では上位クラスから順にSXライン、Sライン、FラインのノートPCを提供しており、用途や価格に合わせたラインナップが展開されている。

 以下に示すように、現状では上から下まで6種類のノートPCが展開されている。VAIOの製品は数が絞られており、ラインナップの分かりやすさが、製品の選びやすさにもつながっている。この中でもVAIO F14とVAIO F16は、これまで同社に欠け気味だった普及価格帯のノートPCとして、VAIOシリーズに新しく加わった注目の存在だ。

VAIO SX12 / VAIO SX14

VAIO SX12(左)とVAIO SX14

 「VAIO SX12」と「VAIO SX14」は、VAIOが“ハイエンドクラス”に位置付けるSXラインの最新鋭モバイルノート製品。12.5型ワイドと14.0型ワイドの2種類が用意されており、質量1kg前後と軽量かつ、カーボン天板を使用した頑健さなどが特徴。ビジネスパーソン御用達のスペックがウリとなっている。

VAIO S13 / VAIO S15

VAIO S13

 「VAIO S13」は13.3型ワイドで、「VAIO S15」は15.6型ワイド。それぞれVAIOが“アドバンスト”と位置付けるミドルレンジクラスのノートPCとなる。

 VAIO S13はアスペクト比が16:10のWUXGA(1,920×1,200ドット)液晶ディスプレイを採用しつつ、デュアルSIMにも対応。質量は約1kgでモバイルノートとしての性格が強い製品。同じモバイルノートであるVAIO SX12よりもコストを抑えることができる。

VAIO S15

 VAIO S15は、15.6型ワイドの大画面を生かした据え置きタイプの製品で、Core Hシリーズの高性能プロセッサを採用。ディスプレイは4K HDR液晶を選んだり、メインストレージのSSDに加え、セカンダリドライブとしてHDDを搭載したりできるほか、光学ドライブも装備。ほかのVAIOノートとは違った拡張性がある。

VAIO F14 / VAIO F16

VAIO F14
VAIO F16

 「VAIO F14」と「VAIO F16」は“スタンダード”として位置付けられており、VAIOが「PCの定番」を目指したノートPC。VAIO F14は16:9の14.0型ワイド液晶を、VAIO F16は16:10の16.0型ワイド液晶を採用する。両製品とも13万円台から購入可能というリーズナブルな価格設定の製品だが、上位モデル譲りの静音キーボードや各種生体認証、AIノイズキャンセリング機能などが継承されていて、実用十分なスペックだ。