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計量単位の歴史は科学技術の進歩の歴史~産総研、重要文化財「メートル原器」とキログラム原器」を同時公開

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)は2025年5月12日、「メートル条約締結150周年」メディアセミナー&見学会を実施した。メートル条約締結からちょうど150周年にあたる今年の世界計量記念日(5月20日)に先立って実施された見学会で、メートル条約に関連する重要文化財「メートル原器」、「キログラム原器」が公開された。

 国家計量標準、すなわち日本における長さや質量の基準となる装置や機器であり、2つが同時に公開されたのは今回が初めて。特にキログラム原器は、定義改定によって定義そのものではなくなった現在も、日本で最も正確な分銅として用いられており、少しの塵の付着も許されないため、一般には公開されていない。

 産総研の産総研 計量標準総合センター 総合センター長の臼田孝氏は「今年は計量標準150年目の年。世界の関係者が計量の重要性を改めて認識してもらうために取り組んでいる。原器は意思疎通するためのツールであり共通言語。その象徴がメートル原器でありキログラム原器。それを150年維持している関係者がいることを知ってもらいたい」と述べた。

メートル原器

メートル条約とは?

産総研 計量標準総合センター 計量標準普及センター 国際計量室 室長 森岡健浩氏

 まず産総研 計量標準総合センター 計量標準普及センター 国際計量室 室長の森岡健浩氏から、産総研計量標準総合センターとメートル条約の概要、フランスで開催されるメートル条約締結150周年記念式典について解説が行なわれた。

 国や地域によって異なる単位が使われていると、何かと不便だ。また、恣意的に計量単位が変更されたら困ったことになる。そこで単位を統一しようという考え方が生まれた。

 「メートル条約」は計量単位をメートル法に統一して普及することを目的に1875年に締結された。質量と長さを測る単位を統一するこの条約の当初加盟数は17カ国だったが、現在の加盟国数は64カ国、準加盟国は37カ国。日本は1885年から加盟している。

 メートル条約のもとで国際的に中立な機関として国際度量衡局が設置されており、単位の名称や定義、その実現方法を定めている。各専門分野ごとに諮問委員会も設置されている。委員会の下には分科会も設置されており、各国固有ニーズも議論に反映されるようになっている。

国際的に中立機関が設置され、計測の同等性を国際的に相互承認している

 メートルの定義は現在は人間が作った原器に依存しない形になっている。森岡氏は「国際単位系の歴史は科学技術の進歩の歴史でもある」と語った。

国際単位系の歴史は科学技術の進歩の歴史

 測定精度もどんどん向上している。その結果、それまで問題なかった小さな差も問題になるようになった。「自分の国でもう一度測りなおせ」といった話になる。そこで生まれた仕組みが「国際相互承認(CIPM-MRA)」である。CIPM-MRAが認められている国の間では、ほかの国の校正/試験データを自国でも受け入れる。これによって国際取引がスムーズになる。

国際相互承認の仕組み

 日本ではメートル条約と時を同じくして、尺貫法から度量衡単位の統一に取り組んできた。尺貫と国際単位の関係付けを初期から行ない、1921年には尺貫法を廃止。1959年には完全にメートル法に完全に移行した。計量法による波及効果は広く、日本では計量標準総合センターが普遍的なシステム構築に向けて努力を続けてきた。森岡氏は「今後も継続して、より普遍的なものに進んでいくことが重要」と語った。

日本国内でのメートル法移行への歴史

「メートル条約はもっとも成功した国際条約」 世界計量記念日とは

産総研 計量標準総合センター 総合センター長 臼田孝氏。国際度量衡委員会 幹事。

 国際度量衡委員会 幹事で、産総研 計量標準総合センター 総合センター長 臼田孝氏は世界計量記念日について紹介した。1999年、メートル条約の理事会に相当する国際度量衡委員会が毎年5月20日を世界計量記念日とすることを提唱した。その翌年から啓発に用いている。2023年にはユネスコの国際記念日に登録された。「科学と教育を通じてより良い世界を築く」というユネコスの理念とも合うということで採択された。

5月20日にはユネスコ本部で記念式典、講演などが開催予定

 5月20日にはユネスコ本部で記念式典が行なわれる。計量学が直面する課題に関する講演などが行なわれる。オンライン配信も行なわれ、現在も参加登録は可能。公式サイトはこちら

 21日、22日にはベルサイユ国際会議場で、科学にウェイトをおいた講演会も行なわれる。量子時代、地球環境、デジタル技術、ライフサイエンスなどと計量学の関係が議論される予定だ。こちらも参加登録が可能。後日youtubeで配信される予定で、地球時間と、時間が早く進む月時間との同期を取る問題なども議論されるという。

ベルサイユ国際会議場でも講演会が行なわれる予定

 臼田氏は「メートル条約はもっとも成功した国際条約。水や空気のように使われている単位/計量の重要性や存在意義を認知してほしい」と語った。人間活動が広がり、世界秩序が変化するなか、メートル条約の今後のあり方についても議論が行なわれる予定だ。

一般公開も検討されているメートル原器

メートル原器

 続いて、2つの原器の歴史と詳細が解説された。メートル原器については、産総研 計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 研究グループ長の堀 泰明氏が解説した。

産総研 計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 研究グループ長 堀 泰明氏

 「1メートル」は1795年に北極と赤道との間に挟まれる子午線の弧の1,000万分の1に等しい長さとされて生まれた。その後、1889年には国際度量衡局が保管する国際メール原器に記された2本の目盛り線の、温度0℃のときの中心間の距離とされた。その後、1960年には波長が綺麗なクリプトン86の波長の165万763.73倍、1983年には1秒の2億9,979万2,458分の1の時間に光が真空中を進む距離とされた。

メートルの定義の変遷

 メートル誕生前は、国、都市、職業ごとに独自の単位が使われていた。ところが国を超えた交流が進むにつれて不都合が生じるようになった。18世紀末にフランスでどの国でも使える新しい単位系の検討が始まり、地球子午線の測量が始まった。当時計測されたのはバルセロナからダンケルク間の距離。これを9倍にして1,000万分の1にしたのが1mとなった。当時はフランス革命の影響もあり、計測は困難を極め、6年間かかった。

子午線の測量は困難を極めたという

 これをもとに作られたのがメートル原器である。経年変化、熱膨張性が少ない白金イリジウムの合金で作られている。長さは1,020mm。端面から1cm入ったところそれぞれに目盛りが示されており、その間の距離が1mとされている。温度は0℃における長さとされている。

メートル原器の概要

 目盛り線の幅自体は10μm。ダイヤモンドの針でケガキされている。計測は、目盛り線の端ではなく、ケガキ線の中心から行なわれる。「顕微鏡で見ると綺麗にエッジが出ている」そうだ。

目盛り線がケガキされている
目盛り線は1度引き直されている

 断面はX型で、設計者の名前を取ってトレスカ断面と言われている。たわみの影響がもっとも小さくなる部分に目盛りが振られている。表面積を大きくすることで温度に馴染みやすいという効果もあるという。

断面はX型。設計者の名前を取ってトレスカ断面と言われている

 日本は1885年にメートル条約加盟。1890年にメートル原器を受領した。1920年にはフランスで第一次定期検査を行なった。そのため関東大震災を免れた。1933年にはより精密に計測できるようになった熱膨張係数を更新。1944年には疎開した。1956年から61年にかけては目盛り線の引直しが行なわれた。目盛り線は20度で1mm間隔になるように引かれている。つまり原器も作ったらそのまま維持管理すればいいわけではなく、より高精度に原器を使えるように技術開発が行なわれている。2012年には重要文化財に指定された。

日本のメートル原器の歴史

 メートル原器は副原器との相互比較によって定期的に検査を行なっているだけでなく、各地域への標準尺の校正、測量基準の5m尺の校正などにも使われている。定義が変わったあともメートル原器は使われており、ランプ波長をもとに校正を行ない、各地に配布する標準尺の自動測定装置の標準としても使われている。

 つまり、新たな基準をもとに「メートル原器」という実物を再計測したところ、十分に実用に耐えると判断され、今でも標準として使われているというわけだ。

メートル原器の使用実績

 なお、秋には例年通り産総研の特別公開が行なわれるが、そこではメートル原器も公開を検討している。

今年秋に一般公開される可能性もある

定義が変わった今でも現役「キログラム原器」

キログラム原器。白金とイリジウムの合金で、大きさは39mm×39mm。

 キログラム原器については、産総研 計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 首席研究員 倉本直樹氏が解説した。

解説する産総研 計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 首席研究員 倉本直樹氏

 1kgは18世紀末のフランスで「水1Lの質量」として使われ始め、まずはフランス国内で使用された。1889年には国際的な質量の単位となり、正確に1kgを決めるために白金とイリジウムの合金を使って国際キログラム原器が制作された。大きさは39mm×39mm。

キログラムの歴史

 原器はフランスは国際度量衡局で管理されていたが、各国に配布するためにまずは40個の複製が製作された。国際キログラム原器を基準として質量を天秤を使って測定し、メートル条約加盟国に配布され、日本には「No.6」とされる原器が1889年に配布された。1890年に日本に到着した。銀座、板橋区、つくば市へと移転してきた。2019年には1kgの決め方が130年ぶりに改定されたが、2022年には重要文化財として指定された。

【お詫びと訂正】初出時、No.6とされる原器の日本到着時期を「1990年」としておりましたが、正しくは「1890年」となります。お詫びして訂正いたします。

日本のキログラム原器の歴史

 キログラム原器は改訂前は質量の国家計量標準として使われてきた。倉本氏は「近代国家への道を歩み始めた日本が発展していくための重要な知的基盤としての役割を果たしていた」と語った。実際、メートル条約への日本の参加はアジア諸国と比べると早かった。

キログラム原器の役割。日本はメートル条約への加盟も早かった

 キログラム原器は桐の金庫内に収められている。原器は約40年ごとにフランスに集められて質量の変化が計測されているが、100年にわたる日本の原器の質量の変化は他国に比べても少ないことが分かっている。

日本のキログラム原器の変動が少ないことが分かる
原器の成分
原器輸送箱

 キログラムの定義が変化したのは、1990年ごろ、原器の質量が100年間で1億分の5kg程度(指紋一個分くらい)変動したことが確認されたため。そこで物理定数である「プランク定数」を使って、定義することになった。プランク定数を使えば任意の原子一個あたりの質量を求めることができる。そこから1kgの基準を作ることができるからだ。

130年ぶりにキログラムの定義が改定されることになった
キログラム原器と新しい基準の背景

 ただし当時はプランク定数が十分な精度では分かっておらず、世界各国の計測機関が測定した。産総研もシリコン単結晶体(28Si同位体濃縮結晶球体)を使って測定を行なった。シリコンの単結晶では原子が非常に規則正しく配列している。そのため、非常に正確に形状(体積)を測ることができれば、単結晶体全体に入っている原子の数を知ることができる。そこからプランク定数を求めようという考えだ。

 産総研ではレーザー干渉計を使って精密計測を行なった。そのほかの手法で計測された測定データを組み合わせることで、2018年にはプランク定数が国際的に決定された。なお極めて高純度の単結晶を作るためには数億円の費用がかかったそうだ。

シリコン単結晶球体と原器のモデル
シリコンの結晶構造は非常に規則正しい

 新しい定義となったことで相対的な意味合いは変わったが、現在でもキログラム原器は使われている。1kgを決めているのはあくまでプランク定数であり、厳密には1kgちょうどではない。だが極めて安定性と精度の高い分銅としてさまざまな量りの基準となっているのである。

 また、基準は新しくなったものの国際的にも現在はまだ1kgの重さを確認しているフェーズであり、あいだにキログラム原器を挟んで各国間で互いに計測結果を確認している段階だという。

金庫室の分厚い扉
扉を開けると鉄格子

 今回は副原器含めて公開された。キログラム原器は現在も使われているので、一般公開の予定はない。前室の重たい扉を開くと、さらに鉄格子があり、それを開けると中に原器を収めた金庫がある。

さらに鉄格子を開けると原器を入れた桐の金庫が納められている

 前述したように金庫の中は桐が使われている。もともと部屋自体が湿度0になるよう空調でコントロールされているが、さらに桐を使うことで湿度変化を抑えている。原器はガラス容器に収められている。今回もガラス越しの公開だった。

上段中央がキログラム原器。左は副原器。下段は「貫原器」で3.75kgある

 キログラム原器の下に貫原器があり、そこにベルトが残っているが、以前はここにメートル原器が保管されていた。メートル原器は原器としての役割をは終えているため外に取り出されたが、前述のようにキログラム原器は今でも正確な分銅として現役なので、ここに納められている。プランク定数からいきなり重量を測る技術はないため、そのほうが便利だというわけだ。

金庫上部には「大日本帝国度量衡原器」と書かれた銘板
以前はここにメートル原器も納められていた

 では実際にはどのくらい使われているのか。産総研では民間から預けられた分銅の校正を行なうことがある。実際につきあわせるときに使う分銅が正確かどうかをチェックするために、「5年に1度くらいこの部屋から取り出されて使用されている」とのことだった。本来であれば、この原器を取り出して直接つきあわせればいいのだが、使えば使うほど質量が変動するリスクが高まるため、そのような運用になっている。使うときにはクリーンルームで使われるようなウェアと手袋を使って計測を行なっているとのことだった。

現在も最も正確な分銅として使われているキログラム原器
5年に1度くらいは実際に使われている
キログラム原器は産総研の人たちもあまり見る機会がないとのこと
重要文化財に指定されている